AIエージェントが切り開く会計・監査の未来 前編

情報センサー2026年1月 デジタル&イノベーション

AIエージェントが切り開く会計・監査の未来 前編

急速に進化するAIエージェントは、会計・監査業務の効率化と品質向上を同時に実現します。人間は戦略的な判断に集中でき、未来の監査スタイルに大きな変革をもたらすことが予想されます。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 公認会計士 加藤 信彦

これまで製造業、金融業等の会計監査、アドバイザリー業務に従事。2017年よりEY Japan アシュアランスデジタルリーダーとして、デジタル戦略の策定及び実装、AI活用人材の育成、AIガバナンスの推進、衛星データの利活用(監査・保証)を担当。

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 イノベーション推進部 公認会計士 根建 栄

製造業やサービス業等さまざまな業種の監査業務、内部統制構築支援業務、M&Aアドバイザリー業務等に従事。2021年よりAI監査ツールの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 公認会計士 岩瀬 直記

製造業、情報通信業、モビリティ業の会計監査、内部統制構築支援等に従事。EYのグローバルネットワーク共通監査プラットフォームのAIツール開発に関与後、現在は監査データストラテジストとしてDigital Auditの浸透に取り組んでいる。

要点

  • AIエージェントは会計・監査業務の効率化と品質向上を同時に実現する技術。
  • 人間はAIの導入により、戦略的判断や価値創造に集中できる環境が整う。
  • EY新日本ではAIエージェント活用が進み、監査の未来像を切り開いている。

Ⅰ はじめに

急速に進化するAI技術、とりわけ生成AIの台頭により「AIエージェント」が注目されています。昨今、企業経営での活用が加速し、財務・会計領域でも業務の効率化や高度化を目的にAIへの投資が進んでいます。監査法人も、被監査会社のAI活用リスクと監査法人自身のAI活用リスクの両面で体制整備が求められますが、AIエージェントは重要なトレンドとなっています。

本稿では、生成AIとAIエージェントの相違や会計・監査業務で導入が期待される理由、さらに監査業務におけるEY新日本のユースケースを取り上げます。次回掲載(2026年2月)では、経理業務におけるAIエージェントの可能性、AIエージェント導入における課題とEYの対応について紹介します。

Ⅱ AIエージェントとは何か

AIエージェントとは、自律的に特定のタスクを解釈・計画・実行できるAIシステムであり、人間の介入を最小限に抑えることが可能となるシステムです。従来の生成AIチャットボットのような、単に指示を受けて応答する「指示待ち型AI」とは異なり、与えられた目的に向けて自らタスクを洗い出し、順序立てて実行する能力を持っています。この自律性は生成AIや大規模言語モデル(LLM)の進化によって支えられています。LLMは文脈を理解して複雑な指示にも対応できるため、AIエージェントは与えられた情報を基に次の行動を判断し、複数の作業を戦略的に進めることが可能です。単なる応答型ツールではなく、状況に応じて戦略を立てて自律的に行動する高度な仕組みです。このようなAIエージェントは専門タスクを遂行する専門AIエージェントから、複雑化する課題対応のため複数エージェントが協働するマルチエージェントフレームワーク(MAF)へと進化していくことが期待されています(<表1>参照)。

表1 従来の生成AIチャットボットとAIエージェントの比較

 

生成AI
チャットボット
専門
AIエージェント
マルチ
AIエージェント

主な役割

会話・情報提供

専門タスクの遂行

複合タスクの遂行

人間の介入

都度指示

目標設定

目標設定

エージェント性

限定的

あり

あり

自律性

なし

限定的

あり

事例

汎用チャットボット

ビジネスリスク情報収集
仕訳と証憑の突合
契約書分析補助
開示チェック補助
会計・監査基準の検索・要約
マルチエージェントフレームワーク
(専門AIエージェントの連携・協働)

出所:各種資料を基にEY作成

AIエージェントの導入が進むことで、人間の役割は「指示出し」から「司令官」へと変化していきます。従来は、人間が細かく何度も指示を出し、AIがそれに応答するという関係でした。しかし今後は、人間が目的や戦略を設定し、その実行をAIエージェントが担うようになります。こうした役割の変化により、人間はより創造的で戦略的な業務に集中できるようになり、意思決定や価値創造に専念することが可能になります。

Ⅲ なぜ会計・監査領域でAIエージェントが活用されるのか

会計・監査の現場は、AIエージェントとの親和性が高い分野とされています。その背景には、業務の特性や直面する課題、そして人材面での構造的な変化があります。本稿では、AIエージェントがこの領域で活用される主な理由を3つの観点から整理します。
 

