EY Startupインサイト テクノロジーの力で実現する福利厚生の新しいかたち

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テクノロジーの力で実現する福利厚生の新しいかたち

株式会社HQの坂本社長が語る福利厚生業界の課題と変革


株式会社HQ(以下、HQ)は「福利厚生をコストから投資へ」をビジョンに掲げ、2021年3月の創業以来、次々にサービスをリリースし、2024年12月にはシリーズBで20億円を調達しました。創業者である代表取締役 坂本 祥二 氏に、同社が目指す福利厚生業界の変革やサービスの特徴、急速な事業展開の背景などを伺いました。


要点
  • 「坂本社長の挑戦」:福利厚生業界を変革するために起業した理由とその背景
  • 労働力不足や多様化の時代に求められる福利厚生サービスとAIを活用したEXプラットフォームの開発
  • 柔軟な働き方や最新の米国における最先端の事例などを取り入れた未来志向の経営スタイルと今後の展望


(聞き手:EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター 副センター長 善方 正義パートナー)


起業の動機

善方: 坂本社長は、投資銀行やPEファンド、障がい者支援のLITALICOで取締役CFOを務めた後、HQを起業されました。なぜ福利厚生業界に注目し、起業に至ったのか、その経緯をお聞かせいただけますか? 

坂本氏(以下敬称略): 私は起業したいタイプではありませんでした。前職のLITALICOでは取締役CFOとして金融やバックオフィス、人事などを経験し、創業期のスタートアップでマーケティングや新規事業にも関わりました。自分でゼロから何かを作るイメージはなく、起業はむしろ大変そうだと思っていました。今でも「なぜ起業したんだろう」と考えることがあります(笑)。しかし、福利厚生業界において、社員の力を引き出し、その人の人生や企業の力に変える領域を自分が変えなければならないという運命を感じたのです。 

具体的な起業の理由としては、大きく分けて3つあり、英語で「Why this」「Why me」「Why now」と整理しています。「Why this」は、福利厚生における従業員支援が非常に遅れていると感じたからです。前職でクラウド会計やERPを導入し、業務効率化が進むSaaSブームを活用してきましたが、福利厚生だけは20~30年前から変わっていません。社員に使わせたいと思えるソリューションがなく、また、労働者不足や多様化が進む中で、子育て支援や柔軟な働き方を支える福利厚生の重要性は高まっているのに、変わっていないことに疑問を感じていました。 

「Why me」は、この問題を解決するには、労務や税務、経理オペレーション、組織運営など複雑な要素が絡む領域だからです。それぞれの領域については課題を解決するサービスが存在しますが、福利厚生に挑むプロダクトはなく、面倒な課題から逃げていると感じました。私はHQの創業時35歳で、上場企業のガバナンスや新規事業を経験し、挑戦できるエネルギーや体力もありました。自分がやらなければ、今後10年間は本質的な解決策が出ないのではないかと思ったのです。 

「Why now」は、コロナ禍で働き方が変わり、人的資本経営の流れが確実に進むと確信したからです。労働力が減る中、さまざまな属性の人をインクルードし、民間で幅広く受け入れる流れにならないと国家が持ちません。その機運が高まる中で、福利厚生業界を抜本的にアップデートするなら今が最高のタイミングだと考えました。大変革には大きな波が必要で、LITALICOも障害福祉が民間に解放され、活用する流れに乗って成長したのを見ていたので、同じような変革ができると思いました。 

実は当時、AIに可能性を感じて大学院で勉強しようと、LITALICOの取締役CFOを降りました。社長に「AIの時代が間違いなく来るから勉強したい」と伝えました。上場も経験し、大きな仕事ができる時期は過ぎたと思ったので、事業部長をやりつつCFOを降りて、自分で後任者をヘッドハントしたりもしました。 AIに関しては、福利厚生はデータ活用やパーソナライズができる領域なので、AIとの相性も良く、そんな要素が重なり、「これをやらなかったら人生が終わる時に後悔する」と思い、起業の大変さを考えると気は進みませんでしたが、やるしかないという思いで起業するに至りました。最初の2年は「なんで起業したのだろう」と思いながら、今は会社らしくなって平和に生きています(笑)。

福利厚生の新しいスタンダード

善方: HQが目指す新しい福利厚生のスタンダードとはどのようなものでしょうか? また、どのような点に重点を置いているのでしょうか? 

