EYメガトレンド

新興テクノロジーで実現する人間と機械のハイブリッド経済とは


機械は人間の能力を上回りつつあり、それが人材、リーダーシップ、政策当局に影響を及ぼしています。


要点
  • 拡張技術が、AIと人間の協働やロボットの精密な動作と融合して、人間の本来の限界を突破した身体・認知的パフォーマンスが可能になった。
  • 労働力の強化により、パフォーマンスが2.4倍向上した反面、リーダーは認知格差への対応とエンハンスメント(強化)の不平等が生じることの防止という課題に直面している。
  • 組織は人間と機械のハイブリッド社会に合わせて倫理的枠組みを構築し、人材戦略を変革し、競争優位性を再定義しなければならない。


EY Japanの視点

人間の価値創出能力の増強はAI活用にあり

企業での生成AI活用は一般化しましたが、多くは効率化にとどまり大きな価値創出に至ったケースは限定的と言えます。ビジネスでAIから大きな価値を得るためには、AIを単なるチャットツールではなく「人間の能力を拡張する仕組み」として捉えることが重要です。
 
人間の情報認知能力には限界があります。AIを活用することで、世の中のさまざまな構造を読み解き自社の強みを掛け合わせることで、思いもよらぬ新たな価値創出が可能となるでしょう。事業開発やR&D、M&A等の文脈では、AIによる人の思考の拡張は大いなる武器となり得ると言えます。
 
昨今ではマルチモーダルAIが登場し、人の五感情報(映像や音声等)を解釈し、またAIの小型化(Small Language Model)によりAIは常時伴走型へと進化しています。思考能力のみならず、人そのものがAIで強化される世界が到来しようとしているのです。
 
こうしたAIの進化と本質を捉えることは、世の中のルール変革に対する構えであると筆者は考えます。
EY Japanの窓口

本記事は、「EYメガトレンド」シリーズの「Preparing for the human-machine hybrid era」で紹介しているインサイトの一部です。

数学者のジョン・フォン・ノイマンは1945年に、人類はいつの日か人間の知能を超える機械を開発すると予測しました。それから80年近くたった現在、私たちはそれよりさらに複雑な岐路に立ち、機械が人間を超えるのみならず、機械と人間の能力を掛け合わせることで、人間としての能力が再定義されようとしているのです。

ボストンでは今、外科医が何千件もの症例を数秒で分析する人工知能(AI)システムの支援を受けながら精密ロボットを操作して手術を行い、デトロイトでは、製造作業員が身体的負荷を60%軽減しながら筋力を補助する装着型アシストスーツ(エクソスケルトン)を装着して働いています。ロンドンでは、金融アナリストがAIを活用したシステムで市場データを処理し、深圳では、研究者がブレイン・コンピューター・インターフェース技術を用いてロボット組み立てラインを神経信号で制御し、精密な製造を実現しています¹。これらは単なる個別の実験的試みではなく、いずれも人間と機械の掛け合わせにより、従来の既成概念を超える社会が出現しようとしているのです。

こうした変革は、当初の多くの予測を上回る指数関数的なスピードで進んでいます。ミシガン大学、テキサス大学、およびINSEADの研究によると、AIシステムは現在、パターン認識と一部の戦略的業務では人間を上回っています。また、最近の複数の調査で、AIは戦略の策定・評価において、アントレプレナーと投資家に匹敵する能力を持つことも分かりました。ロボット工学とエクソスケルトン技術で人間の身体能力は生物学的限界を超えて向上し続けており、ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)により、外部デバイスを神経信号で直接制御できるようになっています。長寿研究は実装フェーズに近づいており、生産的に働ける期間が大幅に延びる可能性があります。こうしたテクノロジーを組み合わせると、単に人間のパフォーマンスを高めるだけでなく、それを超えるパフォーマンスを実現できるのです。

調査によると、純粋かつ創造的に問題解決するにはAIが常に人間を上回るとはかぎらないものの、人間とAIの協働チームは、複雑で多面的な問題を解決する際に、戦略の実現可能性、財務的価値、全体的な品質の面でより優れた成果を示しています。ハーバードビジネススクールとライス大学の最近の研究では、価格設定の最適化や物流調整などの作業でAIが優れた能力を発揮する「限定的戦略(bounded strategy)」と、依然としてエビデンスはまちまちであるものの、人間とAIの協働に非常に大きな期待が持てる「創造的なアイデア出し」を区別しています²。

