スキルベース組織とは――『スキルベース組織の教科書』監修者が語る新たな人材マネジメント手法

スキルベース組織とは――『スキルベース組織の教科書』監修者が語る新たな人材マネジメント手法


今、「スキルベース組織」と呼ばれるスキルを起点にした人材マネジメント手法が注目されています。

日本ではこれまでの伝統的な職能型人事制度を見直し、ジェネラリスト育成目的の定期的なジョブローテーションや年功重視・終身雇用に基づく労働慣行からの脱却が進んでいます。これからは職務定義書を明確化し、職務要件に基づく厳密なポジション管理と最適人員配置を目指そうと、ジョブ型人材マネジメントへの移行が進められているのです。

他方で、米国を中心に海外では一歩先を行くスキルを起点にした人材マネジメント手法であるスキルベース組織が注目されています。なぜ現代社会においてスキルベース組織への移行が着目されているのでしょうか?

書籍『スキルベース組織の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)監修者でEY Japan ピープル・コンサルティングリーダーの鵜澤慎一郎が、その要諦を解説します。



要点

  • 企業が悩む「人手不足と人手余り」という矛盾の本質は人材の量でなく、人材の質にミスマッチがあることが背景。ジョブではなく「スキル」という粒度の細かい質の観点でマッチングしないと最適な人員配置や人材活用ができない時代が到来。
  • スキルベース組織の考え方は日本の伝統的な職能主義への回帰ではなく、ジョブ型人材マネジメントの延長線上でジョブにひもづいたスキルの集積と活用と考えるべき。
  • スキルベース組織は万能ではなく、活用が進む業界や職種に制約条件がある。一方でスキルベース組織への変革は、適所適材、リスキリングへの動機付け、公正な人材活用など、社会的に大きな意義がある。

スキルベース組織が着目される背景

現在は世界的に見ても人材の量(Talent Shortage)と質(Skill Shortage)において不均衡が生じており、WEF(World Economic Forum、通称:ダボス会議)でも問題提議がなされていることから、その解決に向けてスキルの活用が着目されています1

スキルベース組織の考え方が広まる背景

スキルベース組織の考え方が広まる背景

日本では特に人手余りと人手不足という矛盾した問題が顕在化していますが、根本的には会社内でも社会全体としても余剰の業態や職種から不足のところへと人材異動できないのは人材の質の問題、とりわけ、スキルが適合しないことが背景にあるのです。

人手余りと人手不足の矛盾

人手余りと人手不足の矛盾

つまり仕事の高度化やAIの進歩で、これまでのジョブと人間をマッチさせる時代から、これからはジョブを構成する「タスク」と人間を構成する「スキル」という粒度の細かい質の観点でマッチングしないと最適な人員配置や人材活用ができない時代になっていることが、スキルベース組織の考え方が着目される背景です。

スキルベース組織とは

スキルベース組織の考え方では、仕事をモジュール化(細分化)し、スキルマッチングを通じて、最適な役割分担でジョブを遂行します。

1つのジョブを一人で完結するのが質・量の観点でともに難しいのであれば、分業するしかありません。分業するには今の仕事をモジュール化(細分化)する動きになります。なお、仕事のモジュール化推進はスキルマッチングへの布石に加えて、AIなどで代替し、省人化できる業務プロセスの発見と業務改善にもつながります。

スキルベース組織の考え方

スキルベース組織の考え方

例えば上の図では、XさんはジョブAを遂行しようにも、対応するスキルが足りないので一人でうまく遂行できません。他方でXさんはスキルBを保有していますが、現在のジョブAでは使わないのでそのスキルが埋もれている状態です。

スキルベース組織では、スキルを鍵にジョブマッチングをします。するとジョブAはその遂行に必要なスキルAを持つXさんとYさんの組み合わせとなり、Xさんにとって埋もれていたスキルBは同様にYさんが保有するスキルBと組み合わせて、ジョブBが新たに遂行できるので、従来よりも業務分担の最適化や新たな付加価値創造ができるのです。

スキルベース組織とジョブ型の違い

日本の伝統的な人事制度の特徴として、職能制度があります。職能とはスキルなので、要は欧米のジョブ型からの揺り戻しなのではないか? という疑問を持たれる方もいるかもしれません。

