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スキルベースの人材戦略とAI活用事例――カルチャー変革とデータ利活用で現場を巻き込む工夫
至る所で「人が足りない」と嘆く声が聞こえてくる中、従業員一人一人のスキルを把握し、最適な配置・異動や育成を進めるスキルベースの新たな人材戦略が求められています。その実現には、データの一元化やAIに代表される最新のテクノロジーが不可欠です。
2025年10月21日に開催したEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社とSAP ジャパン株式会社の共催イベント「経営に資するスキルベース型人材マネジメントのあり方 ~データとテクノロジーで実現する戦略的人材活用~」では、日本を代表する大手企業の取り組みを交えつつ、スキルベース型人材マネジメント実現のポイントを探りました。
要点
Session1
人余りと人不足が同時に存在している今、企業には人材を量ではなく質で捉えるスキルベースの人材マネジメントが求められています。AIをはじめとするテクノロジーの力を借りながらスキルを把握し、適切に評価してフェアな人材登用を進めることで、企業の競争力も向上していくでしょう。
EY Asia East / Japan ピープル・コンサルティングリーダー 鵜澤 慎一郎
書籍『スキルベース組織の教科書』の監修者の一人でもある鵜澤は、「スキルベース人材マネジメントの潮流」と題したオープニング講演において、世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)で「Skills-First」という言葉がうたわれているように、今なぜスキルベース組織が注目されており、どのように人材マネジメントに生かしていくべきかを解説しました。
鵜澤がまず強調したのは、人材は「量」よりも「質」で捉えるべきという点です。「世界でも日本でも人が足りないと言われている一方で、成熟した事業では人が余っています。片や人が余っている世界、片や人が不足している世界が、同じ企業の中、同じ業界の中で存在しているのです」(鵜澤)
もし原因が人材の「量」であれば単純に人を動かせば済みますが、それでは残念ながら問題は解決しません。「スキルがアンマッチであるために人を動かせないことが大きな問題になっています」(鵜澤)
これは数年来議論されてきた「人材ポートフォリオ」にも通じる課題です。
また、人材の「質」の問題として捉えるならば、各人材がどのようなスキルを持っているかを把握する必要がありますが、これも難問です。「人事部が保有するデータのほとんどは、学歴や部門の履歴、人事評価に関するもので、人を異動させたい時に必要なスキルと経験に関するデータを持っていない、あるいは更新していないというのが多くの企業の実態だと思われます」(鵜澤)
スキルベースという考え方は、こうした背景から生まれました。ある一つの「ジョブ」をこなすのに必要な能力をスキルとして分解し、異なるスキルを持つ複数の人材を柔軟に組み合わせてジョブを実現していく、というのがそのイメージです。また、スキルベース組織で言う「スキル」は、どんな部署の業務でもそつなくこなせるジェネラリストとしてのスキルを示す「職能」とは異なり、より粒度の細かいものを指します。
ただ、そんなスキルベース組織の実現に向けては課題も存在します。例えば、企業のジョブにひも付いたスキルについては、いくつかの業界で定められているスキルタクソノミーを参照しながら比較的容易に見える化できる一方で、従業員側のスキルを棚卸しし、可視化するのは非常に困難です。鵜澤はこのように現状を概観した上で、The Future of Jobs Report 2025(WEF発行)に示された通り、今後のスキルベース組織においては、2030年までにAIやビッグデータといったデジタルスキルが重要になると予測しました。
しかし同時に、クリエイティブシンキングやアナリティカルシンキングといった、人間の本質的なヒューマンスキルも引き続き重要だと考えられます。「レジリエンスやフレキシビリティ、アジリティなど、テクニカルなスキル以外にこうしたコンセプチュアルなスキルをどう定義し、見つけ、管理していくかが大きなポイントになるでしょう」(鵜澤)
このように考えると、人事のミッションは人を工場の部品のように管理することではなく、ピープルとカルチャーにあり、その軸足は今後ますます広がっていくことになるでしょう。
スキルベースのアプローチは、人材開発やキャリア開発に有効だと言われています。さらに一歩進み、スキルと人事制度をひも付け、給与に反映する試みを始めた先進的な企業も現れ始めました。しかしこの場合、上司が部下のスキルを適切に判断できるのか、スキルやジョブの価値を適正に把握できるのか、そして従業員の持つスキルをどのように把握して、どのようにマッチングできるのかといった課題も生じます。
これに対し、従業員に自己申告シートへの記入を求める代わりに、インタビュー形式で話を聞き、その音声をAIで分析してスキルを導き出すといった技術的なトライアルも始まっています。鵜澤は、まずはこうしたAIテクノロジーや考え方の存在を知り、初期スクリーニング目的などに割り切って活用の一歩を踏み出すべきであるとアドバイスしました。
最後に鵜澤は、「成果主義やジョブベースが叫ばれていますが、現実にはまだ性別や年齢、職歴といった属性で人材を判断している場合が多いと思われます。属性は後天的な上書きが難しく、実力のある人をフェアに登用できない恐れもあります。本人の努力で後天的に身に付けたスキルや経験に基づいて人が登用できれば、より企業の競争力が増し、有用な人材を採用できる世界が到来するのではないでしょうか」と述べました。