喫緊の経済的課題には、複雑な人口動態の変化が反映されています。労働力不足はこれまで、高齢化が進む先進国に影響を与えてきました。ところが、Z世代とα世代の失業という新たな課題が浮上し(特に若年男性の失業率が高く、米国労働統計局(Bureau of Labor Statistics)の最近のデータによると、若年男性の失業率が9.1%を超えるのに対し、若年女性は7.2%)、業界や必要なスキルによって、求人が不足する一方で余剰も発生するという矛盾した状況が生まれています³。Fortuneと経済研究者が考察したこの「需給パラドックス」は、従来の低スキル職で自動化が進んでいるのに対して、(AIの活用により能力が拡張される(人間拡張))高スキル職では欠員が埋まらない実態を浮き彫りにしています。組織が人間の能力を高めることでこうした労働需給のミスマッチに対処することを目指していることから、人間拡張技術市場は世界全体で2034年までに1兆3,900億米ドルに達する見通しです⁴。

人間拡張に向けたシフトは、4つの要因(プライマリーフォース)が相まって加速しています。AI、ロボット工学、ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)、長寿研究などテクノロジーの飛躍的進展が、本来の生物学的限界を超えて人間の能力を押し広げ、パフォーマンス向上の全く新しい可能性を切り開きました。

こうした技術の進歩と時を同じくして、以下の3つの強力な圧力が生じています。

  1. まず、人口動態の変化です。高齢化に伴う就業期間の長期化に合わせて精神的能力と身体能力の両方を長く維持する対応策が必要となる一方、AIの普及で低スキル職の多くが自動化され、若者の失業が増加しています。
  2. 2つ目はサステナビリティ目標で、この達成には人間のパフォーマンスの効率化が必要です。それにより、製造セクター、ヘルスケアセクター、知識労働(ナレッジワーク)の資源消費量と環境インパクトを減らすことができます。
  3. 3つ目は地政学的競争です。これが、戦略的優位性としての人間拡張への投資を各国に促しています。米国国立科学財団(NSF)は、2024年から2034年にかけてHuman Augmentation via Dexterity(HAND)研究センターに5,200万米ドルの投資を行うことを表明し、欧州委員会のHorizon Europeプログラムも、複数のエクソスケルトンとニューロインターフェースのイニシアチブに出資しています。プライベートセクターの投資と合わせると、2023年から2025年にベンチャーキャピタルと政府支援から人間拡張技術に投入される資金は750億米ドルを超えました⁵。

問題は、人間の能力が向上するかではありません。組織がこの変革を主導するのか、それとも根本的に異なるパフォーマンスで動く人間と機械のハイブリッドチームと競争することになるのか、という点にあります。

Trains on the train station, Helsinki, Finland
1

第1章

人間拡張からハイブリッド時代へ

人間の潜在能力の再定義が進んでいます。その背景にあるのは、AI・ロボット工学・医療の進歩の収束に伴う、イノベーションの加速と能力の拡張、そして新たなフロンティアの誕生です。

人間の能力を再構築する要素

人間の限界は、直線的ではなく、指数関数的なスピードで押し広げられています。AI、ロボット工学、BCI、長寿技術など複数のテクノロジーが組み合わされ、さらに人間の知能と、AIシステムや身体的拡張技術が融合して、それぞれが単独で持つ力の総和を上回る能力を生み出しているのです。

Blitzscaling Ventures General PartnerのChris Yeh氏が強調するように、「私たちは今、生産性というフロンティアに立ち続けるだけでなく、そのフロンティア自体を拡大するためのツールを手にしています。人間の創造性とAIの分析力、そしてロボットの精密さを組み合わせることで、それぞれが単独では実現できない能力が生み出されます」

これらを組み合わせることで、人間の限界が加速度的に押し広げられています。強化された人間と機械の融合により、「従来人間が機械をツールとして使う以上の新たな価値を創出する能力(ハイブリッド能力)」という新しいカテゴリーが生まれつつあります。

これらを組み合わせることで生まれる効果は大きく、AIがイノベーションサイクルを12倍から20倍加速させる一方で、エクソスケルトン技術は身体的生産能力を数十年にわたり延ばしています。BCIが最終的にAIシステムやロボット装置を直接神経制御できるようになれば、その結果得られる能力は従来の人間の限界を完全に超えることになります。

The Global Entrepreneurship AllianceのCEOで、「The Generative Organization」の著者でもあるBryan Cassady氏によると、ハイブリッドチームは「5日を要していたイノベーションスプリントを1日で行い、従来型のアプローチに比べ2倍から3倍も多く、実用的なアイデアを出しています。ボトルネックは時間と処理能力から、想像力と倫理的枠組みへとシフトしました」こうしたイノベーションサイクルの加速の好例が創薬です。AIを活用した調査とロボットラボシステムを組み合わせたことで、創薬に要する期間を大幅に短縮できたほか、AIが候補化合物を特定することで、成功率が70%に達しました(従来の手法では10%)6

