EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
欧州ではCSRDの導入が進み、企業にはより包括的かつ厳格なサステナビリティ情報開示が求められています。オムニバス法案によりCSRDの適用範囲が見直され、ESRSも簡素化されたものの、開示対応の必要性が低下したわけではなく、むしろ各社が効率的かつ透明性の高い開示を進めることが引き続き求められています。
こうした状況の中で、事業の多角化が進み複数事業を展開するコングロマリット企業において、インパクト・リスク・機会に基づいた重要な課題(マテリアリティ)を特定するマテリアリティ評価が、開示の質を左右する重要なプロセスとなります。しかし、開示に当たってすべての事業領域のマテリアリティを反映させることは現実的に困難であり、合理的な取捨選択が不可欠です。その背景には、開示検討の複雑性を高める主な要因として、以下の2点が考えられます。
① 事業の多角化
企業が金融や製造など異なる事業を抱えている場合、各事業にとってのマテリアリティが大きく異なります。例えば、製造業ではサプライチェーンへの影響力が強いためESRS S2「バリューチェーンにおける労働者」の中の“労働条件”が重要なトピックとなりやすい傾向にありますが、金融業では個人顧客との接点の多さからESRS S4「消費者およびエンドユーザー」の中の“情報関連のインパクト”が重要なトピックになる傾向にあります。こうした違いにより、企業全体で統一的・一律にマテリアリティを整理することは容易ではありません。
② ステークホルダーの多様性
CSRDに関する開示基準(ESRS等)ではダブルマテリアリティに基づいた開示が求められているため、投資家以外の多様なステークホルダーを報告書の読み手として考慮する必要があります。この時に、投資家、顧客、サプライヤー、規制当局、地域社会など、関心を持つステークホルダーの構成は事業ごとに異なり、それぞれが異なる期待や価値観を持っているため、複数事業を営むコングロマリットは、考慮すべき影響を受けるステークホルダーが多様化する傾向にあります。その結果、企業全体としてのマテリアリティを評価・特定する際には、多様な視点を踏まえる必要があり、単に各事業から情報を集めるだけでなく、多様なステークホルダーの見解を捉えて、優先すべき課題を見極める判断が求められます。
日本においても「総合商社」のように多角化したビジネスを営んでいる企業は多く、上記のような複雑性の下でサステナビリティ開示を行う必要があり、マテリアリティ評価の実施が課題として認識されています。このため、マテリアリティ評価の複雑性を踏まえ、合理的な評価方法の在り方を検討することは不可欠です。本稿では、日本のコングロマリット企業にとって参考となるマテリアリティ評価の実務的な示唆を得ることを目的に、欧州企業の開示事例を調査しました。
本調査では、CSRDに基づく開示が先行して進む欧州企業の取り組みから、マテリアリティ評価プロセスについて実務的な示唆を得ることを目的としています。そのため、以下の選定基準をすべて満たす企業からベンチマーク企業6社を選定しました。さらに、ESRSを参照したサステナビリティ報告書を開示しているEU域外企業を1社追加した計7社を対象としました。
ベンチマーク企業の選定基準
① CSRDの適用企業であること(もしくは参照企業であること)
対応方法についての共通項を見つける目的で画一的な基準の下で開示されている情報を分析する必要があるためCSRDを適用し開示している企業を対象としました。
② 2024年12月期の開示
EU上場企業の多くがCSRDを2024年12月期から適用していることから2024年12月期の情報を対象としました。
③ 複数の事業領域を展開するコングロマリット企業
開示対象範囲が広く、マテリアリティ評価に際して焦点が定めづらい複数事業を展開する企業を分析対象としました。これは上記のとおり総合商社等が抱える課題の参考と成り得ると判断したためです。
④ 売上規模が大きい企業
十分に多角化した企業は、売上規模も比例して大きいと想定し、閾値として主な収益項目*1200億ユーロ以上としました。
<ベンチマーク企業一覧>
*1:「主な収益項目」は、企業規模を把握するために各社が公表する主要な収益項目(Revenue、Total Revenues、Total Income等)に基づく参考値です。業種により収益項目の構成が異なるため、表中では、収益項目名を記載していません。
