全社最適を加速させるSAP S/4HANA導入と税務プロセスのデジタル変革

全社最適を加速させるSAP S/4HANA導入と税務プロセスのデジタル変革


地政学リスクの高まりや新国際課税ルールの導入により、企業の税務業務は一段と複雑化しています。こうした状況下で日本企業が税務業務のDXをいかに実現すべきかが、経営最適化に向けた課題の一つとなっています。

EY税理士法人の上田 理恵子、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の高塚 裕輝、SAPジャパン株式会社桜本 利幸氏らが、その課題と対策について掘り下げました。

※本記事は、2026年2月19日開催のウェビナー概要をまとめたものです。
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要点

  • 日本企業には、部門単位の「改善」ではなく、全社視点でのリソース最適化とKPIモニタリングの仕組み化が求められる。
  • 税務部門の最優先事項は「データとAIの活用」であり、定型業務を削減し、戦略的な高付加価値業務へリソースを再配分することが不可欠である。
  • 「唯一の真実(Single Source of Truth)」となる統合データ基盤を確立し、初期の要件定義段階から税務の視点を組み込むことが変革成功の鍵となる。



1.日本企業の“改善”の限界と「全社最適」への転換

 

経営効率を高めるための全社的なリソースプランニング、組織設計、KPIモニタリングの重要性について、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの高塚 裕輝が解説しました。

 

日本経済の停滞は外部環境だけでなく、企業の内在的課題にも起因しています。その象徴が、日本企業が強みとしてきた“改善”文化です。各現場が「より正確に、より素早く」を追求する部分最適の積み上げによって成長してきましたが、不確実性の増す環境下では、部門単位の効率化だけでは全社的な競争力を維持できません。欧米企業が全社レベルの経営最適化を進める中、多くの日本企業は今も部分最適にとどまっています。

 

真の経営効率向上とは、全社目標を達成するために、ヒト・モノ・カネといった限られたリソースをいかに有効活用するかという意思決定そのものです。例えば、数年後の売上・利益の拡大を見据えたとき、直前になって工場を建設しても手遅れです。将来の成長から逆算し、適切なタイミングで設備投資や採用を行うなど、全社視点のリソースプランニングが不可欠です。

 

このような「全社最適」を実現するためには、「KPI責任の明確化」と「責任者の実効性を高めるモニタリング」の仕組み化が重要です。KPI責任の明確化とは、中計・年計の到達に向けて責任者がコミットする対象を明らかにすることです。「責任者の実効性を高めるモニタリング」とは、目標に対してどう責任を果たすのか、定点観測しながら必要に応じてテコ入れを行うことです。こうした仕組みを通じて、経営層と各事業責任者の間でP/Lに関する役割と責任(ロール・アンド・レスポンシビリティ)を明確に定義することが求められます。

 

責任者の実効性を高める具体的な手法として推奨されるのが、四半期ごとの「事業計画レビュー会議」です。これは単なる報告ではなく、各責任者が全社視点で戦略を述べ、必要なリソースを経営層にリクエストする場です。複数の部門の戦略を全社最適の視点で取りまとめることで、組織全体の相乗効果や因果関係、優先順位が明確になります。こうした取り組みの推進において、ERP(エンタープライズリソースプランニング=全社最適でリソース活用すること)は不可欠です。近年のERPは、蓄積された最小粒度のデータをAIが分析し、経営判断を支援する「AIプラットフォーム」としての役割も担っています。


2.SAP S/4HANAが創出する価値をデータドリブン経営の基盤に据える

経営基盤の構築を通じた価値創造と、データドリブン経営の推進について、SAPジャパン株式会社カスタマーアドバイザリー本部 CFOソリューション推進室 シニアソリューションプリンシパルの桜本 利幸氏が解説しました。

