環境省主催 企業の脱炭素に向けた統合的な情報開示に関する勉強会レポート:  第5回 自然関連財務情報開示のためのワークショップ(通称「ネイチャーポジティブ経営を実践する会」)《アドバンス編》

先進企業と語るCSRリデザイン - NPOと連携したCSR活動と社会課題解決とは


企業のCSRは、もはや「寄付」や「社会貢献活動」という枠を超え、パーパスや事業戦略と密接に結びつく段階に入っています。

2025年11月に開催された認定NPOカンファレンス「ignite!」では、先進企業4社とEYがCSRのリデザインやNPOとの協働について議論しました。


要点

  • 企業のCSRは、パーパスを起点とし企業価値向上にも資する戦略的な活動へと転換が進んでいる。
  • 社員のエンゲージメントがCSR推進の鍵であり、多様な参加機会を通じて自発的な行動を促すことが求められる。
  • 社会課題解決には一社単独の取り組みに限界があり、NPOなど社外パートナーとのコレクティブな連携が不可欠である。

モデレーター

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室  室長  尾山 耕一
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 シニアフェロー 東 信吾

登壇者

NTTデータグループ  サステナビリティ経営推進本部  Sustainability Engagement Office  シニア・スペシャリスト  金田 晃一 氏
ソニーグループ株式会社  サステナビリティ推進部CSRグループ  ゼネラルマネジャー  石野 正大 氏
LINEヤフー株式会社  CSRユニット  CSRユニットリード  鈴木 哲也 氏


1

Session1

先進企業が実践する、CSR活動の再設計

セッション冒頭では、EYストラテジー・アンド・コンサルティング(以下、EYSC) 尾山が企業のCSR活動をめぐる現在の潮流を紹介しました。「開示義務化や顧客からの要請により、多くの企業がサステナビリティ関連の開示対応に疲弊しています。サステナビリティ情報開示は今後5〜10年で『ビジネスのパスポート』として定着していく傍ら、多くの企業が単なる開示から“より自社らしい社会課題解決への貢献”へとシフトしていくでしょう」(尾山)


EYSC 尾山は2011年にマイケル・ポーターが提唱したCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)の概念にも触れ、当時意図的に過小評価されたCSRの価値を再評価する必要性を説きました。

「ポーターが示した対比表では、CSRは利益と別物であるかのように語られています。しかし、地域社会との共生やサプライチェーンの改善といった、いわばフィランソロピー(慈善活動)や社会貢献活動の領域を含む広範な活動が、間接的に企業価値へ貢献し得るのではないかと考えています」(尾山)

さらに、企業がパーパス(存在意義)やマテリアリティ(重要課題)を起点にCSR活動を戦略的に展開し、その成果がもたらす社会インパクトと企業価値向上への還元を「一貫したストーリー」としてステークホルダーに伝える重要性を示しました。社会課題解決という共通目的に向けて、NPO、企業、社員、投資家といった多様なステークホルダーとの「対話」「共創」を通じて、コレクティブなインパクトを生み出す必要性を強調しました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室  室長  尾山 耕一
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室
室長 尾山 耕一

“三方良し”を実現する「子どもたちにメガネを届けるプロジェクト」

続いてEYSC 東が、個人プロジェクトとして取り組む支援施策「子どもたちにメガネを届けるプロジェクト」を紹介しました。経済的な事情でメガネを買えない子どもたちに、企業や個人の寄付と、メガネ販売店、そして地域NPOの連携により、経済的な理由でメガネを購入できない子どもたちへ支援を届ける取り組みです。

「本プロジェクトでは、寄付者である企業、メガネを提供する販売店、そして子どもたちと直接つながるNPO、その全員にメリットがある『三方良し』の仕組みを意識しています。寄付企業は半分の資金拠出で地域の子どもを支援でき、メガネ販売店は同額のチケットを発行することで社会貢献と企業イメージ向上につなげ、NPOは支援のラインアップを拡充できます。私は、この関係者全員の幸せを願うことが大切だと考えています」(東)

東は「お金には色はないが、温度はある」と語り、社会に温かいお金の循環を生み出す仕組みづくりや必要性を語り、オーディエンスに対し新たな協働を呼びかけました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 シニアフェロー 東 信吾
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
シニアフェロー 東 信吾

NTTデータグループ:デジタルが社会貢献を高度化させる

NTTデータグループ 金田氏は、社会価値の創出プロセスを3パターンで整理しました。

① 寄付やボランティアによるNPOとの連携を通じた直接的な社会課題の解決
② 社会課題の現場理解を通じたインパクトの高いCSVビジネスへの展開
③ 誠実な事業プロセスを通じた人権・環境課題への負荷低減

その上で、デジタルの導入により社会貢献の在り方が大きく変化すると指摘します。

「支援先は従来のNPOだけでなくソーシャルスタートアップへと広がり、寄付も単発ではなく、ファンドを通じた長期的・計画的な支援へとシフトします。そしてデジタルの真骨頂は、社会貢献活動の中で得られるデータを活用し、将来の事業化を見据えた実証実験を行える点にあります」(金田氏)

