中国におけるクロスボーダー人事異動に関する費用回収時の税務・外貨リスク

1. はじめに

日本企業が海外企業の立ち上げや拡大、技術移転またはグローバル人材育成等を目的として、海外子会社に出向者(以下、海外赴任者)を派遣することは一般的です。従来、日本本社は海外子会社の経営支援の一環として、海外赴任者の給与・福利厚生費について日本の法人税の較差補填の考え方の下、そのコストの多くを負担していました。

近年は給与水準の高い国が増え、日本企業との給与格差が縮小する傾向にあることから、日本本社が負担する人件費の一部または全部を、海外子会社に請求するケースが増えています。

本税務ニュースでは、日本と中国税務管理の視点から、較差補填の実務動向や中国から人件費回収時の規定や留意点などを解説します。


(1)日本の法人税 ― 較差補填を巡る位置づけと近年の実務動向

日本法人が海外子会社に従業員を出向させる場合、日本本社が当該出向者の給与や福利厚生費の一部を負担することについては、法人税基本通達9-2-47により、一定の範囲で「給与条件の較差補填」として損金算入が認められています。

同通達では、出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填する目的で出向者に対して支給する給与は、出向期間中であっても出向元法人の損金の額に算入されるものと整理されています。また、出向先法人が海外にあることを理由として支給される留守宅手当等も、給与条件の較差補填に含まれるとされています。

この「較差補填」制度は、制度創設当時、日本本社の給与水準が海外と比べて高く、現地法人の給与水準では同等の処遇を維持できない状況を前提としていました。しかし、近年では、とりわけ中国など一部の国・地域において、マネジメント層を中心に現地給与水準が日本を上回るケースも珍しくなくなっています。

そのため、日本と海外との給与水準の逆転や差異縮小により、較差補填による損金算入の説明が年々難しくなっているようです。

実務上も、過去には較差補填を前提として出向者コストの一定額を、日本本社が負担していた企業が、近年の税務調査において、「現地給与水準として用いている金額が、以前の水準に基づいており、現在の中国の給与水準を反映していない」として指摘を受けるケースが見られます。その結果、「現地給与水準を基準とすると、較差補填できる余地はほとんどない」「または補填できたとしても極めて限定的」と判断され、日本本社負担分の一部または全部について、国外関連者への寄附金に該当するとして損金算入が否認される事例も報告されています。

このような背景から、今後は、日本払い分の給与・福利厚生費については、原則として中国法人に請求する方向で制度設計・運用を見直すことが現実的な選択肢となりつつあります。その場合、日本側では較差補填の可否だけでなく、中国側での送金実務、恒久的施設(以下、PE)認定リスク、外貨管理規制、個人所得税の適正申告といった点を総合的に考慮する必要がありますので、本アラートは較差補填を請求する際の中国側の留意点を整理します。


(2)中国における立替給与送金の現状

立替給与の対外送金に関しては、中国税務当局および外貨管理当局による管理強化を背景に、PEの認定リスク、個人所得税未納発覚のリスク、必要書類の提出ができないリスク等、さまざまな要因により、過去分を含む立替給与の対外送金が実現できていないケースが見受けられます。

下記のケースのように、中国から日本へ立替給与を送金する際、複数の課題に直面し、実務上の対応に苦慮している企業が散見されます。

当社は長年、日本から従業員を中国子会社に派遣しており、派遣社員の給与および福利厚生費の一部を、日本本社が立替払いしていました。派遣社員5名について、3年分の立替金が累計で6千万円に達しています。

これまで当社では、中国現地子会社より当該立替給与を回収すべく、中国の所轄税務局に本件に関して複数回相談してきました。しかしその都度、税務局からは、立替給与を日本へ送金するため、個人所得税以外に、高額の増値税および企業所得税の追納が求められました。6千万円の資金を回収するため、ほぼ1千万円の追加納税は必要とのことです。当社は、このような高額な追加税負担を懸念し、これまで中国子会社から立替給与の回収を実現できませんでした。