1. 業務の複雑化と効率化ニーズの高まり

現代の財務報告や監査では、取り扱うデータ量や確認すべき事項が飛躍的に増えています。監査人は企業の全取引データや大量の証憑をチェックし、不正や誤謬の有無を検証します。さらに、会計基準や法規制は高度化・細分化しており、漏れなく確認するには膨大な労力が必要です。一方で、限られた人員と期間で高い品質を維持しつつ効率化をも求められるという板挟みの状況にあります。

監査法人ではこれまで、データ加工・データ分析ツールの導入や業務改善、海外オフショアの活用など、さまざまな施策で監査工数の最適化を進めてきました。しかし、少子高齢化等により従来の人の手に頼る対応策だけでは今後、増え続けるデータや複雑化するビジネスモデルに対応しきれない可能性があります。そこで期待されるのがAIエージェントです。AIエージェントは、24時間365日、人間に代わって対応することが可能で、手作業で数日かかっていた作業を短時間で処理し、網羅的な分析でヒューマンエラーや見落としを減らすポテンシャルを持っています。つまり、「効率化」と「品質向上」を両立できる技術として注目されているのです。
 

2. AIエージェントの適合性

会計・監査業務には、証憑突合など、AIエージェントが得意とする定型的かつ反復的な業務が数多く存在します。これらのタスクはルールに基づく処理やパターン認識を必要とするため、AIに任せることで高い網羅性と正確性を確保できます。さらに、生成AIは自然言語処理に強みを持ち、監査業務のように数値情報に加えて膨大なテキスト情報も扱い、大量の文章化を伴う業務との親和性が高い点が特徴です。従来、テキスト情報の処理効率化は困難でしたが生成AIの活用により、その実現が可能となりました。
 

3. 暗黙知の継承

会計・監査の分野では、経験に基づく判断力や業界特有の知見といった「暗黙知」が極めて重要です。しかし、ベテラン人材の退職や若手の離職により、知識の継承が大きな課題となっています。AIエージェントは、過去の事例や判断根拠を活用することで、経験の浅い人材の支援や組織内の知見共有を可能にします。これにより、属人化の解消や人材育成の効率化が期待され、持続的な品質確保にもつながると考えられます。

総じて、会計・監査領域でAIエージェントが活用される理由は、「増え続ける業務負荷を軽減しつつ、求められる品質水準をさらに引き上げる」ことを可能にするからです。

Ⅳ EY新日本の監査業務におけるユースケース

本章ではEY新日本の監査現場で既に見られるAIエージェント活用の具体例をご紹介します。

1. 個人レベルの取り組み

最初に個人レベルでの取り組みを紹介します。EYではMicrosoft 365 Copilotを導入しており、監査現場でも積極的な活用が進められています。一部の利用者はCopilotを議事録の自動作成、監査調書の査閲など自分専用のAIエージェントのように活用し、日常業務の効率化に役立てています。こうした個人レベルの取り組みから、監査現場の生産性が向上するケースが増えてきました。
 

2. 組織レベルの取り組み

個人による工夫の中で広くニーズがあるものや効率化・高度化に大きく貢献すると本部で判断されたものが組織レベルの公式ツールとして開発・展開されます。既にさまざまなAIエージェントが組織レベルで開発されています(<表2>参照)。

表2 EYにおけるAIエージェントの活用事例

監査業務

ツール

開発

概要

リスク評価

ビジネスリスク情報収集(UTB Research)*1

日本

監査計画策定時に、被監査会社や業界環境に関するリスク情報を収集・分析

リスク対応

契約書分析補助(Lease Contract Analysis)*2

日本

多数の契約書から、新リース会計基準に該当するリース契約を識別

開示チェック

開示チェック補助(EY Intelligent Checklist)*3

EY全体

財務諸表や附属明細が会計基準・法令の開示要件を満たしているかのチェック

調査

会計・監査基準の検索・要約(EYQ Assurance Knowledge)*4

EY全体

会計基準や監査基準、及び法人内部に蓄積されているナレッジの横断検索と要点サマリー


(参考)その他開発中の取り組み

監査業務

ツール

開発

概要

リスク評価

論点整理(Minutes Analysis)

日本

取締役会等の会議体の議事録と添付資料から会議内容を要約・整理し、会計監査上の論点を抽出

リスク対応

分析の自動化(AutoAnalytics)

日本

データ分析及び分析レポートの自動生成

リスク対応

仕訳と証憑の突合(Document Intelligence Platform)*4

日本

売り上げや仕入れなどの仕訳データと、対応する証憑(領収書・請求書等)の照合

*1 EY新日本、財務諸表のリスク識別にAIエージェントを活用(2026年1月8日アクセス)
*2 EY新日本、AIで新リース会計基準対応を支援(2026年1月8日アクセス)
*3 EY、アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームに最先端AIを全面導入(2026年1月8日アクセス)
*4 EYウェブサイト、EY新日本有限責任監査法人 監査品質に関する報告書 2025、ey.com/content/dam/ey-unified-site/ey-com/ja-jp/about-us/ey-shinnihon-llc/documents/ey-shinnihon-audit-quality-2025-10-full-report-d.pdf(2026年1月8日アクセス)
出所:各種資料を基にEY作成

