「交通空白」が地域と個人に与える影響とは:年間約10兆円の経済・社会的損失

「交通空白」解消はまさに成長投資:年間約10兆円の経済・社会的損失


「交通空白」は移動の問題だけにとどまらず、働き盛り世代の家族送迎負担による労働力損失や地域経済への影響、外出機会の減少に伴う健康面への影響などにもつながり、年間約10兆円規模の経済・社会的損失を生んでいることがわかりました。「交通空白」解消を成長投資として捉え、地域や個人の成長につなげ、地域ひいては日本の将来を切り開くことが期待されます。


要点

  • 「交通空白」が生む経済・社会的損失は年間約10兆円規模に達し、その最大要因は家族送迎による労働力損失である。
  • 移動支援は高齢者支援の枠を超え、働き盛り世代の時間を地域経済やコミュニティ活動へ還元する投資である。
  • 交通・福祉・医療データを連携し、地域交通が生み出す経済効果と社会保障効果を可視化しながら、官民がセクターを越えて互いに連携し、地域の好循環を創出する統合的な取り組みを推進することが重要である。

成長投資としての地域交通の再評価

人口減少と高齢化が進展する中、地域における移動手段の確保は、単なる移動サービス維持にとどまらず、地域の暮らし、観光、就労、健康、教育を支える基盤として全国共通の課題となっています。一方で、これまで地域交通は、路線維持や利便性向上といった観点で議論されることが多く、移動手段を失うことによって生じる家族送迎、外出控え、消費・観光機会の逸失などの影響は、家庭内・地域内に吸収され、十分に可視化されてきませんでした。EYでは、こうした交通空白が地域経済や生活基盤に及ぼす影響について、これまで調査・研究を重ねてきました。

こうした中、国土交通省は2026年6月10日に開催された「交通空白」解消本部において、「交通空白」を個人や地域の成長を阻む「見えない壁」と再定義し、地域交通を社会インフラとして捉え直す方向性を示しました。EYでは、今回こうした政策動向も踏まえ、公的統計や既存研究との整合性を重視しながら一定の仮定に基づき試算した結果、「交通空白」が生み出す経済・社会的損失は年間約10兆円規模に達する可能性が示されました。この試算結果は、「交通空白」の解消が単なる交通政策の強化ではなく、地域と個人の可処分時間、消費、観光、健康を回復し、地域と個人の成長を支える「成長投資」の一翼になり得ることを示しています。また、地域と個人の持つ潜在的な成長力を引き出すためには、地域交通を単なる移動手段の維持にとどめず、生活、医療・福祉、観光、教育、地域活動などと結び付けて捉える視点が重要となります。

図表1:「交通空白」が地域にもたらす経済・社会的損失の内訳(試算)

※本試算は、Access Partnership等のデータも活用し、一定の前提に基づき、「交通空白」が家族送迎、消費機会、観光消費、医療・介護負担に与える影響を貨幣換算する等により試算したものです。子どもの学び・体験機会への影響、交通不便による不動産価格の影響、可処分時間減少による少子化への影響など「交通空白」による影響は他にも想定されますが、今回の試算(上記の約10兆円)には含めておりません。

家族送迎によって失われる可処分時間とその影響

特に注目すべきは、この損失の最大要因が家族送迎による「可処分時間の喪失」(所得機会や労働力喪失)にある点です。これは、「交通空白」が高齢者だけの問題ではなく、働き盛り世代の時間と活力を奪う構造的課題であることを示しています。こうした構造は可処分時間の喪失額としても大きく表れています。試算ではこれが約5.8兆円を占め、全体の過半を構成しています。高齢者や子どもの移動を家族が担うことで、働き盛り世代は就労機会だけでなく、地域活動、地域事業への参画、ボランティア活動、学び直し、さらには消費活動の機会も失っているのです。これは、地域の担い手不足をさらに深める要因にもなり得ます。「交通空白」は高齢者だけの問題ではなく、地域を支える現役世代の時間や活力にも影響を与える構造的課題なのです。

また、交通利便性の制約により、買い物や外食、文化活動、地域イベントへの参加が減少し、日常消費の機会損失は約1.2兆円規模に達すると推計されています。さらに、二次交通の不足は訪日外国人旅行者の地方訪問を妨げ、約2.3兆円規模の観光消費機会損失にもつながっています。加えて、外出機会の減少は高齢者の健康状態や社会参加にも影響し、医療・介護負担の増大につながる可能性があります。交通空白は生活交通だけでなく、観光交通、医療・介護、地域内消費を通じて、地域経済社会に広く影響する問題であると考えられます。

図表2:地方部では、家族送迎負担はライフステージを通じて累積する
~高校・大学進学で移動先が広域化し、親の通院送迎とも重なる~

※三重県内自治体の住民へのヒアリング結果をもとに、地方部における家族送迎負担の変化を模式的にEY作成
※送迎時間は、複数の子どもの同一箇所への送迎や、親族等による一部送迎支援による短縮は考慮していない