日本経済団体連合会(経団連)の調査でも、事業化を目的とした社会貢献プログラムが増加していると解説。具体的な実践例として、NTTデータグループが複数のIT企業と連携して進める、NPOのITリテラシー向上を支援するコレクティブインパクト型のプロジェクト「NPTechイニシアティブ」を紹介しました。NPO自身がITを利活用できるようになることで、社会課題解決をさらに加速させることができると期待を示しました。

NTTデータグループ  サステナビリティ経営推進本部  Sustainability Engagement Office   シニア・スペシャリスト  金田 晃一 氏
NTTデータグループ サステナビリティ経営推進本部 Sustainability Engagement Office
シニア・スペシャリスト 金田 晃一 氏

ソニーグループ:Purposeを起点に、テクノロジーと感動を社会へ

ソニーグループ 石野氏は、自社のCSR活動には、Purpose(存在意義)「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」が根幹にあると説明しました。

「私たちのサステナビリティに関する議論は、必ずPurposeからスタートします。感動を世界に届けるためには、人々が安心して暮らせる社会と健全な地球環境があることが大前提。Purposeに基づけば、ソニーがCSRに取り組むのは当然のことなのです」(石野氏)

同社は金銭的な支援だけでなく、製品・コンテンツ・テクノロジー、そして社員の力といった多様なリソースを活用しています。国内では、教育格差における「体験格差」に着目。NPOと連携してロボットプログラミングやミュージカルなどのワークショップを届ける「感動体験プログラム」を展開し、子どもたちの非認知能力を育む支援事例を紹介しました。

ソニーグループ株式会社  サステナビリティ推進部CSRグループ ゼネラルマネジャー  石野 正大 氏
ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部CSRグループ
ゼネラルマネジャー 石野 正大 氏

LINEヤフー:プラットフォーマーならではの多様な支援

LINEヤフー 鈴木氏は、25年以上にわたる社会貢献活動を「災害対策・復興支援」「未来世代につなぐ責任」「情報技術社会の発展」「地域環境への配慮」の4分野に体系化していると説明。多くの人に利用されるプラットフォーマーとしての強みを生かした支援が特徴です。

「『Yahoo!ネット募金』を通じて、能登半島地震では約20億円の寄付が集まりました。また、長期的な復興を見据え、企業の社員が持つスキルと現地のニーズをマッチングする『プロボ能登』を立ち上げるなど、多様なアプローチを展開しています」(鈴木氏)

さらに、闇バイトやネットいじめ、誹謗中傷といったデジタル社会がもたらす負の側面にも向き合い、子どもや保護者向けの教材開発や出前授業を実施。事業と密接に関連する社会課題にも真摯に取り組む姿勢を示しました。

LINEヤフー株式会社  CSRユニット  CSRユニットリード  鈴木 哲也 氏
LINEヤフー株式会社 CSRユニット CSRユニットリード
鈴木 哲也 氏

2

Session2

CSRに立ちはだかる「内部の壁」

議論はCSR活動推進における“社内の課題”へと移行。先進的な活動の裏にある、各社の試行錯誤や具体的な課題が語られました。


社員の自発的な活動をいかに把握し、支援につなげるか

NTTデータ 金田氏は、社員が個人的に行うボランティア活動を企業として把握し、支援の仕組みに乗せていくことが次の課題だと語りました。

「もし社員のボランティア活動を可視化できれば、会社がマッチングギフトで支援するなど、活動をさらに後押しできます。ここにテクノロジーが活用できるのではないかと期待しています」(金田氏)

「知る」から「行動する」へ――社員のエンゲージメント構築

ソニーグループ 石野氏は、社員を巻き込むプロセスを段階的に捉えることの重要性を語りました。

「コロナ禍で1億米ドル規模の基金を立ち上げた際、社員から『このような取り組みを実施する自社を誇りに思う』というポジティブな反応が多くありました。まずは自社の社会貢献活動を『知ってもらう』ことが、エンゲージメントやロイヤリティにつながります。そして次のステップは、知った上で『行動してもらう』こと。寄付・プロボノ・現場でのボランティアなど、多様なメニューを用意し、社員が自分に合った関わり方を選べるようにしたいと考えています」(石野氏)

最終的な理想は、社員が「自らのビジネスを通じて社会課題を解決する」というマインドセットを持つこと。社会貢献活動への参加が、社員一人ひとりのキャリアや視野を広げ、新たなイノベーションの土壌となるというビジョンが示されました。

求められる事業部門とCSR部門の連携

LINEヤフー 鈴木氏は、社内での役割分担の重要性を強調。社会課題解決に向けて事業部門とCSR部門が両輪となって動き、効果を最大化することが求められると述べました。