3. EYのグローバルネットワーク内における連携

EYでは各国の先進的な取り組みを共有・活用する「FedDev(Federated Development)」という考え方を推進しています。これは、ある国(例えば日本)で開発された優れたツールをEYの共通プラットフォームに組み込み、世界中のEYメンバーファームで利用できるようにする仕組みです。実際に、EY新日本で開発されたAI監査ツールがEYのグローバルネットワーク全体で展開され、広く利用されたケースもあります。またその逆に、EY新日本以外で開発されたEY独自の監査プラットフォームやAIツールを日本で活用することも進んでおり、各国の知見が循環することで全体の品質向上に寄与しています。開発にあたっては世界共通基準のガバナンス(開発管理)が日本でも適用され、AIリスクへの対応も体系的に行われています(<図1>参照)。

図1 Federated Development

図1 Federated Development
出所:EY作成

ここまでで紹介したような個々のタスクに特化したAIエージェントを連携させ、複雑な業務を分担・実行する枠組みが「マルチエージェントフレームワーク(MAF)」です。現在、EYのチームでは監査向け共通基盤としてMAFの構築を進めており、日本発のAIエージェントもこの基盤上で稼働させることによって世界中で利用可能になる見通しです。MAFでは、会計・監査業務で求められる多様なタスク(契約書分析、リスク情報収集、基準検索、資料作成など)を、それぞれ専門性を持つAIエージェントが協調しながら処理します(<図2>参照)。

図2 マルチエージェントフレームワークのイメージ図

図2 マルチエージェントフレームワークのイメージ図
出所:EY作成

単なるツール群の寄せ集めではなく、各エージェントが互いに情報をやり取りし、最適な役割分担を通じて「エージェントが協働して成果を出す」ことがマルチエージェントフレームワークの特徴です。これにより監査人はAIの自律的な連携によるアウトプットを受け取り、より高度な判断や意思決定にリソースを集中できます。

AIエージェント導入に伴う主要リスクとして、目標設定の失敗による「暴走」や、過剰な実行権限による「制御喪失」、因果関係の不明瞭化、そして現場知の反映不足による「育てない」リスクが挙げられます。EYではこれらに対し、目標と制約条件を明確化し、権限の段階的付与と人間の介在を適切なタイミングで要求する「Human in the Loop」プロセスの徹底、監査現場のユースケースに基づくチューニングと継続的なフィードバック体制など多層的な施策を導入しています。EYでは世界共通基準のガバナンスの下、人間の判断を中心に据えた運用を進めることで、リスク低減と品質向上を両立しています。

このように、EY新日本では既にAIエージェントを監査現場のさまざまな場面で活用し、業務の効率化と品質向上を実現しています。これらのツール群は、監査人の負担を軽減しつつ見落としを防ぎ、より付加価値の高い業務(判断や分析)に注力できる環境づくりに寄与しています。監査業務フローの標準化が進んでいることも、効果的なツールを全社で展開しやすくしている要因です。さらに、柔軟な開発体制とグローバルな連携により、新たなニーズへの対応や技術進化の取り込みも加速しており、監査の未来像を切り開く基盤となっています。

Ⅵ おわりに

AIエージェントの台頭は、会計・監査業務に大きな変革をもたらそうとしています。EY新日本でも将来的には複数のAIエージェントを監査ワークフローに組み込み、人間とAIが協働する 「EYQ Assurance Assistant」 を導入予定です。この仕組みにより、監査チームはチャット形式でAIにタスクを指示・承認し、分析や文書作成を即時に依頼できるようになります。まさに“人間+AI”による新しい監査スタイルです。

ただし、AI導入は魔法の杖ではありません。EYでは世界共通で責任あるAIの原則を定め、生成AI利用ポリシーを整備しています。監査現場でも「AIの出力は不正確な場合があり、専門家の判断を代替すべきではない」と明示し、AI利用時には必ず監査人によるレビューを徹底しています。幸い、監査という業務は法的にも最終判断を人間が下すことが求められる世界です。AIエージェントはあくまで賢い補助役であり、最終的な意思決定には経験豊富な監査人の視座と倫理観が不可欠です。

EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」というパーパス(存在価値)の下、AIエージェント導入の実践から得た知見を生かし、クライアントや社会に長期的な価値をもたらす情報発信に努めます。多様なステークホルダーと協働し、信頼と持続可能な成長を支えることで、社会全体の課題解決と未来への変革に貢献していきます。


サマリー

急速に進化するAIエージェントは、会計・監査業務の効率化と品質向上を同時に実現します。人間は戦略的な判断に集中でき、未来の監査スタイルに大きな変革をもたらすことが予想されます。


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