アパレル業界 第6回:サステナビリティ情報開示

EY新日本有限責任監査法人 消費財セクター
公認会計士 羽根理恵/青木春香/安栖雄大

1. はじめに

近年、企業のサステナビリティに関する取り組みは、投資家をはじめとするステークホルダーからの関心が一層高まっており、企業価値評価において重要な要素として位置付けられるようになっています。気候変動や資源制約、人権問題といった環境・社会課題は、企業活動の前提条件や中長期的な事業環境に影響を与える可能性があることから、その対応状況について、より体系的かつ信頼性の高い情報開示が求められています。

日本においては、2023年3月期から有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報が法定開示の枠組みに組み込まれました。さらに、2025年3月にはサステナビリティ基準委員会(SSBJ)により、日本初となるサステナビリティ開示基準(以下「SSBJ基準」という。)が公表されています。

本稿では、サステナビリティ課題との関係が深いアパレル業界を一例として、サステナビリティ情報開示を巡る背景を整理するとともに、SSBJ基準の概要及び開示対応にあたっての留意点について解説します。

2. サステナビリティ情報開示を巡る制度的背景

企業を取り巻く経営環境の変化に伴い、「サステナビリティ関連のリスク及び機会」が、企業の中長期的な業績や財政状態に影響を及ぼす可能性が指摘されるようになっています。このような認識の広がりを背景として、国際的には非財務情報の開示に関する基準整備が進められてきました。

日本においても、国際的な動向を踏まえ、サステナビリティ情報を一定の基準に基づいて開示する枠組みの整備が進められています。従来、サステナビリティ情報は任意開示として取り扱われることが多く、記載内容や水準は企業ごとにばらつきが見られましたが、近年では法定開示において一定の比較可能性や信頼性が求められる情報へと、その位置付けが変化しつつあります。

こうした流れの中で公表されたSSBJ基準は、日本企業によるサステナビリティ情報開示の共通の枠組みを示すものとして、今後の実務に大きな影響を与えるものと考えられます。

3. アパレル業界におけるサステナビリティ課題の特徴

アパレル業界は、製品ライフサイクルが短く、流行の変化が早いという事業特性を有しています。このため、需要予測の精度が事業運営に大きな影響を与える一方で、実需を上回る生産が行われた場合には、売れ残りや廃棄の問題が生じやすい業界であるとされています。このような過剰生産・廃棄は環境負荷の観点のみならず、在庫評価や廃棄損失といった財務上の論点とも密接に関連しています。

環境面では、化学繊維の製造過程における水資源使用や温室効果ガス排出が課題として挙げられています。特に合成繊維については、製造段階のみならず、使用過程等におけるマイクロプラスチック排出といった課題も指摘されており、素材選定の在り方が中長期的な環境対応の観点から重要なテーマとなっています。近年では、再生素材の活用や適正生産への取り組み、使用済衣類の回収・リサイクルなど、循環型モデルへの移行を進める企業も増加しています。

また、日本市場で販売される衣類の多くが海外で生産されていることから、アパレル業界においては、サプライチェーンの複雑さが際立っています。紡績・染色・縫製といった工程が複数国にまたがるケースも少なくなく、このため、環境負荷や労働環境に関する情報を一貫して把握することが容易ではない点が課題とされています。

このような背景から、強制労働や児童労働といった人権リスクへの対応や、サプライチェーンの透明性確保が、アパレル業界におけるサステナビリティ対応の重要な論点として位置づけられています。そのため人権方針の策定やサプライチェーン管理体制の整備など、社会面の取り組みについても、サステナビリティ情報として開示する動きが広がっています。

4. SSBJ基準における開示の基本的な考え方

金融審議会に設置された「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」による検討に基づき、プライム市場のうち一定規模以上の企業を適用対象として情報開示が始まります。2026年1月時点においては、株式時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期、3兆円未満1兆円以上の企業は2028年3月期、1兆円未満5,000億円以上の企業は2029年3月期からSSBJ基準の適用開始時期となります。

そしてSSBJ基準では、サステナビリティ関連財務開示について、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4つの要素(コア・コンテンツ)に沿って開示することが求められています。

「ガバナンス」では、サステナビリティ関連のリスク及び機会をモニタリングし、管理し、監督するために企業が用いるガバナンスのプロセス、統制及び手続を理解できるようにすることが目的とされています(サステナビリティ開示テーマ別基準 第1号「一般開示基準」(以下、「一般基準」という。)第8項)。

「戦略」では、サステナビリティ関連のリスク及び機会を管理する企業の戦略を理解できるようにすることが目的とされています(一般基準 第11項)。例えば、「戦略」の観点では、気候変動対応や資源循環への取り組みが、製品設計や素材選定、生産数量の在り方にどのような影響を与えるかを整理することが考えられます。

「リスク管理」では、サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするプロセスを理解すること、企業の全体的なリスク・プロファイル及び全体的なリスク管理プロセスを評価することが目的とされています(一般基準 第28項)。海外委託先が多いアパレル業界では、自社の直接管理が及ばないリスクへの対応状況をどのように把握・管理しているかを説明することが重要になると考えられます。

「指標及び目標」では、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関連する企業のパフォーマンスを理解できるようにすることが目的とされています(一般基準 第30項)。温室効果ガス排出量に加え、資源循環に関する指標や、生産量・廃棄量の管理状況などが、企業の実態を示す情報として注目される可能性があります。

5. 情報開示に向けた取り組み

SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報開示では、バリュー・チェーン全体を通じた情報の網羅性が特に重要となります。素材調達から製造、販売、使用後の回収・リサイクルに至るまで、事業範囲が広いため、どこまでを自社の開示対象と捉えるかについて、慎重な検討が必要と考えられます。また、再生素材の使用比率や衣料品回収の取り組みなど、企業によって対応レベルに差が生じやすい分野でもあることから、開示にあたっては、自社の取り組みの位置付けを客観的に整理した上で説明することが重要となります。

さらに、アパレル業界では、売れ残り在庫や廃棄に関する情報が、環境面のみならず財務面とも結びつきやすい点に特徴があります。そのため、サステナビリティ情報と財務情報の整合性をどのように確保するかについても、実務上の重要な論点となると考えられます。そして有価証券報告書におけるサステナビリティ情報は、財務諸表と同時に提出されることが求められるため、限られた期間での情報集約や確認プロセスの整備が必要となります。その際には、関連部門間の役割分担や連携の在り方を整理し、情報の網羅性及び整合性を確保することが重要と考えられます。データの算定方法や内部統制の観点についても、早期から検討を進めていくことが望ましいと考えられます。

6. おわりに

SSBJ基準の公表により、日本企業におけるサステナビリティ情報開示は、新たな段階に入ったといえます。特に、過剰生産、資源循環、サプライチェーン管理といった課題が事業構造と密接に関係するアパレル業界においては、サステナビリティ対応の内容や開示の在り方が、中長期的な企業評価に影響を及ぼす可能性があります。

今後は、制度の動向を注視しつつ、企業の実態に即した情報開示の在り方を検討していくことが重要になると考えられます。





企業会計ナビ

会計・監査や経営にまつわる最新情報、解説記事などを発信しています。

EY Japan Assurance Hub

EY新日本有限責任監査法人が経営・経理・財務に携わる方に向けて企業会計・サステナビリティ開示情報の解説や経営インサイトをお届けします。