オーストラリアにおける気候関連財務情報開示の要求事項に関する最新情報

情報センサー2024年11月 JBS

オーストラリアにおける気候関連財務情報開示の要求事項に関する最新情報


オーストラリアにおける気候変動関連開示の最新動向について紹介します。


本稿の執筆者

EY シドニー事務所 監査部門 ディレクター 小岩井 歩

2008年にEY新日本有限責任監査法人に入所後、主に総合商社の監査業務従事。その後2017年にEY シドニー事務所に異動し日系企業を中心に監査業務に携わるとともに、現在オセアニアのJBS Assurance Leaderとしてオセアニア全般の日系企業のサポートを行っている。



要点

  • 2025年1月1日以降、規模に応じて将来気候変動関連開示が順次義務化される。
  • 海外企業の子会社が親会社の連結サステナビリティ報告書を提出しても、報告義務を果たしたとは認められない。
  • 気候変動関連開示は将来、財務報告書の一部を構成し、監査を義務付けられる。


Ⅰ はじめに

オーストラリアでは、2024年10月に2001年オーストラリア会社法(Corporations Act 2001)が改正され、オーストラリアの大企業または金融機関に対し、気候変動開示の義務制度が導入されました。この制度は、上場・非上場の双方に適用され、早ければ2025年1月1日以降に始まる会計年度より開始されます。

この制度により対象となる企業には、オーストラリア会計基準審議会(Australian Accounting Standards Board、以下AASB)が2024年10月に発行しているオーストラリアサステナビリティ報告基準(Australian Sustainability Reporting Standards、以下ASRS)に準拠した気候変動に関する開示を含む「サステナビリティ報告書」の提出が求められます。サステナビリティ報告書は、財務諸表と同じ報告主体、報告期間で作成し、同時に公表しなければなりません。

また、会社の取締役は、サステナビリティ報告書がASRSに準拠していることを宣言する必要があります。スコープ3の温室効果ガス排出量、シナリオ分析、移行計画に関する開示については、誤解を招く、または欺瞞(ぎまん)的な記述に対する限定責任という形で、取締役には最大3年間の一時的な責任緩和措置が設けられています。この修正責任アプローチは、「グループ1」企業の最初のサステナビリティ報告書におけるすべての将来予想に関する記述(forward-looking statements)にも適用されます。この期間中は、オーストラリア証券投資委員会(Australian Securities and Investments Commission、以下ASIC)のみが、これらの開示に関連する措置を講じることができます。

会社法の改正により、企業のサステナビリティ報告書は、2030年7月1日以降に開始する会計年度から監査(すなわち合理的保証の対象)を受けることが義務付けられています。それ以前の会計年度については、オーストラリア監査・保証基準審議会(Auditing and Assurance Standards Board、以下AUASB)が、サステナビリティ報告書の各項目に適用される保証要件の段階的な導入「保証パスウェイ」案を公表しています。

2024年11月以降、ASICは、これらの気候変動関連の開示要求事項の実施に関して協議し、規制ガイダンスとサポートを提供します。サステナビリティ報告書は、ASICの通常の監視プログラムの下で管理されます。ASICのウェブサイトには、サステナビリティ報告専用のページがあり、新制度やASICの運営方法に関する情報が掲載されています。
本稿では、気候変動に関連する財務情報開示の要求事項の詳細と、企業が今後取るべき対応策を解説します。


Ⅱ 報告対象企業

財務省法改正(Financial Market Infrastructure and Other Measures)2024による会社法の改正では、会社法第2章Mに基づき財務報告書を提出する必要があり、かつ、以下のいずれかに該当する場合、企業は年次サステナビリティ報告書を作成しなければならないと規定されています。

  • 所定の規模基準を満たしている(<表1>参照)。
  • 国家温室効果ガス及びエネルギー報告法(National Greenhouse and Energy Reporting Act、以下• NGER法)に基づく「登録法人」である、または登録申請をしている。

そして、以下のしきい値に基づき、3段階の実施アプローチが適用されます。

表1 気候報告基準のしきい値と報告時期

表1 気候報告基準のしきい値と報告時期

*アセット・オーナー(登録可能なスーパーアニュエーション事業体(私的年金運用企業)、登録ファンド、リテールCCIV)は、運用資産総額が50億ドル以上の場合、大規模とみなされるとしている。

**運用資産総額が50億ドル未満のアセット・オーナーは、グループ2またはグループ3のいずれに該当するかを判断するために、一般的な規模テストを適用する必要がある。

***グループ3企業は、当該報告期間において、気候変動に関連する重要なリスクや機会を特定した場合にのみ、気候変動に関連する財務情報を開示する必要がある。重要なリスクや機会を有しないグループ3企業は、その事実と、どのようにその結論に至ったかを開示しなければならない。これらの開示は、後述するのと同じレベルの保証の対象となり、取締役宣言書の一部を構成する。

出所:オーストラリア財務省「Mandatory climate-related financial disclosures - Policy position statement」、treasury.gov.au/sites/default/files/2024-01/c2024-466491-policy-state.pdf(2024年10月31日アクセス)