収束はすでに起きている


AIを活用した認知力向上:新たな認知的協働関係

最も身近で、最も普及している人間拡張の形態は、認知能力を代替するのではなく強化するAIシステムによって実現されています。診断にAIを活用することでパフォーマンスが大幅に向上することは、これを実践する医療従事者が実証しています。複数の調査によると、AIの支援により、骨折検知の診断感度が72%から80%に、特異度が81%から85%に向上しており、病変検知の診断感度も、人間だけで解釈した場合の82.6%を大幅に上回る91.3%でした。AIの活用で、高い精度を維持しながら、診断時間も最大30.8%短縮しています。AI契約分析システムを利用する法務専門家は、契約1件あたりのチェック時間を92分から26秒に短縮しながら、98%の精度を達成しており、法務部門でも日常的なチェック作業にAIを活用すると、戦略への貢献度が最高で40%アップしていました7

AIを活用したリーガルリサーチ
60%
60%
AIを活用したツールの利用でリサーチのスピードがアップ
AIを活用したリーガルリサーチ
40%
40%
AIを活用した拡張でリサーチの精度が向上

出典:"AI Contract Analysis Reaches Critical Accuracy Milestone," September 15, 2025 8

 

人間とAIの認知的協調を実践している組織は、人間だけでもAIだけでも到達できない成果を生み出す力(ハイブリッド・インテリジェンス)を発揮しています。MITとジョンズ・ホプキンス大学が先ごろ2,310人を対象に行ったフィールド実験で、人間とAIのハイブリッドチームで働く人は、1人あたりの生産性が73%高く、マーケティングと広告のコンテンツ品質についても、特に広告コピーの質が高い反面、画像の質に関しては、人間だけのチームの方が優れていることが分かりました。AIエージェントには、マルチモーダルワークフローに向けた微調整が必要であることが示唆されています9

 

身体的拡張:人間の能力を拡張する

ロボット技術とエクソスケルトン技術は、製造業から、医療・物流・ナレッジワークへと急速に拡大しています。協働ロボット(cobot)と人間の作業員がシームレスに統合する中、年間35%の伸びを見せるなど、世界の産業用ロボット市場は2030年までに606億米ドルに達する見通しです10。世界のエクソスケルトン市場も、2025年の14億米ドルから2035年には197億米ドルへと拡大し、年間成長率は30%に達すると予想されています。

製造施設でのAI活用に伴う便益
20~60%
20~60%
エクソスケルトンの導入数が500個を超えた後の、職場でのケガの減少率
製造施設でのAI活用に伴う便益
15~25%
15~25%
エクソスケルトン技術の実装で実現した生産性改善率

さまざまな産業の現場で実際に使用され、便益が大きいことが実証されています。Fordが世界15カ所の工場で75個のエクソスケルトンを導入した結果、医療機関を受診する作業員が52%減り、ケガも83%減少しました。業界全体で見ると、エクソスケルトンの導入で職場のケガが20%から60%減り、生産性が15%から25%改善しています。設置ベースでは、2025年末までに世界全体で6万3,000個を超え、物流・倉庫現場では腰サポーターの採用後に腰痛症が19%減り、通常16カ月以内に投資利益を出していました11

ニューラルデータに関わる新たな規制が、プライバシーと知的財産の既存枠組みの対象範囲をどれだけ拡大できるかの試金石となるでしょう。

医療への応用が急速に進んでいます。ジョンズ・ホプキンス大学の研究者は2025年7月に、自律型手術ロボット(SRT-H)が胆のう摘出手術を100%の精度で行ったと報告し、ロボット支援手術システムが、従来の人間の能力を超える精度を実現できることを実証しました。ロボット支援手術システムと、執刀医を人間工学的に支援するシステムを導入している医療施設では、外科合併症と執刀医の疲労が著しく減少・軽減しています12。医療用エクソスケルトンの売上は2025年に28%増加しました。脳卒中と脊椎損傷の患者を治療するリハビリ施設では、歩行支援システムの利用により、運動機能の回復が23%向上しています。

