EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 髙平 圭
品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務ならびに当法人内外への情報提供などの業務に従事している。
法令等で記載事項が定められた重要な企業情報や財務情報を含む有価証券報告書(以下、有報)が、大半の上場会社において株主総会後に開示される状況は、わが国の開示実務において長年の課題とされてきました。そして、2025年3月に発出された金融担当大臣からの要請に端を発し、2025年3月期以降、上場会社における株主総会前の有報開示(以下、総会前開示)の実務が大きく進展しました。また、2024年12月に金融庁に設置された「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」(以下、協議会)において、計3回にわたり総会前開示が広く実現することを目的とした検討が行われ、今後の取組みが示されています。本稿では、2025年1月以降の総会前開示の実務の進展および今後の方向性について概観します。なお、本稿は2025年10月18日時点の公表情報を基に作成しています。
2024年12月までの総会前開示の取組みの経緯については、「情報センサー2025年1月 会計情報レポート 有価証券報告書の定時株主総会前の開示の現状と今後の展望」※1をご参照ください。
※1 情報センサー2025年1月会計情報レポート
ey.com/ja_jp/technical/library/info-sensor/2025/info-sensor-2025-01-01(2025年10月18日アクセス)
2025年3月28日付けで、金融担当大臣から全上場会社の代表者宛に「株主総会前の適切な情報提供について(要請)」※2(以下、大臣要請)が発出されました。その主な内容は下記囲みのとおりです。有報の提出は本来、株主総会の3週間以上前に行うことが最も望ましいとの考え方を示した上で、実務上の課題を考慮し、2025年3月期以降の有報について、株主総会の前日又は数日前に提出することの検討が要請されました。また、金融庁は2025年3月期以降の有報の提出状況について実態把握を行い、有価証券報告書レビューの重点テーマ審査※3において総会前開示を行わなかった場合の今後の予定等について調査することとしています。
出所:「大臣要請」を基に筆者作成
大臣要請を受けて、日本公認会計士協会は2025年3月31日付で会長声明「金融担当大臣要請『株主総会前の適切な情報提供について(要請)』に対して」※4(以下、会長声明)を発出しました。その主な内容は下記のとおりです。会長声明では同協会会員宛てに、大臣要請の趣旨を踏まえ、十分な監査期間の確保を前提に上場会社の総会前開示の検討に協力することを期待するとしています。
出所:「会長声明」を基に筆者作成
大臣要請等を踏まえ、2025年3月期の総会前開示の実務は大きく進展しました。その結果は<表1>のとおりです。大臣要請が3月決算会社の決算日直前に発出されたため、十分な検討や準備の時間が確保できないのではとの見方もありましたが、57.7%(1,310社)の上場会社が総会前開示を実施し、前年度の1.8%から大幅に増加しました。また、総会数日前の開示が多いものの、1週間以上前に開示した企業は44社に上り、前期の11社から増加しています。この傾向からすると、今後も数日前の総会前開示にとどまらず、より早期の有報開示に取り組む企業の増加が見込まれます。
表1 2025年3月期の総会前開示の企業数・割合
| 21日 以上前 | 14日~ 20日前 | 7日~ 13日前 | 4日~ 6日前 |
3日前 |
2日前 |
1日前 | 総会前 合計 | 総会同日・後 |
合計 | 総会前 開示割合 |
2025年3月期 | 1 | 1 | 42 | 122 | 95 | 206 | 843 | 1,310 | 951 | 2,269 | 57.7% |
(注)「合計」欄には、集計時点(2025年6月末)で有報を開示していない会社を含む。
出所:金融庁「2025年3月期に係る総会前開示の状況①」を基に筆者作成
一般社団法人日本経済団体連合会(以下、経団連)は、2025年5月13日に「有価証券報告書の株主総会前開示について~投資家に対する有用で効率的な情報提供に向けて~」※5を公表しました。総論として、資産運用立国の実現に向けて、コーポレートガバナンスやディスクロージャー、スチュワードシップ、議決権行使のそれぞれの在り方等について、日本企業の競争力強化、成長と分配の好循環の拡大に資する改善を継続しなければならないとして、株主の議決権行使に当たって有用な情報を早期かつ効率的に提供すると提言。同時に、企業における実務負担の軽減を図るという総会前開示の本来の目的を達成するため、制度横断的な検討と改革を進めるべきと提言しています。その具体的な内容は下記のとおりです。
出所:経団連「有価証券報告書の株主総会前開示について」www.keidanren.or.jp/policy/2025/032.pdf(2025年10月13日アクセス)を基に筆者作成
また、経団連は、大臣要請を受けた総会前開示に関する企業側の対応状況、課題、施策に対する受け止め等を把握することを目的として、会員企業・団体にアンケート調査※6を実施し、2025年7月15日にその結果を公表しました。対応負荷の観点では、会社法計算書類・決算短信・有報の作成業務が5月中旬に集中してしまうことや、従来よりも確認時間を十分に確保することが困難となり、確認不足によるミスの発生を懸念するなどの声が上がっています。また、総会前開示を行うために相当な実務負荷を掛けた割に、投資家からの前向きなフィードバックがなかったなど、当該施策の有用性を疑問視する意見も聞かれています。
