欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令で企業がおさえるべき実務上の留意点(1)

欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令で企業がおさえるべき実務上の留意点(1)


2024年7月に発効した欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令は、事業活動が人権や環境に与える負の影響に対応するためのデューデリジェンスの実施を企業に求めています。日本企業にも影響が及ぶことから、 デューデリジェンス義務履行のために必要な取り組みの中でも特に企業が留意すべき事項について解説しています。


要点

  • 負の影響の特定・評価は、自社の事業活動に限らず、子会社の事業活動及び自社の「活動の連鎖(chain of activities)」上のビジネスパートナーの事業活動もその対象となる。
  • 負の影響の防止・軽減、停止・最小化、是正・救済では、自社の関与の形態の違いを踏まえ、適切な対応をとる必要がある。
  • 少なくとも12カ月に1回、または重大な変化が発生した場合に、有効性のモニタリングを行い、必要に応じて、得られた教訓を自社のデューデリジェンス方針に反映することが求められる。

2024年7月25日、EUにおいて、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)(以下、「本DD指令」)が発効しました。

本DD指令は、従業員数や売上高などについて一定規模以上の企業に、人権及び環境への負の影響に対するデューデリジェンス(Due Diligence/DD)の実施を義務付けるものです(本DD指令の適用対象、適用開始時期、DD対象となる人権・環境の負の影響の定義などの概要についてはこちらの記事を参照:(欧州サステナビリティ・デューデリジェンス指令の発効 本指令のポイントと日本企業への留意点))。また、DD義務とは別に、気候変動への対応として、パリ協定と整合する脱炭素移行計画の策定と実行義務も含まれています(詳細はこちら:気候変動関連開示に向けた移行計画の作成)。

適用対象になる日本企業は、本DD指令の順守体制を構築することが必要ですが、本DD指令が直接適用されない場合でも、適用対象企業のバリューチェーンに含まれる日本企業は、自社の事業活動と関連する人権と環境への負の影響の適正管理を適用対象企業から求められる可能性があります。このように、本DD指令は、日本企業に大きな影響を与えることが見込まれます。

本稿では、前編と後編に分けて、DDの一部のステップについての留意点を解説していきます。前編では、本DD指令で求められている対応のうち、(1)負の影響の特定・評価、(2)負の影響の防止・軽減、停止・最小化、是正・救済、(3)DD関連措置についての有効性の定期的評価について解説します。

(1) 負の影響の特定・評価

負の影響の特定・評価のためには、事業活動をマッピングし、バリューチェーンのどの工程においてどのような事業活動が行われているかを洗い出し、負の影響が重大な領域を特定する必要があります(第8条2項a)。特定された重大な領域については、さらに影響評価を行う必要があります(第8条2項b)。

負の影響の特定・評価においては、自社の事業活動に限らず、子会社の事業活動及び自社の「活動の連鎖(chain of activities)」上のビジネスパートナーの事業活動もその対象となります。また、負の影響の重大性に応じて対応するリスクベースのアプローチを取る必要があります。なお、法規制の変更、バリューチェーンに関連するステークホルダーからのフィードバックや、重大なインシデントの発生があった場合、または自社事業、子会社、及びビジネスパートナーの運営体制などを含むオペレーションの変更があった場合にはそれらを新たに考慮し、負の影響の評価を更新する必要があります(第15条)。

(2) 負の影響の防止・軽減、停止・最小化、是正・救済

本DD指令では、特定された人権・環境への負の影響のうち、潜在的な負の影響については防止・軽減し(第10条)、実際の負の影響ついては停止・最小化(第11条)、また是正・救済(第12条)することが求められます。「防止」「軽減」「停止」「最小化」「是正・救済」の違いは、以下のとおりです。

