EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
現在、あらゆる業界のCEOは人工知能(AI)を「選択肢」ではなく、「必要不可欠なもの」と捉えています。しかし、MITの最近の調査によると、生成AIに数十億米ドルを投資しているにもかかわらず、約95%の組織が測定可能なリターンを得られていません。一方で、統合型AIパイロットのうち、数百万米ドル規模の価値を創出し、損益に有意な影響を示している組織はわずか5%程に過ぎません。1 企業がAIに多額の投資を続けている状況は変わりません。米国で実施されたEYの最近の調査では、AIに投資している組織のシニアリーダーの3分の1(35%)が、来年1,000万米ドル以上を投じる見込みであると回答しています。2 ガートナー©は、2025年3月のレポートで次のように指摘しています。「AIをめぐる熱狂にもかかわらず、生産性への影響は一貫しておらず、いわゆる『AI生産性パラドックス』が生じています」3
EYの「Work Reimagined」は、長年にわたり働き方の進化を追跡調査してきました。今年は、これまでの人材優位性に関する知見を踏まえ、職場におけるAIに焦点を当て、なぜ一部の組織だけが変革的な成果を達成する一方で、多くの組織が限定的な成果にとどまるのかを分析しました。調査は29の国と地域の従業員1万5,000名とビジネスリーダー1,500名を対象に実施し、生産性、仕事の質、意思決定、働く上での多様な体験価値など、幅広い成果指標を確認しました。従業員が職場でどのようにAIを導入し、どのような恩恵を得ているのかを把握した上で、それを企業側がビジネスの観点からどのように評価しているかと比較しました。
「Work Reimagined 2025」の調査結果は、課題の大きさを明確にしています。現在、従業員の10名中9名近くが職場でAIを利用していますが、AIの導入を高い価値創出につなげる体制を整えている組織はわずか28%にとどまっています。本調査でその理由が示されているとおり、従業員はAIによって多少の時間短縮は実現しているものの、それは仕事の進め方や企業の業績を根本から変えるほどのものではないためです。
では、この28%の組織とそれ以外の組織を分けるものは何でしょうか。変革的な成果を上げている組織には、互いに連動する5つの戦略的ケイパビリティがあります。すなわち、(1)適切な人材獲得と定着のアプローチ(2)大規模なAI導入の推進(3)継続的な学習を日常業務に組み込む仕組み(4)組織文化と職場規範の再構築(5)新たな行動や成果に整合したリワードの設計――の5つです。
AIに投資するだけでは十分ではありません。新しいテクノロジーが、組織文化の弱さ、不十分な学習環境、リワードの不整合といった脆弱な人材基盤の上に導入された場合、生産性向上の効果は40%以上も後れを取ってしまいます。
第1章
AI導入の広がりの裏では、活用の浅さと脆弱な人材基盤が見えにくくなっています。
現在、職場でのAI利用は広く浸透しており、調査回答者の88%が何らかの形でAIを使用し、37%は日常的に使用していると回答しています。使用率はエッセンシャルワーカーで80%、ナレッジワーカーで94%に達し、リーダーや管理職ではほぼ全ての人がAIを活用している状況です。
しかし、この表面的なAI活用の広がりの裏には、より深刻な課題が潜んでいます。多くの従業員が、情報検索(54%)や文書要約(38%)といった基本的なタスクにAIを使用している一方で、複数のツールを組み合わせて活用し、週に約1.5日分の生産性向上を実現している「上級ユーザー」は、わずか5%にとどまっています。上級ユーザーは、AIを単なるツールではなく「思考のパートナー」として活用することで、はるかに大きな価値を引き出しています。
基本的なAI活用と真に卓越したAI活用との間に生じるギャップを埋めるのが、私たちが「AI優位性」と呼ぶモデルです。私たちは、職場で最もAIの価値を引き出している従業員にはどのような要因が作用しているのかを明らかにするため、1万5,000名の従業員データに含まれる15項目以上の変数を分析しました。この分析では、導入の成功度を0~100で評価し、その成果指標として「従業員一人当たりが週にどれだけ時間を生み出せたか」の中央値を用いています。その結果、スキルセット、ツールセット、マインドセットという3つの相互に連動する要因が、AI優位性を生み出す原動力となっていることが分かりました。
