デジタルとセクターの探求による監査の変革

情報センサー2025年3月 デジタル&イノベーション

デジタルとセクターの探求による監査の変革


EY新日本はAIを含むテクノロジーを駆使し、セクターごとの監査品質向上とインサイト提供に注力しています。デジタル監査ツールの開発と導入を進めてリスクの早期識別や効率的な監査手続を実現し、経営やガバナンスの課題に対する洞察を深め、クライアントの企業価値向上に貢献する変革を推進しています。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 加藤 信彦

製造業、金融業の会計監査、アドバイザリー業務に従事。2017年からデジタルリーダーとして会計監査DXをリード。23年からは宇宙ビジネス支援オフィスSpace Techプロジェクトにも関与。イノベーション戦略部およびAIラボ部長。

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 堀江 泰介

テクノロジー、総合商社等さまざまな多国籍企業の監査業務に従事。2020年からデジタルマーケッツリーダーとして監査先企業との新たな価値創造をリード。イノベーション戦略部副部長。



要点

  • セクター単位でデジタル監査ツールを共通利用することで監査の品質向上が図られる。
  • 統計分析スペシャリストが監査チームと連携してデータ分析手法を展開し、効果的効率的な監査を実現する。
  • 監査クライアントとのコミュニケーション深化はデジタルとセクターの探求による監査の価値を一層高める。


Ⅰ はじめに

EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)では毎年、「監査品質に関する報告書※1の中でAIを含む最先端のテクノロジーを活用した監査業務の変革について掲載しています。『情報センサー』では各取組みの最新状況を解説しています。

第4回となる本稿では、デジタルとセクターの探求による監査の変革について解説します。EY新日本がAssurance 4.0を推進する上でどのようにセクターナレッジをアナリティクスツールに反映し、顧客である監査クライアントや投資家とコミュニケーションしているのか、どのようなインサイトをもたらすのかについて寄稿しています(<図1>参照)。 

※1 EY新日本「監査品質に関する報告書 2024


図1 デジタルとセクターの探求による未来の監査の全体像

図1 デジタルとセクターの探求による未来の監査の全体像

出典:EY新日本「監査品質に関する報告書2024」34 ~35 ページ


Ⅱ セクターとデジタルを探求して監査を高度化するための仕組み「セクターデジタル活動」

デジタル監査に対する監査クライアントからの期待の1つとして、ガバナンス強化や決算品質向上に資するリスクの早期識別やインサイトの提供が挙げられます。この期待に応えるため、EYでは世界共通の監査プラットフォームを導入するなどすべての監査業務において進めるべきデジタル監査の取組みと並行して、デジタル監査ツールの開発を進めています。具体的には、監査チームが監査クライアントのビジネス理解に基づいて識別した会計監査上のリスクへの対応手続策定に当たり、データとテクノロジーを活用することで必要な手続をいかに効果的に実施できるかを、アシュアランスイノベーション本部の開発チームと現場の監査チームが一緒に考え実現に向けて試行錯誤を重ねています。このようにして開発・導入されるデジタル監査ツールは同業種(以下、セクター)に属する監査クライアントの監査において共通して使用できる可能性が極めて高いと考えられます。私たちはこの点に着目し、まずはセクターを代表する企業の監査においてトライアルを含めたツール導入を進め、そこで得られたノウハウを活用しセクター内の他の監査チームにも横展開します。これをセクターデジタル活動と称し、セクター単位でデジタル監査ツールによる効果を生み出していくアプローチを推進しています。

例えば、ヘルスケアセクターでは、契約金額が一定額を超えると入札手続が必要になるため、以前から特定の担当者が特定の業者と癒着し、契約金額を閾値(しきいち)以下に分割発注して審査手続の回避を図る「分割発注」が生じていることが、監査チームとクライアントの共通の課題認識となっていました。この分割発注リスクに対するけん制を機能させるため、デジタル監査ツールの開発チームによって、エクセルを用いて異常を発見していた手法から検討ポイントを統計分析に落とし込む手法に変更し、監査の高度化に取り組んでいます。

