防災投資は「1兆円」で足りるのか――中央政府予算と総事業規模を分けて考える

防災投資は「1兆円」で足りるのか――中央政府予算と総事業規模を分けて考える


災害リスクが高まる中、防災には「いくら投じるべきか」が問われています。本稿は、中央政府の防災関係予算と国・地方等を含む総事業規模を分け、GDP比0.620~0.700%(年間約4.17兆~4.71兆円)を暫定的な検討レンジとして示します。



要点

  • 防災投資は、単年度の金額ではなく、経済規模に対する国家的リスク管理費としてGDP比で議論すべきである。
  • 単一の計算式に頼らず、役割の異なる4つの分析方法を組み合わせて検討した結果、投資規模の中心的な目安はGDP比0.620〜0.700%(年間約4.17兆〜4.71兆円)と試算される。
  • これは機械的な予算目標ではなく、費用便益、社会的重要性、地域リスク、執行能力、地方負担等を踏まえ、優先度の高い事業へ財源を配分する際の判断材料である。


Why now|「想定外」ではなく「仕組み不足」――防災投資を問い直す機は熟した

災害は、起きた後になって、社会と行政の主要な課題として意識されます。しかし、しばらくすると議論は日常の財政制約の中に吸い込まれていきます。日本が災害を記憶していないからではありません。むしろ日本は災害をよく記憶してきた国です。問題は、その記憶を国家財政の制度と年度予算に翻訳する仕組みが、今なお十分に成熟していないことにあります。


大きな災害のたびに「想定外」という言葉が現れます。しかし実際には、南海トラフ巨大地震、首都直下地震、大規模水害等、わが国の災害リスクの相当部分は、既に想定されています。「想定外」なのではなく、想定を年度予算と投資順位に変換する「仕組み」が確立されていないことが課題なのです。


背景には防災という分野の特異性があります。成功した防災は、しばしば「何も起きなかった」という姿でしか現れません。堤防が破れなかった、病院が止まらなかった、という成果はニュースになりにくいものです。この見えにくさが、防災投資の必然性を検討する際の壁となっています。防災庁設置法が公布され、防災庁の発足日が2026年11月2日と定められたことを踏まえ、防災を国家的リスク管理として問い直す機は熟しています。


Core hypothesis|防災投資は、経済規模に対する「国家的リスク管理費」である

本稿の問いは明快です。「日本は、防災・減災・レジリエンス強化に、経済規模との対比で毎年度どの程度の投資規模を安定的に確保すべきか」

防衛費、社会保障費、教育費が国家の優先順位を映すように、防災・減災投資もまた、国の長期的な成熟度を映します。防災予算は、単年度の金額ではなく、日本の経済規模に対する国家的リスク管理費として、GDP比で議論すべきです。

Gap|中央政府予算だけでは、防災投資の全体像を捉えきれない

まず現状を確認します。2025年度および2026年度の災害復旧等を除く中央政府の防災関係予算を、2025年度名目GDP672.7兆円を共通分母として換算すると、GDP比0.168~0.172%です。ただし、これは防衛省・海上保安庁・気象庁等の関連支出を含むため、狭義の事前防災投資そのものではありません。なお、この数値は中央政府予算を対象とするものであり、後述する総事業規模の検討レンジとは会計範囲が異なります。両者は直接比較できるものではなく、差額をもって不足額とみなすことはできません。

一方、日本が確率的に抱える災害リスクは大きいものです。UNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)の推計では、日本の年平均期待損失(AAL)はGDP比1.7%に達します。南海トラフ巨大地震では最大約270兆円、首都直下地震では約83兆円の経済被害が想定されています。これらは悲観的な未来を示すのではなく、事前の対策で人的・物的被害を大きく減らせる政策的余地を示しています。

問題は、現行予算とリスク規模の差額を単純に埋めることではありません。どの事前投資が、人的被害・経済損失・復旧費を、どの程度効率的に減らせるか――その視点で投資規模を設計することです。

How|単一の計算式に頼らず、4つの分析方法を組み合わせて検討する

投資規模の目安は、国際比較の平均を取る、過去損失の一定割合を置く、といった単一の方法では導けません。定義差や二重計上、過大・過小推計に陥りやすいためです。そこで本稿では、役割の異なる4つの分析方法を組み合わせ、検討レンジの設定根拠を多面的に確認しました。

第一に、既存計画からの逆算です。第1次国土強靱化実施中期計画(5年で約20兆円)を年平均・GDP比に換算し、試算の起点をGDP比約0.60%(0.595%)と置きます。第二に、災害リスクからの試算です。AAL・目標損失削減率・便益倍率を用い、上乗せの目安を試算します。ただし既存計画との重複を控除し、純追加分のみを加えます。第三に、費用便益による絞り込みです。0.70%超は①追加性②投資効果・社会的重要性③執行能力④地方負担能力⑤効果検証・撤退ルール―の5つの条件を満たす事業に限ります。第四に、国際比較です。英国・オランダ・フィリピンの防災基金をGDP比に換算し、日本の水準を国際的に位置付ける補助的な視点とします。ただし各国で制度の対象範囲が異なるため、単純な優劣比較ではなく参考値として扱います。

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この結果、総事業規模ベースの中心的な検討レンジは、GDP比0.620〜0.700%(2026年9月8日公表の2025年度名目GDP672.7兆円で、年間約4.17兆〜4.71兆円)と試算されます。このうち、国費相当分の暫定的な目安はGDP比0.297〜0.359%(年間約2.00兆〜2.41兆円)です。なお、国費相当分は総事業規模の内数であり、両者を加算するものではありません。

重要なのは、これが機械的な予算目標ではない点です。GDP比を機械的に達成するのではなく、費用便益・地域リスク・執行能力・地方負担に応じて、優先度の高い事業へ配分を決めるための判断材料として用います。0.70〜0.80%は5つの判断ゲートを満たす場合の条件付き加速帯、0.80%超は官民資金を動員する長期シナリオと位置付けます。

 

So what|「復旧の国」から「備える国」へ

防災投資は、単なる支出ではありません。1兆円の事前投資が、将来の復旧費・事業停止・人的被害・生活再建費を数兆円単位で減らし得るなら、それは将来の損失を圧縮する投資です。問うべきは防災にいくら投じるかだけでなく、限られた財源を、期待損失の低減効果が高い事業へどう優先的に配分するかです。

次の大災害の後に「もっと備えておけばよかった」と振り返ることは容易です。難しいのは、まだ何も起きていない平時に、将来被害を受け得る人々の姿を想像し、その被害を減らす備えを制度と予算に組み込むこと、そして、その予算が本当に効果を持つのかを問い続けることです。防災とは、そのための現在の責任です。

なお、この投資規模の目安を、実際に投資を実行する自治体の現場にどう接続するか――「どこから着手すべきか」という優先順位の設計は、続く自治体版の考察(「備えの順序が、地域の未来を分ける ―― 自治体の防災投資は『どこから』で決まる」)で詳述します。


サマリー 

防災投資は、中央政府の防災関係予算と、国・地方等を含む総事業規模を分けて捉える必要があります。本稿は、総事業規模の中心的な検討レンジをGDP比0.620~0.700%と試算し、費用便益、社会的重要性、地域リスク、執行能力等を踏まえて、限られた財源を効果の高い事業へ優先的に配分する枠組みを提示します。


この記事は、政策論考「復旧の国から、備える国へ――わが国における適切な防災・減災投資に関する考察――」を要約したものです。レポートは以下からダウンロード可能です。




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