予想どおり、AIに関する研修は成果を左右する重要な要素であり、AI優位性スコアの約50%を占めています。年間81時間以上のAI研修を受けた従業員は、週に14時間の生産性向上を実現している一方、研修が年間4時間未満の従業員では、その効果は3時間にとどまります。しかし、過去12カ月間にこのレベルの研修を受けた従業員は全体の12%に過ぎません。これは、世界全体のAI導入価値スコアが100点満点中34点にとどまっている大きな要因となっています。また、管理職がAIを使いこなせるかどうかも極めて重要です。上司がAIを効果的に活用していると信頼している従業員は、より高い成果を上げています。その一方で、高度なスキルを備えた従業員は、そうでない従業員に比べて離職する可能性が55%高いという課題もあります。企業は、市場で需要の高いスキルを持つ従業員に対して、従業員価値提案を適切に設計し、整合させる必要があります。最新のテクノロジーへ継続的にアクセスできる環境を提供し、身につけたスキルをキャリア形成につなげられる機会を確保することが不可欠です。
適切なAIツールを使えるかどうかは極めて重要であり、自分の役割に合わせてAIツールが最適化されていると感じている従業員は、AI活用によって得られる価値も大幅に高いことが分かっています。しかしその一方で、AIの可能性に強い関心を持つ従業員ほど、自らツールを調達して活用しようとする傾向があります。実際、23~58%の従業員が自前のAIツールを職場に持ち込み、さらにその利用料を自費で支払っている状況が明らかになりました。こうした背景には、従業員が直面する大きなプレッシャーがあります。過去12カ月で64%が業務量の増加を実感しており、38%は自分の役割そのものが後任を置かれずに消えてしまうのではないかと不安を感じています。ハーバード大学の最新研究でも、これらの懸念の一部は現実的であり、特にジュニア層の役割は2023年以降急速に縮小していると指摘されています。4 だからこそ、企業は従業員に対して適切なツールセットを提供するとともに、個人が持ち込むAIツールの使用について、明確なガードレール(利用ルール)を整備することが一層重要になっています。
マインドセットは、AI活用を大きく後押しします。AI活用に向けた正式な目標やインセンティブを設定し、組織のAIプログラムに関与することは、業務時間の削減や成果の向上と強く関連しています。先進的な組織では、AIやエージェントの導入・拡大を進めるため、ビジネス目標と個人目標の双方を正式に位置付ける動きが進んでいます。さらに、スキル向上プログラムと並行して、組織文化、リーダーシップ、エンゲージメントへの投資を組み合わせ、行動変革と価値創出を促しています。従業員がAI活用を、自身の成果指標や組織文化の一部として捉えるようになると、エンゲージメントは格段に高まります。人材優位性の高い企業では63%が「組織文化が1年前より大きく改善した」と回答しており、この割合は人材優位性が中程度の企業では22%、低い企業ではわずか3%にとどまっています。
しかし、これらの推進要因を整えるだけでは十分ではありません。AI優位性を築いた組織は、生産性向上の効果を打ち消しかねない新たな緊張要因に直面します。AIへの投資を実際の成果につなげるためには、テクノロジーの能力だけではなく、人材側の準備状況も踏まえた、バランスの取れたアプローチが不可欠です。こうした緊張要因を管理する上で有効なのが、人材優位性です。これは5つの戦略的ケイパビリティから構成されるフレームワークです。
第2章
変革を持続させるための人材優位性を確立できている組織は、全体の3分の1未満にとどまっています。
人材基盤が脆弱な組織では、生産性向上の効果に遅れが生じ、ときに40%以上も伸び悩むことがあります。対照的に、人材優位性を備えた組織では、5つの戦略的ケイパビリティが連動し、持続的な変革の基盤となっています。今回の調査では、この5つのケイパビリティ全てにおいて強みを発揮している組織は全体のわずか28%でした。これらの組織は、各ケイパビリティを個別の取り組みとしてではなく、互いが相乗的に作用し合う「統合システム」として機能させています。
人材健全性と人材のフローは、他の全ての要素を支える基盤となるもので、従業員が自社を友人や家族に薦めたいと思うかどうかの心理状況を基に、組織が成功するための総合的な環境を測定します。従業員が自社を薦めるにあたり、どの要因が最も影響力を持つか(0~100で評価)を分析した結果、グローバルの人材健全性スコアは100点満点中65点となり、その構成比は組織文化が44%、リワードが32%、能力開発が24%でした。