このような状況において、追加の税負担なしで、立替給与を回収できる可能性がございましたら、ご教示ください。なお、中国における立替給与の対外送金に対し、12カ月という期限の制限があると聞いており、時間制約により回収がより困難になるのではないかという懸念もあります。対応策や代替案の提示を希望します。

2. 中国における海外送金に係る規制とリスクの整理

日本本社が肩代わりして支払う給与は、「経常項目」のサービス貿易に該当します。通常、サービス貿易として送金する場合は、企業所得税(法人税)や増値税を納付する必要がありますが、中国子会社から日本本社への送金は、立替給与に該当する場合、中国個人所得税が適正に納付されていることを前提として、企業所得税(法人税)や増値税を課されることなく、国外への送金が可能です。

通常、立替給与の送金について、一般に想定されるプロセスは以下のとおりです。

1)   契約届出(原則として契約書の署名後30日以内に登記)
2)   税務評価の実施(PEの有無、個人所得税取扱いの妥当性などに関して確認、交渉)
3)   必要に応じて税務申告を行う
4)   対外支払税務届出を取得
5)   現地銀行にて立替給与を送金

立替給与回収時のリスクおよび追加コストを最小化するためには、中国関連規制を把握のうえ、十分な準備を工夫することが極めて重要です。

以下では、中国から立替給与を回収する際の関連規制およびリスクを解説します。


(1)外貨管理規制

①税務局による立替給与の海外送金に関する税務届出手続き

中国では、立替給与の送金手続きについては、現地銀行が実施しますが、税務局と外貨管理局(現地銀行を経由)の双方から管理されています。2013年前後に、中国当局は海外送金に関する規制を相次いで発表し、手続きが簡易化される傾向が明確になりました。立替給与の送金は、事前申請から事後管理に変更されました。

当該規制変更により、立替給与の管理が緩和されたように見える一方で、一部の地域においては、立替給与の名義で送金するために、事前に所轄税務局へ資料を提出し、承認を受ける必要があります。また各地の税務局は立替給与の海外送金を依然として重要な審査項目と捉え、事後管理において立替給与支払契約書を含むさまざまな資料を求め、審査を行うことが多いとされています。

一方、事前申請が不要となったため、中国子会社が所轄税務局と事前に確認・相談を行う機会は減少しました。その反面、所轄税務局が事後管理で、企業所得税や増値税を課さず「立替給与」として送金した税務上の取扱いを見直し、追加納税を求める事例が増加しています。

例えば、上海のある区の税務局において、事後検査で個人所得税の過少納付が発覚したことを契機に、現地会社から日本本社への送金を立替給与と認めず、25%の企業所得税および6%の増値税を求めたケースがあります。

このように税務当局から取扱いを覆され、追徴課税を受けるリスクを避けるためには、立替給与の送金額を問わず、必要な資料を準備の上、所轄税務局へ事前に説明し、税務届出手続きを確実に行うことが選択肢になります。
 

②現地銀行による海外送金管理規制

中国では外貨管理に関して数多くの法律法規がありますが、立替給与の海外送金を準備する際には、「費用発生から決済までの立替期間が12カ月を超えてはならない」、「送金の真実性を確保するために、現地銀行が取引書類を審査する責任がある」などの規制について事前に留意することが重要です。

現在、海外送金の審査が中国外貨管理局(以下、SAFE)から中国現地銀行に移管されたため、SAFEの許可が必要な項目は減少しています(移管は2013年9月1日から)。ただし、銀行ごとに審査実行時の条件や厳しさが異なりますので、送金前に現地銀行と具体的なコミュニケーションを行うことが必要です。特に、請求期間が12カ月を超えた場合には、立替給与としての送金可否、または他の送金手段の有無などについて、現地銀行と個別に相談・交渉する必要があります。
 

(2)恒久的施設(PE)の認定リスク

海外赴任者が中国でPEを構成するか否かは、主に国税発[2010]75号通達(以下、「75号通達」)および国家税務総局[2013]19号通達(以下、「19号通達」)の判定基準を照合します。「19号通達」により、出向によるPEを判断する際には、複数の認定条件を総合的に加味した上で判断すべきですが、実務上では、各地の税務局はより慎重に対応し、複数要件のうち1つでも該当する条件があればPEとみなされる可能性があります。

