中国拠点における不正調査の留意点と対応策:第1回 中国特有の事情とは

情報センサー2026年6月 Topics

中国拠点における不正調査の留意点と対応策:第1回 中国特有の事情とは


本シリーズでは、日系企業の中国拠点における不正調査において考慮すべき特有の事情や親・子会社がそれぞれ抱えている課題、その対応策を3回に分けてお届けします。本稿では、中国における不正調査に関する特有の事情について解説します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 Forensics事業部 中国公認会計士 李 植

2022年の入社後、各種調査案件における委員会補助業務をはじめ、クロスボーダー企業に対する内部統制評価や内部監査支援業務に多数従事し、日系企業の中国拠点の法定監査や内部統制評価業務に関する知見を有する。

EY中国 Forensics ニューヨーク州弁護士 三宅 亜紀子

日本・米国・中国で15年以上、法律事務所・外資系コンサルティングファームにて不正調査・予防、コンプライアンス体制構築や係争支援に従事し、日本の調査委員会や、不正および贈収賄リスクアセスメント等の領域で豊富な経験を有する。

※所属・役職は記事公開時のものです


要点

  • 2019年以降の統計によると、日系企業の海外拠点で発覚した不正事案の約半数に中国拠点が含まれている。
  • データの越境規制(データ三法)により親会社からの情報収集や不正調査が制約を受けたり、外部通報等により不正に関する情報が突発的に拡散するリスクが高まったりすることがある。
  • 中国では公開情報を用いたバックグラウンドチェックが実務の中心となる。個人のスマートフォン上のアプリを業務目的で利用していることが多く、不正調査時に証拠保全の障壁となり得る。

Ⅰ はじめに

中国の拠点で不正が発覚した場合、その調査に当たっては、考慮しなければならない中国特有の事情があります。また、中国の子会社と日本の親会社とでそれぞれ抱えている課題があることから、その対応策は異なります。

全3回シリーズの第1回目の本稿では、中国における不正調査に関する特有の事情について、中国拠点における不正のトレンドを踏まえ、解説します。

シリーズ各回の記事はこちらからご覧いただけます。

第1回:中国特有の事情とは
第2回:親・子会社それぞれの課題
第3回:不正防止策と発覚時の諸対応

Ⅱ 中国拠点における不正のトレンド

ジェトロ(日本貿易振興機構)の2025年度の調査結果※1によると、海外拠点を有する企業のうち、約56%が中国に拠点を有しており、中国は引き続き日系企業にとって最も多い海外進出先となっています。このことからも中国は依然として、日系企業が海外において事業展開を行う上で極めて重要な国と位置付けられていると言えるでしょう。

2019年1月から2025年12月までの7年間において、日系企業の海外拠点で発覚した不正事案は76件※2に上りました。一見すると、海外拠点における不正発覚件数は多くないようにも見受けられます。しかしコロナ禍のリモートワークや渡航制限の影響で、内部統制が一時的に機能しにくい状況が生じ、親会社によるガバナンスが弱体化した結果、不正の発覚が遅れるケースが少なからず生じている可能性があります。

図1 2019/01~2025/12日系企業海外拠点における不正の発覚件数(国別)

図1 2019/01~2025/12日系企業海外拠点における不正の発覚件数(国別)
出所:株式会社インターネットディスクロージャー「開示Net」の情報を基にEY作成

日系企業の海外拠点における所在国別の不正発覚件数を見ると、<図1>のように、中国が76件中34件と海外拠点全体の半分近くの割合を占めています。これを不正の類型別で見ると、約5割が財務諸表不正、3割が資産の不正流用、残り2割は汚職や品質不正等のその他不正となっています。また、不正関与者の属性を見ると、財務数値に責任を持つ日本人駐在員は財務諸表不正に関与するケースが多く、実務を担当する現地従業員は資産の不正流用や汚職に関与するケースが相対的に多く見られます。

※1 ジェトロ「2025年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/23f5d9f6472b5c0d/20250042.pdf(2026年3月23日アクセス)
※2 株式会社インターネットディスクロージャー「開示Net」の情報を基にEY集計。2019年1月~2025年12月に適時開示がなされた調査報告書など(要旨のみも含む)が公表されている事案が対象。

Ⅲ 不正調査に関する中国特有の事情

第Ⅲ章では、中国における不正調査に関して考慮すべき特有の事情について解説します。

1. データ越境に関する法令

中国には、サイバーセキュリティ法、データセキュリティ法、個人情報保護法(いわゆるデータ三法)がありますが、これは中国域内で生成される個人情報や重要データは原則として中国国内で保存し、域外移転には当局対応が求められるといったデータの越境移転に関する規制の枠組みです。この結果、中国拠点から日本の親会社へのデータ移転に制約が生じ、親会社によるガバナンスや不正調査のやり方に大きな影響を及ぼしています。

データの越境移転に当たっては、企業が事前にリスク評価を行い、自社が重要情報インフラ運営者(CIIO)に該当するか否か、対象データが重要データまたはセンシティブな個人情報に該当するか、もしくは個人情報の人数などに応じて、安全評価の受審、標準契約の締結・届出、個人情報保護認証の取得などの対応が求められます。

2024年3月には、中国国家インターネット情報弁公室(CAC)が「データ越境移転の促進および規範化に関する規定」を施行し、越境移転手続の要件が明確化・緩和されました。特に、CIIO以外の事業者が、センシティブな個人情報を含まず、年間の越境移転人数が10万人未満である場合には手続対応が不要となり、データ越境に関する企業負担は軽減されました。