日本監査役協会は、総会前開示の各社の状況把握を目的として適示調査※7を実施し、2025年9月30日にその結果を公表しました。監査役等として考える問題として、2~3営業日程度の総会前開示が株主・投資家に資するのか疑問であることや、当面これ以上の早期化は実務上難しく、会社法と金融商品取引法の一体開示に向けた制度整備を望む意見などが聞かれています。
※2 金融庁「株主総会前の適切な情報提供について」
www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250328-2/20250328-2.html(2025年10月13日アクセス)
※3 金融庁「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(識別された課題への対応にあたって参考となる開示例集を含む)及び有価証券報告書レビューの実施について(令和7年度)」
www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250401-3/20250401.html(2025年10月13日アクセス)
※4 日本公認会計士協会、会長声明「金融担当大臣要請『株主総会前の適切な情報提供について(要請)』に対して」
jicpa.or.jp/specialized_field/20250331ijj.html(2025年10月13日アクセス)
※5 経団連「有価証券報告書の株主総会前開示について~投資家に対する有用で効率的な情報提供に向けて~
www.keidanren.or.jp/policy/2025/032.pdf(2025年10月13日アクセス)
※6 経団連「『有価証券報告書の株主総会前開示』 アンケート結果 」
www.keidanren.or.jp/policy/2025/048.pdf(2025年10月13日アクセス)
※7 日本監査役協会 「第7回適示調査 有価証券報告書の株主総会前提出」
kansa.or.jp/support/library/post-14322/(2025年10月13日アクセス)
協議会での検討の中で、金融庁は総会前開示の実現方法として、<図1>に記載の4つの方法を示しています。
図1 総会前開示の実現方法
出所:金融庁「総会前開示の実現方法」www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sokaimaekaiji02.pdf(2025年10月13日アクセス)を基に筆者作成
①の方法は現行実務を拡大するもので、現行の株主総会開催日を維持し、株主総会の1日以上前に有報を開示する方法です。2025年3月期に総会前開示を行った上場会社の多くは、①の方法を採用したものと考えられます。しかしながら、大臣要請において言及のあった株主総会の3週間以上前の有報開示に向けては、上場会社の実務負荷及び正確性の確保などの懸念から、①の方法で実現するのは実務上、困難な面が多いものと考えられます。そこで、株主総会3週間以上前の有報開示を行うために考えられる方法として、②から④の方法が示されています。
②の方法は、現行の株主総会開催日を維持し、会社法に基づく事業報告及び(連結)計算書類(以下、事業報告等)と有報を一体開示して、実務負荷を軽減し早期開示を目指す方法です。なお、一体開示については後述します。
③の方法は、②の方法では決算スケジュールが非常にタイトになることから、議決権基準日を定款変更し株主総会を後倒しすることで、企業の開示書類の作成・監査の時間を確保するとともに、株主による株主総会の議案の検討時間を十分に確保することを目的とした方法です。
④の方法は、従前の決算日が3月末であることを前提として決算日を12月に変更し現行の株主総会開催時期をそのままにすることで、諸外国の年次報告書の開示及び株主総会の開催のスケジュールに近い実務を実現しようとする方法です。
会社法は事業報告等、金融商品取引法は有報をそれぞれ規律しており、上場会社においては、これら2つの開示書類を作成し、監査を受け、法令で定められた期限までに開示することが求められています。一体開示は、この2つの開示書類を一体として作成・開示することを意味しますが、関連する用語について、協議会の事務局資料では<表2>のとおり整理されています。
表2 一体開示に関連する用語の整理
事業報告等と有報を一体の書類として作成する一体開示は、いわゆるEDINET特例(会社法第325条の3第3項)を活用することで、現行法上も可能とされています。しかしながら、現時点においてEDINET特例を利用し一体開示を行っている実例はなく、<表3>に記載したような実務上の論点が指摘されています。
表3 一体開示に関する諸論点
なお、法務省において2025年8月27日に開催された法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会第5回会議※8では、有報の総会前開示の進展を踏まえた規律の見直しに関する議論が行われており、書面交付請求制度の見直しや、事業報告等と有報の開示事項の相違点※9への対応について検討が行われています。
株主総会の後倒しについては、一部の上場会社において既に取組みが進められているものの、多くの上場会社においては検討が進んでいないものと考えられます。総会後倒しに関して一般的に論点として挙げられている事項は<表4>のとおりです。
