TNFD追加的セクターガイダンスポイント解説④:養殖セクター

TNFD追加的セクターガイダンスポイント解説④:養殖セクター


TNFDの自然関連課題に対する最終提言と実施ガイダンスの補足として、2024年6月に養殖事業を含む9つのセクターに対して、セクターごとの追加的ガイダンスが最終化されました。養殖セクター固有の特徴を鑑みた、LEAP分析や開示指標およびメトリックのポイントを紹介します。


要点

  • 養殖セクターにおけるLEAPアプローチの適用、セクター固有のメトリックの開示を促進するために、追加的ガイダンスが公表されました。
  • 養殖のバリューチェーンをカバーし、生産から加工、販売まで考慮されます。また、従来型養殖(CBA)と完全養殖(HBA)が含まれます。
  • 追加的ガイダンスはLEAPアプローチのScoping, Locate, Evaluate, Assess, Prepareの各フェーズにおける考え方や実施手法を補足します。
  • セクター固有の開示指標とメトリックに関するガイダンスも提供されました。


はじめに

2024年6月にTNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)は、養殖セクター向けに「追加的セクターガイダンス」を公表しました。TNFDは開示にあたり、リスク・機会分析のためのLEAPアプローチの適用を推奨していますが、組織が属するセクターによって注目すべき自然課題や依存、観測すべき指標やメトリックが大きく左右されますため、各セクターに特化した追加的ガイダンスを公表し、セクターごとにLEAPアプローチの円滑な適用を図っています。その中で、今回紹介する養殖セクターをはじめとする9つのセクター向けに追加的ガイダンスが2024年6月に最終化されました。

本記事では、養殖セクター(Aquaculture sector)に特化した追加的ガイダンス(Additional sector guidance – Aquaculture)(以下、「本ガイダンス」)の概要、該当組織に求められる対応事項のポイントを解説します。


1. 適用範囲

本ガイダンスは、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が開発した持続可能な産業分類システム(SICS®)内の「肉、家禽、乳製品」に含まれる養殖産業に適用され、養殖バリューチェーン全体を対象としています。

  • 養殖生産:海藻や水生生物(魚、軟体動物、甲殻類など)を定期的な放流や給餌、捕食者からの保護を伴う閉鎖環境で育成する。従来型養殖(Captured-based aquaculture, CBA)と完全養殖(Hatchery-based aquaculture, HBA)が含まれる。
  • 一次加工:養殖生物の屠殺や殻の除去、乾燥などの安定化プロセスを含む。また、魚の孵化場や養魚場の運営に関連するサービス活動も行う。
  • 集積:複数の供給元から養殖生物を集め、販売のために取引や保管を行う。
  • 保管:養殖製品を適切な状態で保ち、品質を維持するために保管する。
  • 取引:養殖製品の売買を行う。
  • 輸送:養殖製品を市場に届けるため、機械化や伝統的な方法で輸送する。

2. ガイダンス内容

2.1. LEAPアプローチに関する追加的ガイダンス

本ガイダンスはLEAPアプローチの以下の範囲を補足しています。

LEAPアプローチの範囲

表:LEAPアプローチの各ステップにおける追加的ガイダンス内容

表:LEAPアプローチの各ステップにおける追加的ガイダンス内容

※1 "Guidance on value chains", TNFD, tnfd.global/publication/guidance-on-value-chains/ (2025年4月15日アクセス)

※2 参考ツール

  • "Ocean+ Habitats", Ocean+ Habitats, habitats.oceanplus.org
  • "ODIMS", OSPAR Commission, odims.ospar.org/en/
  • "IUCN’s Red List of Threatened Species", IUCN Red List of Threatened Species, www.iucnredlist.org

2.2. セクター固有の開示指標と関連するガイダンス

養殖セクターの定量的な分析を促進するために、本ガイダンスには以下の内容が含まれています。

  • 養殖セクターにおけるグローバル中核開示指標とメトリックの適用に関するガイダンス
  • 養殖セクターのための中核および追加的なセクター固有の開示指標とメトリック

このように、水産養殖セクターは、全セクターに適用されるグローバル中核指標と水産養殖セクター固有の指標、両方の開示が求められますが、それぞれに対する要求は以下の通り異なります。

グローバル中核開示指標に関しては、TNFD提言の付録1(TNFD Recommendations, Annex 1)を参照し、コンプライ・オア・エクスプレインベース(遵守または説明ベース)で報告しなければなりません(プレースホルダー指標を除いたもの)。中核指標は事業活動や組織の活動地域に関係ない、また、重要課題でない、また、関連性があり、かつ、重要課題であるが、測定不可能な場合に限り、中核指標の開示が免除されます。

追加的なセクター固有の開示指標とメトリック、そしてその他の関連する指標においては、組織の自然への依存とインパクト、リスクと機会をより正確にとらえるために活用することが奨励されています。ただ、グローバル中核指標とは違い、測定不可能なものなど、遵守できないものの開示は必須ではなく、あくまでも組織の分析粒度を向上することが目的です。

2.2.1 グローバル中核開示指標のセクターへの適用について

養殖セクターにおいてどのようにTNFDのコアグローバル開示メトリックを適用すべきかを解説するガイダンスが提供されています。以下、グローバル中核指標を養殖セクターに適用するポイントを列挙します。

陸、淡水、海洋利用の変化―総表面積フットプリント(total special footprint)に関する指標(C1.0)