「例えば、フェイクニュースや誹謗中傷の問題は、ニュース事業部門がテクノロジーや仕組みで直接的に対応すべき課題です。一方で、そこからこぼれ落ちてしまう、子どもたちへの直接的な教育といった領域は、われわれCSR部門が専門性を持って担う。このように、一つの社会課題に対して事業とCSRが補完関係を築き、連携していくことが重要です」(鈴木氏)

トップのコミットメントと、組織の硬直化という現実

ディスカッションを通じて、CSR活動はトップマネジメント層の高い意識に支えられている側面も浮き彫りになりました。EYSC 東は「CSRが企業文化として根付くには、トップのコミットメントのもとで長い時間をかける必要がある」と指摘します。

一方で、EYSC尾山はより広い視点から、多くの日本企業が抱える課題に言及しました。

「数十年前につくった寄付基金をほとんど見直すことなく、形式的に続けている『硬直化した』ケースは少なくありません。こうした企業をいかに活性化させていくか。それがわれわれのような外部のプロフェッショナルが果たすべき役割だと考えています」(尾山)


3

Session3

コレクティブインパクトを生み出すための「外部連携」

最後のディスカッションテーマは「外部との連携」。より大きな社会的インパクトを生み出していくために、社外のステークホルダーやNPOとどのように連携するべきか。そのための課題と未来への展望が議論されました。


NPOの負担を軽減し、活動を最大化するテクノロジーの役割

LINEヤフー 鈴木氏は、長年「Yahoo!ネット募金」を通じて多くのNPOと関わってきた経験から、少人数で膨大な業務を担うNPOの課題に言及しました。

「IT企業として、寄付集めや日々の業務を効率化するためのプラットフォームやサービスを提供することで、NPOの皆さんが本来のミッションに集中できる環境を整えられないかと考えています。これはわれわれにとって大きな課題であり、責務です」(鈴木氏)

継続的対話が促進する企業とNPOの「かみ合わせ」

ソニーグループ 石野氏は、企業とNPOが協働する上での難しさを「かみ合わせ」という言葉で表現しました。同じ方向を向いていても、組織文化や意思決定プロセス、求める成果の違いから、連携がスムーズに進まないことがあると指摘します。

「この溝を埋めるには、深く継続的な対話が不可欠です。企業側も『今、何を大事に思っているのか』をオープンに伝え、NPO側の専門性や現場のニーズと、企業が持つテクノロジーなどのシーズとを丁寧にかみ合わせていく作業が必要です。たとえそのタイミングで協働に至らなくても、対話を続けていくことが両者の『かみ合わせ』を良好にし、将来のより良いパートナーシップにつながると信じています」(石野氏)

ERGを起点とした、社員コミュニティとNPOの新たな協業モデル

NTTデータ 金田氏は、米国企業で広がる「ERG(Employee Resource Group:従業員リソースグループ)」を紹介しました。

「企業を『会社』という一つの主体として見るだけでなく、多様な関心を持つ『社員の集まり』と捉える視点が重要です。NPOの皆さんが、ERGと直接つながることができれば、企業のトップダウンのCSR活動とは異なる、ボトムアップ型の新しい協働の形が生まれる可能性があります。これは日本企業においても今後の大きなトレンドになると考えています」(金田氏)

「美しい仕組み」だけでは響かない ─ 企業の独自性と「想い」

最後にEYSC 東が、連携の在り方について、より本質的な視点を加えました。

「企業が製品やサービスで差別化を図るように、CSRにもその企業ならではの独自性がなければ、文化として育ちません。単に既存の枠組みに乗るだけでなく、自社のアセットとNPOの専門性をいかに組み合わせて新しい価値を創造できるか。ただ美しい仕組みを作るだけでは人の心には響きません。その連携に『温かさ』や『想い』といったエモーショナルな価値を乗せて初めて、多くのステークホルダーに届く活動になるのではないでしょうか」(東)

ロジックや戦略だけでなく、活動に携わる人々の情熱や共感が、連携を成功に導く上で不可欠な要素であることが示されました。

企業のCSR活動は、もはや単独で完結するものではありません。各社の議論を通じて浮かび上がったのは、社員一人ひとりの主体性、専門性を持つNPOとの深い対話、時には複数の企業が手を取り合う「コレクティブな形」で社会課題に挑む未来像でした。

最後に、EYSC 尾山は本セッションを次のように締めくくりました。

「社会課題解決という共通目的から逆算すれば、いかに力を結集し、うねりへと変えていくことが重要です。その鍵は、企業のパーパスとNPOの活動がどれだけ共鳴できるかにあります。より具体的で、できれば定量的な目標を伴った対話を社会全体で促していく。われわれEYは、その基盤づくりに貢献していきたいと考えています」(尾山)

先進企業と語るCSRリデザイン - NPOと連携したCSR活動と社会課題解決とは

サマリー

CSRリデザインの鍵とは、自社のパーパスから社会課題解決を逆算し、NPOをはじめとする社外パートナーと力を結集すること。社員の主体性、NPOの専門性、複数企業の協働、そしてデジタル技術が重なり合い、従来の枠を越えた新しい社会価値創造のモデルが生まれつつあります。


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