企業年金の制度設計「基本のキ」――退職給付制度の歴史と企業年金の意義

企業年金の制度設計「基本のキ」――退職給付制度の歴史と企業年金の意義


企業年金の制度設計では、事業環境や雇用モデルなどの企業の戦略が反映されることが重要です。本稿では企業年金の歴史や報酬哲学をひも解きながら、制度設計に必要な視点を解説します。


要点

  • 時代の変化に伴い、退職給付制度の目的・求められる役割も変化している
  • 現在の事業環境・雇用モデルに合わせた退職給付制度の最適化が必要
  • EYは個社ごとの事業戦略・人事戦略から落とし込んだ「あるべき姿」に基づいて、企業年金の制度設計をご支援



1. 退職給付制度・退職金・企業年金とは

退職給付制度とは、企業が従業員の退職時または退職後に支給する金銭的な補償全般について定められた仕組みを指します。主な支給の形としては以下があります。

退職金:退職給付を一括で支給
企業年金:退職給付を分割して支給

退職給付制度には、一般的に「給与の後払い」「老後の生活保障」「功労的報奨」などの役割があるとされています。後述のように時代背景や雇用モデルによってその役割は変化してきましたが、企業の人事戦略や財務状況に合わせて、適切な制度設計・運営を行うことが重要です。


2. 退職給付制度と企業年金の歴史

企業年金を含む退職給付制度は江戸時代の商家の「のれん分け」にその端を発しており、独立支援のためのさまざまな支援が時と共に退職時に金一封を贈る制度へと変化したと言われています。

戦後の製造業を中心とした高度成長期にあっては、長期の経験と技術の習熟が製品の品質に、ひいては競争優位性の源泉となったため、従業員の長期にわたる囲い込みが求められました。その意味から以下に挙げるような退職給付制度の特徴は堅実な長期勤続を奨励するような仕組みとなっており、そのいくつかは現在でも一般的に導入・運営されています。

  • 自己都合退職時の給付減額
  • キャリアの後半にかけて加速度的に積み上げが増える後荷重的な給付設計
  • 一定の勤続年数以上で有利な年金受給
  • 懲戒解雇時の給付の没収

このような従来の日本型雇用モデルにおいては、企業が異動や配置転換等の人事権を握る一方で、従業員に雇用をはじめとした生活保障を提供するという関係が成立していました。これは長期的な技術の習熟と共に従業員の忠誠を維持し、企業の事業戦略に合わせて柔軟に配置転換を行うことを可能とする一方で、従業員にとっても会社主導でのキャリアに従うことで生活の安心と安定を確保できる、ウィンウィンの関係であったと考えられます。そしてそれを可能にするのが、会社都合でのスキル開発の対価としての終身雇用や年功序列、転勤などに伴う不利益緩和のための住宅補助や家族手当などの各制度であったと考えられます。

例えば、不採算事業の再建や政情の不安定な地域への駐在など、従業員の意向を重視していてはなかなか異動も難しいような場面もあるでしょう。それはたとえ市場価値のあるスキルが身に付かなくとも、再生が失敗して事業ごと消滅しても、終身雇用によって身分が保障され、年功序列でちゃんと昇進昇給できるという保障があるからこそ可能なアサインメントだとも言えます。

いわば、従来の日本型雇用における労働や雇用の対価とは、「生活の安心と安定」の提供だったのです。従来、公務員が就職先として人気なのもその象徴と言えるでしょう。


3. 事業環境と雇用形態の変化に伴う企業年金の位置付け

このような日本型雇用において、企業年金が果たしてきた役割は小さくありません。前述の通り、終身雇用や年功序列を前提とする代わりに、企業は人事権を行使してきました。それと同様に、企業年金という従業員へのメリットを提示することで、優秀な人材を囲い込むと同時に、会社都合での雇用契約解除を実現してきたとも言えるでしょう。そのため、この観点からは退職給付の役割のうち、「老後の生活保障」に重点が置かれており、最終給与比例型の終身年金制度などがこの目的に最も即した制度として実施されてきました。