BCI:初期段階では期待が持てるが、規制面の課題も

まだ開発の初期段階にあるとはいえ、BCIは人間拡張技術の究極のフロンティアです。BCI開発で有力な競合相手として浮上してきたのが中国です。NeuCyber NeuroTechが脳制御型ロボットアームの操作を検証しほか、臨床実装で患者コミュニケーション支援を実現する侵襲型BCIシステム「Beinao-1」も開発されました。こうした動向の背景には、アジア太平洋地域による世界のBCI市場への進出が拡大していることがあります13。世界のBCI市場は、治療用途と強化(エンハンスメント)用途の両方がけん引役となり、2025年の32億1,000万ドルから、2034年までに128億7,000万ドルに成長する見通しです14

その一方で、規制面と普及面で大きな課題が残っています。各国・地域がニューラルデータ・プライバシー、認知的自律性、メンタルプライバシーの懸念に対処する中、新たな規制環境が出現しつつあるのです。米国では一部の州でニューラルデータ保護法が可決・成立し、ほかの州でも類似の法律を検討しているところが少なくありません。こうした新たな枠組みは、脳データの所有権は誰にあるのか、データをどのように使用できるのか、ニューラル情報が拡張技術を利用して収集される場合、個人にはどのような保護策が必要か、という重要な問いに対処するものです15

「ニューラルデータに関わる新たな規制が、プライバシーと知的財産の既存枠組みの対象範囲をどれだけ拡大できるかの試金石となるでしょう」と述べるのは、EY Global Legal Transform and Operate LeaderのDan Hendyです。「今後は政府と企業が新たな法的定義で協働し、イノベーションと、認知に関わる基本的権利(fundamental cognitive right)のバランスを取る必要があるでしょう」

組織は当面、BCIの動向をモニタリングしながら、よりアクセスしやすい拡張技術に投資すべきです。規制の先行きが不透明で、コストが高く、商業用途も限られていることから、職場環境の改善を目的としたBCIの導入は、広範な人間拡張の動きをけん引するのではなく、後を追う形で普及していくと考えられます。

長寿とパフォーマンス強化:生産寿命の延長

AIによる創薬プロセスの高度化と加速に支えられた寿命延長研究は、企業の人材計画や労働力戦略の抜本的な変革もたらすかもしれません。長寿研究への投資は2024年に、前年から220%増えて85億米ドルに達しました。AIが特定した候補化合物は、動物の寿命を30%~74%延ばす効果を示しており、現在、複数の療法のヒト治験が行われているところです16

寿命延長研究
30~74%
30~74%
AIを活用した創薬の効果による動物の寿命の延び率

最近の研究により、細胞レベルで老化を抑制・改善する新種の医薬品が見つかりました。科学者は細胞の寿命を延ばすRapalink-1などの化合物を開発したほか、若返り効果のある特定の酵素を治療に応用することにより、前臨床モデルにおいて老化の兆候を大幅に軽減できることを実証してきました。こうした治療で細胞の老化と組織の炎症が軽減し、新生ニューロンの成長が促され、記憶力が改善し、神経筋機能も向上しました。

その一方で、現実的評価は、こうした医療の進歩にもかかわらず、平均寿命の増加幅は徐々に縮小していくことを示唆しています。LEV Foundationの生物老年学者Aubrey de Grey氏をはじめとした、世界を代表する長寿研究者の予測によると、2030年代半ばから後半までに寿命脱出速度に到達する確率は50%です。寿命脱出速度に到達するとは、医療の進歩で平均寿命が延びる速度が、老化の速度を上回ることを意味します。De Grey氏の推計では、現在40歳の人が加齢関連の原因で死亡しない可能性は50%強です。そうなれば、生産的なキャリアを80歳から100歳まで延ばすことができ、複数回転職が可能になるかもしれません。この予測は、現在前臨床・ヒト治験段階にある、細胞老化治療、酵素回復療法(enzyme restoration therapy)、AIが特定した長寿化合物の開発成功を前提としたものです。

こうした状況は、年金・社会保障制度、医療費、寿命延長へのアクセスの公平性をめぐる、複雑な社会的問題を提起しています17

政府は、長寿化により社会保障制度とその原資となる税金が圧迫されることになり、企業にとって、複数回のテクノロジーシフトが起きる中で、より長期化するキャリアへの対応が求められる可能性があります。一方、政策当局は、これまでより短い就業期間を前提に設計されてきた社会制度の再検討が必要となります。すでに多くの地域で年金・セーフティネット制度がひっ迫する今、これは難しい課題です。

A woman overlooks the Limjim river into North Korea from an observation tower in Seoul, South Korea.
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第2章

