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(聞き手:EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター 副センター長 善方 正義パートナー)
善方:川畑代表は、キーエンスを経て2015年に株式会社CoLabを創業され、AIロボットシステムにより製造業のサプライチェーンの変革を目指されていますが、起業に至った背景を教えていただけますでしょうか?
川畑氏(以下敬省略):キーエンスでは研究開発部門に所属し、センサー、制御、安全機器などの商品開発に携わっていました。世界中の工場を回り、現場の声を聞きながら、課題の解決提案を行っていました。その中で痛感したのが、組立工程だけが自動化から取り残されていくという現実です。組立工程の自動化について相談されても「当社では対応できないのです」と言うしかありませんでした。理由は明確で、組立工程の自動化は解決すべき技術障壁が多く、回収までに長期的な投資を要する分野であるからです。発売直後から高い利益率で短期に投資回収を目指す企業では、そうした領域への投資を実施することができませんでした。
しかし、組立工程以外は自動化が可能になっている。工場自動化のラストワンピースである組立工程を自動化できれば、少子化が進む日本でも生産競争力を保つことができ、人件費の高い国でも地産地消が可能となる。また、組立工程を自動化する次世代のAIロボット開発は、未来の製造業のカギを握る仕事であり、これからの若者にとって魅力あるキャリアになり得る。そう確信し、起業を決断しました。
善方:世界中の製造工場を回って感じた製造業の課題について、詳しくお聞かせください。
川畑:学生時代からキーエンスを経て起業するまで、私はこれまで“モノづくり”の世界に育ててもらいました。その世界が今、大きな変化と困難に直面しています。海外では農村部から都心の工場へ動員された若い労働者が、過酷な環境で働かざるを得ない現実があります。日本では、国内の雇用を守ろうとメーカーが努力していますが、若者の製造現場離れが深刻化しています。さらに、関税障壁の増加により、これまで人件費の安い国で生産し消費国へ輸出するサプライチェーンの維持が危うくなっています。
このような構造的な課題に対し、私は、「全ての組立工程を自動化できれば、そもそも安価な労働力に頼る必要がなくなる」という世界の実現を目指したいと思いました。組立工程の自動化が進めば、日本でも、米国でも、消費地に近い地域で持続的にモノづくりができるようになります。約15年キーエンスという大企業に所属していましたが、残りの人生は、こうした領域で少しでもみんなを喜ばせたいと思いました。
善方:前職キーエンスは、「高収益」と「給与の高さ」で注目を集めていますが、キーエンスでの経験が生きている点はありますか?
川畑:キーエンスでの経験は、今の事業にも大きく生きています。FA業界の構造理解や、現場が求める潜在ニーズの捉え方、そしてビジネスの進め方まで、あらゆる知見が今の意思決定に役立っています。対象とする工程は異なりますが、「現場起点で顧客利益を最大化する」という点は共通しています。また、キーエンスが築いてきた「徹底した付加価値志向」と「高収益経営」の強みを、自社の文脈に落とし込みながら、スタートアップならではのスピードと柔軟性を掛け合わせることで、次の産業スタンダードをつくっていきたいと考えています。
またビジネスの現場では、「相手の役に立つこと」「相手を思うこと」の素晴らしさを学びました。当社は、“相手の利益の最大化が自らの利益を最大化する”を経営理念としています。社内外を問わず、相手の利益を第一に考えた後に、自らの利益を考える姿勢を貫くことで、社会から認められる存在でありたいと思っています。
善方:創業当初は、どのようにアプローチされたのでしょうか?
川畑:創業当初、組立工程の自動化の具体策はなく手探りの状態でした。私自身、家族を養うという現実的な責任がありましたので、自らまずはメーカーに対して企画開発コンサルティングを行いながら、その資金を元手に「できるまでやる」という覚悟で開発を進めました。
開発のアプローチは、画像認識、センシング、ロボット制御から開始し、AIや半導体(GPU)の技術進化の追い風を感じながら、自然と決まっていきました。新規顧客はビジネス仲間や自治体、銀行から紹介していただき、リスクを取っていただける顧客が採用を増やしてくれました。資金調達では信頼できる方が支援者となってくれて、われわれのビジョンに賛同していただけるVCから出資を受けることができました。試行錯誤を重ねて、ピースをひとつずつ埋めながら前進してきたのです。
創業当初は、開発がうまくいくか、資金が集まるかなどさまざまな困難に直面することが多かったのですが、「これがスタートアップだな」と状況を前向きに楽しみつつ、お客様のため、支えてくれる仲間や支援者のためにも頑張ろうと進んできました。
善方:大手メーカーが多数いる中で、これまで長年組立工程の自動化が進まなかった理由は何でしょうか?
