EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 久保 慎悟
会計処理及び開示に関して相談を受ける業務、並びに研修・セミナー講師を含む当法人内外への情報提供業務に従事しつつ、大手通信業や大手食品製造業のIFRS連結決算支援や新会計基準導入支援に従事している。主な著書(共著)に『経理・財務担当者のための契約書の読み方』(中央経済社)などがある。
日本の会計基準(以下、JGAAP)では、のれんは、原則として20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却することとされています(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」〈以下、企業結合会計基準〉第32項)。一方、国際財務報告基準(以下、IFRS会計基準)では、のれんは償却しないこととされています(IFRS第3号「企業結合」B63項)。このように、のれんの償却・非償却については、わが国の会計基準とIFRS会計基準とで明確に異なっています。そして、近時において、のれんの非償却をJGAAPに導入するべきか否かに関する議論が活発になっています。
そこで本稿では、のれんの非償却に関する近時の議論を紹介するとともに、仮に、のれんの会計処理としてIFRS会計基準と同様の会計処理が取り入れられた場合の企業に対する影響を考察します。なお、本稿は、のれんの償却又は非償却を含む会計処理について、特定の立場を示すものではなく、また、一定の方向性を示唆又は推奨するものではないことをあらかじめお断りします。
※本稿の内容は、2025年11月20日の時点の情報に基づくものです。
近時ののれん非償却に関する議論を時系列でまとめると以下のとおりです。
時期 | 項目 | 概要 |
2025年3月28日 | 内閣府 規制改革推進会議 第4回 スタートアップ・イノベーション促進ワーキンググループ | 「スタートアップの成長促進に向けたのれんの会計処理の在り方の見直しについて」の議論 |
2025年5月28日 | 内閣府 規制改革推進会議 | 「規制改革推進に関する答申」の公表 |
2025年5月30日 | 経済同友会 | スタートアップ関連団体及び企業経営者有志による連名で、財務会計基準機構(以下、FASF)に対して、「のれんの非償却の導入およびのれん償却費計上区分の変更」に関するテーマ受付表の提出 |
2025年7月11日 | FASF企業会計基準諮問会議(第54回) | 企業会計基準委員会(以下、ASBJ)に対してスタートアップ関係者のヒアリングの実施を依頼し、その上で、次回の企業会計基準諮問会議※においてさらなるヒアリングの実施の要否について検討することを提案 ※企業会計基準諮問会議とは、ASBJの審議テーマ、優先順位等、ASBJの審議・運営に関する事項を審議し、場合によっては、重要性又は緊急性が高いものについてASBJに提言することとされている。 |
2025年7月24日 | ASBJ | 第551回企業会計基準委員会において、企業会計基準諮問会議からの提案を審議 |
2025年8月12日~11月4日 | ASBJ | 「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関する公聴会(第1回~第6回)の実施 |
2025年11月17日 | FASF企業会計基準諮問会議(第55回) | 前回(第54回)会議において提案された「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関して、ASBJからの意見聴取に係る報告を受けて、必要に応じた追加の意見聴取や情報収集、会計基準の改善につながるかどうかの観点からの分析など、今後の進め方について審議 |
内閣府の規制改革推進会議が2025年5月28日に公表した「規制改革推進に関する答申」では、「スタートアップの成長促進に向けたのれんの会計処理の在り方の検討」が項目として掲げられ、そこでは、スタートアップの成長促進に資するとともに投資家に対する適切な情報開示を確保する観点から、のれんの会計処理の在り方について検討が行われる必要があると述べられています。さらに、政府(内閣府、金融庁など)が、ASBJにおいて当該検討が行われ、適切に議論されるようフォローすることが示されました。
経済同友会から公表されているテーマ受付表では、「のれんの非償却の導入およびのれん償却費計上区分の変更」として、以下の項目を検討事項として挙げています。
① のれんの非償却の導入(選択制)
のれんの償却と併せてのれんの非償却も認める選択制を適用する。
② のれん償却費の計上区分変更