迅速な意思決定には、情報の「鮮度」と「解像度」が欠かせません。しかし、各拠点が個別にシステムを運用し、本社が事後的にデータを集計するボトムアップ型では、拠点数の増加に伴い収集負荷が指数関数的に増大し、経営管理の障害となります。真のデータドリブン経営の実現には、本社が各拠点のシステムへ直接アクセスし、必要なデータを取得できるSAP S/4HANA(ERPシステム)への転換が必要です。こうした統合されたシステム基盤を中核に据えることで、AI活用によるビッグデータ分析を含む「12の価値」(図参照)を創出できます。

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出典:SAP S/4HANAで実現するリアルタイム経営と税務業務効率化セミナー(2026年2月19日)
出典:SAP S/4HANAで実現するリアルタイム経営と税務業務効率化セミナー(2026年2月19日)

最大の特徴は、勘定科目、事業部門、会社間取引といった多次元データを一元管理し、統合データベースにリアルタイム集約できる点です。これにより、グループ各社の資金や債権債務などの経営情報が集約され、状況に応じた迅速な対応が可能になります。また、決算や締めについても、確定前の予測値を用いた翌月の意思決定が可能となる「ソフトクローズ」を実現することで、マーケットに対する先見性のあるアクションにもつながります。

さらに、SAP S/4HANAの活用はガバナンスを大きく進化させます。従来のサンプリング監査に対し、統合データ基盤はグループ取引の「全件監査」を可能にします。不正管理の高度化のみならず、全取引が監視されることによる抑止効果も期待でき、組織全体のガバナンスレベルの向上が期待できます。


3.定型業務から脱却し、税務部門のパラダイムシフトを加速させる

企業が直面するグローバルな税務課題の現状と、定型業務からの脱却を目指す税務DXの必要性について、EY税理士法人の上田 理恵子が解説しました。

グローバル化が加速する中、企業の税務部門を取り巻く環境は大きく変化しています。EYの2025年 タックス・アンド・ファイナンス・オペレート(TFO)調査によれば、経営幹部の80%が「BEPS 2.0」におけるPillar 2(最低税率ルール)を「事業に最も大きな影響を与える法規制」と認識しています。こうした国際税務や情報開示基準への対応は、経営課題となっています。同調査では、税務部門の最優先課題として「データとAIの活用」を挙げる企業が最も多く、テクノロジーによる変革が急務であることが明らかです。

一方で、日本企業の現場では、理想と現実の乖離が深刻です。調査(下図参照)では、税務担当者の業務時間の53%が「定型的なコンプライアンス活動」に費やされています。データ収集やクレンジング、スプレッドシートによる手作業のワークペーパー作成といった非付加価値業務が、本来注力すべき戦略的なタックスプランニングや複雑な税務係争への対応といった高付加価値業務の時間を圧迫しています。企業が目指すべきは、これら定型業務を20%まで削減し、戦略的業務に割けるリソースを倍増させる姿です。

企業はより専門性の高い税務業務へ時間を倍増することが理想

企業はより専門性の高い税務業務へ時間を倍増することが理想

税務担当者が定型業務に時間を割かざるを得ない理由となっているのが「データのサイロ化」です。調査に回答した企業の93%が課題として挙げている「複数の場所に存在するデータの分断」により、担当者は各拠点から個別に入手したデータをバケツリレーのようにつなぎ合わせる、非効率な作業を強いられています。また、その背後には「テクノロジーの決定プロセスに税務部門が十分関与できていない」という構造的な問題があります。日常的に企業データを扱う税務部門であっても、プラットフォーム選定に関わるケースは少なく、税務部門にテクノロジー専任者を置く企業はわずか5%です。


4.統合データ基盤による税務DX実現に向けて

税務機能のデジタル変革を成功させる鍵は、システムを活用してデータ構造そのものを刷新できるかどうかです。目指すべき姿は、税務コンプライアンスに必要な「唯一の真実(Single Source of Truth)」が正確に蓄積・活用され、それを基に各税務業務を遂行できる体制です。

この変革の実現には、SAP S/4HANAの導入・刷新の初期段階で税務部門が主体的に関与することが不可欠です。全社のデータフローに影響する税務要件が初期的なシステム設計に反映されていなければ、担当者が手作業でデータを再加工する「負の連鎖」から抜け出せません。早期の税務参画は、次の三つのメリットをもたらします。