ハイブリッド時代の戦略的リーダーシップ

リーダーは人間の判断力と、AIを活用して得たインサイトを融合させて、多様なチームを率い、能力のギャップを埋めながら、戦略を確実かつ倫理的に進めていかなければなりません。

協働関係からさらに一歩先へ:ハイブリッドインテリジェンスの統合

人間とAIの統合が急速に進み、先行型組織と従来型組織との格差が拡大しています。変革の取り組みを加速させようとしている企業であっても、技術の進歩が指数関数的に加速しているため、後れを取りかねません。迅速に対応する組織ですら、すぐに試験的試みと大規模な実装に着手しなければ立ち遅れる恐れがある一方、変化をためらう組織は不利益の指数関数的増加に直面します。

ニューロテクノロジーで直接的な知識移転が実現する可能性があるため、従来のリスキリングアプローチも必要なくなるかもしれません。今後、最も重要になるのは、拡張環境であっても人間固有の能力であり続ける経験、適応力、倫理的判断力です。

AIによる支援から、真の人間と機械の統合への移行には、新たなリーダーシップ戦略が必要になることは間違いありません。Bryan Cassady氏は、この変化について次のように評しています。「特定領域でAIが人間を超える能力を持つようになると、人間とAIの協働は、まるで異質な天才を指導するかのような関係に近づきます。人間の役割は、境界を定め、誰も尋ねたことのない問いを投げかけ、AIの分析力を人間の価値観と戦略目標に沿ったものにすることへとシフトするのです」

チームは徐々に人間、AIエージェント、ロボットシステムで構成されるようになり、今後はさまざまな認知・身体能力が強化されたメンバーが一緒に働くことになる可能性があります。リーダーはこのハイブリッドチームを取りまとめながら、チームを構成するそれぞれが共通目標の達成に効果的に貢献する環境を整えなければなりません。

EY Americas Responsible AI LeaderのSinclair Schullerは、人間ならではの強みは消えないと強調します。「AIが完全には再現できない能力があります。それは、人間の共感力と倫理的判断力です。AIは感情的反応をシミュレーションするかもしれませんが、私たちと同じように倫理的ジレンマを感じることはできません。道徳的判断や文化的理解が必要な決定には、やはり人間が不可欠です」

スーパーヒューマンAIによる戦略的意思決定

人間の分析力を上回るAIシステムとの統合で、戦略的機会と戦略的課題が新たに生まれます。Schullerは次のように予測しています。「組織が機械駆動型戦略を展開しており、10年以内に、また3年から5年以内では50%の確率で、AIシステム間で戦略的競争が起きます。AIは今後、限定的領域で人間の戦略分析力を上回ることになりそうです」

とはいえ、戦略的リーダーシップで人間が担う役割は相変わらず極めて重要です。Cassady氏は次のように説明します。「AIは既に、価格設定の最適化、物流調整、大規模データセットでのパターン認識など限定的戦略において、人間より優れたパフォーマンスを発揮しています。しかし、グランド戦略、すなわち不確実性への対応、価値観の統合、組織文化の構築、創造的思考、想像力、共感力、折衝、対人影響力の醸成は、引き続き人間固有の能力です」

Chris Yeh氏は相補的役割を次のように強調します。「AIは包括的なデータの可視化、隠れたパターンの発見、意思決定支援の提供で極めて重要な存在となりましたが、ストーリー、ビジョン、価値観を戦略的方向性に落とし込むのは人間の役割です。AIが参謀の役割を果たし、人間が司令官であることに変わりはありません」

ハイブリッド環境では豊富な経験と専門知識の価値が一段と高まることから、組織では、さまざまな領域の優れた専門家の強固な布陣を敷く必要性がますます高まるでしょう。大成功を手に入れる企業とは、人間と機械の協働を効果的に管理し、大規模な戦略的枠組みの中でAIのインサイトを解釈し、微妙な違いを判断して、戦術的最適化と変革のための戦略を見分けることができる各領域の専門家の育成と定着に多大な投資をする企業です。

ストーリー、ビジョン、価値観を戦略的方向性に落とし込むのは人間の役割です。AIが参謀の役割を果たし、人間が司令官であることに変わりはありません。

認知・身体的エンハンスメント格差を管理する

強化された人間と従来型チームの統合で、全く新しい管理上の課題が生じています。強化されたチームメンバーは、同僚より速く情報を処理し、より容易に知識にアクセスし、より高い認知・身体的レベルでパフォーマンスできるかもしれません。

