従来型の計画的チェンジマネジメントの限界
そこで、「指示待ちで受け身」「自分で意思決定をしない」「他責思考で言い訳が多い」といった従業員を見て、「従業員の主体性強化」を経営課題として掲げる企業は少なくありません。
このような経営課題に対して、多くの企業では、「個人の意識」や「やる気」に着目し、研修やワークショップで、主体的に行動することの重要性を説き理解を促しています。しかし、このような取り組みは重要ですが、「変化の必要性やメリットを伝えれば、人は合理的に行動を変える」という前提だけでは、持続的な変化は生まれにくいことも明らかになっています3,4。
本当に足りないのは、「個人の意識」や「やる気」だけでありません。
多くの場合、問題は「主体性がない人」にあるのではなく、「主体性を発揮しにくい裁量の設計」にあります。
- 何をどこまで自分で決めてよいのか
- 困ったときにどのような支援を受けられるのか
- 挑戦や試行錯誤は評価でどう扱われるのか
これらが曖昧な職場では、従業員は自ら動くよりも、確認し、待ち、失敗を避ける方が合理的になります。つまり、社員が主体的に動かないのは、多くの場合「個人の意識」ではなく「裁量の設計」に問題があるのです。
本稿では、行動経済学の知見をもとに、社員の主体性を個人の意識ではなく、職場環境の設計から捉え直す「裁量デザイン」という新たな考え方を提案します。
主体性を生み出す新たなアプローチ「裁量デザイン」
主体的な行動を促すには、個人の意識に働きかけるだけでなく、職場環境そのものが内発的な意欲を支える心理的条件を満たすように設計されている必要があります5。自己決定理論によれば、人は、「自分で選んで動ける(自己決定感)」「自分の力を発揮できる(能力肯定感)」「周囲と良い関係を築ける(つながり感)」と感じられるとき、内発的な意欲を持って行動しやすくなります。
ここで重要となるのが、裁量デザインという考え方です。
裁量デザインとは、リーダーが、「従業員に任せる判断範囲」「必要な支援」「挑戦や試行錯誤に対する評価の扱い」を一貫して設計することで、従業員が安心して自分で考え、判断し、行動できる状態をつくる組織設計アプローチです。
重要な点は、裁量デザインが、単に従業員に自由を与えるものではないということです。むしろ、リーダーが、自由と統制の境界を明確にし、「何を、どこまで自分で決めてよいのか(自分で選んで動けるか)」「困ったときにどのような支援を受けられるのか(自分の力を発揮できそうか)」「挑戦や失敗がどのように評価されるのか(上司や組織と良い関係を築けそうか)」という裁量を、従業員にとって分かりやすく設計することを意味しています。
つまり、裁量デザインの中核は、曖昧な自由を、主体的な行動につながる裁量へと変えることにあります。
その際に重要なのは、制度上の裁量を整えるだけでは十分ではないという点です。従業員自身が「任されている」「信頼されている」と感じられるかどうか、つまり心理的な裁量まで含めて設計することに、裁量デザインの本質があります6。
裁量デザインは「職務・チーム・組織」の掛け算で設計できる
こうした感覚は、仕事の任せ方、上司の関わり方、組織としての評価によって大きく左右されます。つまり主体性は、個人の内面だけで生まれるものではありません。職場環境の設計によって、引き出され、支えられるものなのです。
裁量デザインを実務に落とし込む上では、職場環境を大きく3つの階層で捉えることが有効です。(図表1)
- 階層① 仕事・職務レベル:任せ方(職務設計):どんな仕事を、どこまで自分で決められるのか
仕事の目的が明確で、自分で判断できる余地があり、結果が見える仕事ほど、人は自分ごととして動きやすくなります。職務設計に関するメタ分析でも、自律性、フィードバック、社会的支援などの仕事特性が、職務満足、パフォーマンス、離職意向、ストレスなど幅広い態度・行動と関係していることが示されています7。
- 階層② 上司・チームレベル:関わり方(リーダーシップ方針):上司がどのように支援し、判断を委ねてくれるのか
上司が一方的に指示するのではなく、本人の考えを聞き、必要な支援を行い、判断を委ねることで、従業員は「自分で選んで動いている」と感じやすくなります。リーダーの自律性支援に関するメタ分析でも、こうした関わり方は、自律的な動機づけ、基本的心理欲求、ウェルビーイング、前向きな職務行動と正の相関を持つことが示されています8。
- 階層③ 組織・制度レベル:報い方(評価・報酬):組織として、努力や挑戦をどう扱うのか
挑戦や努力が公正に扱われ、組織が自分の貢献を評価してくれていると感じられると、人は「ここで力を発揮する意味がある」と思いやすくなります。組織的支援に関するメタ分析でも、こうした感覚は、仕事への姿勢、パフォーマンス、ウェルビーイングと関係することが整理されています9。