石油・天然ガス、鉱業・金属、電力・ユーティリティの各エネルギーセクターでは、原油、鉄鉱石、石炭、 LNG(液化天然ガス)等の各コモディティ商品の市場価格と、ガソリン、金属製品、電力等の製品販売価格に一定の相関関係があり、その特性を活用することで異常取引を抽出し、監査手続を高度化したいというニーズがありました。このニーズを生かして、アシュアランスイノベーション本部の開発チームと共同で、異常値を抽出するための条件を整理し、特定日時、特定取引先の販売取引について、異常値を検出する仕組み作りを通じ、販売価格の妥当性の判断におけるレビュー統制の強化に取り組んでいます。

不動産セクターでは、特にファンドなどの関連先へ不動産を売買する時にその取引価格の妥当性を検討する必要があります。その都度各チームで検討していますが、この点については一覧性を持った分析手法で可視化することにより、取引価格の妥当性を効果的に検出する仕組み作りに取り組んでいます。 

セクター

ヘルスケア

石油・天然ガス、鉱業・金属、電力・ユーティリティ

不動産

着眼点

分割発注による社内審査手続回避

市況を踏まえた製品・サービス販売価格の妥当性

不動産売却価格や期末評価額の妥当性

分析手法

仕訳本数のヒストグラム化による異常分布分析

製品・サービス販売価格とコモディティ商品市場価格との相関分析

類似不動産のベンチマーク比較分析


Ⅲ データアナリティクスからインサイトを引き出す「統計分析スペシャリスト」が監査チームを支援

これまで、銀行、小売、建設といった各セクターの特性を踏まえた分析ツールの開発が着実に進められてきました※2 。こうした背景を受け、幅広い分野でのアナリティクス展開を目指し、データ分析のスペシャリストである統計分析スペシャリスト※3が監査チームと連携し、既存ツールの分析手法を横展開するとともに、独自の分析手法の活用に取り組んでいます。

例えば、小売セクターの拠点損益分析ツール※4では、各店舗の売上高推移に高い連動性が見られることから、店舗売上高の平均値をインデックスとして利用し、そのインデックスと個別店舗の売上高との関係から異常な推移を示す店舗を検知しています。この手法は、モビリティセクターにおける自動車販売会社においても応用され、車種別の売上高インデックスを用いることで、各販売会社間の連動性に基づいて、特定の販売会社における異常な売上動向を検出する分析に展開されています。

また、各セクターの新たなニーズに対応した分析手法も開発されています。例えば、ヘルスケアセクターにおける病院の監査において、前段落で述べた「分割発注リスク」に対応するため、まず各病院の仕訳本数を金額ごとにヒストグラム化します。その結果、分布が閾値付近で偏っている病院に注目し、取引先や担当者が共通している仕訳が多数含まれる取引を抽出する分析手法を活用する取組みを始めています。これにより、従来はマニュアルで時間をかけて行っていた「分割発注リスク」の高い拠点や取引の特定が、より効果的かつ効率的に実施できるようになり、監査クライアントとの価値あるコミュニケーションに専念できることが期待されています(<図2>参照)。

図2 仕訳本数のヒストグラム化による異常分布分析

図2 仕訳本数のヒストグラム化による異常分布分析

出所:EY新日本作成

石油・天然ガス、鉱業・金属、電力・ユーティリティのセクターでは、製品・サービス販売価格の妥当性を検討するため製品販売単価と市場で取引されるコモディティ価格との連動性に着目した相関分析が行われています。例えば、鉄鋼メーカーにおいては製品単価が鉄鉱石などの市場価格と高い連動性を持つという仮説がありますが、実際にその関係性を検証するには、製品の多様性、得意先ごとの契約条件、ドル建て・円建て取引、さらには市場価格が製品価格に反映されるまでのタイムラグといった、さまざまな要素を考慮する必要があります。そこで、これらの多様な要素を簡単に切り替えながら、さまざまな視点から分析できる分析手法を開発し監査に活用しています。この分析手法を活用すると、どの領域でどの市場指標と連動しているのかの把握が容易になり、クライアントのビジネスをより深く理解することが可能となります。このような取組みにより、監査の品質向上とクライアントとのコミュニケーションの深化が期待されています(<図3>参照)。