中国税務局は海外赴任者がPEを構成するか否かについては、より厳格に審査する傾向があります。一旦、中国にてPEを構成すると認定された場合、給与の送金が「日本本社が提供する労務サービスの対価」とみなされ、企業所得税や増値税等の課税対象となるケースがあります。例えば、年間6,600万円を送金額として、PEと認定される場合の税額試算は以下のとおりです。

送金額企業所得税増値税コスト合計
6,600万円660万円
(6,600*40%1*25%)
396万円2
(6,600*6%)
7,656万円
(税金合計:1,056万円)

注1:実務上、PE認定を受けた場合、みなし利益率を用いて、企業所得税を計算することが一般的である。みなし利益率は業務内容により、15%から50%と規定されているが、本件は40%に適用する前提で試算を行う。
注2:送金額は増値税抜き金額であり、中国子会社が仕入税額控除できる場合、増値税は実質的に税負担にならない可能性がある。


「19号通達」は、所轄税務局が海外出向に関する税務管理を強化し、出向関連資料または出向アレンジメントの経済的実質および執行状況を確実に審査して、非居住者企業(日本本社を指す)の課税義務を把握することを規定しています。税務局の事後管理においてPEと指摘され、追加納税が求められることを避けるためには、送金開始前に、日中両社間のリスク分担、海外赴任者の業績評価、請求金額の決定ロジックなどの送金アレンジメントを全面的に確認し、PEを構成しないことを立証する資料を確実に整えることが極めて重要です。

 

(3)日中両国における個人所得税取扱いの妥当性

①中国の個人所得税 - 立替給与の送金を確保するために留意すべき事項

前述のとおり、立替給与として企業所得税・増値税を納めずに送金するには、中国で個人所得税が適正に計算・申告・納付されていることが重要な前提になります。

海外赴任者は中国子会社のために勤務しているため、中国個人所得税の規定に基づき、給与や福利厚生の支払・負担元を問わず、中国勤務期間中の所得は中国国内源泉所得として課税対象となります。一方、海外赴任者の一部給与・福利厚生の一部または全部を日本本社が立替払いしている場合、中国子会社の担当者が日本本社の福利厚生規程を把握できないことや、本社との連携不足、中国税法への認識不足により、課税所得を適正に把握することが困難な状況に陥ることがあります。その結果、日本払いの給与や福利厚生は、中国において個人所得税の課税対象から漏れて、過小申告となるケースが散見されます。

一方、税務局が立替給与の送金を審査する際には、海外送金される立替給与が課税されるか否かのみならず、個人所得税の申告記録と国内外の収入、福利項目などのデータ間の照合をより厳格に実施することが一般的です。このため、従来は顕在化していなかった個人所得税の過小申告が表面化し、税務局に指摘される可能性が高まります。一旦、個人所得税の申告漏れが発見されると、中国子会社においては、立替給与の海外送金と税務管理に対し下記の不利益が想定されます。

  • 申告漏れはPE認定に不利な要素となる。PEと認定された場合には、企業所得税、増値税の課税対象となり、送金コストが大幅に高まる
  • 個人所得税の過小納付は、立替給与の送金手続きに支障を与えるリスクがある
  • 事後管理において過小納付が発覚した場合、税務局から修正申告を求められるだけではなく、日歩0.05%の延滞金や罰金が課されるほか、中国子会社の納税信用格付けが減点され、中国での事業運営が困難になる可能性がある。

立替給与の海外送金をスムーズに行い、かつ会社の税務リスクを最小限に抑えるために、送金準備の一環として、出向者の中国個人所得税取扱い状況を事前にチェックし、潜在的リスクを洗い出したうえ、早期に解決することが肝要と考えられます。

通常、翌年度からの立替給与の送金を求めるケースが多い一方、実務上では、中国側の外貨制限や資料・手続きの不備などにより、立替給与の送金が拒否され、未送金の金額が累積しているケースもあります。仮に12カ月以前の費用がある場合には、いかに回収するかに関して、他の代替案を検討する必要があり、その真実性・実質性・合理性等を踏まえた工夫が非常に重要です。