一方で、中国拠点の不正調査を実施する場合は、従業員の情報、取引先との取引情報などを確認する中で個人名やメールアドレス、銀行口座番号等のセンシティブな個人情報を含む情報の分析を実施することが多いものの、情報のデータ越境移転はできないことから、現地調査に依拠せざるを得ないケースも少なくありません。そこで日系企業には、平時から現地の法律専門家の支援を受けつつ、自社に適用される規制要件やデータの内容を整理し、現地拠点と親会社と円滑に情報共有をする体制を構築することが求められます。また、規制要件を正確に理解するだけでなく、個人情報などの域外移転が必要とされるケースに備えて、個人への告知や個別の同意取得といったその他の措置義務を守ることも必要となります。

2. 外部通報の増加

中国においては近年、不正行為に関する通報や苦情が、社内通報だけではなく、行政当局の監督機関やソーシャルメディア(SNS)といった外部通報を通じて行われる傾向が顕著です。このような場合、企業に関するネガティブな情報が短期間で拡散し、当局による調査や照会が集中する恐れがあり、対応を誤れば、中国拠点における不正調査が実施できない、あるいは当局による調査が先行し、重要な資料やデータが押収されるといった思わぬトラブルが生じる場合があります。

中国では、日本の公益通報者保護法のように内部通報制度を包括的に規律する法制度が存在せず、通報が通報者の人事評価に影響することへの懸念があることや、対応すべき社内リソースの不足から問題が放置されるといった事情から、内部通報制度に対する従業員の信頼はいまだ低い水準にとどまっています。その結果、行政当局が設置するホットラインや相談窓口が広く利用されており、実名通報を前提とした通報者保護や奨励制度も、当局通報を後押ししています。

加えてソーシャルメディア上では、ユーザーが匿名で問題を掲載するなどのいわゆるセルフメディアが影響力を拡大しており、会計不正やハラスメントなど注目を集めやすい事案が拡散されるケースも少なくありません。投稿の容易さから、短期間で世論の注目を集め、当局調査に発展する事例も確認されています。ソーシャルメディア上で通報や告発が行われた場合は、レピュテーションリスクなどにもつながり得ることから、拡散抑制に向けた迅速な対応が不可欠となります。

当局通報や、ソーシャルメディアを用いた外部通報を極力予防するためには、平時から有効な内部通報システムを構築し、社内で通報があった場合は会社が誠実に対応することや、中国拠点の規模が小さく社内で十分な対応が困難な場合には、外部の専門家の利用も検討する必要があります。

3. 中国における信用調査の実態

中国では、近年の景気後退に起因する経営悪化や、親族企業との取引、循環取引などが多発していることから、取引先に対するバックグラウンド調査の実施は極めて重要です。他方で、他社の信用情報を体系的に取得することが難しいという実務上の制約があります。そのため、一般的には、信用情報そのものではなく、インターネット上で公開されている企業情報や税務当局が公表する納税ランキング等を確認するなど、企業のバックグラウンドチェックを通じて、取引先の状況を把握する対応を取ることとなります。

近年、企業情報のデータベース化が進展しており、「国家企業信用信息公示系統」「企査査」「天眼査」等のデータベースから対象企業の工商登録情報、出資関係、行政処罰等が簡単に検索できるため、これらを取引先評価の業務フローに組み込み、積極的に活用することが実務上有効です。特に、取引先と従業員との間に利益相反関係が疑われる場合は、上長が自らバックグラウンドチェックを実施する必要が生じる場面もあります。また、バックグラウンドチェックの実施頻度については、取引規模が大きい取引先や、リスクの高い取引先ほど、定期的に確認を行うことが望ましいと思われます。

バックグラウンドチェックは主要事業に直接関係する取引先に限らず、廃棄物処理業者、内装工事業者、社員食堂や社員送迎用バスの運行・管理会社、人材派遣業者、旅行代理店など、周辺業務を担う各種業者についても対象に含める必要があります。これらの業者については、実務上、現地スタッフに選定や管理を一任しているケースも多く見受けられることから、定期的に状況を確認することが重要です。

4. 個人スマホのチャットアプリによる業務上のやり取り

中国では「WeChat」というチャットアプリが広く普及しています。「WeChat」は、チャットや通話機能にとどまらず、ビデオ会議、ファイル送付、名刺交換、電子マネーによる送金など、多岐にわたる機能を備えていることから、ビジネス用途としても日常的に利用されています。中国では従業員に社用スマホを貸与する慣行が日本ほど一般的ではないため、個人のスマホで業務のやり取りをすることは珍しくありません。このような環境下では、企業の情報漏えいリスクが高まリます。加えて不正調査等の場面において、デジタルフォレンジクスの手法により個人のスマホから業務データを取得する場合、個人情報が含まれるため本人の書面による同意が必要となります。本人の同意書が取得できていない場合は、適時に証拠を保全することができないこともあります。さらに、取引先とのやり取りや、契約書のドラフト段階における交渉経緯等が、会社のメールには記録として残っておらず、全て個人の「WeChat」上にのみ残っているケースも多く、結果として調査が難航する事例が増加しています。

もっとも、近年では中国企業を中心に「WeChat」企業版(企業微信)の導入が徐々に進んでいます。導入の際には、利用目的や利用範囲を明確に定めた上で、同アプリの使用に関する禁止事項や留意点を社内ルールとして明文化し、当該ルールに関する研修を十分に実施することが重要となります。 

Ⅳ おわりに

前述のように、中国では不正調査の際に考慮しなければならないさまざまな特有の事情があります。そのため、中国拠点側の担当者はもちろんのこと、日本の親会社側の中国拠点担当者も、日頃からこのような点について留意しておく必要があると考えます。


サマリー

データ越境に関する法規制、社外への通報の実態、取引先に対する信用調査の実務、個人のスマホを用いた業務上のやり取りといった中国における不正調査に関する特有の事情について解説します。




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