その後、製造業を中心とした産業構造が徐々に変化を続けてきたのは周知の通りで、結果として求められる人材像や雇用関係も大きな変化を遂げてきました。企業年金を含む退職給付の世界でも、従前の最終給与比例型の終身年金制度はその負担の高さから避けられるようになり、より企業に負担の少ないポイント制や確定拠出年金制度への移行が進みました。

退職給付制度の変遷について、詳しくはこちら
ジョブ型雇用・スキルベース組織における退職給付制度の在り方


4. 企業年金の制度設計における課題

しかしながら、多くの企業では現在に至るまで、事業戦略の求める人材像と企業年金を含む人事制度の間にいまだギャップが残るままとなっています。例えば、少子高齢化による労働人口の減少や老後2千万円問題などの社会保障に対する不安、高齢者雇用安定法の改正による高齢人材の就業機会の確保など、以前のように「定年イコール引退」、という図式がもはや成立しにくくなっているのは周知の通りです。「いつリタイアするか」を従業員個々人が柔軟に選択する時代にもかかわらず、ほとんどの企業年金では定年でのリタイアを前提として設計されており、柔軟性に乏しいと言わざるを得ません。

また、確定拠出年金の投資教育に通じる要素もありますが、従業員が選択肢を持つような事項については可能な限り「分かりやすさ」を優先させる必要があります。しかしながら多くの(特に確定給付型の)企業年金では、どのような制度内容になっているのか、従業員はおろか人事の担当者ですら正確に把握していないのが現状ではないでしょうか。

無論、従来の日本型雇用が変わらず事業の競争優位性を保つために有益なのであれば、柔軟性や分かりやすさよりも画一性や内部公平性を優先させることが正しいと言えるでしょう。つまり、企業の事業環境が置かれた状況を踏まえた、事業戦略を実現するための人事戦略があり、それと整合した形で企業年金も最適化される必要があります。しかし、多くの企業では新しい人事戦略は講じてみたものの、企業年金の制度設計を再検討するところまでは手が回っていないというのが実情のようです。

一方で高齢人材を取り巻く環境は、労働人口の縮小と就業寿命の延伸を目指す政府の後押しを受けて急激に変わってきていると言わざるを得ません。高齢者の雇用環境、企業の事業と人事戦略、そして企業年金の制度設計、これらがバラバラに混在しているというのが今の日本の現状のように思われます。


5. EYができること

EYではこれらのマクロ環境、事業戦略と人事戦略を踏まえて、企業年金の「あるべき姿」を模索すると同時に、それに基づく制度設計をご支援しています。

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EYの企業年金コンサルティング は、EYの人材・組織コンサルティングチームの一部として業務を行っています。

 

企業年金のコンサルティングと言うと往々にして資産運用や財務寄りのイシューに注力しがちですが、EYの企業年金コンサルティングの特徴は、企業年金に「人事イシュー」として正しくアプローチすることにあります。もちろん、確定給付年金などは年金数理的な財務アプローチも必要となるので、アクチュアリーのメンバーも擁しており、財務面での専門的なサポート体制も整えています。軸足を「人事制度」としての企業年金制度のコンサルティングに据えつつ、包括的なご支援を実現いたします。

 

総合コンサルティングファームとしての強みを生かし、事業戦略から人材・組織戦略へ、そして等級・評価・報酬の各人事制度の設計、さらに企業年金のあるべき姿の模索から詳細な制度設計、現制度からの移行措置策定、そして労使交渉を含む導入支援まで、人材・組織のあらゆる領域での課題をワンストップでサポートいたします。


サマリー 

事業環境や雇用モデルの変化に伴い、従来の退職給付制度はアップデートが求められています。企業年金や退職金においても、事業戦略と現在の雇用モデルを踏まえて目的に合わせた制度設計と運営が必要です。

EYではこれを実現するため、人事視点のアプローチから個社の事情に合わせた企業年金コンサルティングを提供します。


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