しかし海外で進むスキルベース組織はジョブ(職務)とロール(役割)の定義にひもづいた詳細なスキル定義とその活用と考えるべきで、その意味ではジョブ型の延長線と考える方が妥当でしょう。

日本における職能とは高度経済成長期で慢性的な人材不足時に仕事の繁閑に合わせてジョブローテーション(人事異動)ができるように、どんな仕事であってもそつなくこなすことができる器用なジェネラリストとしての能力を重視した仕組みであり、現代のような特定の職種での高度な専門性をスキルとして捉えるスキルベース組織の考え方とは違うものと考えるべきです。

スキルベース組織とジョブ型

スキルベース組織とジョブ型

スキルベース組織の活用事例と適用範囲

ではスキルベース組織は新たな人事制度かというとそうではなく、スキルベースとは本来、スキルを重視して、採用・異動・配置・評価など一連の広範囲な人材マネジメントサイクルの変革を進めることを示し、厳密には人事制度を指すものではありません。例えば海外ではスキルベースハイヤリングといって、採用場面で学歴や社格よりスキルを重視した対話やスキル関連のテストやケーススタディの結果を重視する流れに変わってきています。

スキルベースの適用シーンとしては、採用、社内公募、人材開発などの場面でスキル重視、スキル活用が進んでいます。人事制度への厳密な適用は、ジョブ定義からのひもづけで、等級(人材の格付け)とスキルを連動させる、人事評価場面で売り上げなどの業績KPIよりもスキルの発揮度を重視する、実際の報酬もスキルにひもづいた等級や評価と連動するということは一部の業界や職種では適用されています。具体的にはテクノロジー、金融、ライフサイエンス、プロフェッショナルファーム業界など、業界内での転職を通じた人材流動性が高く、業界標準のジョブ体系やスキル体系が一定存在する業界で活用が進んでいます。

逆に自動車、製造業、運輸、不動産開発など同一業界内でも個社の独自性が高く、汎用(はんよう)的なスキル定義が難しいところでは人事制度まで踏み込む価値があるのかは海外でも議論の余地が大きいという認識です。

職種という観点でも保有スキルと発揮するスキルが比例しやすい業種(例:エンジニアなどのデジタル職)はスキルベース組織の考えにフィットしますが、マーケティングや営業など、一定のスキルや経験を保有していたとしても実際に仕事をやらせてみないと成果がわかりにくい職種では効果は限定的と言えるのではないでしょうか。

スキルベース組織に欠かせないスキルタクソノミー

ジョブ型がジョブ定義(職務定義書)とジョブファミリー(職群ごとのグルーピング)で基本構成がなされるように、スキルベース組織もスキルタクソノミーというスキルを構造的に整理し、体系化されたもの、いわばスキルの辞書やデータベースのようなものが道しるべとして必要とされます。しかしその成果物やスキル定義の粒度は実に幅広いのです。

スキルタクソノミーとは

スキルタクソノミーとは

大きく3つに分けてみると、1つは図表の左に位置するディクショナリー型。スキルをできる限り詳細に整理・構造化して、まさに辞書のように類型するやり方です。

その対極に存在するのが図表で右に位置する私的タクソノミー型とも呼ぶべきもの。ビジネスSNSプラットフォーマー(例:LinkedIn)、ラーニングプラットフォーマー(例:Udemy)、スキルテックカンパニー(例:Eightfold )などが起点となり、圧倒的なスキル情報を市場で集積し、もはやスキルを整理・構造化すること自体にあまり意味を見いだそうとせずにスキルの関連情報をAIによってユーザーへとサジェスト(指南)する類型です。

その中間に、いわば両極端の間をつなぐスキルのガイドライン集と呼ぶべき類型があり、ここでは公的タクソノミーという解釈をしてみましょう。代表的なもので言えば米国労働省管轄のO*NET、世界経済フォーラムが公開するWEF Global Skills Taxonomy、シンガポール政府のSkills Frameworks by SkillsFutureなどがあります。なお、多くのコンサルティングファームが提示するスキルタクソノミーも基本的にはこれらの市場で公開されている公的タクソノミーを集積・整理したものに過ぎません。