Ⅲ 報告項目

改正会社法は、ASRS基準に準拠してサステナビリティ報告書を作成しなければならないと規定しています。AASBは、最初の2つのASRS基準を公表しました。 

  • AASB S1 サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般要求事項 
  • AASB S2 気候関連開示 

対象範囲に含まれる企業は、気候関連財務情報開示の作成にAASB S2を適用する必要があります。企業は、自主的にAASB S1を適用し、気候関連以外のサステナビリティに関連するリスクや機会に関する情報を開示することもできます。

AASB S2は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標に関連する中核的な内容の開示を含め、企業が行うべき気候関連財務情報の開示を規定しています (<表2>参照)。

また、AASB S2は、AASB S1を単独で適用するために必要な内容も含んでいます。構成要素は、気候関連財務情報開示の作成に関する一般的な要求事項で構成され、報告主体、重要性、 比較対象、報告のタイミングに関する要求事項が含まれます。

AASB S2では、シナリオ分析に関する開示が規定されていますが、改正会社法では、気候シナリオ分析とレジリエンス開示の一部として、少なくとも下記の2 つの気候シナリオを実施することが義務付けられています。

  • 温暖化を1.5度以内にとどめるシナリオ
  • 温暖化が2度を「はるかに超える」「より高い温暖化」シナリオ
     

表2 気候関連財務情報の開示

ガバナンス

報告企業が、気候変動に関連するリ スクと機会をモニタリングし、管理するために用いる、ガバナンスのプロセス、統制、手続きに関する情報

  • 目標の管理を含む取締役会のガバナンス
  • ガバナンスにおける経営陣の役割
  • 関連する業績評価指標が報酬に関する方針に含まれているかどうか、またどのように含まれているか

戦略

気候変動に関連するリスクと機会を管理するための企業の戦略に関する情報 

  • 気候関連のリスク及び機会の特定
  • 企業のビジネスモデル及びバリューチェーンへの、現在及び将来的に予想される影響
  • 企業の移行計画(もしあれば)に関する情報を含む、戦略と意思決定
  • 企業の財政状態、財務業績及びキャッシュ・フローへの現在及び将来的に予想される影響
  • 気候レジリエンスとシナリオ分析

リスク管理

気候変動に関連するリスクと機会が、どのように特定、評価、優先順位付け、モニ タリングされているか、また、これらのプロセスが、 リスクマネジメントのフレームワーク全体に組み込まれているか、またどのように組み込まれているかに関する情報

  • 気候変動に関連するリスクと機会を特定、評価、優先順位付け、モニタリングするためのプロセスと方針
  • 企業の全体的なリスクプロファイル及び全体的なリスク管理プロセスの評価

指標及び目標

企業が、気候変動に関連するリスクと 機会をどのように測定、監視、管理し、パフォーマンスを評価しているかについての情報

  • 気候関連指標::
    • スコープ1、2及び3の温室効果ガス排出量
    • 気候関連のリスクと機会に対して脆弱な資産又は事業活動の数値及びパーセンテージ
    • 資本投下
    • 内部炭素価格
    • 報酬
  • 気候関連の目標設定に関するアプローチ、範囲、進捗状況に関する裏付け情報

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AASB S1とAASB S2は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が発行したIFRS S1「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」とIFRS S2「気候関連開示」に基づいています。ASRS基準とIFRSサステナビリティ開示基準の主な違いは、AASB S2を適用する企業では、ISSBの「IFRS S2の実施に関する業種別ガイダンス」に記載されている業種別の指標を開示したり、業種別の開示要求項目を検討したりする必要がないという点です。

また、ASRS基準に準拠する企業は、IFRSサステナビリティ開示基準への準拠を併せて表明できるわけではありません。少なくとも、ASRS基準を適用する企業がIFRSのサステナビリティ開示基準への準拠を表明するためには、上記で説明したように業種別の開示を行うとともに、(AASB S1 / IFRS S1に従って)2年目以降のすべてのサステナビリティに関連するリスクと機会に関する情報を開示する必要があります。


Ⅳ 気候変動に関する開示方法と開示タイミング

気候変動に関する開示は、企業の年次報告書の一部を構成する新たな「サステナビリティ報告書」において公表することが求められます。

サステナビリティ報告書には、以下が含まれます。

  • 当該会計年度の気候変動報告書
  • 気候変動報告書の注記
  • 財務諸表と注記に関する取締役の宣言
サステナビリティ報告書

サステナビリティ報告書は毎年作成することが義務付けられています。中間サステナビリティ報告書の作成は義務付けられていません。

企業のサステナビリティ報告書は、他の報告書と同時にASICに提出する必要があります。提出時期は、会社法第319条に基づく年次報告書の提出に関する現行の要件と同じです。

  • 開示企業及び登録ファンドの場合:会計年度終了後3カ月以内
  • その他の企業:会計年度終了後4カ月以内 

企業のサステナビリティ報告書の写しは、財務報告書の写しと同様に開示されなければなりません。企業が、財務報告書の写しを株主に開示する必要がある場合、サステナビリティ報告書の写しも株主に提供する必要があります。株主にサステナビリティ報告書を提供する必要がない場合、企業は、報告書がASICに提出された日から、企業のウェブサイト上でサステナビリティ報告書を一般に公開しなければなりません。