川畑:理由は、人間が当たり前のように行っている「視覚による判断」「力覚による調整」「過去の経験に基づく最適動作の学習」をロボットが再現できなかったからです。従来のロボットは、部品や対象物の座標を計測して、ロボットを位置制御する方式が主流で、組み立てる品種毎ごとに動作もプログラムする必要があったため、現実世界で発生する計測器やロボットの誤差に対応できず、また、運用現場のエンジニアが簡単に扱うことができませんでした。
この点、当社では「フィジカルAI」を用いて視覚と力覚という複数のセンサー情報をリアルタイムに統合・処理してロボット動作を生成し、誤差を調整することで、組立工程の自動化に対応しています。つまり、「見ながら」「力加減しながら」「学んで動く」ことで、人間のように臨機応変に精密な作業を実現でき、これが組立自動化における大きなブレイクスルーとなりました。
善方:御社のフィジカルAIの技術的特徴を具体的に教えていただけますでしょうか?
川畑:当社技術の大きな優位性は「部品のばらつきや機械誤差を吸収できる」点にあります。従来のロボットは事前に設定された座標通りに動くため、部品寸法のばらつきや、計測器やロボット精度に誤差があると、正しく組み付けを行うことができませんでした。
これに対し当社のフィジカルAIは「この状態になるまで(目標となる画像が得られるまで・目標となる力覚状態になるまで)動作を続けなさい」という形でロボットへ指示を出し続けます。ロボットが誤差を持っていても、部品寸法にばらつきがあっても、目標となる状態になるまでリアルタイムに動作を修正し続けるため、最終的に正しい状態へと収束します。
このロボット制御の中核にあるのが「差分学習」という考え方です。これは、目指す「ゴールの状態」と「現在の状態」との“差分”をフィジカルAIがリアルタイムに視覚・力覚情報で認識し、その差分を埋めるように自ら動作を生成していく仕組みです。この差分学習の技術によって、従来ロボットが苦手としていた柔軟な対応が可能になり、ばらつきのある部品や予測できない状況に対しても精度高く適応できるようになりました。
善方:御社では、2つのAIサーボを使っているとのことですが、それぞれどのような役割を果たしているのでしょうか?
川畑:当社の2つのAIサーボは、AIビジュアルサーボとAIセンシングサーボで、既に特許を取得している独自の要素技術を使用しています。AIビジュアルサーボは、視覚情報をもとにAIが調整し、高精度で繊細なロボット動作ができる技術です。AIによって人がプログラムしなくても自律的に動作を学習・修正できる点に強みがあり、運用現場のエンジニアが容易に扱えるようになります。
また、AIセンシングサーボは、力覚センサーによる情報をもとにAIが運動を調整し、対象物を高精度に組み付けるという繊細な動作を可能にする技術です。力覚センサーの情報をリアルタイムで動作生成に統合でき、従来にはない画期的な仕組みとなります。これらのAIサーボ技術により、AIが自動でロボットを制御し、0.05㎜以下の高い精度が求められる動きにも対応できます。
善方:御社のAIサーボシステムが活用される業界の市場規模について教えてください。
川畑:市場規模としては、電子機器や自動車の組立工程に絞っても、グローバルで10兆円/年、国内で1.7兆円/と試算されています。対象市場を電子機器と自動車以外まで広げると、特定分野毎ごとに数兆円規模の市場が広がっています。これらの巨大市場において、われわれの技術は大きな変革を起こせるポテンシャルを秘めていると確信しています。
善方:御社のAIサーボシステムはどのような領域での活用が想定されますか?
川畑:われわれの技術は、あらゆる組立工程に応用可能です。特にニーズが高いのは、自動車や電子機器メーカーの組立ラインです。例えば、ネジ締め、部品挿入、精密搬送、バリ取り、塗装といった作業は、自動化の余地が非常に大きい領域です。中でもネジ締めは、単独でも巨大な市場が存在します。
当社のシステムは、GPUを搭載した汎用(はんよう)的な産業用PCとソフトウェアで構成されており、特定の産業用ロボットメーカーに縛られることなく、さまざまな汎用ロボット、カメラ、センサーと連携して運用できます。柔軟性と拡張性の高さが、大規模展開のカギを握っています。
善方:現状で進行している案件の状況や今後の事業展開について教えてください。
川畑:具体的な案件としては、三菱ふそうトラック・バス様をはじめとした自動車工場において、当社のAIロボットサーボシステムの導入が進んでいます。組立工程の移動ラインにおいて、異なる位置の穴に7kgの鉄の棒を挿入するという作業を当社のAIロボットサーボシステムと連動したロボットアームが行っています。誤差0.4㎜の穴に鉄の棒を挿入する作業は、視覚と力覚を同時に処理しなければ極めて困難であり、従来技術では実現不可能だった領域です。今までは人間が重い部品を持ち上げて差し込んでいましたが、当社のプロダクトにより、高精度で繊細な組立工程の自動化が実現しています。
かなり高度な作業へのチャレンジでしたが、三菱ふそうトラック・バス様がリスクを取って導入をご決断いただいたことに深く感謝しています。この事例は、当社技術の実用性と信頼性を示す象徴的なケースとなり、今後も類似領域での導入が見込まれます。
その他では、自動車や電子機器業界、特に組立工程の自動化に強いニーズを持つグローバルメーカーに注力しています。もちろん将来的には、より多くの業界・工場に展開していきたいですが、現段階では最も困りごとが大きく、かつ導入効果が明確な企業群に集中しています。特に、自動車メーカーには組立自動化の担当者が数多く在籍しており、彼らと連携しながら、業務・資本提携といった形でリスクも共有しつつ、共に自動化の未来を創っていけたらと考えています。
AIロボットによって制御されたロボットアームが、組立工程のコンベヤーをリアルタイムで追従しながら、治具(金属柱)を高精度に挿入します。(写真:株式会社CoLabご提供)
視覚センサーおよび力覚センサーを駆使し、対象位置を精緻に認識・補正することで、安定かつ確実な挿入動作を実現します。(写真:株式会社CoLabご提供)
善方:海外市場への展開はいかがでしょう?