*2:本調査は個別企業の特定を目的としていないため、企業名は記号(A社等)で表記しています。
調査に当たっては、各社が公表するサステナビリティ報告書等を対象とし、マテリアリティ評価のプロセス、現行のESRSに基づく開示項目の網羅性の観点から調査を行いました。
欧州のコングロマリット企業が、ESRSの複雑な要件にどのように対応し、マテリアリティを特定しているのか、本調査で確認された特徴は以下のとおりです。
本稿の調査対象となったすべての企業は、ESRS E1「気候変動」、S1「自社の従業員」、G1「企業行動」についてを重要性があると評価していました。この3項目は、本稿とは別にEYで200社を対象に調査を行った業種横断調査結果(EY CSRDバロメーター2025)でも所在国を問わずほぼすべての企業において重要性があると評価されており、本稿の調査対象であるコングロマリット企業においても同様の結果となりました。よって、これらの項目は業種横断的に必須課題であり、複数事業に共通するマテリアリティとなることが読み取れます。
■ セグメント単位でのマテリアリティ評価の開示
異なる事業特性を含む複数のセグメントが存在するため、マテリアリティ評価においては、全社共通で重要なトピックと、特定セグメントのみで重要なトピックが存在するというコングロマリット特有の課題が生じます。当該課題に対して、調査対象企業のうちA社は、セグメントごとにインパクト・リスク・機会の評価を実施し、グループ全体としてのマテリアリティを開示していました。すなわち、A社は、マテリアリティ評価に際して、E1「気候変動」、S1「自社の従業員」、G1「企業行動」を全社共通で重要なトピックとした一方で、他のトピックについては、特定セグメントのみ重要なトピックとした上で該当セグメントのみ情報を開示しています。
これは、E1「気候変動」、S1「自社の従業員」、G1「企業行動」はどの業種でも重要であるという3-1の調査結果とも整合的なものでした。
表1:A社のセグメント別のマテリアリティ
■ 事業横断で共通するマテリアリティと事業個別マテリアリティ
上記のA社のようなコングロマリットにおいては、各セグメントにおける業種特性も加味しながらトピック別のマテリアリティ評価を行っていく必要があります。このため、セグメント別のマテリアリティ評価に関する業種横断調査結果(EY CSRDバロメーター2025)を参照しながら分析していきます。
先ず、業種横断調査結果(EY CSRDバロメーター2025)によれば食品および飲料セクター、金融セクター、サービスセクターにおいて多くの企業が最終消費者およびエンドユーザーとの距離が近いこともありESRS S4「消費者およびエンドユーザー」について重要なトピックとして評価しています。
一方で、本稿の調査対象となった企業もESRS S4「消費者およびエンドユーザー」を重要なトピックとして特定していました。ここで、事業系コングロマリットにおいては、A社ではメディアセグメントを、B社では一般消費者向けヘルスケアセグメント、C社では青果・食品関連セグメント、D社では飲料・食品関連セグメントを含んでおり、いずれも消費者およびエンドユーザーに直接影響を及ぼす事業ポートフォリオを有しています。そのため、 ESRS S4「消費者およびエンドユーザー」が、当該企業において重要なトピックとして評価されていると読み取れます。さらに、金融系コングロマリットであるE社、F社、G社についても、生命保険や金融決済といった消費者との直接的な接点を持つセグメントを有していることから、同様に S4を重要性があると評価しています。
■ 事業系と金融系コングロマリットのマテリアリティ評価の対比
事業系コングロマリットでは、さまざまな事業活動を行っておりバリューチェーンが幅広くなることから、環境および社会へ広大なインパクトをもたらし、関連する幅広いトピックでの検討が必要となります。