負の影響に
対する措置

説明

具体例

防止

負の影響がそもそも発生しないようにするための活動

労働安全衛生に関して、危険作業をなくすこと

軽減

負の影響が発生した場合に影響を少なくする活動

危険作業にあたり労働者に保護具を使用させること

停止

負の影響が顕在化した場合、第一にとらなければならない措置

工場廃水が、近隣の川の水質を悪化させている場合、排水を停止すること

最小化

直ちに負の影響を停止できない場合の措置

工場廃水が、近隣の川の水質を悪化させている場合、川の生態系を回復させるために植樹活動や清掃活動などを行うこと

是正・救済

負の影響が顕在化した場合の措置

負の影響の性質や影響の範囲などによって左右され、その形態はさまざま

対労働者:不当に解雇された労働者の復職、賠償金の支払、不当行為をした者の解雇による処罰など

対地域住民:公的な謝罪、被害回復、補償金の支給など

また、適切な措置を決定するにあたっては、負の影響と関係して次の3つの観点を考慮し、負の影響への自社の関与の形態の違いを踏まえることが求められます。

  1. 自社により単独で引き起こし得る/引き起こした負の影響か
  2. 子会社やビジネスパートナーと共同で引き起こし得る/引き起こした負の影響か
  3. ビジネスパートナーが単独で引き起こし得る/引き起こした負の影響か

例えば、負の影響を自社が子会社やビジネスパートナーと共同で引き起こした、あるいはビジネスパートナーが単独で引き起こした場合には、自社の調達・購買慣行や方針、ビジネスパートナーに対する要求・期待事項などの見直し、ビジネスパートナーに対する働きかけといったアクションが必要になる場合もあります。


図1:企業に対応が求められる負の影響の3類型
図1:企業に対応が求められる負の影響の3類型

実際には、自社が負の影響を共同で引き起こしたのか、あるいは子会社またはビジネスパートナー単独で引き起こしたのかの判断は容易ではありません。これは、負の影響を動機づけた程度、負の影響の予見可能性、自社の行動による負の影響の防止・軽減度合いなどを考慮して判断することができます。確定的な判断ができない場合には、共同で引き起こす関係にある可能性を考慮すべきと言えます。

(3) DD関連措置についての有効性の定期的な評価

本DD指令においては、負の影響の防止、是正措置の適切性及び有効性の評価を目的として、企業は少なくとも12カ月に1回、または重大な変化が発生した場合に、有効性の定期的な評価、すなわちモニタリングを行い、必要に応じて、得られた教訓を自社のデューデリジェンス方針に反映することが求められます(第15条)。

モニタリングの対象は、自社の事業、子会社の事業、及び自社の活動の連鎖におけるビジネスパートナーの事業において、潜在的または実際の負の影響を特定・評価し、その影響を防止・軽減、停止・最小化した活動の範囲となります。モニタリングの方法としては、負の影響の防止・是正計画の改善を測定するための定性的及び定量的指標を定め、これらの指標を測定します。また、定量的及び定性的指標の設計においては、必要に応じてステークホルダーとのエンゲージメントを実施する必要があります。 

企業は、上記のモニタリングの実施要件を順守することに加えて、これらの要件を順守していることを証明する文書を少なくとも5年間は保管する必要があります。

(4) EYにできる対応

EY Japanのチームは、デューデリジェンスの国際的なルール形成の場でも日本代表を務めるなど政策・実務の両面で本分野をリードする第一線のプロフェッショナルや、クロスボーダーを含む人権・環境デューデリジェンスの豊富な経験を有する実務家を擁しています。2015年から、日本企業の国内外の事業活動、グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供しています。私たちの強みは、専門知識と豊富な実務経験に基づく実践的な助言、CSRDを含むサステナビリティに関連する最新動向の把握、グローバルな連携です。例えば、人権・環境の負の影響が重大な領域の特定、高リスク拠点に対するデスクトップ及び現地調査、人権・環境デューデリジェンス方針の策定、苦情処理メカニズムやステークホルダーエンゲージメントの実施に関する支援など、さまざまな側面での支援が可能です。



【共同執筆者】

EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部
平井 采花、ハリソン 光理、宮澤 佑奈


サマリー

2024年7月に発効した欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令は、事業活動が人権や環境に与える負の影響に対応するためのデューデリジェンスの実施を企業に求めています。EU域内に製品・サービスを提供している企業は、要件に留意しながら、早急に順守に向けた準備を進めることが推奨されます。




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