EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 Forensics事業部 公認不正検査士 田嶋 司
当法人に入社後、不正調査、再発防止、不正・コンプライアンスに関する平時のアドバイザリー業務に従事。品質コンプライアンス対応チームの中心メンバーであり、有事・平時の対応やサービス開発などの豊富な実績を有する。シニアマネージャー。
※所属・役職は記事公開時のものです
要点
1980年頃、Japan as No.1と称されたように、日本のものづくりは国際的に高い評価と信頼を得てきました。一方で、2010年以降は品質不正やデータ偽装といった品質コンプライアンス違反の発覚に関する報道を目にする機会が増加傾向にあります。特に最近10年ではある業界で品質コンプライアンス違反が発覚した後、次々に複数の同業他社でも同様の問題が発生するなど、業界全体の問題として品質保証の在り方が問われる事案も多数発覚し、日本のものづくりが直面している社会問題と言えます。
これらの事案の再発防止や未然防止として、手作業の排除に向けたDX化、生データと試験・検査データの突合やダブルチェック、組織体制の変更による業務分掌の明確化や職務分掌の強化といった不正の機会を減らすためハード面からの直接的な取り組みに焦点が当てられがちです。ところがどれだけ仕組みを整備しても、その仕組みを運用する従業員が高い品質意識を持たない限り、正しい効果を発揮することに期待はできません。そこで今回、品質コンプライアンス違反を防止するために求められる品質意識の醸成といったソフト面を切り口に、組織全体への品質意識の浸透・定着を実現するための取り組みに関する要点を考察します。
品質コンプライアンス違反に関する不正調査報告書の原因分析を確認すると、組織風土や文化といった“カルチャー”に関する問題と、“品質コンプライアンス意識”に関する問題が指摘されています。前者は主に組織レベルの課題、後者は主に個人レベルの課題と捉えることができます。<図1>の通り、組織と個人との間には、「行動変容」と呼ばれる「健全な組織が正しい言動の個人を生み出し、正しい言動の個人が健全な組織を生み出す」という正のスパイラルアップをもたらす関係性があることから、良い組織づくりのために両者は切り離せないことを認識しておく必要があります。
図1 品質コンプライアンス意識とカルチャーの関係性
品質コンプライアンス違反の再発防止や未然防止に向けた取り組みとして、多くの企業が品質意識を醸成するための教育・研修の再設計・実行を掲げています。品質コンプライアンス違反が発生した企業で指摘されている、教育・研修に関する課題(<表1>参照)に対応することで、その有効性を高めることができます。
表1 不正調査報告書で指摘されている教育・研修に関する課題(例)
課題の種類 | 不正調査報告書における指摘(例) |
対象者 | 現場の教育、検査員の教育がなされていなかった |
コンプライアンス教育が十分に行き届いていなかった | |
コンテンツ(内容) | 顧客との合意に基づく検査の意義や位置付けなど品質保証の基本に対して、正しく理解できていなかった |
製品認証制度に関する社内教育が不十分であった | |
品質保証に関する不十分な認識、知識不足、ノウハウや知見の部署内での蓄積が欠如していた | |
品質保証の本質について理解を促進できていなかった | |
当局や顧客と合意した手順(プロトコル)に沿って作業すること自体が品質保証を実現するために意義があるものであるにもかかわらず十分に理解されていなかった | |
教育プログラム(体系) | 長年にわたり、品質に関する体系的な教育が行われておらず、品質に対する正しい考え方を浸透・定着させるための継続的かつ繰り返しの教育が実施されていなかった |
e-learningによるコンプライアンス研修の内容が十分に理解されておらず、また、そのような理解を確実にするための工夫(確認テストの内容)が十分ではなかった |
出所:日本品質管理学会規格「テクニカルレポート品質不正防止(JSQC-TR12-001:2023)」を基にEY作成
具体的には、以下の点に留意することが重要です。
“Tone at the Top”という言葉の通り、企業がコンプライアンスを浸透・定着させるためには「経営トップの姿勢」が重要です。これは、経営層やトップマネジメントの価値観や姿勢、そしてその言動が、組織全体のカルチャーやリスク管理の在り方に強く影響し、内部統制の有効性を大きく左右するという考え方に基づくものです。経営トップが一方的に品質やコンプライアンスを重視する姿勢や言動を示したとしても、現場に落とし込まれなければコンプライアンスの浸透・定着には至りません。
要するに、経営層・管理職・非管理職間におけるトップダウンとボトムアップを両立した「タテの連携」、拠点・部門間などの連携により機能横断的な対応を可能とする「ヨコの連携」を組み合わせた不正・コンプライアンスリスク管理態勢を構築し、これを全社的に、またグループ全体で確実かつ継続的に実行していくことが重要です(<図2>参照)。
一方で、品質に関する不正・不祥事が発生した多くの企業では、このような「タテの連携」や「ヨコの連携」に不備や機能不全が生じていわゆる「タコツボ化」に陥ってしまい、品質コンプライアンスに必要な組織的対応を図れる状態にはなかったことが、主な指摘事項として挙げられています。
図2 不正・コンプライアンスリスク管理の概念