ISSBは、IFRSサステナビリティ開示基準の適用初年度の企業が、財務報告書を公表した後に、最初のサステナビリティ報告書を公表することを認めていますがASRS基準では利用できません。


Ⅴ 気候変動に関する開示内容の責任

気候変動開示の責任は、2001年会社法及びオーストラリア証券投資委員会法(Australian Securities and Investment Commission Act 2001)に組み込まれた既存の法的責任の枠組みに基づくものです。これらの法律は、取締役の義務、誤解を招くような行為や欺瞞的行為、一般的な開示義務などを定めています。

改正会社法に含まれる修正責任アプローチでは、気候変動報告書の最も不確実な部分に関する誤解を招く行為や欺瞞的行為(及びその他の行為)に対する責任を一時的に免除し、企業が必要なレベルの報告を行うための経験と実践を積む時間が確保されています。

この限定的な免責は、2025年 1月1日から2027年12月31日までの間に開始する会計年度に作成されたサステナビリティ報告書の記載に適用され、ASICのみが、スコープ3の温室効果ガス排出量の開示、シナリオ分析、移行計画の開示における関連条項違反に関連する訴訟を起こすことができます。これらの違反に対してASICが行う措置は、差止命令と宣告に限定されますが刑事手続を妨げるものではありません。

修正責任アプローチは、グループ1企業の最初の会計年度のすべての将来予想に関する記述にも適用されます。

この期間以降は、従来の責任規定が適用されます。 


Ⅵ 保証要求水準

会社法の改正により、企業は、財務諸表の監査人である監査法人から、気候変動に関連する財務情報の開示について、 独立した保証を受けることが義務付けられました。サステナビリティ報告書は、2030年7月1日以降に開始する会計年度より監査(合理的保証)の対象となります。それまでは、サステナビリティ報告書をどの程度監査またはレビュー(すなわち限定的保証)の対象とするかは、AUASBの公開草案で「保証パスウェイ」を提案しています。最終的な基準は2024年12月に承認される予定です。

AUASBは、企業がサステナビリティ報告書を作成することを要求された最初の年から保証を要求することを提案しており、ガバナンス、戦略-リスクと機会、スコープ1及び2の温室効果ガス排出量の限定的保証から始める予定です。提案されている段階的な保証水準は<表3>の通りです。

表3 保証パスウェイ案*

表3 保証パスウェイ案*

*グループ1、2、3についても同じ保証パスウェイが適用される。グループ1の1年目は、2025年1月1日以降に開始する会計年度を指し、グループ2の1年目は、2026年7月1日以降に開始する会計年度を意味します。グループ3企業の1年目は、2027年7月1日以降に開始する会計年度を指す。

**重要な気候変動に関連する財務リスクと機会が存在しない場合の保証の段階付けは、「ストラテジー-リスクと機会」 の場合と同じ。

この段階的な保証水準はAUASBが提案しているものですが、多くの企業が公表している情報の完全性を保護し、資本提供者の期待に応えるため、提案されている水準以上の保証を取得することが予想されます。

財務諸表監査人は、サステナビリティ報告書の監査も同時に行う必要があります。監査人は、必要に応じて、気候・サステナビリティの専門家のサポートを受けます。

財務会計と気候変動・サステナビリティのスキルの両方を兼ね備えた保証業務を求めることは、気候変動がほとんどの企業にとって重要なリスクであるという共通の見解に沿うものであり、そのため、企業の財務諸表作成に含まれる情報と、企業のサステナビリティ報告書で開示される情報が、関連性を持ち、内部的に整合していることが重要です。 

国際監査・保証基準審議会は、サステナビリティ保証業務のための強化された保証基準国際サステナビリティ保証基準(ISSA)5000「サステナビリティ保証業務に関する一般的要求事項」を承認しました。ISSA 5000は、限定的及び合理的なサステナビリティ保証業務に適した包括的で独立した基準です。AUASBは今後の会議において、ISSA 5000をオーストラリアで採用することの妥当性を検討する予定です。


Ⅶ おわりに

日本においては、日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が日本の開示基準を作成し、プライム上場企業ないしはその一部に対して現在義務付けの方向で協議されています。そのため、オーストラリアに子会社のある日系企業は、将来的な日本(グループ)での開示を見据え、オーストラリア子会社の気候変動関連開示のプロジェクトをリードし、連携していくことが必要となります。

また、オーストラリアにおいて先行した開示、実務運用が、グループでのスタンダードになっていくことも考えられ、企業内でのより一層の連携が求められると考えられます。


サマリー 

2025年1月1日以降、規模に応じて将来気候変動関連開示が順次義務化され、会社法監査対象会社は適用対象となります。海外企業の子会社が親会社の連結サステナビリティ報告書の提出を持って、報告義務を果たすとは認めておらず、気候変動関連開示は将来、財務報告書の一部を構成し、監査を義務付けられます。


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