EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
前回の記事では、「交通空白」を単なる移動手段の不足ではなく、地域・個人の成長機会を制約する「見えない壁」と捉え、その社会的・経済的影響について考察しました。
「交通空白」は、バス路線の廃止やタクシー不足といった交通分野だけの問題ではありません。家族による送迎負担の増加、地域内消費の縮小、地方観光の機会逸失、高齢者の外出控えによる医療・介護費の増加など、地域社会のさまざまな場面に影響を及ぼしています。
前回は、こうした影響を4つの観点から整理し、日本全体では年間約10兆円規模の機会損失が生じている可能性を示しました。家族送迎は時間損失を基礎に評価し、地域内消費は消費機会、観光は旅行消費、医療・介護は社会保障費を基礎にします。
図表1:「交通空白」による経済損失を、分野横断・包括的に読み解く
4つの試算の中で、最も大きな割合を占めたのが家族送迎による時間損失です。 地方部の「交通空白」地では、子どもの通学だけではなく、習い事や部活動、通院などに関し、公共交通の利用が難しい、遠方まで決まった時間に家族の送り迎えをすることを余儀なくされるなどの状況が発生しており、その結果、家族が日常的に送迎を担うことが「そこに暮らす前提」となっています。
このような状況が「交通空白」地において生じていることを、「交通空白」地における家族送迎の実態に関する自治体・関係者ヒアリングなどを通じ確認し、一定の前提のもとで損失時間を算出、それを貨幣価値に換算することで損失額を試算しました。
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図表2:家族送迎による所得機会・労働力損失の考え方
ここで評価しているのは、ガソリン代や車両維持費ではありません。送迎によって拘束される時間が、本来であれば就業や副業、地域活動、自己研さんなどに充てられた可能性を持つ時間でもあります。それらに着目し、これを貨幣価値として評価しています。
「交通空白」が生み出しているのは、移動の不便さだけではなく、人々が本来活用できたはずの時間の損失です。
地域内消費については、移動制約によって外出・来店機会が減少し、本来発生していた可能性のある消費が実現しない影響を評価しました。
図表3:交通利便性の制約による地域内消費機会損失の考え方
地域の商業施設や飲食店、サービス業は、日常的な人の移動によって支えられています。一方で、「交通空白」が生じる地域では、外出そのものが減少し、必要最低限の買い物や通院以外の行動が抑制される傾向があります。例えば、「近くに行きたい店はあるが移動手段がない」「夕方以降に公共交通がなく外出を控える」といった状況では、本来発生していた可能性のある消費が実現しません。
本試算では、交通利便性が改善した場合に増加すると地方部の中小小売事業主などが考える外出・来店機会と期待される平均消費額を掛け合わせることで、「交通空白」による地域内消費への影響を評価しました。評価対象としているのは現在の消費額ではなく、交通制約が解消されれば新たに生み出される可能性のある消費です。このような考え方により、交通政策を地域経済との関係から捉えることを試みました。
観光については、移動手段への不安や二次交通の不足により、地方部への訪問が妨げられることで、本来であれば地方部で生まれていた可能性のある観光消費が失われる影響を評価しました。
図表4:地方部における観光消費機会損失の考え方
近年、訪日外国人旅行者数は大きく回復し、旅行消費額も過去最高水準で推移しています。一方で、その需要は都市部へ集中する傾向が強く、地方には魅力ある観光資源が存在するにもかかわらず、十分に誘客できていない地域も少なくありません。
背景の一つとして挙げられるのが二次交通です。空港や主要駅まではアクセスできても、その先の観光地までの移動手段が分かりにくい、運行本数が少ない、予約方法が分からないなどの理由から、訪問を断念するケースが生じています。
本試算では、地方への訪問意向が高まる条件として「移動手段の不安解消」を掲げる訪日外国人旅行者に着目し、当該条件が満たされていないことにより失われていると考えられる宿泊、飲食、買い物、体験などの旅行消費を地方部における観光消費機会損失として評価しました。
これは、現状の訪日外国人旅行者の観光消費動向を基に、地方部の交通環境が改善された場合において地方部で新たに創出される可能性のある観光需要やその影響額を試算しているとも言えます。なお、その視点から考える際には、都市部の消費が地方部に移転する要素も含まれ得ることについて留意が必要と考えます。