働き方の未来を考えるワークフューチャリストのDr. Terri Hortonは、リーダーシップの主要な課題を次のように挙げています。「ハイブリッドチーム、特に強化された人間と従来型の人間、そしてAIシステムが混在するハイブリッドチームを管理するリーダーは、認知的ギャップを解消するスキルと、強化された労働者の職場での体験が他とどう異なるのかを理解し、共感を示すスキルを身に付けなければなりません」従来型のハイブリッドチームから一歩進んだ、人間と自律型AIエージェントのチームを管理するには、全く新しいリーダーシップ能力が必要です。リーダーには、どのように人間と機械の協働を調整し、人間とAI両方をチームメンバーとして含めた説明責任体制を構築し、研究者が「デジタル共感力」と称する能力、すなわちAIエージェントの情報処理と意思決定の仕方を理解する能力を醸成し、人間と機械のスムーズな統合を支えるリアル環境とデジタル環境を設計するかを学ぶことが求められます。

実用的な管理アプローチとして挙げられるのは、チームメンバーが異なる強化レベルを経験することで共感力を育むローテーションプログラム、改善点を活用しながらメンバー全員からの有意義な貢献を確保する役割の専門化、そして社会の分断を生まずにパフォーマンスギャップを解消するコミュニケーションプロトコルなどです。

Mary River, Northern Territory, Australia
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第3章

新たな政策・規制上の問題

AIと人間の能力の融合は、アクセスと不平等の問題から法的責任まで、さまざまな複雑な問題を引き起こしています。

エンハンスメント(人間拡張)の公平性(enhancement equality):分断された社会の回避

高度な人間拡張技術には、当初は富裕層やエリート組織しかアクセスできない可能性があり、それが強化されたグループと、されていないグループの社会的分断を生みかねません。

アクセスへの障壁はテクノロジーによって異なるでしょう。長寿治療は費用が非常に高額になり、保険も適用されそうにありません。エクソスケルトンとBCIは、製造コストが高く、専用のインフラが必要なため、普及が限定されることから、価格面と流通面での問題を解決できずにいます。AI協働ツールは比較的手ごろな価格とはいえ、企業向けライセンスで中小企業や個人より大企業が優遇されれば、格差を生みかねません。現在、26億人(世界人口の3分の1)がインターネットに接続できない環境にあり、高所得国では人口の90%超がインターネットにアクセスできるのに対し、後発開発途上国のインターネット利用率はわずか27%です。今日見られる先進地域と開発途上地域間のこうしたデジタル格差が、エンハンスメント(人間拡張)格差へと進化し、世界の不平等を悪化させる恐れもあります。ユニバーサルブロードバンドアクセスの実現だけでも、2030年までに4,000億米ドル強が必要となることから、高度な技術インフラを備えた国は、人間の能力構築において体系的な優位性が得られるだろうと考えられます。ユネスコや国際連合などがまとめた文書によると、こうした南北のテクノロジーギャップは、人間拡張技術へのアクセスから世界の最貧層を締め出すおそれがあります18

アクセス問題は個人の選択以外にも拡大し、制度的な公平性にも関係してきます。AI協働ツールなど一部のエンハンスメント技術には平等化効果があり、最も助けを必要とする労働者に便益をもたらすかもしれません。しかし、それ以外のテクノロジー、特に長寿治療と高度なBCIは、費用や価格があまりに高額になり、保険が適用されなければ、格差を拡大させる可能性があります。

新たな政策論争は、ヒト受精胚ゲノム編集をめぐる政策論争とその制限に似ており、多くの国・地域が治療用途(正常な機能の回復)と強化用途(通常の人間の能力を超え強化すること)を区別しています。欧州委員会のHorizon Europeの倫理指針とWHO専門家諮問委員会(Expert Advisory Committee)の提言が定める枠組みでは、遺伝子組み換え技術や認知機能強化技術において特に、医療的回復と強化を区別しています。国・地域によっては人間拡張にも同様の規制アプローチを採用するかもしれません。その場合、世界的な規制の分断化・細分化につながり、アクセスが地域により異なる状況が生まれ、人材の移住を促し、国家間の競争バランスが崩れる可能性があります19

組織は、公平なアクセスに関する政策議論に加わり、強化度による差別を防ぎながら、強化の便益をエリートグループだけに偏らせず、確実に広く行き渡らせる上で自らが担う役割を検討しなければなりません。