例えば、B社 の農薬関連事業には、バリューチェーンの下流である農業分野に多くの労働者が存在します。また、医薬品有効成分の生産ではバリューチェーンの上流から調達される自然資源への依存が高くなります。また、D社のコーヒーおよび水セグメントは、バリューチェーンの上流に農業関連の多数の労働者が存在し、同様に原材料調達に係る自然資源への依存度も高くなります。したがって、B社およびD社は、バリューチェーン上での自然資源および農業労働者へのインパクトが大きい事業特性を有しています。この両社ともに、E4「生物多様性と生態系」および、S2「バリューチェーンにおける労働者」が、重要なトピックと評価されています。なお、E4「生物多様性と生態系」の自然資源へのインパクトについて重要であると評価していますが、一方で、B社においては特定の自然資源に依存していないこと、D社においても再生型農業の推進を行っていることから、関連するリスク、すなわち財務的な影響は限定的であると評価していることが読み取れます。
また、A社のインフラ・不動産・建設セグメントおよびC社の建設・農業トレード&サービスセグメントについては、建設に係る土地利用や農業生産といった事業特性が、地域の環境およびコミュニティに直接的なインパクトをもたらす点がマテリアリティ評価に大きく作用しています。このため、ESRS E4「生物多様性と生態系」のほか、S3「影響を受けるコミュニティ」が重要なトピックと評価されています。
これらより、事業系コングロマリットは、事業構造に起因する環境・社会へのインパクトを起点として、幅広いESG課題を重要なトピックとして評価する傾向があると整理できます。
一方で金融系コングロマリットでは、環境面においては投融資先を通じてインパクトが顕在化しやすいE1「気候変動」のトピックに集中する傾向があり、社会・ガバナンス面においては、金融事業の特性上、高度なコンプライアンス体制が求められることから、G1「企業行動」のトピックを重要と評価していることが読み取れます。
表2:欧州のコングロマリット企業におけるマテリアリティ評価結果の比較表
(参考情報)
欧州の企業(Wave1による制度報告の対象となった企業と自主的に報告を行った企業を含む)において、下記のような開示傾向が見られました。
表3:欧州のWave1対象企業における業種別開示率
CSRDの適用対象企業は、初度適用時からマテリアリティ評価を含むサステナビリティ情報に対して限定的保証を受ける義務があります。本調査対象の7社のうちCSRDに準拠して開示した6社については第三者保証を受けており、中でもドイツの金融系コングロマリット企業であるE社においては、合理的保証を付与されている点が特徴的です。
サステナビリティ情報開示において、マテリアリティ評価は企業戦略との整合性を確保し、開示の質を高める上でも重要なプロセスです。今回の調査では、欧州のコングロマリット企業が、マテリアリティを特定するに当たり、自社の長期的な価値創造に向けた戦略を踏まえて判断している姿勢が確認できました。加えて、マテリアリティ評価を通じて投資家の意思決定や、その他の利用者が企業のサステナビリティに関する取り組みを理解・評価するのに有用な情報を重点的に開示している点が特徴的です。こうした先行開示事例は、日本企業が戦略的な情報開示の準備に活用することができます。
さらに、改訂版ESRSではマテリアリティ評価が簡素化され、ESRSのトピックを網羅的に評価する従来のボトムアップ・アプローチに加え、企業戦略やビジネスモデルを起点にマテリアリティを特定するトップダウン・アプローチの採用が可能となりました。これにより、企業戦略との整合性を重視した効率的なマテリアリティ評価が可能となり、開示の質と実用性が向上することが見込まれます。
こうした欧州の動きを踏まえ、日本企業もサステナビリティ情報開示を単なる制度対応ではなく、戦略的な情報開示の機会として捉えることが重要です。まずは、欧州企業の事例を参考に、自社にとって重要な課題を明確化し、開示体制を整備することが必要です。その際、開示内容の説明可能性とデータの信頼性を確保することが不可欠です。さらに、継続的な取り組みによって、サステナビリティ情報を外部・内部双方の意思決定に役立つ信頼性の高い情報へと高め、企業価値向上につなげていくことが求められます。
CSRD導入により、欧州企業には包括的なサステナビリティ開示が求められています。特に事業の多角化が進むコングロマリット企業では、マテリアリティ評価が開示の質を左右する重要なプロセスとなります。本調査では、欧州企業の事例から、事業特性に応じた評価を実施し開示マテリアリティとしている傾向を確認しました。
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