現在、販売費及び一般管理費として営業費用に計上しているのれんの償却費を営業外費用又は特別損失に計上する。
上記①については、2027年度までに結論及び措置に至るように検討されたい旨が示され、上記②については上記①よりも早期に、2026年度中の結論及び措置の可能性を含めて検討されたい旨が示されています。
また、当該テーマ受付表において「のれんの非償却の導入およびのれん償却費計上区分の変更」を提案に至った理由が示されていました。この概要は以下のとおりです。
2025年7月11日に開催された第54回企業会計基準諮問会議では、経済同友会から提出された「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」について、審議がなされました。当該審議において、のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更の提案により会計基準として改善が見込まれるかどうかについて、2025年11月の第55回企業会計基準諮問会議までに主にスタートアップの関係者の意見聴取を行うこと、そして、リソースの許す範囲でより幅広い関係者に意見聴取の対象を広げることをASBJに対して依頼する旨が決定され、依頼されました。これを受けてASBJでは2025年8月から順次、公聴会を開催し、スタートアップ関係者等からの意見聴取が実施されました。
そして、2025年11月に実施された第55回企業会計基準諮問会議では、ASBJにおいて実施された意見聴取に係る報告を受けて、今後の進め方について審議されました。具体的には、必要に応じて追加の意見聴取や情報収集(無形資産の識別に係る実務やIFRS会計基準を任意適用している財務諸表作成者の実務経験などを対象)を行い、これまでの意見等と併せて会計基準の改善につながるかどうかの観点から、会計基準の見直し・開発(その範囲や期間など)、関連法制(会社法や税法)との関係及び単体財務諸表にも適用されることへの影響などの分析を実施することになりました。その上で、次回(2026年3月開催予定)の企業会計基準諮問会議において、のれんの会計処理に関するテーマの方向性に係る提案を行うこととされました。
JGAAPでは、のれん償却費は販売費及び一般管理費に計上されています(企業結合会計基準第47項)。このため、のれんが非償却となった場合には、各会計期間における販売費及び一般管理費が減少することになり、のれんが減損処理されない限りにおいて、営業利益を含む各段階損益が増加することになります。この結果、売上高営業利益率や売上高純利益率等は上昇することになります。
一方で、のれんが非償却となった場合には、減損損失が計上されない限り、無形固定資産に計上されたのれんの帳簿価額は減少しないことになり、償却費の計上により定期的に減少していた純資産(利益剰余金)も減少しないことになります。ただし、営業利益を含む各段階利益の増加も生じることから、総資産利益率や純資産利益率は上昇することもあれば下落することもあると考えられます。
なお、のれんが非償却となった場合には、のれんの帳簿価額が減少しないことから、のれんに係る減損損失が計上される可能性が相対的に高くなると考えられるとともに、のれんに係る減損損失が認識された際の計上額は相対的に増加することになります。ただし、のれんを償却する場合においても、減損損失が計上されて回収可能価額までのれんの帳簿価額が減額されるのであれば、総資産や純資産への影響はのれんを非償却とした場合と変わらないといえます。
のれんが非償却となった場合、これに伴ってのれんに係る減損処理も変更となる可能性があります。以下では、のれんの減損処理について、IFRS会計基準と同様の定めが取り入れられたと仮定して、企業への影響を検討します。以下は、のれんの減損処理等に関するJGAAPとIFRS会計基準との主な差異を示したものです。
項目 | JGAAP | IFRS会計基準 |
減損プロセス | 減損の兆候がある場合に、減損損失を認識するかどうかの判定を行い、減損損失を認識すると判断した場合に、減損損失を測定する(「固定資産の減損に係る会計基準」〈以下、減損会計基準〉二1~3)。 | 減損の兆候の有無にかかわらず、年に1回一定の時期において(減損の兆候があれば追加して)回収可能価額を算定し、回収可能価額が帳簿価額を下回る場合に減損損失を認識する(IAS第36号「資産の減損」〈以下、IAS36〉第10項)。 |
減損損失の計上区分 | 減損損失は、原則として、特別損失として表示する(減損会計基準四2)。 | 費用は機能別又は性質別に表示しなければならないとされている(IAS第1号「財務諸表の表示」第99項)。この結果、のれんの減損損失は、資産に係る減価償却費又は償却費と同じ区分に計上されることがあると考えられる。 |