地域交通の再評価に向けた新たな課題

移動手段の確保は、失われていた可処分時間、外出機会、消費・観光機会を地域に取り戻すことで、多面的な経済・社会的価値を生み出します。重要なのは、交通を単独の移動手段としてではなく、生活、医療、福祉、観光、地域活動と結び付けて設計すること、さらにその相乗効果を可視化することです。家族送迎に費やされていた可処分時間を取り戻し、就労や地域活動、学びなどへ振り向けることができれば、地域の人的資本はより有効に活用され、付加価値が向上します。また、高齢者にとっても移動支援は外出機会や社会参加の拡大につながり、生きがいを生み、健康維持や介護予防にも寄与します。少子化対策の文脈では、現役世代の可処分時間の増加が、希望出生率の実現に寄与する可能性が議論されています。移動支援やそれによる可処分時間の確保は、地域の稼ぐ力を再生するのみならず、健康寿命の延伸、社会保障費の抑制、さらには少子化対策など広汎な分野に寄与する可能性がある、数少ない政策領域なのです。

こうした効果を政策として可視化するためには、交通利用実績だけでなく、外出頻度、社会参加状況、施設利用状況、地域活動への参加状況などの行動変容データを継続的に把握し、既往の調査研究等も参考に、見かけの相関や他の政策の影響・効果をできるだけ排除しながら、各分野への効果や二次的な経済・財政効果との関係をさらに可視化し、地域経済や地方税財政の好循環につなげていく必要があると考えられます。短期的な行動変容を中長期的な地域経済効果の発現や健康寿命の延伸および地域間格差の縮小などへ結び付ける評価モデルの構築が重要となります。

地域交通の効果を可視化する分野横断データ基盤の重要性

重要な領域の1つは、交通分野と医療・福祉分野の連携です。外出頻度や移動手段、通院・買い物時の移動課題などの移動データと医療・介護データを連携させ複合的に分析することは、移動支援がもたらす社会的効果や他のサービスとの組合せによる相乗効果を客観的に可視化・検証できる基盤の整備につながる可能性があります。

地方公共団体等が容易に活用できる分析ツールができれば、より良い政策・投資判断や継続的な改善のための保険指導等につながる可能性があります。さらにコミュニティ参加など地域活動に関するデータを組み合わせることで、これまで定量化が難しかった社会参加の価値やコミュニティ活動の効果も可視化される可能性があります。

交通施策を、単なる移動手段の確保ではなく、多様な地域課題解決のための社会インフラとして位置付けることが可能になるのです。



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今後は、交通、福祉、医療、観光、地方創生を横断した視点のもと、データに基づく政策形成を推進し、地域交通が創出する社会的価値を可視化していくことが求められます。年間約10兆円規模とも試算される「交通空白」の経済・社会的損失を可視化した上で「交通空白」の解消に取り組んでいくことは、単なる交通政策の強化ではありません。働き盛り世代の時間を地域に取り戻すことは、地域経済の活性化、コミュニティの再生、健康寿命の延伸、社会保障費の適正化を同時に実現する地域経済の活性化やコミュニティの再生、健康寿命につながります。これは、持続可能な地域社会に向けた成長戦略であり、持続可能な地域社会を実現するための重要な政策課題であると言えます。

図表3:地域交通を「コスト」から「地域と個人の成長を支える投資」へ転換する設計図
~個別対応から、分野横断の成長投資へ~


本稿では、「交通空白」がもたらす経済・社会的損失の全体像を示しました。次稿では、家族送迎による可処分時間の喪失、移動制約による地域経済の機会損失、外出控えによる健康・医療介護負担について、試算の前提や算定の考え方を詳述します。

経済損失を可視化することは、地域交通を単なる維持・財政補填の対象ではなく、地域と個人の可能性を取り戻す成長領域、そのための投資領域として捉え直す出発点になります。地域交通への支出をコストとしてではなく、地域の将来を切り開く成長投資として位置付けることが可能です。今後は、EYが推進する先駆者会議等を通じて蓄積してきた地域課題解決の知見も活用し、地域ごとの実情に応じて、失われた可処分時間、消費・観光機会、外出・社会参加をどのように回復できるのかを描き、その効果の可視化に取り組みます。これにより、「交通空白」の解消を、地域経済社会の維持策にとどめず、地域と個人の成長につなげるための政策形成・投資判断を支援していきます。





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サマリー 

地域交通は、移動困難者支援だけにとどまらず、働き盛り世代の時間創出や地域経済活性化、健康寿命の延伸、医療・介護負担への影響、高齢者の生活の質の向上などに寄与する社会インフラです。交通・福祉・医療の連携による政策転換が求められます。


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