図3 製品・サービス販売価格とコモディティ商品市場価格との相関分析

図3 製品・サービス販売価格とコモディティ商品市場価格との相関分析

出所:EY新日本作成

不動産セクターでは、不動産売却時の取引価格や期末評価額の妥当性を検証するため、類似不動産情報から算出したベンチマークを活用する比較分析手法が開発されています。この手法は、エリア、築年数、用途地域、主用途等の各要素を基に、検討対象不動産と性質が類似する物件群の評価額平均と比較し、取引価格や期末評価額の適正性を評価します。さらに、各物件の評価状況を直感的に把握できるよう、評価額に応じたバブル表示を地図上に展開することで、得られた分析結果は不動産売却時の取引価格や期末評価額の妥当性検討時の参考情報として、またクライアントとのコミュニケーションにも活用されることが期待されています(<図4>参照)。

図4 類似不動産のベンチマーク比較分析

図4

出所:EY新日本作成
 

※2 ビジネスパートナーとなるための未来のアシュアランスとは?(情報センサー2024年2月)

※3 監査業務の担い手とプロセスの変革(情報センサー2025年1月)

※4 拠点損益情報を活用した利益付替などの異常検知について(情報センサー 2023年新年号)


Ⅳ 経営やガバナンス課題に沿ったインサイトを提供するビジネスパートナーとして

監査人による客観的な視点での気付きがインサイト(潜在的なリスクの把握やリスク領域への対応策の提案を含む)として経営やガバナンスの改善や強化に結び付くことも多くあり、そのようなニーズに応じてセクター固有の分析ツールの開発と現場への導入を進めています。ここで大切なのは、分析結果について、監査クライアントのことを最も理解しているマネジメントやガバナンス責任者の方々にお伝えし、受領したフィードバックを踏まえツールの機能改善や追加を図ることです。このようなプロセスを経ることで、よりビジネスの特徴を捉えた分析が可能になり、インサイトもより具体的かつ監査クライアントにおける課題に近いものになります。

これまでも監査クライアントとのコミュニケーションとして、ビジネスを理解し対話を重ね、監査人としての視点を伝えつつ意見を求め、さらなる対話を重ねた上で新たな提案をする、というサイクルを重ねることで、信頼関係を構築してきました。このサイクルに、セクターの特性に注目した分析ツール導入を通じたビッグデータの有効活用を加えることで、対話のレベルを一層高めることができると信じ、セクターフォーカスの監査を推進しています。

すでに実現できているセクターフォーカス監査として、例えば、監査上の主要な検討事項(以下、KAM)には小売セクター特有の分析ツールである拠点損益異常検知ツール(減損リスクが高い店舗の検知や異常に高額な取引が行われた店舗を識別)をリスク対応手続に使用した事例があります。日本証券アナリスト協会によるKAM好事例集※5の中でも高評価を得ています。建設セクターにおける進捗(しんちょく)度異常検知ツールでも進捗率等の予測により損失が発生する恐れのある工事を識別し、銀行・証券セクターにおける自己査定ツールでは貸出先の債務者区分を予測し信用リスクが悪化している業種を識別したりと、それぞれKAMへの記載が進み、現場に浸透しています(<表1>参照)。
 

表1 2023年4月期~2024年3月期監査におけるKAM記載実績

拠点損益異常検知ツール/小売セクター

進捗度異常検知ツール/建設セクター

自己査定ツール/銀行・証券セクター

その他(セクター横断ツール)

合計

5件

11件

23件

12件

51件

監査クライアントの皆さまからも、自社の各店舗での特徴的な動きや工事案件の進捗や原価の発生状況などについて監査人から分析結果の共有を受けることで新たな気付きを得られた、自社の内部統制や内部監査の実務でも織り込んでいきたい、というポジティブなフィードバックをいただいています。さらに、前述の通り、他の各セクターでの展開を進める上でもこのようなセクターの特徴に着目した分析コンセプトを活用しています。

このように、セクターフォーカス監査はセクターに係る深いビジネス理解の下に成り立つものです。ビジネスを一番に理解しているのは監査クライアントの皆さまであることから、継続的な対話が極めて重要であり、私たち監査人がクライアントコミュニケーションに重点を置いている理由の1つでもあります。