キャッシュ・フローの見積り | のれんに関して、より大きな単位でグルーピングを行う場合、使用価値の算定のために将来キャッシュ・フローを見積る期間は、原則として、のれんの残存償却年数とする(企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」〈以下、減損適用指針〉第37項(4))。 | キャッシュ・フロー予測は、経営者が承認した直近の財務予算・予測を基礎とし、その対象期間は、より長い期間を正当化し得ない限り、最長でも5年間とする。直近の予算・予測の期間を超えたキャッシュ・フロー予測は、逓増が正当化できる場合を除き、後続の年度に対して、一定又は逓減する成長率を使用した予算・予測に基づくキャッシュ・フロー予測を推測して延長することで見積る(IAS36第33項)。 なお、いわゆる継続価値(ターミナル・バリュー)も考慮されると考えられる。 |
開示 | 重要な減損損失を認識した場合には、損益計算書(特別損失)に係る注記事項として、一定の項目(減損損失を認識した資産又は資産グループの用途、種類、場所などの概要、減損損失の認識に至った経緯、回収可能価額の算定方法など)を注記する(減損会計基準四3、減損適用指針第58項)。 | 重要なのれんについては、減損損失を認識していなくても、一定の項目(のれんの帳簿価額、回収可能価額の算定基礎など)を注記する(IAS36第134項)。 |
のれんが非償却となることに伴って、仮にのれんの減損処理にIFRS会計基準と同様の定めが取り入れられた場合、のれんについて減損の兆候がなくても、年1回のれんを含むより大きな単位について回収可能価額を算定する必要が生じると考えられます。このため、のれんの減損損失がより高い頻度で認識される可能性があると考えられます。また、のれんを含むより大きな単位についての回収可能価額の算定においては、のれんが償却されている場合には当該償却期間を基礎とすることにより終点が設定されていた将来キャッシュ・フローの見積期間について、終点が設定されなくなることにより、経営者が承認した予算等の期間を超えた期間に係る将来キャッシュ・フローを成長率により予測することになります。この結果、のれんの減損損失の測定額に影響が生じると考えられます。
さらに、のれんの減損処理にIFRS会計基準と同様の定めが取り入れられた場合、のれんを含むより大きな単位について減損損失が認識されたときにのみ必要であった、当該のれんに係る減損処理に関する情報、すなわち回収可能価額の算定基礎に係る情報等が注記により開示されることになると考えられます。
仮にのれんの減損処理にIFRS会計基準と同様の定めが取り入れられた場合、のれんを含むより大きな単位について、減損の兆候がなかったとしても、当該単位の回収可能価額の算定を年に1回実施することが求められる可能性があるため、年1回一定の時期を定めて、将来キャッシュ・フローや割引率を始めとした回収可能価額算定において必要となる情報を整理して入手する必要性が生じることが考えられます。
実施したのれんに関連する回収可能価額の算定については、たとえ減損損失を認識しなかったとしても、回収可能価額の算定に関する情報を含めて複数の情報を開示する必要性が生じると考えられます。このため、毎年、のれんに関する回収可能価額の算定結果等についての開示資料を作成し、このための情報収集の必要性が生じることが考えられるという点で資料作成の負担が増加することになると考えられます。
のれんが非償却となった場合、のれんの償却期間の見積りを検証するための監査対応工数は減少すると考えられますが、一方で、上記のとおり、のれんを含むより大きな単位について減損の兆候がなかったとしても、年1回一定の日において当該単位の回収可能価額の算定が考えられ、関連する開示の必要性も生じると考えられることから、これらの会計処理及び開示に関する、一定の監査対応工数の増加が生じることが見込まれます。なお、のれんを含むより大きな単位の回収可能価額の算定は、会計上の見積りに該当するため、これに対する監査手続はそうでない項目に係る監査手続に比して、より広範で、かつ深度あるものになると考えられます。これには、監査手続の一環として実施される回収可能価額の算定の検証について、外部専門家を利用することも含まれると考えられ、監査対応工数の増加の一因となると考えられます。
のれんの非償却に関しては改めての議論が始まったばかりであり、ASBJが現在ののれんの会計処理について変更の要否を検討するかどうかも現段階では決まっていません。今後の議論の動向について、慎重に注視する必要があると考えられます。
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