移行計画とは、組織が今後どのように事業やビジネスモデルを気候に対するコミットメントと整合させていくのかを示すものです。計画には、物理的および財務的なレジリエンスなどの長期的なサステナビリティ目標の達成に向けて、具体的かつ測定可能な行動や中間目標を盛り込みます。包括的な気候移行計画ではガバナンスに関する事項もカバーし、各部署の主な役割と責任を明確にして説明責任を確立します。英国の移行計画タスクフォース(Transition Plan Taskforce、以下TPT)が公開している資料はベストプラクティスとされる内容を示しており、非常に有用なリソースです。国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board、以下ISSB)は、TPTが作成した開示に特化した資料4を引き継ぎ、新たな独自ガイダンス文書「IFRS S2号に従った企業の気候関連の移行についての情報(移行計画に関する情報を含む)の開示」(PDF)を公表しました。
規制の中には移行計画の開示を義務付けるものもありますが、「移行計画の策定」というプロセスは単なる開示対応にとどまりません。未来の低炭素社会での事業運営はどうなるのか、またそこで成功を収めるにはどのような変革が必要かを見極める戦略的なプロセスでもあります。
レジリエンスの向上に取り組む際、目標をどのレベルに設定するかは企業によって異なります。
レベル1——コンプライアンス:移行計画の策定における透明性向上を求める規制
気候関連情報開示の義務化を巡る状況は急速に変化しており、規制の強化が企業に移行計画の公表を促しています。例えば、EUの企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下CSRD)や企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive、以下CSDDD)、さらにはISSBの気候関連開示基準(IFRS S2)を採用する国・地域が定めるルールに従って、移行計画を開示することが義務付けられています。共通の定義を採用することで、各報告の枠組み間での一貫性、説明責任、比較可能性が高まります。
レベル2——価値の保護:移行計画の策定を通じて組織のリスク管理を向上させ、資産を保護
移行計画の策定においては、枠組みを示すことで以下のようなさまざまな要素を特定でき、リスクの管理や資産の保護につながります。
- 気候変動リスク
- 適応策と軽減策
- 実施戦略
- バリューチェーン全体におけるステークホルダー・エンゲージメントのニーズ
- 監督・説明責任を確保するガバナンスモデル
- 必要な財務計画
気候変動リスクの増加により財務損失の拡大が懸念されているにもかかわらず、企業の大半は、気候変動対策を準備していません。EYグローバル気候変動アクションバロメーター2024によれば、81%の企業が気候関連リスク評価を実施している一方で、適応計画を策定しているのは19%にとどまり5、実効性のある包括的なリスク管理プロセスの欠如が明らかになりました。
また、投資家は、移行リスクや移行機会が投資ポートフォリオに与える財務的影響に対応するに当たり、適切に構築された気候移行計画の価値を認識しています6。機関投資家を対象にした最新のEY Institutional Investor Survey によると、55%の投資家が、気候変動による影響が近い将来、投資戦略に「深刻な」または「大きな」影響を及ぼすと考えており、特に欧州と北米の投資家にその傾向が強く見られます7。企業は、移行計画を積極的に開示することで、ネットゼロの実現とポートフォリオの下振れリスク回避を重視する投資家の判断基準に沿っていることを示すことができます。
レベル3——価値の創造:移行計画によってビジネス価値を創出する
企業価値を守るだけではなく、実効性の高い移行計画の策定作業を通じて、組織はバリューチェーン全体にわたって長期的な価値創出の機会を特定し、低炭素経済への移行に向けた備えを強化することもできます。これには、財務的レジリエンスを確保し、革新と成長の機会を見いだす長期的な財務計画への対応も含まれます。