スキルベース組織を運用するポイント

実際に企業が運用するための注意点としては、キャリアパスや人材開発の領域に活用特化しようと思えば、私的タクソノミー的なものを活用すればよいと割り切って、あまり自社でスキルの構造的整理にこだわらない方が得策です。事実、LinkedInで保有スキルは約4万件、Eightfoldに至っては約140万件と言われていますが、これだけの規模のスキル数になるとジョブファミリーごとに詳細にスキルを結び付けること自体がほぼ不可能です。


スキルベース組織についてより詳しい情報をお知りになりたい方はご連絡ください。


また人事制度にひもづけようと考えるとジョブとスキルタクソノミーをある程度連動させることが求められますが、当たり前ですがジョブもスキルも時代の流れとともに変化するので、自前で独自のスキルタクソノミーを構築したとしても、そのあとに定期的に更新ができるのか? という現実的な運用負荷を最初から視野にいれておくことが必要不可欠です。

キャリア開発や人材開発場面であればあまりスキルタクソノミーの構造化にこだわらずスキルテックをうまく使って、自己啓発や上司・部下の対話の補助という位置付けで始める、人事制度に連動させる場合はスキルが成果や報酬に連動するような特定の職種でのみまずは導入を検討し、かつスキルタクソノミーはできる限り市場で公開されているものを活用することで運用の負荷を減らすなどの工夫が必要でしょう。

スキルベース組織が実現する公正な人材活用

このようにスキルベース組織の導入には検討すべき事項もありますが、柔軟な適所適材を可能にする、スキル強化のための教育メニューの自動リコメンドが可能になるなど、スキルベース組織の人材マネジメントの利点は多くあります。

また、リスキリングの努力によって後天的に仕事や昇格のチャンスを得られる社会となり、属性にとらわれない公正な人材活用のきっかけになる可能性も秘めています。

社会に出てから更新が難しい個人の属性情報(性別、年齢、国籍、学歴、社格等)を頼りに判断してきた旧態依然とした人材マネジメントから脱却し、「スキル」という努力次第で何歳になっても新たに習得でき、属性によらない客観性の高い物差しに判断の力点を置くことへと変わっていくことは、女性、シニア人材、障がい者、外国籍などのこれまでマイノリティ扱いされていた人材の活性化につながります。

また少子高齢化で慢性的に人手不足に悩む日本にとっては、スキルベース組織への変革は適所適材やリスキリングへの動機付けにもなり、社会的に大きな意義があるはずです。



書籍
『スキルベース組織の教科書』

スキルベース人材マネジメント転換の具体的な方法を、日本の先進企業の事例や最新スキルテック企業の事例を交えて、第一線のコンサルタント集団が解説いたします。
 




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https://youtu.be/Pa5PM566myE



サマリー

「人手不足と人手余り」という日本企業の課題に対して、細かな粒度で人材の質的観点から最適配置を実現するスキルベース組織の考え方は、1つの解決策になり得ます。

スキルベース組織の適用は万能ではなく、業界や職種次第で制約条件は存在しますし、外部採用や社内公募、能力開発場面でスキルテックを含めた活用が進む一方で、等級・評価・報酬という人事制度まで踏み込むべきかは個社のマネジメント方針次第で、議論の余地が大きくあります。

しかし、適所適材、リスキリング、これまでマイノリティとされていた人材の活性化をはじめとする公正な人材活用など、スキルベース組織に変革するメリットは多いでしょう。


  1. 1: World Economic Forum, Putting Skills First: Opportunities for Building Efficient and Equitable Labour Markets (15 January 2024)
    www.weforum.org/publications/putting-skills-first-opportunities-for-building-efficient-and-equitable-labour-markets/ 


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    ニュースリリース

    EY Japan、『スキルベース組織の教科書』が「HRアワード2025」書籍部門に入賞

    EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 近藤 聡)は、日本能率協会マネジメントセンターより出版した書籍『スキルベース組織の教科書』が日本の人事部「HRアワード2025」(主催:「HRアワード」運営委員会、後援:厚生労働省)の書籍部門に入賞しましたのでお知らせいたします。

    EY Japan + 1

    EY Japan、日本市場で初めてスキルを起点にした新たな人材マネジメント手法を包括的に解説する『スキルベース組織の教科書』を出版

    EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 近藤 聡)は、2025年4月28日、日本能率協会マネジメントセンターより書籍『スキルベース組織の教科書』を出版します。

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