EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 竹下 泰俊
2007年に当法人入社後、製造業、医薬品業等の会計監査に従事。2017年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事。2023年からの2年間は海外のEYのメンバーファームへ出向し、IFRSのプロフェッショナルとして、関連業務に従事。
※所属・役職は記事公開時のものです
要点
本稿では、サステナビリティ基準委員会(以下、SSBJ)が2026年3月に公表した温室効果ガス排出の開示に対する改正及び同年1月に公表した実務対応基準案の内容について説明します。
国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)は2025年4月に「温室効果ガス排出の開示に対する修正―IFRS S2号の修正案」を公表(最終基準は同年12月に公表)しました。これを受けて、SSBJはISSBが公表する基準との機能的整合性を図るべく審議を重ね、2026年3月に「温室効果ガス排出の開示に対する改正」(以下、本改正)を公表しました。本改正では、ISSBの修正案を取り込み、ISSB基準の要求事項に代えて企業が適用を選択することができるSSBJ基準に追加した選択肢やISSB基準に含まれない追加的な定めは設けられていません。
ファイナンスド・エミッション※1は、スコープ3のカテゴリー15の全部又は一部を構成するものであることが明確にされました。そして、スコープ3カテゴリー15の温室効果ガス排出に含める内容をファイナンスド・エミッションのみに限定すること、及びデリバティブ関連の排出量はカテゴリー15から除外できることが認められる一方で、その場合には、除外した温室効果ガス排出に関連する金融活動、及び除外したデリバティブに関連する金融活動及び何をデリバティブとして扱ったかを説明することが求められます。また、スコープ3カテゴリー15の温室効果ガス排出の開示に含めたファイナンスド・エミッションの小計の開示を求められます。
ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報の開示においては、従来の「世界産業分類基準」(以下、GICS)を用いるという要求事項に代えて、気候関連の移行リスクに対するエクスポージャーを理解する上で有用な情報をもたらす方法で産業別に分類することができる産業分類システムを用いる(選択した産業分類システム及び当該選択がどのように基準の定めを満たしているかの説明を開示することを含む)ように修正されました。また、商業銀行と保険の両方の活動を行う企業については、それぞれの活動の特性に応じて異なる産業分類システムを使うことが可能であることが明確化されています。これに伴って、GICSを用いた産業別分解情報を、当面の間開示しないことを容認する取扱いが削除されています。
現行の気候基準は、既に「温室効果ガス(GHG)プロトコル(2004年)」とは異なる方法がグループ内の一部の企業のみに適用される可能性を想定した定めとなっていましたが、IFRS S2号の修正と整合させるように改正を行うことで、法域別の救済措置が、報告企業全体だけでなくグループ内の一部の企業にも適用可能であることがより明確にされています。(<図1>参照)。
図1 企業グループにおける温室効果ガスの測定方法
法域の当局等が、企業の全部又は一部について、最新の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の評価における、100年の時間軸に基づく地球温暖化係数とは異なる地球温暖化係数を用いることを要求している場合、それを用いることができるとする救済措置が追加されています。
また、IFRS S2号の修正に伴うSASBスタンダードの結果的修正を受けて、サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」(以下、適用基準)で参照するSASBスタンダードを最新のもの(2025年12月最終改訂)に更新されています。
本改正は2027年1月1日以降開始する事業年度から適用され、早期適用も可能です。また、本改正前のSSBJ基準に準拠した開示を既に行っている企業に対して、本改正を適用する最初の年次報告期間においては、実務上不可能である場合を除いて比較情報を更新することを求める経過措置が定められています。
※1 報告企業が行った投資及び融資に関連して、投資先又は相手方による温室効果ガスの総排出のうち、当該投資及び融資に帰属する部分をいう(気候基準第6項)。資産運用、商業銀行又は保険の活動を行う企業は、ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報開示が求められる(同第57項)。