人材優位性の高い企業は、この人材健全性スコアが飛躍的に高いという特長があります。人材優位性が低い企業では、自社を「働きがいのある企業」と他者に推薦したいと考える従業員は20%にとどまるのに対し、人材優位性が高い企業ではその割合が89%に達します。この差はネットワーク効果を生み出し、自社を薦める従業員(プロモーター)が「人材の磁石」となって、高いパフォーマンスを持つ人材をより多く引き付けることにつながります。
人材のフローは依然として組織の根幹を成すものであり、自社や自社の属するセクターに好意的な従業員であっても、職を移る可能性があります。2025年、離職意向は4年ぶりの低水準となり29%まで下がりました(「大退職時代」のピークは43%)。しかし、この数字は重要な動きを覆い隠しています。AIに関する学習量が最も多い従業員の間では離職意向が依然として高く、この層の45%が、社内外のキャリア機会や報酬を常に比較検討しながら転職の可能性を模索しています。ここでの「パラドックス」、すなわち、高度に育成された優秀な人材であればあるほど流出リスクが高まるという構図は、多くの組織が向き合うべき重要な緊張要因のひとつです。企業は、このような重要人材に対し、テクノロジーへの継続的なアクセス、キャリア機会、適切なリワードを提供することで、離職リスクを軽減できます。
卓越したAI活用を実現するには、役割に合わせて最適化されたツールと明確な戦略目標を持ち、AIを頻繁かつ高度に活用することが求められます。従業員のAI活用価値を最大化している組織では、より高度なユースケースを取り入れることで、従業員一人当たり週8~14時間の時間創出につながっています。上級ユーザーは、単にAIの使用量が多いのではなく、使い方そのものが異なります。AIを「自動化ツール」としてではなく、「同僚、コーチ、思考のパートナー」として捉えています。こうした協働型のマインドセットを身につけたトップパフォーマーは、同僚の2倍以上の成果を上げています。
EYでは、自社開発のカスタムAIツール「EYQ」が、急速に進化するテクノロジーに将来的に対応しきれなくなる可能性があると判断し、GPT-5を活用したエンタープライズ版の併用へと方針転換しました。この柔軟性により、セキュリティやコンプライアンスを担保しながら、従業員のニーズを最優先にすることが可能になっています。
しかし、従業員にAIを活用してもらうためには、組織側が適切なAIツールを提供することが不可欠です。たとえ役割に合ったツールが整備されていても、成果を求められるプレッシャーがある環境では、従業員が自ら別の手段を選択することがあります。従業員の23~58%が自前のAIツールを職場に持ち込んでおり、その割合はセクターによって大きく異なります。この「シャドーAI」は、未開拓のイノベーション機会である一方、組織が体系的に対処すべきガバナンスやセキュリティの課題でもあります。EY Global Chief Innovation OfficerのJoe Depaは、次のように述べています。「こうしたAIツールを使用することで生じるコンプライアンス上の論点について、組織として明確にしておく必要があります。EYでは、自社開発のカスタムAIツール『EYQ』が、急速に進化するテクノロジーに将来的に対応しきれなくなる可能性があると判断し、GPT-5を活用したエンタープライズ版の併用へと方針転換しました。この柔軟性により、セキュリティやコンプライアンスを担保しながら、従業員のニーズを最優先にすることが可能になっています」
学習と能力開発は、AI導入の成功を最も強く予測する要因です。81時間以上の学習を受けた従業員には、変革的な成果が現れています。しかし、研修量が増えるほど「学習のパラドックス」が生じます。80時間を超える研修を受けた従業員は、平均と比べて離職する可能性が55%高くなるのです。高度な研修によってスキルの市場価値が高まり、社内の昇進よりも外部市場のほうが迅速に評価につながるケースが多いためです。
人材優位性が高い組織は、この課題に対処するため、集中的な学習機会に加え、定着(リテンション)施策、リワード戦略、キャリア開発を組み合わせています。社内にはタレントマーケットプレイスを設け、勤続年数に応じた段階的なスキル認定制度を整え、仲間同士のネットワークを育む学習コホートを構築しています。ソーシャルキャピタル(人間関係の資本)が定着率を高めるためです。年間80時間以上のAI学習を受けている従業員の割合は、人材優位性が低い組織では15%に過ぎませんが、人材優位性が高い組織では42%にまで跳ね上がります。