医療・介護費は「交通空白」だけで決まるものではありませんが、移動手段の不足による外出控えは、健康状態や介護リスクに影響を及ぼす可能性があります。本試算では、その影響を一定の前提のもとで整理しました。
図表5:高齢者の外出控えによる医療・介護負担増の考え方
高齢者にとって移動は、通院だけでなく、買い物や地域活動、知人との交流など、日常生活を維持するための基盤です。「交通空白」により移動手段が確保されないことで外出頻度が低下すると、身体活動や社会参加の減少を通じて健康状態へ影響を及ぼすことが指摘されています。
今回の検討では、「交通空白」地の高齢人口のうち移動支援を必要とする層を対象とし、外出控えが医療・介護サービスの利用へ与える影響を整理しました。
そのような中、本試算では、「交通空白」地に居住する高齢者のうち、運転免許を保有せず、かつ要介護の状態にあることで身体機能の低下などが懸念される層に対象を限定し、かつ合理的に可能な範囲で「みかけの相関」を除外した上で、高齢者の高頻度外出群と低頻度外出群の間の一人当たり費用の差分に着目することで、「交通空白」による影響を推計しています。
医療や介護には、年齢や疾病、生活環境などさまざまな要因が影響します。そのため、本試算では「交通空白」が寄与すると考えられる範囲を設定し、影響を推計しています。
今回紹介した試算では、家族送迎、地域内消費、観光、医療・介護という「交通空白」が関わる外部不経済を分野横断的に捉え、横串での分析・定量化を試みることで、それらを包括的視点から捉えることが可能となりました。
今回の試算は、交通(移動)による経済社会への広汎な影響を包括的・定量的に把握するための1つのアプローチであり、今後、地域ごとの移動実態や行動データの充実によって、さらに他のサービスや政策による効果の寄与を分解する、見かけの相関を合理的に除外するなどさらなる精緻化が期待されます。
「交通空白」は、交通分野だけの課題ではありません。人の移動を起点として、地域経済、観光、医療・介護など多様な分野へ影響が波及する社会課題です。その影響を共通の考え方で整理し、定量的に評価することは、より合理的な政策判断を促すとともに分野横断で施策を検討していくための基礎となります。
図表 6:地域交通を「コスト」から「成長投資」へ転換する視点
「交通空白」による損失は、合計で約10兆円(対GDP比約2%)の経済損失が生じていることが分かりました。
この損失は、単に移動の不便さによるものではありません。「交通空白」は、人々の可処分時間を減少させ、就業や子育て、教育、消費、観光、健康、社会参加など幅広い社会経済活動を制約しています。言い換えれば、「交通空白」の解消によって生まれる可処分時間は、多様な分野へ波及する社会的価値の源泉となります。
図表7に示すように、可処分時間の増加は、子育て世代の負担軽減を通じた出生率の向上、生産性や労働参加率の向上、人材育成・教育機会の拡大につながる可能性があります。さらに、高齢者の外出機会の確保による健康寿命の延伸や医療・介護負担の抑制、地域サービスの維持、地域消費や観光需要の拡大を通じて、最終的には世帯所得の向上や地域経済の持続的な成長へとつながることが期待されます。
このような波及効果を踏まえると、交通政策は単独の交通施策としてではなく、人口政策、教育、医療・福祉、観光、産業政策などを横断的に結びつける社会基盤として位置付けることが重要です。交通への投資は、道路や交通サービスを整備するためのコストではなく、人々の時間を創出し、地域の成長を支える「成長投資」と捉え直す必要があります。
今後は、交通・移動データの整備と可視化を進めるとともに、分野横断的な政策、包括的な経済社会への便益を統合的に評価する仕組みを構築することが求められます。本稿で示した評価フレームと図表7で示した波及構造が、交通政策を人口戦略や成長戦略と一体的に議論するための共通言語となり、限られた財源の中でより効果的な政策立案につながることを期待します。
図表 7:「交通空白」解消による統合的人口戦略への寄与・貢献可能性
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前回示した「交通空白」による年間約10兆円の機会損失について、家族送迎、地域内消費、観光、医療・介護の4領域から試算の考え方を解説します。