2026年1月、SSBJはサステナビリティ開示実務対応基準公開草案第1号「温対法におけるSHK制度の定める方法により測定し報告する温室効果ガス排出を用いて『気候基準』の定めに従う場合の測定及び開示(案)」(以下、本公開草案)を公表しました。サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」(以下、「気候基準」)で開示が求められる温室効果ガス排出量の測定は、「GHGプロトコル(2004年)」に従って測定することが同基準第49項に定められていますが、同項ただし書きでは法域の当局又は企業が上場する取引所の要求によって異なる方法で温室効果ガス排出を測定することが認められています。気候基準の結論の背景(BC125項)では、わが国の「地球温暖化対策の推進に関する法律」(以下、温対法)における 「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」(以下、SHK制度)に基づく温室効果ガス排出量の報告は上記「気候基準」第49項の定めにおける異なる測定方法に該当するという考えが示されています。しかし、この温対法に基づくSHK制度で測定し報告する温室効果ガスを用いて「気候基準」の定めに従った測定及び開示を行う場合に、見解が分かれているとの情報が利害関係者から寄せられました。SSBJはこれを受け実務の多様性を回避して一貫した基準の適用を確保するために本公開草案を公表しています。
温対法におけるSHK制度に基づく温室効果ガス排出の算定期間は必ずしもサステナビリティ関連財務開示の報告期間と一致しません。例えば、12月決算の企業の場合、原則としてサステナビリティ関連財務開示の報告期間も同一の期間となりますが(適用基準第68項)、SHK制度に基づく二酸化炭素等の排出量の算定期間は暦年ではなく年度になるため、同制度に基づく測定をサステナビリティ関連財務開示に従った測定結果に調整する場合は、実務対応基準第1号の対象範囲とすることが提案されています。また、企業の全部又は一部について、温対法におけるSHK制度の定める方法により測定し報告する温室効果ガス排出を用いて、「気候基準」の定めに従った測定及び開示を行う場合に適用されることも提案されています。
温対法におけるSHK制度では、温室効果ガスの基礎排出量と調整後排出量※2の報告が求められていますが、比較可能性を確保する観点から「GHGプロトコル(2004年)」に近いものが望ましいため、本公開草案では、基礎排出量を基礎として用いることが提案されています。
温対法によるSHK制度の2024年度改正により、基礎排出量については、温対法におけるSHK制度に基づく直接排出と間接排出の内訳を報告することが要求されています。本公開草案では、「気候基準」第49項のただし書きを適用した場合、同制度に基づく直接排出をもって、「気候基準」で定義されているスコープ1温室効果ガス排出の測定開示に相当するものとして提案しています。また、SHK制度に基づく間接排出の測定開示については、「気候基準」第49項ただし書きの適用によって、同基準のマーケット基準によるスコープ2温室効果ガス排出の測定開示に相当することが提案されていますが、この点は(4)にて説明します。
「気候基準」第53項では、スコープ2温室効果ガス排出の開示はロケーション基準※3による開示が求められています。また、同基準第54項では、ロケーション基準に基づく開示に加えマーケット基準※4による開示も認められています。
温対法によるSHK制度に従った間接排出の測定及び報告では、マーケット基準によるスコープ2温室効果ガス排出に相当する報告は要求されているものの、ロケーション基準による報告は要求されていません。一方で、ロケーション基準については、間接排出活動量に所定の排出係数※5を乗じて測定することが可能とされています。
「気候基準」第49項のただし書きは、法域の当局又は企業が上場している取引所が、温室効果ガス排出を測定する上で「GHGプロトコル(2004年)」に基づく測定方法と異なる方法を「要求している」ことが前提となっています。
このような「気候基準」の定めと温対法によるSHK制度の定めの関係性(<図2>参照)から、以下の点で適用上の疑問点が見られました。
①温対法によるSHK制度に基づく間接排出活動量に所定の排出係数を乗じて測定したロケーション基準によるスコープ2温室効果ガス排出に相当するものが、「気候基準」第49項ただし書きを適用していることになるのか
②温対法におけるSHK制度の枠組みにおいて、マーケット基準とロケーション基準に基づいて測定されるスコープ2温室効果ガス排出量は両者で同じ活動量を用いることになるか