坂本: 一言で言うと、「福利厚生をコストから投資へ」と変えることです。社員と企業組織の両方にとって、目に見える成果をしっかり出すことが重要です。これまでは「制度があります」とイントラネットに書いてあるだけのケースが多かったと思います。会社にはたくさんの福利厚生があるものの、どこに何があるのか分からないというケースを多く耳にします。「取りあえずあるんだ」「数はたくさんあるよ」と言うだけでは不十分な場合もあります。例えば、これまでの福利厚生は、時間に余裕のある一部の人がヘビーユースしているだけで、本当に必要な人に届いていないのが実情です。子育てで忙しい女性社員が使いやすいものになっているかというと、むしろそういう人は忙しくて福利厚生メニューを有効に利用する余裕がない。そうした人にもしっかり届くようにするには、パーソナライズが非常に重要です。社員のニーズは本当に多様で、子育てと言っても、保育園に通っているのか、小学生なのか、高校生なのか、住んでいる地域も都内なのか地方なのかで全然違います。「会社のイントラネットで探してください」では成立しないのです。 私がイメージするのは、「福利厚生のNetflix」のようなものです。BtoCでは当たり前の体験を、社員が使うBtoC的なソリューションとして提供したいのです。また、人手不足の時代において、福利厚生が企業価値にしっかり寄与しているかが重要です。例えば、人的資本経営におけるKPIの開示がありますが、本質はそこではなく、ゴールが企業価値や人材戦略に沿っているかが重要です。企業価値に寄与するからこそ従業員に投資し、従業員も働きやすくなり、仕事に集中でき、生産性が上がります。その結果、さらに企業価値が向上するという好循環を築きたいと考えています。


プロダクトの開発とこだわり

善方: これまで2021年11月に初のサービスとしてリモートワーク特化型福利厚生サービス「リモートHQ」をローンチし、24年4月には次世代福利厚生プラットフォーム「カフェテリアHQ」をローンチ、さらに直近の25年2月には費用対効果を追求する本格法人コーチング「コーチングHQ」をローンチ、24年12月のシリーズB資金調達時には、「EXプラットフォーム」の構築と7つの新しいプロダクト開発について発表しています。HQでは、どのようにプロダクト開発を進め、福利厚生業界を変革させるのか、各プロダクトの特徴を含めて教えていただけますでしょうか? 

坂本: HQは創業直後、何の資産も信頼もない会社でした。福利厚生サービスは、採用やマーケティングのソリューションとは異なり、すぐに買ってもらえるようなドメインのプロダクトではありません。そのため、「HQのプロダクトでないとやりたいことが実現できない」「これがないと困る」と思ってもらえるソリューションの開発から始める必要がありました。当時はコロナ禍で、ちょうどリモートワークが普及し始めましたが、企業が「リモートワークに必要な環境を整えるためにお金がかかる、また電気代やネット代がかかるから在宅勤務手当を出す」という形で対応しても、実際は、企業の意に反した使われ方がなされるケースも多くありました。そこで、当社は2021年11月に「リモートHQ」をリリースし、例えば月5,000ポイントの形で、リモートワークで利用するチェアやデスク、ネット代などに幅広く使えるようにしました。このプロダクトはリモートワークに限定したものでしたが、その後進化して総合型の福利厚生サービスである「カフェテリアHQ」につながりました。 当初は、「カフェテリアHQ」を先に出そうとしたのですが、「このようなサービスを1年目のスタートアップから買うわけがない」という結論に至り、どうしようかと考えて作ったのが、目的を絞った「リモートHQ」でした。この2つはUI/UXやアプリケーションフロントエンドは異なりますが、システム基盤は9割が共通です。コンセプトは同じで、人材戦略に基づいてカスタマイズでき、パーソナライズされ、個人と組織両方の成果が見える化できます。福利厚生を充実させるためには、制度をそろえても「どこに何があるか分からない」「使われなければ意味がない」といった課題を解決する必要があります。ワンストッププラットフォームとして、共通IDで提供することにこだわっています。

善方: サービスメニューは、どのような点を意識して開発しているのでしょうか? 