ハイブリッドシステムにおける責任と義務

人間と機械のシステム統合に伴い、責任と説明責任についての複雑な問題が生じています。人間とAIのハイブリッドシステムで不具合が生じると、責任の所在を明確にすることは難しくなります。その複雑さを如実に表すのが自動運転車の事故です。自動運転のレベル2(運転支援)では状況に関係なく、人間のドライバーが全面的に責任を負うのに対して、レベル3(条件付き運転自動化)では、緊急時などにはドライバーが運転を交代しなければならないものの、自動運転中の責任はメーカーが負うことになります。

組織は、ハイブリッドシステムでの人間の責任と機械の責任の両方を明確に定める枠組みを策定しなければなりません。これには、AIを分析と支援に活用しながら、主要な意思決定に対する人間の監督を確実に担保する説明責任体制を構築が含まれます。

人材変革:変化し続ける社会で長期化するキャリア

従来人間が行ってきた仕事をAIとロボットが担うようになる一方、長寿介入でワークキャリアが延び、数十年続くようになれば、報酬など人事に関するポリシーから、退職給付制度の原資となってきた雇用税の喪失に伴う政府の機会費用まで、複雑なポリシー・政策課題に社会は直面することになります。長期化する可能性のある生産寿命と、従来のキャリアの賞味期限(career relevance)の短縮が相まって、経済的支援、目的、世代間の公平性をめぐり社会的緊張が生じかねません。

キャリアが延び、70代や80代でも働く人が出てくる可能性があることを踏まえ、組織は今後、キャリア形成を見直して、労働者が複数のテクノロジー時代を超えて働く手助けをする必要があるでしょう。また、生産性の大幅な向上に合わせた報酬制度の変更も不可欠です。

政策当局は、今後生じる可能性がある2つの影響に対処する必要があるでしょう。1つは、AIエージェントが、雇用税を払ってきた人間の仕事を代替することによる影響、もう1つは、人間の長寿化と、社会保障制度の退職給付金受給が保険数理に及ぼす影響です。

規制環境の変化

BCIは、メンタルプライバシーと認知的自律性についての根本的な問題をもたらしています。

倫理的枠組みは、変化に柔軟に対応できるものでなければなりません。世界共通の基準が作られることはないでしょう。現実はもっと複雑です。透明性、バイアスの排除、トレーサビリティは不可欠ですが、エンハンスメント技術が地政学的優位性に貢献するかぎり、真のグローバルスタンダードが形成されることはおそらくありません。

エンハンスメント技術を導入した組織は、参加を任意のままにし、絶対に強制しないよう取り計らいながら、プライバシー法の変化に対応していかなければなりません。それには、社内・内部倫理委員会の設置、コンプライアンス計画の策定、個人の権利と組織の目的を両立させるポリシー・政策の整備が必要です。

企業は今後、研究開発費の優遇税制などのインセンティブ施策に加え、エクソスケルトンや類似のロボットに課せられる可能性のある医療機器税を含めた幅広い税務上の影響について検討し、コンプライアンスコストを国・地域別に算出する必要もあるでしょう。

SCENIC VIEW OF SKY OVER FIELD
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第4章

経営幹部が取るべき対応:ハイブリッド時代への備え

リーダーは、テクノロジーと倫理観、戦略を統合して、俊敏性に優れ、人間と機械のハイブリッド時代に備えた組織を構築すべく、今すぐ行動を起こさなければなりません。

ハイブリッド時代への移行はまだ初期段階にあるものの、リーダーには、自組織がこの未来で成功するための準備を今から進める余地が大きく残されています。優先的に取り組むべき対応は、以下の通りです。

  • ヒューマンエンハンスメント・カウンシルを設置する。この組織がテクノロジーと倫理観、人材育成、ビジネス戦略リーダーシップを統合して、拡張技術の導入に関する意思決定を導き、責任ある実装を徹底させる。
  • 戦略的パイロットプログラムを立ち上げて、AI協働システムと身体的拡張技術を展開する。また、明確なパフォーマンス指標を定めて、生産性向上率、イノベーションの成果、競争優位性を測定する。
  • 拡張技術プロバイダー、研究機関、規制当局とのエコシステムパートナーシップを構築して、能力構築で一歩先を進み続けるとともに、規制コンプライアンスを確保する。税務部門も取り込み、自社に適用される優遇税制措置や費用処理と減価償却に関するルールを含め、先端テクノロジーへの投資による税務上の影響を把握する。
  • 組織のパフォーマンスを最大限高めながら、従業員の選択を尊重し、強制を防ぎ、拡張を希望した人を支援する、任意参加の強化ポリシーを策定する。

