生命保険会社はESRを経営にどう生かすべきか

生命保険会社におけるリスク・リターン・資本の一体管理

生命保険会社はESRを経営にどう生かすべきか


経済価値ベースのソルベンシー規制の導入により、生命保険会社にはESRを軸とした経営管理が求められています。本稿では、リスク・リターン・資本の一体管理を通じて、健全性の確保と企業価値・契約者価値の向上を両立するための考え方を解説します。


共同執筆者

EY新日本有限責任監査法人
金融事業部

國分 健 シニアマネージャー



要点

  • ESRは保険会社の健全性を示す指標であると同時に、経営判断の基盤となる重要な指標である。
  • 生命保険会社には、ESRやEVなどの経済価値指標を活用し、リスク・リターン・資本を一体的に管理することが求められている。
  • 本連載では、健全性の確保と企業価値・契約者価値の向上を両立するための経営管理の考え方と実践の方向性を解説する。


短期的な経営指標だけでは捉えきれない変化

生命保険会社の経営管理は、大きな転換点を迎えています。これまで多くの生命保険会社では、会計利益、保険料収入、新契約件数、新契約年換算保険料、新契約高といった短期的な指標が、経営管理や事業評価の中心に置かれてきました。

 

一方で、金利環境や金融市場の変動、顧客ニーズの多様化、販売チャネル間の競争激化など、生命保険会社を取り巻く環境は大きく変化しています。また、資本コストへの意識も高まっています。こうした環境の下、生命保険会社には、資産と負債を市場整合的に捉え、リスク・リターン・資本を一体で管理することが求められています。この動きを制度面から後押しするのが、2026年3月期から適用された経済価値ベースのソルベンシー規制です。金融庁の公表資料に基づく整理では、同規制は、「契約者保護、保険会社のリスク管理の高度化、消費者・市場関係者等への情報提供」[注1]を目的とし、第1の柱(ソルベンシー規制)・第2の柱(内部管理と監督上の検証)・第3の柱(情報開示)に基づく制度として位置付けられています。


健全性と将来価値をいかに両立するか

本連載の問題意識は、経済価値ベースのソルベンシー規制の下で用いられるESR[注2]を起点に、契約者保護と財務健全性を確保しながら、資本効率の向上と将来価値の創出をどのように両立させるかにあります。ここでいう将来「価値」の創出は、上場会社における株主価値や市場評価だけを意味しません。相互会社においても、契約者配当や商品・サービス品質の充実に加えて、海外事業や新規事業を含む成長投資が重要です。こうした成長投資を通じて収益基盤を強化することは、将来の企業価値を高め、契約者への還元や保障・サービスを持続的に提供する能力を高めるための重要な選択肢となります。

経済価値ベースのソルベンシー規制で導入されたESRは、保険会社の健全性を経済価値ベースで測定し、外部のステークホルダーに説明するための重要な指標です。ただし、ESRを算出・開示すること自体がゴールではありません。経営にとって重要なのは、契約者保護と健全性確保を前提に、リスクに見合うリターンを確保し、資本コストを意識した持続的な資本効率の向上と企業価値の創出を実現することです。そのためには、目指す企業価値や資本効率から逆算し、ESR、EV、VNB、ROEV[注3・4・5]などの経済価値指標を、具体的な経営判断に接続する必要があります。経営判断の対象となるのは、商品・価格設計やチャネル戦略、ALM[注6]・資産運用、ヘッジ・再保険、資本政策・成長投資、株主還元・契約者配当などです。保障・サービス品質の向上も、こうした判断と一体で検討する必要があります。

リスク・リターン・資本を一体で管理するには、ESRを算出・開示するだけでは不十分です。健全性の制約の中で、どのリスクを取り、限られた資本をどこに配分し、どのようにリターンと企業価値を高めるかを判断する経営管理フレームワークとして捉える必要があります。

 

全4回で読み解くESR時代の生命保険経営

本連載では、生命保険会社におけるリスク・リターン・資本の一体管理の進化を4回に分けて整理します。第1回では、なぜ従来型のPL・新契約量中心の経営だけでは不十分になっているのかを論じます。第2回では、ERMと経済価値指標を経営判断に生かすための視点を整理します。第3回では、制度対応・態勢整備型から価値創出型へ進化するための成熟度別マイルストンを示します。第4回では、公開情報に基づく事例を踏まえ、ESR時代に生命保険会社が取り組むべき経営アジェンダを提示します。

 

参照先

[注1]金融庁「経済価値ベースのソルベンシー規制の概要」(2026年7月)、https://www.fsa.go.jp/policy/economic_value-based_solvency/10.pdf

 

用語説明

  • [注2]ESR(Economic Solvency Ratio):経済価値ベースで評価した資本の十分性を示す健全性指標。一般に、適格資本を所要資本で除して把握します。
  • [注3]EV(Embedded Value):主に生命保険事業について、現時点の純資産に加え、すでに保有する契約から将来生じる利益も現在価値に換算して捉えることで、法定会計だけでは表れにくい潜在的な価値を示す指標です。一般に、修正純資産と保有契約価値を合算して算出します。上場会社の株価・時価総額を評価する際の参考にはなりますが、将来の新契約価値等を含まず、計算前提にも左右されるため、株価そのものを代替する指標ではありません。
  • [注4]VNB(Value of New Business):一定期間に獲得した新契約が将来生み出す価値を示す指標です。
  • [注5]ROEV(Return on Embedded Value):EVに対する増加額や利益創出力を見るための収益性・資本効率指標です。
  • [注6]ALM(Asset Liability Management):資産と負債の金利感応度、期間構造、キャッシュフロー等を一体で管理し、金利リスクや流動性リスクをコントロールする管理手法です。



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サマリー 

ESRは健全性を測るだけの指標ではありません。経済価値指標を商品・ALM・資本政策の判断に結び付け、契約者価値と企業価値を持続的に高めることが重要です。


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【寄稿記事】2024年4月26日 保険毎日新聞(執筆者:EY新日本有限責任監査法人 齋藤 剛、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 鈴木 敦之)


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