土地利用の変化に係る「総表面積」というグローバル中核指標は、利用目的問わず、組織が管理する総表面積をカバーしますが、養殖セクターに適応する際には以下の追加的要求に留意しなければなりません。

  • 組織は、陸域のみならず、沿岸(マングローブなど)の生態系もこの指標に含むべきである。
  • 組織は、利用中の養殖場(休閑地の養殖場も含む)については報告し、養殖場に該当しない自社サイトは報告対象から除外すべきである。

汚染/汚染の除去―排出された廃水(wastewater discharged)に関する指標(C2.1)

廃水に係るグローバル中核指標は、各組織のセクターガイダンスを参照し、主要な汚染物質の排水濃度を対象としています。養殖セクターにおいては、本ガイダンスに沿ってより具体的な報告が求められています。

  • 淡水養殖、陸上養殖共に、リン、窒素、およびその他の陸上施設から排水され生態系に重大な影響を与える化学物質の濃度
  • これらの化学物質の影響度に関連して排出先の海底の環境収容力評価、養殖活動が行われる地域の水質の評価などの追加的情報

TNFDは、グローバル中核開示指標を養殖セクターのガイダンスに従って報告することを推奨しています。養殖セクターで特に着目すべき指標として、上記総表面積フットプリントや排水水質の詳細が挙げられています。また、水環境への影響が高いとされる特定の化学物質の開示が詳細に求められるところから、環境影響評価、水質評価との連携が必要になります。

2.2.2 コアセクター開示指標およびメトリック

養殖セクター組織向けに「コアセクター開示指標およびメトリック」が提示されています。全セクター共通のコアグローバル開示指標に加え、これらのセクター特有の指標とメトリックを遵守または説明する(Comply or Explain)原則で開示することが推奨されています。

例えば、養殖セクターの直接操業における外来種の管理指標(A.C4.0)が提示されており、組織は養殖場から逃亡する魚の事件の総件数と、マグニチュードや影響先の種類の割合を報告しなければなりません。(異常気象による事件を含む)事件ごとに、以下のメトリックの開示が求められます。

  • 逃亡魚の個体数
  • 養殖場の全個体数に占める逃亡個体の割合
  • 逃亡事件のマグニチュード(軽微なもの、重大なもの、壊滅的なもの)
  • 逃亡魚により影響を受けた生態系の種類(海洋、淡水、陸域)
  • リスクのある生物種
  • 逃亡の理由

2.2.3 追加的セクター開示指標およびメトリック

最後に、組織の最も重要な自然関連の依存、インパクト、リスク、機会をより明確にするために、関連する場合にのみ、「追加的セクター開示指標およびメトリック」の開示が推奨されています。養殖セクターの追加的指標としてインパクト要因、依存、戦略のための追加的な指標とメトリックとして、以下が挙げられています。

インパクト要因
  • 直接操作による生物学的変化 (A.A3.0): 死亡原因別種死亡率(%)
  • 飼料のサーキュラリティ(A.A23.0):廃棄物または副産物由来の飼料成分量の割合(%)
  • 直接操業における新技術などへの投資(A.A23.1):養殖生産による自然へのインパクトを軽減する新技術またはプラクティスへの投資額(米ドルまたは財務報告の通貨)
  • 飼料調達における違法漁業に対する方針(A.A19.0):違法漁業防止の方針を設けている魚肉サプライヤーの割合(%)。
  • 飼料調達における違法植物調達に対する方針(A.A19.1):違法土地利用を行う土地からの調達に反対する方針を設けている原材料サプライヤーの割合(%)。

まとめ

養殖セクター向けのTNFD新ガイダンスでは、養殖セクターに特化したLEAPアプローチおよび各養殖環境における廃水の影響や外来種の管理の開示指標・メトリックの活用が推奨されています。適用組織に対して、セクター特有の自然関連課題を踏まえつつ、各社の固有状況に基づいた分析・開示が求められます。

われわれEYの気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)ユニットは、タスクフォースの初期メンバーとしてTNFD へ直接関与しており、IPBESの主執筆者を含む数の多く生態学・自然環境の専門家が知見と洞察を提供できます。また、TNFD関連の豊富な支援実績を有しますので、ご不明点やお困りのことがございましたら、お気軽にご相談くださいませ。



【共同執筆者】

Liliana Martinez Rivera(マルティネス リベラ リリアナ)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)

シニア

法政大学サステナビリティ学修士。EY新日本有限責任監査法人に入社 前は、IMOの海洋環境委員会などにTechnical Advisorとして参加し、パブリックセクター向けに国際動向調査業務に従事。その後、民間セクターの気候変動関連情報開示を支援。サステナビリティ動向の解説コラム執筆経験も有する。2024年にEY新日本に入社し、TNFDおよび生物多様性関連業務に従事。
 

越智 柚月(Yuzuki Ochi)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)

スタッフ

慶応義塾大学経営学修士。2024年にEY新日本有限責任監査法人に入社し、TNFD/CSRD/社会インパクト関連業務、サステナビリティ関連法令対応など幅広くサステナビリティ分野業務に従事。寿司が好き。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー 

2024年6月にTNFD養殖セクターの追加的ガイダンスが最終化されました。養殖セクターのTNFD適用企業に対して、各社の固有状況に基づいた分析・開示が求められています。


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