※5 KAM好事例参照先:日本証券アナリスト協会「証券アナリストに役立つ監査上の主要な検討事項(KAM)の好事例集2023」 www.saa.or.jp/account/account/pdf/Kam20240213.pdf(2025年2月28日アクセス)

※6 EY新日本「監査品質に関する報告書2024」37ページ、セクターアナリティクスの進化(セクター×デジタルツール開発) 


Ⅴ おわりに

デジタルとセクターの探求による監査の変革を実現するためには、AIを活用したデジタル監査ツール(情報センサー2025年2月)とツールを使いこなすデジタル人材(情報センサー2024年12月)に加え、監査プロフェッショナルがインサイトを提供できる時間を生み出すための監査業務の担い手とプロセスの変革(情報センサー2025年1月)が必要不可欠となります。EY新日本は高品質な監査を通じて監査クライアントの企業価値向上を支援し、グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献(Building a better working world)する監査法人として、変革(デジタルトランスフォーメーション)していきます。



【共同執筆者】

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 日置 敏之

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 根建 栄



コラム クライアントとの共創による新たな価値の実現

クライアントの現状と今後起こり得る変化を⾒据え、このコラムでは、EY新日本の付加価値提供の取組みやクライアントとの共創の事例をシリーズでご紹介します。


「付加価値提供ができる人材」の育成 

企業におけるデータやテクノロジーの利活用が重視され、またそれらへの依存度が高い現在のデジタル社会では、複雑かつ複合的なリスクへのアジリティを高め、データの多様化に対する信頼性の確保や、テクノロジーの利活用を前提とする内部統制の整備・運用体制の構築が求められています。

EY新日本では、財務諸表に高い信頼性を付与する監査に加え、監査・保証を通じた監査先企業の企業価値向上への貢献を目的に、「マーケットイン型のセクターデジタル活動」の一環として、メンバーが深い洞察の共有を含む付加価値提供というアクションに結び付けるための研修・ワークショップを実施しています。

今年度(2024年7月~25年6月)は、以下のテーマを取り扱い、スタッフからパートナーまで複数の職階にまたいでチーム単位で研修・ワークショップに参加し、経営視点やガバナンス強化の観点から監査を担当する企業への付加価値提供について徹底的に考える機会を設け、メンバーの育成強化を図っています。

インサイト提供のための統計的手法の活用

在るべきサイバーリスクガバナンスと平時・有事の際の監査手続の理解

多様なステークホルダーの理解とデジタル領域にフォーカスした付加価値提供のアクションプランニング

不正事例の理解と経営管理部門を中心とした健全なDXおよび内部統制の構築に向けたディスカッション

次年度からは、継続的な効果測定とともにテーマの拡充と深化を図り、さらには業種特有のニーズに応じた取組みを展開していくことで、「セクターデジタル活動」を通じた企業と社会への信頼という価値の提供をさらに推進していきます。


井上 越子
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 イノベーション戦略部 デジタルテクノロジーストラテジスト



サマリー

EY新日本はAIを含むテクノロジーを駆使し、セクターごとの監査品質向上とインサイト提供に注力しています。デジタル監査ツールの開発と導入を進めてリスクの早期識別や効率的な監査手続を実現し、経営やガバナンスの課題に対する洞察を深め、クライアントの企業価値向上に貢献する変革を推進しています。


関連コンテンツのご紹介

企業価値向上に資する監査品質とは

企業や社会を取り巻く環境が変化する中で、サステナビリティやグローバル化、デジタル化への対応は情報開示にとどまらず、経営戦略においても欠かせない重要事項となっています。監査法人が果たす役割も同時に拡大しており、EY新日本では監査品質の向上を通じ、企業に対する付加価値を高めてきました。

監査品質がもたらす社会的価値とは? 

EY新日本有限責任監査法人の「監査品質に関する報告書」を掲載しております。

EY新日本の目指す Assurance 4.0

EY新⽇本はヒトとデジタルを融合させ、クライアントとのコミュニケーションを深化させることで、「双⽅の⽣産性向上」、「監査品質の向上」、「リスクの検知やインサイトの提供」による価値の提供を⽬指します。


    情報センサー

    EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。

    EY Japan Assurance Hub

    時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、非財務情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ 

    EY Japan Assurance Hub

    この記事について

    執筆者