「タテの連携」と「ヨコの連携」を実現していくために重要な役割を担うのが、管理職に位置するミドルマネジメントです。ミドルマネジメントは自部門において経営と現場をつなぐ役割を果たすとともに、機能横断的な部門連携を実現するための調整を担う、極めて重要な立場にあります。品質コンプライアンス違反が発生した企業では、このミドルマネジメントの機能不全が指摘されており、その理由を深掘りしていくと業務過多やマネジメント力不足にあることが見えてきます。
ミドルマネジメントはマネジメント業務とプレーヤー業務の両方に期待が寄せられ、バランスを保つことができずにプレーヤー業務に終始してしまう様子は想像に難くないと思います。これにより、「本来であれば正しいリソース配置を行わなければならないミドルマネジメントが適切に対応できていなかったため人員不足を招いた」「正しい現場判断を主導するはずのミドルマネジメントが業務判断を見誤った」「業務の優先順位を決めるはずのミドルマネジメントが決められない、もしくは誤った優先順位付けを行ったため、必要な対応が図れていなかった」「業務を分かっているのが自分だけで部下に任せられないと思い込み、率先してプレーヤー業務を行い、管理業務に手が回っていない」といった状況を招き、品質コンプライアンス違反の発生原因として指摘されることが珍しくありません。
つまり、品質コンプライアンス違反の再発防止や未然防止においては、ミドルマネジメントを繁忙から解放し、正しく機能できるだけの余力を残す事業運営が必要であることが分かります。そのためには、「備えあれば憂いなし」という言葉の通り、例えば以下のような取り組みを日常管理に取り入れ、ミドルマネジメントの育成と組織の中核を担うための組織づくりを進めていくことが重要です。
品質コンプライアンス違反が発生した企業では、カルチャーに関する問題や品質コンプライアンス意識に関する問題が指摘されています。このことを踏まえると、不正・不適切行為および違反が発生した企業や発生の未然防止に努めようとしている企業は、自社および他社で発生した問題・課題の発生状況、自社ビジネスにおける品質コンプライアンス違反を誘発する可能性がある状況を把握しておくことが重要です。その際に有効な手法として、役職員を対象とした品質意識調査や品質コンプライアンス・サーベイといったアンケート調査の導入が挙げられます。こうした取り組みは、品質意識や品質保証といった考え方を起点に組織の品質コンプライアンスの水準を可視化し、改善状況の把握や次年度の教育・研修計画に活用していくことで、品質意識の醸成を図る効果が期待されます。また、現場が抱えている懸念や違和感、課題などを引き出し、実務的な解決策を早期に講じていくことにも役立つと考えられます。
アンケート調査は「実施」に意味があるのではなく、入念に検討された趣旨・目的のある設問により実態を引き出したのち、得られた結果を徹底的に分析することにあります。必要に応じて関係部門に対するヒアリングや実態確認を行うことでその背景や真因を特定し、さらには改善に向けた取り組みの検討・実行や役職員に対するフィードバックにつなげることで、はじめて真の効果を発揮するのです。これは品質マネジメントシステムにおける「パフォーマンス評価」や「継続的改善」といった考え方にも沿ったものであり、品質コンプライアンス違反の再発および未然防止のみならず、組織の品質保証レベルの向上に大いに寄与する取り組みにしていくことが可能です。
本稿では、品質コンプライアンス違反の再発防止の現場から考える根本対策をテーマに、品質意識を醸成するために必要な教育・研修、ミドルマネジメントの育成と組織の中核を担うための組織づくり、品質コンプライアンスの浸透・定着状況の観測に有効なアンケート調査の取り組みといった切り口で考察しました。組織づくりと人材育成は密接な関わりを持っており、組織と個人の両面から品質を体現していくための取り組みを図ることが、品質コンプライアンス違反の再発および未然防止に寄与するものとなります。そして、現在進行しているISO9001:2015の改訂においても、リーダーシップおよびコミットメントの実証事項として、品質文化および倫理的行動が追加されるなど、品質意識の醸成に注目が集まっています。
品質コンプライアンス違反が発生した多くの企業ではISO9001:2015を取得していましたが、当該認証を取得・維持していくことが目的化し、実態を伴わない形式的な対応に終始していました。その結果、当該違反を契機に一時停止や取り消しといった措置が取られました。これまで品質保証や品質マネジメントシステムは、要求事項を満たすための仕組みにより品質の確保を確実にするといった「品質を守るための取り組み」として解釈されることが多くありました。これからは、仕組みと品質意識を掛け合わせた事業運営により、「品質と競争力を育てる攻めの取り組み」にしていく必要があると考えられます。その基礎・土台となるものが品質意識の醸成であることを再認識するきっかけになりましたら幸いです。
品質意識の醸成には、全役職員を対象に品質や品質保証に関する概念や考え方といった「そもそも論」から教育・研修で取り上げるとともに、ミドルマネジメントが事業運営の最適化に向けて正しく機能することが肝要です。これにより、「健全な組織が正しい言動の個人を生み出し、正しい言動の個人が健全な組織を生み出す」という正のスパイラルアップがもたらされます。
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