川畑:まずは、国内で要求の厳しい製造業で成果を上げ、それを海外市場への実績として展開していきたいです。日本国内だけでも十分に大きな市場がありますが、やはり海外、特に米国をはじめとする先進国では自動化へのニーズは国内以上です。人件費の高さに加えて、不均質な労働力、文化的な多様性による労務管理の難しさなど、人を使うリスクそのものが高いという認識が広がっています。その結果、海外市場では「可能な限り人を使わずに済むなら、自動化を選びたい」という明確なニーズが存在しています。
当社の技術が海外工場の地産地消を支援することで、お客様の事業成長にも貢献できると考えています。主な展開先としては、米国を軸に、インド、カナダ、メキシコ、タイ、インドネシア、ブラジル、中国、チェコ、ポーランドなど、世界各地の製造拠点を想定しています。今後、現地企業との連携や、現地パートナーの活用なども視野に入れながら、グローバルでの存在感を強めていきたいと考えています。
善方:御社には優秀なエンジニアが多数入社されていますが、職場環境で重視している点について伺えますでしょうか?
川畑:われわれが手がけているのは、画像処理、AI、ロボット制御といったソフトとハードの先端技術を統合し、「世界一」を目指す領域です。この領域は日本が本来強みを持つ分野であり、われわれがその価値を再び世に示していく使命を感じています。CoLabに参加すれば、世界トップレベルの技術に日常的に触れながら、世の中にまだないプロダクトを開発し、社会実装まで担える環境があります。学歴は不問で、基礎的な知識があれば、入社後に驚くほどのスピードで成長できますし、いわゆる「配属ガチャ」もありません。自分がやりたいこと、例えばAIロボットの開発に、最前線で直接取り組むことができます。
スピード感のある成長と先端技術への挑戦を求める方にとって、CoLabは理想の職場であると自信を持って言えます。私がエンジニア出身というのもありますが、まずは従業員の満足度がとても大切だと思います。特に若い方に対して自己成長できる環境を提供しているかどうかが重要です。当社では先端技術を習得する機会がどんどん与えられますので、開発人材としてかなり成長できます。また、言われたものを作るのではなく、どうすれば「顧客利益が最大化されるか」を考えながら研究開発しています。その結果としてお客様から大きな「ありがとう」をいただき、それに見合った給与が受け取れます。
善方:今後の展望や目指している未来についてお聞かせください。
川畑:モノづくりにおける未踏の「ラストワンピース」は、組立の自動化だと思います。この組立工程の自動化ができれば、労働単価の低い国で生産する必要がなくなり、各国で地産地消が可能となり、環境負荷を減らしながら持続可能な社会を実現できます。少子高齢化で今後不足する労働者の代わりにロボットを導入し、生産性の高いモノづくりを進める生産技術の仕事を支援したいと考えています。
私たちは、お客様に役立つ存在であるために、何ができるかを常に考え、進化し続けています。日本の強みであるハードウェアとソフトウェアの融合技術を駆使し、「お客様の利益とありがとう」を最大化し、製造業サプライチェーンの変革を通じて、持続可能で豊かな未来の創造に貢献できればと思っています。
CoLabの川畑代表は、前職のキーエンスで培った知見を生かし、製造業のサプライチェーン変革を目指して起業しました。試行錯誤の末に開発した日本発AIロボットは、製造現場の自動化を着実に前進させています。今後は、さらなる技術革新を通じて、モノづくりにおける“ラストワンピース”とも言える「工場の完全自動化」の実現に挑みます。
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