  1. 効率化
  2. コンプライアンスとリスク低減
  3. キャッシュ最適化

第一のメリットは、「効率化」です。取引明細レベルで一元管理されたデータに直接アクセスできれば、データの複製や加工、突合といった非付加価値業務を排除できます。実務レベルでは、人的エラーや管理コスト、税務申告レポーティングに要する時間の削減・短縮が期待できます。

第二に、「コンプライアンス強化とリスク低減」です。一元管理されたデータを活用することで、レポーティングや監査対応にかかるコストを削減することが可能となります。また、VAT(付加価値税)や関税、移転価格などの複雑な税務対応を標準化し、ガバナンスを強化することで、予期せぬ税務リスクを未然に防ぐことができます。

第三が、「キャッシュ最適化」です。正確なリアルタイムデータに基づき、データ不足ゆえの保守的な(過大な)税金計算を回避することで、過払い税金の抑制や実効税率のコントロールレベルを高められます。税務上の要点を早期に検知することは、不要なキャッシュの漏えいを防ぎ、企業価値を最大化することに直結します。

SAP Transformationに税務に特化した機能を含めた場合相当のメリット

SAP Transformationに税務に特化した機能を含めた場合相当のメリット

具体例としてSAP S/4HANA の導入の際に検討を行うことで、企業は実務領域においても次のような進化をもたらすことが可能です。

  • オンライン提出:世界各国で義務化が進む電子インボイス(E-invoice)に対し、上流の受注・購買プロセスから税ルールを組み込むことで、グローバルで一気通貫した自動対応が可能となります。各国で対応するのではなく、グローバルなプラットフォームを通した業務プロセス標準化を行うことができます。

  • 外部報告:IFRSやJGAAPに加え、税務目的といった複数の会計原則に基づく元帳を活用することで、決算期ごとの二重記帳や複雑な調整作業をシステム内で解消し、財務諸表および税務申告の作成を効率化することが可能となります。システム上で最初に設定を行うことで一つのTransactionに対して複数の基準に適用した記帳が可能となり、これまでエクセル等で対応してマニュアル作業を大幅に削減することが可能となります。

  • 内部報告:移転価格のモニタリングにおいて、一元化されたトランザクションデータと分析ツールを連携させることで、複雑な配分ロジックに基づいた利益率管理をリアルタイムで実行できるようになります。セグメント損益のモニタリングや、ローカルGAAPに基づいた利益率管理等についても自動化することにより、リスク管理やガバナンス強化、管理工数の削減につながります。    

ERP導入と税務DX推進における最も有効なアプローチは、プロジェクトの初期段階から必要な税務要件を組み込むことです。しかし、要件定義からプロセスデザイン、運用支援に至るまで、複数年にわたる継続的な取り組みを必要とします。税務の専門性とシステム知見を併せ持つプロフェッショナルが構想段階から参画することで、グローバルでのプロセス標準化と、日本の国内法を含む各国固有の要件への対応を両立させた「全体最適」の基盤構築が可能となります。

先行する欧米企業に続き、日本企業でもシステム刷新を通じた税務機能強化が進みつつあります。税務DXの対象領域は広範であり、SAP S/4HANA導入は業務改革の好機です。税務を経営の中核に据え、早期に検討を開始することが、企業の持続的成長につながります。

左から、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの高塚 裕輝、SAPジャパン株式会社の桜本 利幸 氏、EY税理士法人の上田 理恵子
左から、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの高塚 裕輝、SAPジャパン株式会社の桜本 利幸 氏、EY税理士法人の上田 理恵子



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サマリー

リアルタイム経営と税務DXの統合は、日本企業が「部分最適」から脱却し、持続的成長を支えるデータ駆動型組織へ変革するために不可欠な基盤です。企業は、システム導入の初期段階から税務の視点を組み込み、経営と税務が連動した全社最適の意思決定体制を構築する必要があります。


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