坂本: 福利厚生とは本来、従業員に対する「金銭以外の報酬」のことを指します。報酬とは、従業員が「望んでいるもの」や「もらってうれしいもの」を指します。従業員が給与以外に何を求めているのか、転職時に何を基準に選ぶのか、転職するかしないかを何で決めるのか、それが答えだと思っています。プロダクト開発に当たっては、従業員が求めるものとして、仲間同士が信頼し合えているか、学びを重視する前向きなカルチャーがあるかなど、さまざまなニーズを意識してアイデアを出しています。 また、HQは、従業員が心から求めている従業員体験(EX)を、「ライフサポート&ウェルビーイング」、「成長とやりがい」、「組織文化とつながり」の3つの領域を意識して、これらを横断的に満たすEXプラットフォームを目指しています。具体的には、2030年までに30個のサービス群へと拡張する計画を進めています。プロダクトとしては、子育て・介護、寮・社宅制度、メンタルヘルス、社員食堂、学びのサポート、部活動支援、コーチング、DEI促進などが含まれます。

HQ

出典: 株式会社HQ公式ウェブページ corp.hq-hq.co.jp/about(2025年4月アクセス)

AIの活用

善方: 貴社のプロダクトでは、AIを積極的に活用されていると伺いましたが、具体的にはどのように活用されていますか? また、その効果を教えていただけますでしょうか?  

坂本: AIの活用は現在も行っていますが、本格化するのはこれからです。現在は、社員の情報、例えばお子さんがいるか、どの部署に所属しているか、最近の悩みやどんな商品群に興味があるのかなどのデータを活用し、何万点ものアイテムやサービスの中からAIがその社員に最適な提案をします。また、使用方法や質問を受けるチャットボット的なものとしても活用しています。しかし、本来、福利厚生は従業員のパーソナルアシスタントのようなものであり、それを人事の代わりに行う部分があるため、正直なところAIの活用はまだ1%もできていないと感じています。本来の可能性からすると、まだまだこれからです。これからは、人事への問い合わせや、ちょっとした配慮が必要な人事面談のようなものをAIの力でゼロに近づけたいと考えています。すぐには実現できませんが、ワンストップのソリューションとデータ環境を整備していきたいと考えています。

善方: AIの活用がコスト面に与える影響はいかがでしょうか?

坂本: 福利厚生の業務自動化は、実はAIがなくてもSaaSをつなげばある程度可能です。しかし、福利厚生は一人一人のニーズが全く異なり、何が求められるか分かりません。だからこそ、何でもパーソナライズに対応できる知性が必要です。例えば、子育て一つ取ってもニーズが多様なため、その複雑なニーズに対応する必要があります。AIは、従来もっとも手間がかかっていたサービスをパーソナライズするのに必要なコストを劇的に下げるので、人間らしい寄り添いがあるサービスを、次々と生むゲームチェンジャーとなると考えています。

柔軟な働き方への取り組み

善方: 貴社ではフルフレックスやフルリモートワークなど、従業員が柔軟に働ける制度を採用しています。一般的に柔軟な労働環境と成果を両立させることは難しいとされていますが、貴社ではどのような取り組みを行っているのでしょうか?