特に、企業買収、会社合併や分立、持分譲渡または会社清算・破産等を予定している企業にとっては、企業再編のプロセスが遅れないようにするために、個人所得税取扱いに関するチェックを行い、未送金の回収を早期に検討・準備することが重要と考えられます。


②日本の所得税 – 中国側税務問題が日本で及ぼす影響

日本の所得税の観点から、中国における個人所得税の申告漏れや、それに伴う税額を会社が負担する場合の影響について整理します。

そもそも所得税は原則として個人に課される税金です。そのため、会社が外国の個人所得税を負担した場合であっても、税務上は「本人に対する経済的利益の供与」と整理されます。

中国で海外赴任者について個人所得税の申告漏れが発覚し、本税や延滞税・加算税等を会社が負担した場合、その会社負担額は、当該個人に対する給与として課税所得に含まれるのが基本的な考え方です。

特に留意が必要になるのは、すでに海外赴任者が日本へ帰任し、日本の居住者に該当している場合です。この場合、中国で支払われた(または会社が負担した)個人所得税相当額は、日本の所得税法上、国内払いの国外源泉所得として日本で源泉徴収が必要になります。

その結果、本人の手取り額に影響が生じないようにするためには、日本においてグロスアップ計算を行うなど非常に煩雑な手続きが発生します。

さらに、中国現地法人が、中国側の延滞税や附帯税等を支払った場合についても注意が必要です。これらの金額は、日本の所得税から見ると、「国外で支払われた国外源泉所得」に該当します。つまり、当該帰任者が「日本の居住者」である限り、日本において確定申告が必要になります。

このように、中国側での個人所得税の申告漏れや事後対応は、中国だけの問題にとどまらず、帰任後の日本における所得税課税、確定申告、グロスアップ計算、さらには会社負担コストの増大へと連鎖的に影響する可能性があります。

3. まとめ

日本側では、法人税上、較差補填として損金算入が認められる余地が年々限定的になっています。同時に、中国では海外送金に対する外貨および税務管理は日々厳格化しています。海外赴任者の給与・福利厚生費に係る立替金を中国子会社へ請求する場合、実行可能性や将来のリスクを把握するために、①外貨管理(送金可否、期限制限有無など)、②PE認定リスク、③個人所得税取扱いの妥当性などの観点で、規制を整理して潜在的リスクを洗い出すことが重要です。

立替給与の海外送金は、単独の課題ではなく、中国側において企業所得税や個人所得税の管理、または外貨管理のコンプライアンスなど会社運営に重要な分野と緊密に関連しており、日本側においても、中国個人所得税の問題が日本の所得税課税やグロスアップ計算等の実務負担に直結します。立替金問題をスムーズに解決するために、日中両国の企業は連携しながら、お互いに協力する必要があります。

日本本社と中国子会社のリスクを最小限まで抑えつつ、海外赴任者への立替給与をスムーズに回収するために、以下の対応策をご提案します。

  • 現状把握:日本側で較差補填が寄附金認定されるリスクがあるか否かを確認する。または、企業再編の前期で、未払いの立替給与の有無を事前に確認する。
  • 書類準備:出向者PEのリスクを抑えるために、立替給与支払契約書の内容や表現に工夫して、税務局や現地銀行と確認のうえ、適切な書類を修正、準備する。
  • 税務レビュー:送金の前またはすでに送金済みの場合であっても、改めて中国税務の観点で全面的なレビューを行う。主として個人所得税が正しく納付されているかを確認し、必要に応じて企業所得税(法人税)の処理の妥当性確認や、PE認定リスク軽減のための契約書精査等も検討する。
  • 修正申告実施:個人所得税ヘルスチェックを行い、潜在的リスクを洗い出したうえ、送金する前に必要に応じて正しく修正する。

お問い合わせ先

EY税理士法人

藤井 恵 パートナー

EY中国
張 頎(Eliona Zhang) パートナー

※所属・役職は記事公開当時のものです