さらに、さまざまなCEOやCHROとの対話に基づくと、失敗から学び、リスクを取ってでもチャレンジする姿勢、つまり「資質」も重要なポイントであるとし、最後に「スキルと経験だけでデジタル的にマッチングできるわけではありません。資質も含め、どのように人材登用をしていくかも問われるでしょう」(鵜澤)と加え、講演を終えました。
Section 2
パナソニック コネクト株式会社は「カルチャー&マインド改革」において人材マネジメント改革を推進しています。組織の責任者に権限を委ねて事業戦略と連動した人材戦略を進めるほか、若手層の早期育成、魅力ある管理職作りなど多角的な取り組みを進めています。
パナソニック コネクト株式会社 人事総務本部 人事戦略室 ダイレクター 杉本 稚代 氏
パナソニック コネクト株式会社は、AIやロボティクス、センシングといった技術やハードウェアを強みに、製造、物流、流通や公共、インフラからエンターテインメントに至るまで、幅広い業界向けに製品やサービスを提供しています。
同社はCEOを務める樋口泰行氏のもと、カルチャー&マインド改革、オペレーション改革、事業立地改革の3つからなる「3階層改革」に取り組み、ドラスティックに選択と集中を進めてきました。
杉本氏によると、中でも力を入れてきたのが「カルチャー&マインド改革」です。これまでは上意下達で、現場側が「待ちの姿勢」になりがちでしたが、働き方改革やDEI(Diversity, Equity & Inclusion)に取り組むことで、創業者である松下幸之助の「自由闊達(かったつ)、下意上達」という言葉通り、立場に関係なく情報がつながり、連携し、全員が「ワクワク」しながら成長していく組織作りを2017年度から進めてきました。この取り組みは従業員からもポジティブに受け止められています。
その上で同社は、「CONNECTers’ Success」を掲げて人材マネジメント改革を進めています。いわゆるピープルサクセスはもちろん、「従業員の成功体験を次々に作っていくことにより企業価値を持続的に向上させることを目指しており、人事もそこにコミットしています」(杉本氏)
こうした取り組みの一環として、同社は2023年からジョブ型人材マネジメントに移行しました。「ポイントは組織責任者に権限を委ねたことです。評価の権限だけでなく報酬を決定する権限も現場の責任者に任せることで、人材戦略と事業戦略を連動させ、事業戦略を実行するための強いチーム作りを、現場でスピーディーに進めています」(杉本氏)
パナソニック コネクトは2025年度、「人材ポートフォリオ改革」「ハイパフォーミング組織」「Global Connect」の3つを軸に人材戦略に取り組んでいます。事業戦略起点での組織編成に主眼を置き、ポジションに合致した人材獲得・育成、特にスキル獲得に重点を置いたプロフェッショナル人材の育成にフォーカスし、多様な施策を実施しています。
同社に限らず多くの企業で30代前半から40代前半にかけての人員が不足しており、まもなく定年退職を迎える50代半ばの人材からのスキル継承に頭を悩ませています。しかし日本の労働人口構成を踏まえると、人材採用の努力だけではこの問題をカバーできません。
杉本氏はこの現実を踏まえ「従来とは異なるスピード感で20代、30代前半の若手層のスキルを伸ばし、早期育成していく方向へと発想を転換しなければ、このギャップは埋まらないでしょう」と述べ、スキルベースの考え方の必要性に触れました。このような背景から、30歳で管理職ポジションへの登用を目指す「Journey to Leap」を掲げた育成施策を開始したと言います。
「また、筋肉質でリーンな組織作りに向け、どのようなスキル・ケイパビリティがある人材で組織を設計するのか、またどのレベルの人材を獲得するのか、採用のあり方も見直しています」(杉本氏)
こうした取り組みから同氏が感じているのは、マネージャーの能力の重要性です。同社では、管理職を目指すに当たっての課題をヒアリングした上で、「戦略の明確化」「権限委譲・分散」に加え、「分からないことを常に明確にした上で相互につながり、対話ベースで共創していく」という3つのフォーカスを定め、「Manager 2.0」の実現に取り組み始めています。
「個々の力をつなげ、組織全体のインパクトを出していくため、『戦略でつなぐ。エンパワーして活かす。対話で共創する。』というキャッチフレーズを掲げ、多様な人事施策の中にManager 2.0の考え方を取り入れて変革を進めています」(杉本氏)
カルチャー&マインド改革に始まり、ポジションベースの人材マネジメント、Manager 2.0という形でのマネージャーのアップグレード、ラーニングカルチャーの醸成、キャリアオーナーシップやHRBPの強化、SAPの支援を得ながらのHRISの整備など、多角的な取り組みを進めている同社。引き続き、AIを活用した人事オペレーティングモデルの改革、グローバル接点の拡大に加え、これまでの人材ポートフォリオ改革や組織マネジメント改革を土台としてスキルベースの人材マネジメントに取り組んでいく姿勢を強調しました。
本イベントの共催者であるSAP ジャパン株式会社の佐々見直文氏は、「人手不足が叫ばれ、環境が激変する中では、従業員を人数だけで捉えるのではなく、スキルを把握し、戦略に合わせて適切に配置し、育成していくスキルベースの人材マネジメントが企業の成長の鍵を握ります」と述べ、パナソニック コネクト株式会社のような先進的な企業の取り組みに見られるように、ベースとなる文化やカルチャーの変革と、AIをはじめとするテクノロジーの活用が成功の鍵を握るとして、本イベントを締めくくりました。
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EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 近藤 聡)は、2025年4月28日、日本能率協会マネジメントセンターより書籍『スキルベース組織の教科書』を出版します。