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役員退職慰労金制度と株式交付信託を用いた退任時支給型の株式報酬制度

情報センサー2023年2月号 押さえておきたい会計・税務・法律

公認会計士 太田 達也

当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『決算・税務申告対策の手引』『消費税の「インボイス制度」完全解説』『同族会社のための「合併・分割」完全解説(改訂版)』『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。

Ⅰ はじめに

近年、金銭による役員退職慰労金制度を廃止し、株式交付信託を用いた退任時交付型の株式報酬制度を導入する事例が多く見られるようになってきました。

今回は、従来の役員退職慰労金制度に係る会計・税務の取扱いと、株式交付信託を用いた退任時交付型の株式報酬制度に係る会計・税務の取扱いについて解説します。

Ⅱ 役員退職慰労金制度

1. 会計上の取扱い

役員退職慰労金については、「租税特別措置法上の準備金及び特別法上の引当金又は準備金並びに役員退職慰労引当金等に関する監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第42号)によれば、次のように取り扱います。

(1) 役員退職慰労引当金の計上

役員退職慰労金については、役員退職慰労金の支給に関する内規に基づき支給見込額が合理的に算出され、その内規に基づく支給実績があり、このような状況が将来にわたって存続する場合には、各事業年度の負担相当額を役員退職慰労引当金に繰り入れることとされています。

(2) 役員退職慰労引当金制度を廃止する場合

任期中または重任予定の役員に対する廃止時点までの内規に基づく支給額を支給する場合には、株主総会において承認決議を行うか否かに応じて次のように取り扱います。

① 廃止時点で承認決議を行う場合

その役員の退任時まで承認済の慰労金の支給を留保する場合には、実際に支払われるまでの間は、原則として長期未払金として表示します。

② 廃止時点ではなくその役員の退任時に承認決議を行う場合

引き続き役員退職慰労引当金として表示します。


2. 税務上の取扱い

(1) 所得税

所得税法上、退職所得とは、退職により一時に受ける給与およびこれらの性質を有する給与をいい(所法30①)、一般的には退職の事実(退任)に基因して一時に支給されるものが該当します。

したがって、役員退職慰労引当金制度の廃止時点で退任しない役員に支給すると退職の事実がないため退職所得ではなく給与所得とされてしまいますから、通常は前記1. (2)①のように、退任時まで支給を留保するものと考えられます。

なお、使用人については、引き続き勤務する場合であっても、従来の退職給与規程の改正に伴う打切支給が認められる取扱いがあります(所基通30-2(1))が、役員についてはこの通達は適用されません。

(2) 法人税

① 法人税法第34条第1項による損金不算入

役員給与のうち、次のイ~ハのいずれにも該当しないものは、損金不算入とされます。

イ 定期同額給与
ロ 事前確定届出給与
ハ 業績連動給与

なお、役員退職給与については、業績連動給与に該当するものはハによる規制を受けますが、業績連動給与に該当しないものはこの規制の対象外とされます。

② 法人税法第34条第2項による損金不算入

役員給与(前記①により損金不算入とされるものを除きます)のうち、不相当に高額な部分の金額(その退職した役員の業務従事期間、退職の事情、同業種で規模が類似する法人の支給状況等に照らし、相当と認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(法令70二))は、過大役員退職給与として損金不算入とされます。

③ 役員退職慰労金制度に基づく役員退職給与の取扱い

役員退職給与の損金算入時期は、原則として、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とされます(法基通9-2-28)。

したがって、会計上、役員退職慰労引当金に繰り入れた金額は所得計算上損金算入されず加算し、退任して支給する際、認容・減算します。役員退職慰労引当金制度が廃止された場合であっても、支給しない限り所得計算上の調整は行いません。

役員が退任して株主総会の決議等により役員退職給与を支給した場合には、その役員退職給与が業績連動給与に該当するときは法人税法第34条第1項による損金算入の規制の適用を受けますが、退職直前の給与支給額に役員の業務従事期間や職責に応じて定められた功績倍率を乗じて計算するいわゆる功績倍率法によっている場合には業績連動給与に該当せず(法基通9-2-27の2)同項の規制の適用は受けません。

次に、その支給額のうちに不相当に高額な部分の金額がある場合には、法人税法第34条第2項により過大役員退職給与として損金不算入とされますが、同項は実務上非上場の同族会社が問題とされることが多く、上場企業が役員退職慰労金規程に基づき一般的な金額を支給する限り問題とはならないでしょう。

Ⅲ 株式交付信託を用いた退任時交付型の株式報酬制度

1. 役員向け株式交付信託のしくみ

役員向け株式交付信託のしくみの一例を示すと<図1>のとおりです。

図1 役員向け株式交付信託のしくみの一例

なお、「③株式取得」については、株式市場から取得するほか、会社から取得する場合があります。


2. 会社側の会計上の取扱い

株式交付信託の会計処理としては、企業会計基準委員会から公表されている実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」があり、役員向けの株式交付信託においても参考とされます。

この実務報告に準じて取り扱う場合の会社の処理(信託が役員に交付する株式を会社から取得する場合)を示すと次のとおりです。

〔前提条件〕

役務提供期間:X1期~X3期(毎期同数のポイントを付与)

会社は信託に対して金銭1,200を拠出

会社は簿価1,000の自己株式を1,200で処分

信託は退任時(X3期終了時と仮定)に株式を交付


(信託拠出時)

信託拠出時

(自己株式処分時)

自己株式処分時

(信託が期末に上記自己株式を保有している場合)

信託が期末に上記自己株式を保有している場合

(ポイント付与時)

X1期

ポイント付与時  X1期

X2期

ポイント付与時  X2期

X3期

ポイント付与時  X3期

(信託から退任役員への株式交付時)