図2 「気候基準」第49項ただし書きと温対法によるSHK制度の関係
上記①に対する解説:「気候基準」第49項ただし書きでは、法域の当局又は企業が上場する取引所が、温室効果ガス排出を測定する上で異なる方法を要求している場合を前提としていますが、SHK制度に基づく間接排出活動量に所定の排出係数を乗じて測定可能なロケーション基準の測定値も当該法的枠組みに含まれることが提案されています。この方法による数値が「報告が要求される」数値ではないことをもって、「気候基準」第49項ただし書きに該当しないと解釈した場合、ロケーション基準に基づくスコープ2温室効果ガス排出の開示は「GHGプロトコル(2004年)」に従って測定しなければならなくなると考えられ、企業の負担が大きくなる可能性があります。そこで、SSBJは本公開草案において、「気候基準」第49項ただし書きに従って、温対法によるSHK制度に基づいて温室効果ガス排出量の測定及び報告をする場合、上記のSHK制度で可能とされる方法に基づきスコープ2温室効果ガス排出量を開示することを提案しています。
上記②に対する解説:SSBJは、企業が温対法によるSHK制度に基づく測定及び報告をもって「気候基準」第49項ただし書きに従っているとする場合、比較可能性の観点から、ロケーション基準によるスコープ2温室効果ガス排出とマーケット基準によるスコープ2温室効果ガス排出の両方について同じ活動量を用いて測定及び開示することを提案しています。なお、温対法によるSHK制度に基づき「気候基準」第49項ただし書きに従って、ロケーション基準によるスコープ2温室効果ガス排出量だけを開示することは認められない旨も提案されています。「気候基準」ではスコープ2開示はロケーション基準に基づく開示のみが要求されているものの、法律で要求されているSHK制度下のマーケット基準に基づく開示をしないことは、「気候基準」第49項ただし書きを適用する前提に疑義が生じることからこのような提案がされています。
公開草案で提案されている内容については<図3>を参照。
図3 温対法におけるSHK制度の定める方法により測定し報告する温室効果ガス排出と「気候基準」第49項ただし書きを適用する場合
※2 基礎排出量から無効化(自ら調達した証書等を他社に移転できない状態にしたもの)された国内認証排出削減量等を控除して算定される。
※3 スコープ2温室効果ガス排出を測定するにあたって、地域、地方、国などの特定された場所におけるエネルギー生成に関する平均的な排出係数を用いる方法。
※4 スコープ2温室効果ガス排出を測定するにあたって、電気等の購入契約(分離できない契約証書が含まれることがある)及び分離された契約証書の内容を反映する方法。
※5 環境大臣及び経済産業大臣が公表するSHK制度の「電気事業者別排出係数⼀覧」及び「熱供給事業者別排出係数⼀覧」において記載される全国平均係数及び代替値等の平均的な排出係数。
2026年2月に公布・施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等※6では、平均時価総額1兆円以上のプライム上場企業に有価証券報告書等においてSSBJ基準に従って開示することを義務付けています。こういった開示制度を取り巻く動きからも、将来的にSSBJ基準に従ってサステナビリティ情報を開示する企業は一層増加していくことが見込まれます。企業が単一の基準に従ってレポーティングを行うことは、国際的なサステナビリティ開示の潮流に沿ったものです。また、今回のIFRS S2の修正に沿った改正案は、SSBJが国際的にも比較可能な開示を達成するための国内基準の開発を行うという基本方針に沿ったものです。一方で、各法域で既に独自の開示制度や実務が存在することから、これらとの整合性を確保しながら開示基準をアップデートしていくことが不可欠です。今回提案されている実務対応基準案は、SSBJが公表している「気候基準」と温対法によるSHK制度の枠組みの関係性を整理した上で、企業の負担に配慮しつつ利用者にとって比較可能で有用な情報の開示により開示実務の向上が図られていると考えられます。
※6 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について(2026年3月5日アクセス)
温室効果ガス排出の開示に対する改正では、ISSB基準との整合性を図るように、ファイナンスド・エミッションの開示等いくつかの基準修正が行われています。また、温室効果ガス排出量をGHGプロトコルと異なる測定方法として温対法におけるSHK制度に基づく測定をする場合における一貫した基準の適用方法が提案されています。
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