炭素市場の変革には全体像の設計が重要である理由

炭素市場の変革のために、なぜ"全体設計"が必要なのか


カーボンを規制対象の資産クラスとして位置付けることで、投資を呼び込み、ネットゼロ移行を加速させることができます。


要点

  • 炭素市場は、ネットゼロ目標の達成やCO2削減および自然関連プロジェクトへの大規模な資金投入に不可欠であり、年間1兆ドル規模に成長する可能性を秘めている。
  • そのためには、投資家や市場参加者に認識され、理解される資産クラスへと成熟させる必要がある。
  • 炭素市場の変革を支える要素として、強力な需要要因、法的・会計面の明確化、金融市場インフラの整備、規制の枠組み、そして信頼性の高いデータが挙げられる。

気候変動ファイナンスの調達、排出量削減の促進、低炭素経済への移行の加速を図る上で、炭素市場は不可欠な仕組みです。英国気候変動委員会(UKCCC)は、2050年までにネットゼロ目標を達成するには、工学的除去と自然ベースのオフセットの双方が重要であると強調しています1

しかし、数十年に及ぶ取り組みにもかかわらず、現在の炭素市場は依然として断片的で流動性が低いだけでなく、十分に活用されておらず、主要スポット市場の年間取引価値は20億米ドル未満にとどまっています2。また、成熟した商品市場にはスケーラブルで標準化された枠組みが確立されていますが、炭素市場は二者間の個別取引が中心です。

EYは最新のホワイトペーパー「Carbon markets: steps to create a recognisable market and asset class(炭素市場:市場の確立と資産クラス化への道筋)」(閲覧には簡単な登録が必要です)において、炭素市場の変革を進め、CO2排出削減・除去への投資を推進するために、政府、民間企業、規制当局、開発者が市場主導型のアプローチをどのように導入できるかを提示しています。主要な市場参加者およびクライアントと協議の上、EYチームが策定したこのアプローチは、考慮すべき事項を示し、市場変革の可能性を探るものです。とりわけ有望視されるのは、企業や組織が自主的にカーボンクレジットを購入し、現状では削減・除去できない排出量をオフセットするために、個別のネットゼロ関連プロジェクトへ資金を投入する自主的炭素市場(VCM)です。VCMは法令順守要件の外で運用される傾向があるため、より明確な指針やガバナンスがあれば、さらなる効果を得られる可能性があります。

ホワイトペーパーでは、商品市場や資本市場で確立されている慣行を踏まえ、炭素市場を投資対象として信頼される資産へと発展させるための6つの重要条件について考察しています。その発展過程においては、投資や行動を加速させるために、金融市場や幅広い投資家、購入者、規制当局との連携を図ることが不可欠です。

炭素市場:市場の確立と資産クラス化への道筋

本ホワイトペーパーでは、変化する自主的炭素市場の状況に関する重要な知見を提示し、炭素市場の変革を支援する実践的アプローチを示します。

1. カーボンを真の資産クラスとして位置付ける

カーボンクレジットには自主的なオフセットから進化して、広く認知される金融資産となる可能性があります。将来、バランスシートやコンプライアンスの枠組み、取引システムなどに組み込まれるかもしれません。そのためには、全ての市場関係者が狙った目標に向かって行動することが求められます。カーボンをコモディティと位置付けることで、炭素市場は、取引所やデリバティブ市場、保管機関の仕組みなどのすでに確立されたインフラと整合させることができます。また、金融機関などのマーケットメーカーは、これら資産をバランスシートに計上する際に課される多額の資本負担を回避できます。さらに、基準策定機関が、適切な指針を出してカーボンクレジットを正式に資産と認めることで、カーボンの経済的価値がバランスシート上で十分に認識されるようになります。

 

2. 意義のある、スケーラブルな需要を創出する

現在の炭素市場の需要は限定的で、その大半は現在または将来予想される排出量を自主的にオフセットする組織によるものです。カーボンインパクトがまだ達成されていないという懸念がある中、オフセット時の主張の基準に一貫性がないことや、カーボンクレジットやプロジェクト開発基準の質に対する懸念を背景に、市場への関心は抑制されがちです。英国政府も最近、次のように指摘しています。「これらの炭素市場の十全性に対する信頼が、市場の可能性を最大限に引き出す上で重要です。しかし、一貫して十全性のある運用がされてきたわけではありません。質の高いクレジットの要件を明確にし、それに関する合意形成を行い、そしてクレジットの利用を企業の主張にどう反映させるべきかを定めることが、十全性のある市場の拡大に不可欠な、需要の安定化への重要な第一歩です」3

 

こうした課題を克服し、炭素市場へ参入する意義を明確にするため、政府には次のような積極的な役割を担うことが求められます。

  • 企業の主張基準の明確化に向けて国際的な連携を主導する。とりわけ、削除が困難な排出に対応するためのクレジットの暫定利用に関する国際協調を推進する。
  • 方法論の統一化と登録簿の合理化によって購入者の信頼を強化する。例えば、自主的炭素市場のための十全性評議会(Integrity Council for Voluntary Carbon Markets:ICVCM)は市場に存在する各種方法論の合理化を進めており4、英国規格協会(BSI)は透明性向上とカーボンインパクト強化を目的とする指針を公表している5
  • 排出量取引制度(ETS)、炭素税、炭素国境調整メカニズムといった規制制度にカーボンを組み込む。