CHRO:能力を高めるための人材変革

EY USの調査によると、組織の47%が成長と生産性向上を目的としたAI投資を重視しているものの、人間とAIの協働に向けた従業員の準備に十分な投資をしているのはわずか15%です。このギャップは、効果的な統合に向けた従業員の準備を十分に整えずに、エンハンスメント技術を実装し、それが投資利益率の足かせとなっている組織が多いことを示唆しています20。

テクノロジーシフトが複数回起きる中で、プロフェッショナルが何度もキャリアを再構築しながら働く可能性があり、人事部門リーダーはそれに備えなければなりません。従業員のキャリアが数十年に及び、その間もテクノロジーが変化し続けることを踏まえると、従来のような昇進・育成スケジュールでは不十分になります。継続的な学び、頻繁なスキルの更新、そして強化(エンハンスメント)レベルが異なるメンバーが長期間にわたり協働することもあるチームの管理に向けた新たな枠組みが不可欠です。

人事部門リーダーが直面する最大の課題は、これまでスキルの構築に役立ってきた低スキル職を徐々にAIが担うようになる中、経験と専門知識をどのように構築するかです。そのためには、キャリアパスと研修方法を抜本的に見直す必要があります。

優先すべき取り組み:
  • 評価方法と採用プロセスを変えて、従来のスキルと組織文化への適合性のほかに、ハイブリッド協働への対応度と拡張効果も測定する。
  • 「拡張労働者」のメンター制度、シミュレーションベースの学習、強化(エンハンスメント)レベルをまたいだ異動など、従来の低スキル職以外で専門知識を習得する代替ルートを作って、キャリアパスを再構築する。
  • 拡張技術を活用する従業員と、従来型の従業員の間の公平性を確保しながら、拡張技術の活用による生産性向上を評価する、公平な報酬の枠組みを構築する。
  • テクノロジープロバイダーや研修機関との協働関係を構築して、拡張技術の進化に合わせて従業員のスキルを常に更新する。

CTO:人間と機械の統合に向けたインフラ整備

テクノロジー部門リーダーは、セキュリティ、ガバナンス、拡張性を確保しながら、現在のAIとの協働を支え、未来のBCIに備えるシステムを開発しなければなりません。今、どのようなインフラを選択するか。それが、高度なエンハンスメント技術への組織の対応度を左右することになるでしょう。

優先的に取り組むべき対応:
  • 会社全体のセキュリティ基準とガバナンス基準を維持しながら、個々のAIエージェントを支える安全なAIエージェントプラットフォームを導入する。
  • データセキュリティを確保し、プライバシーを保護しながら、人間とAIシステム、ロボット装置のリアルタイムでの協働を可能にする統合アーキテクチャを設計する。

最高倫理責任者:責任あるエンハンスメント技術の実装

人間拡張技術の統合が倫理面の課題をもたらしていますが、強力なリーダーシップがなければこの課題を解決することはできません。最高倫理責任者は、任意参加、エンハンスメント平等、プライバシー保護、拡張環境における人間の尊厳保持に対処する枠組みを作らなければなりません。

倫理的枠組みは、常に変化に柔軟に対応できるものでなければなりません。エンハンスメント技術には地政学的側面があるため、世界共通の基準が策定されることはまずないでしょう。真の世界的なコンセンサスが形成されない恐れがあることを理解した上で、透明性、バイアスの排除、トレーサビリティに重点を置いてください。

優先すべき枠組みの構成要素:
  • 強化(エンハンスメント)を希望する従業員に明確な選択肢を提供しながら、強制を防ぎ、かつ、よく説明をした上で同意を得、可能なかぎり同意を撤回できる、任意参加のポリシーを定める。
  • アフォーダビリティプログラムや差別禁止策を含め、強化(エンハンスメント)の恩恵が、一部のエリート層に限定されることなく、より広く行き渡らせる取り組みを推進する


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サマリー

人間と機械のハイブリッド能力は今後、パフォーマンスを大幅に向上させ、人間や過去のテクノロジーでは到達できないレベルに達することになるでしょう。組織が今後成長を遂げるには、現行プロセスの自動化だけでなく、人間固有のスキルである創造力、倫理的判断力、戦略的インサイト、共感的リーダーシップ、想像力の強化にも注力する必要があります。

こうした進歩はエンハンスメントの公平性、労働力の変化、社会の安定性に関わる問題ももたらしています。倫理・社会的影響に対処しながら、ハイブリッド能力を構築するリーダーは、組織の未来と人間拡張の道筋を形づくることができるでしょう。ハイブリッド時代はすでに始まっています。真の課題は、新たな形の不平等を生むことなく、人類の幅広い利益に資するようハイブリッド時代を導くことです。


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