坂本: HQでは、柔軟な働き方を導入することで、優秀な人材が集まり、成果につながっています。例えば、トップクラスの営業成績を持つ社員の中には、小さなお子さんを持つ女性が2人います。フルフレックスを利用し、朝の5時から働き、家庭の事情に合わせて中抜けなど、柔軟に働いている社員もいます。このような柔軟な労働環境は採用競争力に大きく寄与し、北海道や九州などさまざまな地域から優秀な人材が集まり、結果として素晴らしい成果を生んでいると感じています。

また、柔軟性を持たせる一方で、規律を重視しています。マネジメントの基本を忠実に実行することが重要であり、会社が期待する成果を明確にし、可視化することが大切です。「何でもやっていい」というわけではなく、具体的に「こういった行為は不可」といったルールを明確にすることが求められます。営業職においては、数字以外の責任も多く存在します。例えば、お客様に満足していただけるサービスを提供することなど、これらの責任を言語化し、目標を擦り合わせることが重要です。数字に表れにくい部分も含めてしっかりと可視化することが成果を上げる上で不可欠であり、これは組織風土が大きく影響すると考えています。そのため、経営側で組織風土をしっかりと整備することが必要です。


経営者としてのスタンス

善方: 創業以来、新しいプロダクトを次々とリリースし、急成長を遂げていますが、その過程で直面するハードシングスへの対応や、経営者としての熱量を維持するためにどのような工夫をされていますか?

坂本: 私自身の性格も影響しているかもしれませんが、これまでハードシングスを感じたことは一度もありません。常に「ピンチはチャンス」と捉え、成長の機会だと考えて取り組んでいます。ただし、ポジティブなマインドセットを維持するためには、自分自身が元気であることが大事で、普段から意識しています。例えば、週末には子どもと一緒に体を動かすなど、できるだけ自然の中で過ごすようにしています。また、会社経営は長期戦であるため、仕事量の調整にも気を付けており、慢性的に忙しくなりすぎてバーンアウトしないよう心掛けています。さらに、物事がハードシングスにならないように、先んじて合理的な対応や冷静な解決策を考えることも大切です。情報が整理されていないと、問題が大きくなる可能性があるため、最近ではAIを活用して課題を整理するようにしています。

善方: 坂本社長は、最新の米国企業の取り組み事例などを積極的に情報発信していますが、その目的は何でしょうか?

坂本: Xでの発信そのものは目的の3割ぐらいで、残り7割は自己学習の習慣を強制することです。特にスタートアップにとって米国の情報などは進んだ取り組みとして意識して集めています。私のスタイルは、最初から確信を持って行動するのではなく、試行錯誤を重ねながら進めており、失敗も多いものの、うまくいったものを残していく形で、情報収集しながら自身のケーススタディに反映させています。また、情報入手ルートとしては、最近では約7割が米国のポッドキャストから得ています。米国ではポッドキャストが文化として根付いており、日本とは桁違いの再生数となっています。また、旧来型のメディアでは肝心な部分がカットされるケースもあり、経営者にとってはあまり役立たないと感じています。一方で、ポッドキャストでは、著名な経営者の生の発言が聞けるので、特に重視しています。

今後の展望

善方: 今後の展望と成し遂げたいことを教えてください。

坂本: われわれのミッションは「テクノロジーの力で、自分らしい生き方を支える社会インフラをつくる」ことです。個々人が人生を通じて最適なサポートを得られる仕組みを構築したいと考えています。個々人に対する最適なサポートにより、人間誰しも弱く不完全だと感じる中で、より良い自分や本当に望む生き方につながることを目指しています。また、自己責任で終わらせるような社会ではなく、成長していた頃の古き良き昭和の日本のような強さを新しい時代に合った形で実現したいという思いがあります。そのため、従業員が成長し、良い人生を歩むことを支援するような組織、共同体のようなサービス提供を通じて、これらを実現させたいと考えています。



サマリー

HQの坂本社長は、20~30年前から変わらない福利厚生業界に革新をもたらすべく、社員が本当に利用したい福利厚生のスタンダードを構築することを目指して起業しました。AIを駆使し、社員のニーズを的確に捉え、人的資本経営や多様化に対応したサービスを次々とリリース。次世代の新しい福利厚生のかたちとして、今注目を集めています。


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