ボランタリー・カーボンクレジットをETS枠組みへ統合することは、各国政府にとって重要な課題です。クレジットの基準、プロジェクトの種類、インフラの整合を図り、一貫性と拡張性を備えた方法で統合することが求められています。それにより、需要拡大のみならず、気候変動対策への民間投資の促進が期待できます。

 

3. カーボンを対象とする機能的な金融市場を確立する

炭素市場は、スポット取引やオフテイク契約が中心の市場から、仲介、価格発見、流動性といった特徴を備えた、より広範な金融市場へと進化する可能性を有しています。取引可能な資産としてのカーボンクレジットは、理論上、ほぼ代替可能であり、1クレジットは大気中のCO2を1トン(またはその同等物)除去または削減したことを表します。一部試算6によれば、年間1兆ドル規模の市場を実現するには、他のコモディティと同様に取引可能でなければなりません。しかし、VCMはこれまで流動性の低さが課題で、その背景には標準化の欠如があり、大規模な取引への参加を阻んできました。したがって、金融市場インフラ(FMI)を含む金融市場の参加者には、次のような取り組みが求められます。

  • 取引所、価格指標、契約の標準化など、流動性を確保するメカニズムの構築
  • 先物、スワップ、仕組債など、多様な金融商品の整備
  • 銀行、証券会社、保険会社、カストディアンによる堅牢な金融仲介の整備

炭素市場が成熟するためには、価格発見やヘッジングの機能が求められます。それにより、企業はデリバリーリスクやレピュテーションリスクを管理しつつ、効率的な資本分配を行えるようになります。とりわけ、市場への信頼を確保する上で、保険の役割は重要です。保険は炭素取引リスクを低減し、プロジェクトレベルのリスク(不十分なプロジェクト成果、吸収した炭素の再放出、デリバリーの不履行など)を軽減することで、購入者の投資意欲を高め、資金調達を促進します。

 

4. 法的不確実性に対処し、投資を呼び込む

カーボンの所有権、権利移転、法的強制力を巡っては曖昧な点があり、機関投資を阻む主要な障壁となっています。カーボンユニット(現在は「カーボンクレジット」として扱われる)は、法域ごとに定義が異なり、発行者・投資家・購入者にとっては不確実要素になります。こうした懸念に対処するには、政府の法務部門は、法的枠組みの中で炭素権を成文化し、カーボンを鉱物資産または無形資産として取り扱うことが望まれます。このアプローチは、オーストラリアや米国の複数の州など、一部の法域ですでに採用されています。さらに、政府の指導者は以下のような取り組みも検討すべきです。

  • スポット取引および先物取引の契約の標準化。イングランドおよびウェールズ法は、カーボンを資産として移転するための法的枠組みにおける確固たる土台となっており、市場はこの既存の法律を契約の基盤として活用するよう求められている。
  • 二酸化炭素の回収・貯留(CCS)などの技術に不可欠な、地下貯留権に関するガバナンスの整備
  • 法的権利の確認、担保設定、越境移転を支える登録インフラの整備。英国のデジタル資産法案は、無形デジタル資産に関する法的権利を定め、それを財産の新たな概念として位置付けている7。英国政府はこの法案の適用範囲を拡大し、カーボンクレジットを対象に加えるべきである。

投資家と購入者双方に法的確実性を提供するため、政府は国際移転を許可する認可書を発行し、コモディティの慣行を反映した所有権の枠組みを法制化するなどの措置を講じることが望まれます。

 

5.  炭素市場に規制の枠組みを適用する

炭素市場の発展は断片的で、十分な規制が設けられないまま進行してきたため、基準の不統一、情報の欠落、不正の余地、有効性や質に対する管理の欠如が生じています。適切な規制措置を講じることで、炭素取引における市場の十全性と投資家保護を強化すると同時に、高品質な炭素市場の世界的な発展を後押しすることができます。金融規制当局と政府機関は、英国のデジタル資産制度をモデルにしながら、原則に基づく規制枠組みを段階的に導入すべきです。下記はその一例です。

  • カーボンクレジットの法的分類を明確化し、英国の暗号資産で採用された手法を取り入れる。さらに、取引プラットフォーム、仲介者、集団投資商品に対する監督を拡大する。
  • グリーンウォッシングやデータの不透明性といったリスクに対応するため、行動基準、不正防止措置、開示ルールを適切に整備する。英国の市場濫用規制(MAR)など、既存の規制をカーボンクレジットにも適用・拡張することも可能。規制には、欺瞞(ぎまん)的行為やインサイダー取引、価格操作の禁止などが含まれる。
  • 規制のサンドボックス制度はイノベーションを促進し、ブロックチェーンによる登録簿やトークン化されたクレジットの安全な試行環境を提供する。英国の金融行動監視機構(FCA)などの金融規制当局はこうしたパイロットプログラムを支援すべきである。