信託から退任役員への株式交付時

なお、信託期間を延長したり、特定の終了期日を定めないことで対象期間を継続させたりする場合には、対象期間中は引当金への繰入れを継続し、交付時に取り崩すこととなります。


3. 税務上の取扱い

(1) 信託に対する税務上の取扱い

集団投資信託、退職年金等信託、特定公益信託等以外の信託に対する税務上の取扱いは次のとおりです(所法13、法法2二十九の二、12①②、所基通13-8、法基通14-4-8)。

① 受益者が存しない場合

受益者が存しない場合には、法人課税信託に該当し、受託者を納税義務者として法人税が課せられます。

② 受益者が存する場合

受益者が存する場合には、原則として受益者等課税信託に該当し、受益者がその信託の信託財産に属する資産および負債を有するものとみなし、かつ、その信託財産に帰せられる収益および費用はその受益者の収益及び費用とみなされ、いわゆるパススルー課税が行われます。なお、受益者がいない信託であっても、信託の変更をする権限を現に有し、かつ、その信託の信託財産の給付を受けることとされている者は受益者とみなされ、パススルー課税の対象となります。

③ 役員向け株式交付信託の取扱い

役員向け株式交付信託では、役員が受益権を取得するまでの間は受益者が存しませんが、委託者である会社が信託の変更をする権限を有し、帰属権利者となることから受益者とみなされ、②によりパススルー課税の対象となります。

(2) 役員側の取扱い

役員側では、株式交付規程にしたがって株式の交付を受ける権利が確定する日(受益権確定日)に給与所得または退職所得として認識し、同日の株式の時価に交付株式数を乗じた金額が収入金額となります。

退任時交付型については、通常は退職により一時に受ける給与に該当し、退職所得として取り扱われます(所法30)。

(3) 会社側の取扱い

① 株式報酬費用の認識時期

会社側では、ポイントを付与する事業年度には損金として認識せず、受益権確定日(権利確定日)の属する事業年度において認識します。

② 法人税法第34条の適用

①により認識された役員給与は、法人税法第34条の規制の対象となります。

退職給与については、従前は同法第1項の対象外となっていましたが、平成29年度税制改正において、退職給与のうち業績連動給与に該当するものは同項の対象に含まれることとされました。

これに伴い、役員向けの株式交付信託の取扱いは、同改正の前後で<表1>のようになります。

表1 役員向けの株式交付信託の取扱い

退任時交付型の株式交付信託については、同改正以前は不相当に高額でない限り損金算入されていましたが、同改正以後は、業績連動給与に該当するものについては損金算入要件を満たす必要があります。

イ 業績連動給与に該当しないもの

退任時交付型の株式交付信託のうち業績連動給与に該当しないものについては、法人税法第34条第1項の規制の対象とならず、不相当に高額でない限り損金算入されます。

株式交付信託については、毎年役位に応じて固定ポイントを付与するものなどポイントの付与方法が業績指標に連動しないものは業績連動給与に該当しません。また、交付する株式のうちから源泉所得税に充てるために一部を売却して金銭として交付する場合がありますが、株式交付と同視し得る要件を確保している限り株式交付に準じて損金算入が可能です。

ロ 業績連動給与に該当するもの

退任時交付型の株式交付信託のうち業績連動給与に該当するもので、平成29年9月30日以前にその支給に係る決議が行われたものは、法人税法第34条第1項の規制の対象とならず、不相当に高額でない限り損金算入されますが、同年10月1日以後にその支給に係る決議が行われたものは、同項の規制の対象となります。改正の適用関係としては、同年9月30日以前に導入した業績連動要素のある退任時交付型の株式交付信託を導入した場合、支給額の算定方法について株式交付規程を改定しない限り、同日以前に選任された役員(任期満了により再任された役員を含みます)に対しては旧法が適用され、同年10月1日以後に新たに選任された役員については新法が適用されます(平成29年改正法附則14②)。

新法が適用される場合において、株式を交付する場合の業績連動給与の損金算入要件は<表2>のとおりです(法法34①三、法令69⑨~⑲)。

<表2>の(注)業務執行役員とは、(4)①の手続の終了の日において次のいずれかに該当する者をいいます(法令69⑨)。

表2 株式を交付する場合の業績連動給与の損金算入要件

① 取締役会設置会社における次の者

イ 代表取締役
ロ 取締役会の決議によって業務を執行する取締役として選定されたもの

② 指名委員会等設置会社における執行役

③ ①②に準ずる役員


したがって、退任時交付型の株式交付信託で業績連動型のもののうち、たとえば次のようなものは、損金算入要件を満たさず、損金算入されないことになります。

  • 同族会社が交付するもの
  • 業務執行役員に該当しない監査役や社外取締役に交付するもの
  • 交付する株式数ではなく無償取得(没収)される株式数が業績連動で変動するもの

また、ポイントの付与方法として固定部分と業績連動部分を組み合わせる場合、それぞれの金額を別々に取り扱うことができ、固定部分については業績連動給与に該当しない退職給与として、業績連動部分については業績連動給与の損金算入要件を満たすことにより、損金算入が可能です。

Ⅳ おわりに

役員給与については金銭による固定報酬による支給が多かった日本企業も、近年の数次にわたる法人税法改正により、金銭だけでなく株式による支給、固定報酬だけでなく業績連動による支給など、選択肢が広がったことに伴い、さまざまな支給方法が普及してきています。

新たな支給方法の導入に当たっては、法務・会計はもちろんのこと、税法上の取扱いが大きく異なる給与所得と退職所得の取扱いについても、特に慎重に検討するようにしてください。

(注) 文中、法令条文等は、以下の通り略して表記しています。

法令:法人税法施行令

法法:法人税法

所法:所得税法

法基通:法人税法基本通達

所基通:所得税基本通達

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