表4 総会後倒しに関する諸論点
2025年6月11日に行われた協議会(第3回)の事務局資料によると、今後の総会前開示については、以下のとおり方向性が示されています。有報を株主総会の前日ないし数日前に提出することの要請にとどまらず、より早期に総会前開示を行おうとする上場会社を支援するための取組みが今後もさらに進展していくことが考えられます。なお、「有報開示後の総会」との表現は、現行の株主総会開催日を前提とした有報開示のみならず、総会後倒しによる総会前開示の実現を意識したものと考えられます。
出所:金融庁「第3回 有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」事務局資料(2025年6月11日)を基に筆者作成
上記の協議会事務局資料に記載されている具体的な取組みについては、以下に記したとおりです。現時点において、法制審議会における株主総会に係る規律の見直しの検討や、関係省庁合同での相談窓口の設置などの取組みが始まっています。
| 上場会社の取組みの支援 |
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| 周知・啓発 |
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| 制度対応 |
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出所:金融庁「第3回 有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」事務局資料(2025年6月11日)を基に筆者作成
日本公認会計士協会は、法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会における有報の総会前開示に向けた環境整備の議論に先立ち、2025年8月22日付で「上場会社における情報開示の充実化・効率化のための制度整備について(要望)」※13(以下、要望書)を公表し、法務省に提出しています。要望書では、企業は年次決算のタイトなスケジュールの中、異なる提出期限で2種類の書類を作成する実務を続けており、上場会社に対するサステナビリティ情報の開示が制度化される中で、開示する情報の質を充実・維持していくためには、会社法と金融商品取引法の二元的な制度を見直し、利用者のニーズに応じた情報を必要なタイミングで一本化して提供する制度としていく必要があるとされています。具体的な要望の内容は下記のとおりです。
※8 法務省「法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会第5回会議」
www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900001_00301.html(2025年10月13日アクセス)
※9 例えば、事業報告等に固有の事項として、事業報告における各社外役員の主な活動状況(会社法施行規則第124条第4号ロ及びニ等)や、(個別)計算書類における関連当事者との取引に関する注記(連結計算書類を作成している場合に省略不可)(会社計算規則第98条第1項第15号、第2項第4号)などがある。
※10 金融庁「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に関する相談窓口について」
www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sokaimaekaiji/madoguchi.html(2025年10月13日アクセス)
※11 金融庁「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた施策等の一覧」
www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sokaimaekaiji/seiri.html(2025年10月13日アクセス)
※12 金融庁「有価証券報告書の定時株主総会前の開示について」
www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sokaimaekaiji.html(2025年10月13日アクセス)
※13 日本公認会計士協会「上場会社における情報開示の充実化・効率化のための制度整備について(要望)」jicpa.or.jp/specialized_field/20250826tqj.html(2025年10月13日アクセス)
この1年で総会前開示の実務は大きく前進しました。しかしながら、作成者及び利用者において、その効果は期待されたほど実感されるに至ってはいないものと考えられます。この点、わが国の総会前開示の議論の発端は、株主・投資家の議決権行使や投資判断に必要な企業情報が株主総会終了後に開示される世界でも例を見ない開示実務に対する不満の声によるものであり、総会前開示の問題は、わが国のコーポレートガバナンス上の解決すべき重要な課題とされています。日本の資本市場の信頼性確保及び上場会社の持続的な企業価値向上といった大きな命題の下、市場関係者(関係省庁、企業、株主・投資家、監査人)が協力し、諸外国に見劣りしない開示実務の醸成に向けて、不断の取組みを進める必要があると考えられます。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。