こうした変革は、AIを統合するための環境を整えます。AIの導入を成功させるには、リーダーシップのビジョンと組織文化の方向性が一致していることが不可欠です。組織文化に関するスコアは、大きく改善しています。「組織文化が12カ月前より大幅に良くなった」と回答した従業員は60%に達しており、2021年の48%から着実に増加しています。雇用主は、働き方の不一致を解消し、チームのつながりを強め、従業員がより信頼と支援を感じられる環境づくりに取り組んできました。
人材優位性が高い組織は、文化面の指標でも大きく優れています。「組織文化が12カ月前より大幅に改善した」と答えた従業員は63%にのぼる一方、人材優位性が低い組織ではわずか3%にとどまっています。組織文化は人材健全性スコアの44%を占めており、その主な推進要因は、思いやりのあるリーダー、従業員を支える雇用主、権限を与える管理職、そしてチームのつながりです。さらに、組織がAIを「個人の技術スキル」ではなく「協働的な学習体験」として位置付けることで、AI導入そのものがこれらの文化的要素をより強化することができます。
戦略的なトータルリワードは、変化を続ける従業員のニーズや、AIによって新たに生まれる役割に合わせて、個別化され、柔軟でなければなりません。従来のように従業員が主に社内でのキャリア機会を重視していた状況とは異なり、AIスキルを持つ従業員は次のキャリアを社外にも容易に求めることができます。このような高度なスキルを持つ人材は、優れたテクノロジー環境、柔軟な働き方、そして成長機会といった「市場をリードする仕事体験」に、より大きな価値を置くようになっています。
人材優位性が高い組織は、リワードが人材健全性の約32%を左右することを理解しており、トータルリワードを柔軟にすることに優れています。人材優位性が高い組織の半数が、「自社のリワードは従業員のニーズを満たしている」と強く認識している一方、人材優位性が低い組織はその割合がわずか7%にとどまっています。
第3章
一流の組織は緊張要因を避けるのではなく、積極的に管理します。
人材優位性を追求する組織は、取り組みを頓挫させかねない5つの重要な緊張要因に注意を払う必要があります。重要なのは、これらの緊張要因に正面から向き合い、組織として学びを深めながら、適切なタイミングで必要な支援を提供していくことです。以下では、5つの緊張要因と、それぞれに対してリーダーが取るべき主要なアクションを示します。
81時間超の研修がAI活用を大きく推進する一方で、従業員の離職可能性を55%高めるという結果も示されています。AI学習が4時間未満の従業員では離職意向が21%であるのに対し、81時間以上では45%に上昇しています。高度な研修を受けた従業員は、動機にも変化が現れます。40時間以上学習している従業員は、従来型の報酬や昇進よりも、最新テクノロジーに触れられる環境や柔軟な働き方を優先する傾向があります。
リーダーは、学習への投資を抑えればAI人材が育たず、逆に十分な投資を行えば離職リスクが高まるというジレンマに直面しています。解決の鍵は、学習機会の提供、適切なリワード設計、キャリアパスとの連動を一体的に進めることです。つまり、集中的な研修に加えて、AIスキルを持つ従業員のキャリア観に合った新しいリテンション施策を組み合わせる必要があります。従業員が社外に目を向ける前に、成長機会や最新テクノロジーへのアクセスを明確に示す社内のキャリアパスを整備しましょう。さらに、役割と同様に人間関係も従業員を支える重要な要素であることを踏まえ、ソーシャルキャピタルやピアネットワークの構築につながる学習体験を設計することも重要です。特に重要なのは、AIスキルを持つ従業員が実際に価値を置くポイントを踏まえ、トータルリワード戦略を再設計することです。従来の給与水準だけでなく、最先端テクノロジーへのアクセス、働く時間や場所の柔軟性、継続的なスキル開発の機会などを適切に組み込む必要があります。
AIは明確な時間削減効果をもたらしており、従業員は週平均8時間の業務時間を削減できたと回答しています。しかし、この効率化を実質的なビジネス変革に結び付けることに課題を抱える組織も少なくありません。ウェルスマネジメント、テクノロジー、銀行などの主要企業では、週10~12時間もの追加削減が実現しています。しかし、重要なのは、この生まれた余剰時間をいかに戦略的に活用するかという点です。この点について、JPモルガン・チェースは示唆に富む事例を提供しています。同行は、生成AIツールであるLLM Suiteをアセット&ウェルスマネジメント部門の5万人の従業員に導入しました。このツールはリサーチアナリストと同等の業務を担いますが、同行は効率化で得た余力を単に保持するのではなく、複雑な分析、戦略的アドバイス、深い顧客関係の構築といった高付加価値業務へ戦略的に再配分しています。5