VCMを金融監督体制に組み込むことは、市場の十全性、透明性、投資家からの信頼の向上に不可欠です。

 

6. 信頼性の高いデータによって炭素市場を強化する 

市場が機能するには、その基盤に良質なデータが不可欠です。しかし依然として、VCMに対する不信の最大要因はデータの一貫性の欠如にあります。各種手法、登録簿、検証機関の間に存在するばらつきが混乱を招き、代替可能性を損なっています。報告の観点からは、基準が乱立し、それぞれがクレジット利用に関して異なる立場を取っているため、購入者が混乱し、品質や影響の評価を一層複雑にしています。とりわけ、プロジェクトの排出削減量・除去量の試算や測定は極めて複雑化しています。こうした構造的な問題に対処するため、国際的な基準策定機関、各国政府、市場インフラが連携して整備すべきことを、以下に示します。

  • プロジェクトタイプごとに統一し標準化された方法論を策定し、国際標準化機構(ISO)や自主的炭素市場のための十全性評議会などの国際機関の承認を得る。これにより、世界的にデータの一貫性と比較可能性を確保し、市場の十全性を高めることができる。
  • 登録簿のデジタル化を進め、トレーサビリティ、監査可能性、透明性を向上させる。
  • 認証、プロジェクトの成果、企業報告の全てにおいてデータ開示を義務化する。報告の枠組みを標準化することで、今後のカーボンクレジット取引が監査可能となり、透明性を高め、ステークホルダーとの情報共有を向上させる。

購入者、検証機関、規制当局の連携によって、オープンソースのデータモデルやデジタルMRV(計測・報告・検証)インフラの整備が進み、リアルタイムでのリスク評価や排出量の正確な算定が可能になります。

 

市場主導による気候変動ファイナンスの推進

VCMには、世界のネットゼロ移行を支援し、数兆ドル規模の資本の確保、イノベーションの促進、具体的な環境成果をもたらす可能性があります。

 

こうした可能性を現実のものとするには、炭素市場には抜本的な改革が不可欠であり、計画性に欠ける自主的な取り組みから、法的確実性、厳格な算定、信頼性の高いデータ、需要の明確性を備えた制度レベルの金融システムへの転換が求められます。

 

こうしたエコシステムを構築するにあたって、政府、基準策定機関、監査機関、金融機関、市場参加者にはそれぞれ役割があります。

 

炭素市場の変革において、英国は主導する役割を担えるかもしれません。ロンドン市の移行金融評議会(TFC)などの取り組みと連携することで、移行ファイナンスの国際的ハブとなることが期待されます。英国には、政府、規制当局、その他のステークホルダーの支援を受けながら、ネットゼロ達成に向けた取り組みを拡大できる体制をすでに整えています。これら関係者が、サステナブルな慣行を促進する法的枠組みや規制について常に最新情報を把握し、適切に対応していくことが重要です。

 

英国政府は、2029年までに予定されている、炭素除去技術を自国の排出量取引制度(UK ETS)に統合する運用開始によって、政策の勢いを保つことができるでしょう。一貫性のある政策と需要の創出によって、カーボン市場における主導的地位の基盤を築き、コンプライアンスを維持しつつ、今後のカーボンクレジットやサステナブルな取り組みに対する需要を活用できるはずです。

 

さらに、カーボン市場を拡大する方法として、気候変動目標と低炭素ビジネスの成長の双方を支援するプロジェクトへの移行ファイナンスがあります。対象となるのは、再生可能エネルギー、持続可能なインフラ、ネイチャーポジティブな取り組みなど、長期的なネットゼロ目標に沿ったプロジェクトです。加えて、企業、政府機関、非政府組織(NGO)による産業横断的な協働を通じて、ベストプラクティスの共有やネットゼロ実現に向けた革新的な解決策の開発を促進することができるでしょう。

 

排出の削減・除去の価値は言うまでもありません。行動が早ければ早いほど、その効果も高くなります。本報告書で示した道筋は、実践的かつ緊急を要するものです。その実現には、継続的な取り組みと連携が不可欠です。いま求められているのは行動です。

 

本記事の執筆にあたっては、Ernst & Young LLP のEY-Parthenon Partner, Strategy and Transactions のMatthew Ringelheimの協力を得ました。


サマリー

カーボンを資産クラスとして位置付けることで、政府はネットゼロ目標の実現に不可欠な資金を調達できるようになります。資本市場やコモディティ市場と同様の、十分に機能する炭素市場を構築するには、強固なインフラ、統制手段、ガバナンス、そしてデータが必要です。これにより、企業による排出権の購入を促し、二酸化炭素を積極的に除去・削減するプロジェクトへ資金を振り向けることが可能になります。


本記事に関するお問い合わせ

EY Financial Services Organization, Climate Change and Sustainability Services, Senior Manager
堀川 真人

EY Climate Change and Sustainability Services, Associate Partner
堀江 雄太



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