生産性の罠に陥らないためには、削減できた時間をどこに再投資するのかを明確に定め、ROIの評価方法を見直すことが不可欠です。EY Global Chief Innovation OfficerのJoe Depaは次のように述べています。「AIの価値には、生産性、品質、効率性という3つの要素があります。削減時間だけに目を向けていると、正確性の向上、エラー率の低減、意思決定の質の向上といった本質的な効果を見逃してしまいます」
AI導入に合わせて役割を再設計すること。従業員が何をやめ、どの高付加価値業務に注力すべきか、またその貢献をどう高めるかを明確にすること。削減できた時間を、戦略的成長施策への投資と、イノベーション・学習・適応のための余白づくりのどちらに振り向けるか、明確な方針を設定すること。特定の部門で試験運用し、生産性と従業員エンゲージメントを併せて測定すること。役割の再設計をAI導入計画の標準プロセスに組み込むこと。さらに、AIによる時間削減が高付加価値業務にどのように活用されているかを継続的に検証し、改善につなげるためのフィードバックメカニズムを構築することも重要です。これにより、ROIをより正確に把握し、効率化を実質的な変革へと結び付けることが可能になります。
AIの価値には、生産性、品質、効率性という3つの要素があります。削減時間だけに目を向けていると、正確性の向上、エラー率の低減、意思決定の質の向上といった本質的な効果を見逃してしまいます。
人材確保が難しくなる中で、従業員の38%はAIによって仕事を失うことへの不安を抱えています。同じく38%の従業員が、AIへの過度な依存によって、人間のスキルや専門性、学習能力が失われてしまうことにも不安を感じています。こうした不安は、組織がイノベーションを求められている状況と同時に存在しています。組織は従業員にAIを試行し、自らの業務を再定義していくことを求めています。しかし、こうした不安があると、従業員は役割を変革するのではなく守ろうとし、ためらい・抵抗・防衛的な行動を引き起こしてしまいます。
従業員の感情を無視するのではなく、受け止めること。リーダーは、変革に伴うストレス、たとえば業務量の増加、雇用不安、スキル陳腐化への懸念などを組織として適切にマネジメントすることを前提とし、従業員の不安に応える明確なAIビジョンを示す必要があります。
AIが担う役割だけでなく、人間がより価値の高い領域でどのように貢献できるのかを従業員に伝えます。AI活用によって役割が拡張された従業員を把握し、その成功事例を可視化します。具体的に、どのような変化が生まれ、なぜ彼らの業務が以前より重要になったのかを示すことが必要です。これらの事例を、組織内のさまざまなコミュニケーション手段を通じて共有します。
AIをどのように活用するかについて従業員の意見を取り入れることで、現場に最も近い人材がAI活用の将来像を描くことができます。さらに、既存のスキルが陳腐化する前に新たな能力を習得できるよう、継続的な変化への適応を当たり前にするプログラムづくりも検討すべきです。
従業員の23~58%が個人で利用しているAIツールを職場に持ち込んでいます。これを一律に禁止すればイノベーションは停滞し、かといって放置すればセキュリティ、ガバナンス、コンプライアンスに深刻な問題を招きかねません。企業向けAIツールは、一般消費者向けのAIより機能面で遅れがちなため、従業員は自ら問題を解決できる手段があれば承認を待たずに利用してしまいます。
まず、従業員がどのAIツールをどの目的で使っているかを把握するために調査を行い、申告を罰則ではなくインセンティブで促すことが重要です。次に、この意欲を統治された環境での実験につなげる「AIサンドボックス」プログラムを設計します。EY Global Data and AI Strategy LeaderのTyler Buffieは次のように述べています。「従業員には、AIツールを試し、その活用方法を理解し、自身の業務に落とし込むための時間と余裕が必要です」。明確な条件を定め、従業員が個人ツールを試せる専用の環境を確保することが求められます。さらに、有望なソリューションは迅速に正式導入へつなげ、社内にリバースイノベーションの流れを生み出すことが有効です。シャドーAIを使用している従業員を、社内の推進役やツール探索の担い手として育成します。リスクを管理しながら実験的な取り組みを行う「イノベーションゾーン」を設けると同時に、ガバナンス上の明確な境界を定めます。
人材優位性が高い企業の約8割は、AIの影響を受けて大規模な組織再編をすでに実施しています。しかし、その74%が、なお再編の進化が必要だと認識しています。AIの価値を最大化するには、リーダー自ら変革を続ける必要があります。しかし、絶え間ない組織再編は従業員を疲弊させてしまいます。AIは四半期ごとに業務を変えていきますが、従来型の組織再編には12~18カ月を要します。
組織再編に伴う疲弊を軽減するためには、組織の一部に自律性を持たせ、短いサイクルで新たな組織構造を試せるようにすることが重要です。明確な役割と責任を定めつつ、意思決定権限を適切に委譲すること。どの領域が安定を保ち、どの領域が変革対象となるのかを明確にし、従業員に「変わらない部分」を示すことが重要です。組織再編を一度限りの負担の大きい出来事として扱うのではなく、継続的に変革に対応できる力として「変革能力」を組織に根付かせることが重要です。
組織を「安定領域」と「変革領域」に区分し、その違いを従業員に分かりやすく伝えます。こうした実験を担う人材には、単に果てしない承認を要する変更を提案する権限を与えるだけでなく、業務の進め方や構造を自ら決定できる実質的な権限を持たせることが重要です。
人材優位性を確立し、変革的な成果を上げている組織は全体の28%に過ぎません。残る72%は、5つのケイパビリティを素早く構築しながら課題を乗り越える「ファストフォロワー」となるか、リーダーとの差が広がる中でさらに後れを取るかという選択に直面しています。
5つの戦略的ケイパビリティを最適に組み合わせ、人材優位性を確立するためには、学習と定着、イノベーションとセキュリティ、グローバルとローカルの人材ニーズ、中央集権的なビジョンと分散型の実行といった、相反する優先事項を巧みに調整する必要があります。そのために必要なのは、英雄的な個人の努力ではなく、組織としての体系的な卓越性です。
人材優位性の重要性は、生産性だけでなく、業績向上、意思決定の質の向上、従業員のウェルビーイングや企業文化の改善といった、生産性を超えた戦略目標の達成可能性まで示唆することにあります。変化の激しいビジネス環境では、適応力とレジリエンス(回復力)を備えた人材が不可欠です。人材優位性の高い企業は、避けられない人材面の課題に対応しながら、より大胆な成長を追求することができます。人材優位性を持たない企業は、競合がビジネスモデルを再構築する中で、既存プロセスの最適化にとどまり、前進できずにいます。
AI時代に持続可能な競争優位性を確保するには、強固な人的基盤と高度なテクノロジーを両立させることが不可欠です。AIが業界全体や働き方を変えていくことは、もはや疑う余地がありません。AIは必ず変革をもたらします。問われているのは、組織が自ら変革を主導するのか、それとも変革に追随するだけなのか、という点です。
5つのケイパビリティは、組織が何を構築すべきかを示しています。5つの緊張要因は、組織が向き合うべき課題を浮き彫りにしています。人材優位性が高い28%の組織が、それが可能であることを証明しています。では質問です。あなたの組織は、彼らの仲間入りを果たすために必要な「体系的な卓越性」を築けるでしょうか。
自ら未来を描く側に立つのか、それともその行方をただ見届ける立場にとどまるのか。選択するのは、あなたの組織です。
「Work Reimagined 2025」によれば、従業員の88%がAIを活用しているにもかかわらず、変革的な成果を上げている企業はわずか28%にとどまっています。成果の差の原因はどこにあるのでしょうか? こうしたリーダーは、AIか人材かという二者択一を迫られるのではなく、5つの戦略的ケイパビリティを統合し、それぞれが相互に高め合う設計にしています。その際、他の企業が敬遠しがちな緊張要因、すなわち、「定着リスクを伴う学習」「業務量を押し上げる生産性」「従業員に不安をもたらすイノベーション」にも正面から向き合っています。持続可能な競争優位性を実現するには、高度なテクノロジーと強固な人的基盤の双方が不可欠であり、どちらか一方だけでは不十分です。
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ニュースリリース
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