EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2024年7月25日、EUにおいて、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)(以下、「本DD指令」)が発効しました。
本DD指令は、従業員数や売上高などについて一定規模以上の企業に、人権及び環境への負の影響に対するデューデリジェンス(Due Diligence/DD)の実施を義務付けるものです(本DD指令の適用対象や適用開始時期、DD対象となる人権・環境の負の影響の定義などの概要についてはこちらの記事を参照:(欧州サステナビリティ・デューデリジェンス指令の発効 本指令のポイントと日本企業への留意点))。また、DD義務とは別に、気候変動への対応として、パリ協定と整合する脱炭素移行計画の策定と実行義務も含まれています(詳細はこちらの記事を参照:気候変動関連開示に向けた移行計画の作成)。
適用対象になる日本企業は、本DD指令の順守体制を構築することが必要ですが、本DD指令が直接適用されない場合でも、適用対象企業のバリューチェーンに含まれる日本企業は、自社の事業活動と関連する人権と環境への負の影響の適正管理を適用対象企業から求められる可能性があります。このように、本DD指令は、日本企業に大きな影響を与えることが見込まれます。
本稿では、前編と後編に分けて、DDの一部のステップについての留意点を解説していきます。後編では、本DD指令で求められている対応のうち、特に留意しなければならない点が多い、(1)デューデリジェンス方針の策定及び定期的な見直し、(2)苦情処理メカニズム、(3)ステークホルダーエンゲージメント、そして(4)環境への負の影響と気候変動への対応について解説します。
本DD指令は、リスクベースのDDプロセスを説明したデューデリジェンス方針(以下、「DD方針」)を策定し、関連するその他の方針やリスク管理システムにDDを組み込む必要があることを定めています。「方針」という言葉から、人権方針やサプライヤー行動規範を想像される方もいるかもしれませんが、DD方針はそのような方針よりもより包括的なものとなるため、注意が必要です。DD方針には、①長期的視点を含む企業によるDDのアプローチの説明、②負の影響の防止・軽減、停止・最小化の観点で、企業・子会社及びビジネスパートナーに適用されるルールや原則を示す行動規範、③関連するその他の方針やリスク管理システムに、DDをどのように組み込むかの説明、について含む必要があります。また、特に留意しなければならないこととして、策定に際して、従業員やその代表者と事前に協議しなければならないことが挙げられます(第7条2項)。
さらに企業は、①重要な変化が生じた場合にはDD方針を更新すること、②見直しをすること、③必要に応じて少なくとも24カ月ごとに更新する必要があります(第7条3項)。
本DD指令は、企業に対し、通知メカニズムと苦情手続き、すなわち苦情処理メカニズムを構築・運用することを求めています。従来の苦情処理メカニズムの考え方は、主に人権への負の影響に関する苦情や懸念が中心と考えられていたものの、本DD指令では、環境問題から派生する人権への負の影響だけでなく、環境への負の影響それ自体についても通知できるメカニズムを設置することが求められています。
この苦情処理メカニズムは実効性を確保するため、①正当性、②アクセス可能性、③予測可能性、④公平性、⑤透明性、⑥権利適合性、⑦持続可能な学習、⑧ステークホルダーとのエンゲージメント、という8つの要件を満たさなければいけません(前文(59)、第14条3号、国連ビジネスと人権に関する指導原則(31))。
通報者は、苦情に関するフォローアップ、企業の代表者との面会の機会、苦情の受理結果に関する説明を、企業に対し要求することができるといった規定がある(第14条4号)ため、企業はこうした要求に対応できる体制を構築する必要があります。
ただし、必ずしも自社単独で苦情処理メカニズムを設置する必要はなく、業界団体、マルチステークホルダーイニシアチブまたはグローバル枠組み合意を通じて共同で確立したものへの参加による義務履行も認められています(第14条6項)。
ステークホルダーエンゲージメントが必要な場面として、①負の影響の特定・評価の実施、②負の影響の防止・是正計画の策定、③取引関係の一時停止・終了、④負の影響の救済・是正のための適切な措置の実施、⑤適切な場合には、モニタリング実施のための定性・定量措置の開発、 が挙げられています(第13条3項)。企業は、それぞれの場面やその目的に応じて、エンゲージメントを実施するステークホルダーとその方法を選定することが求められています。
さらに、単なる情報提供や形式的な対話にとどまらず、影響を受けるステークホルダーの特定の状況やニーズに配慮し、「効果的で」「意味のある」エンゲージメントを実施することが重要となります。そのためには、障壁の特定と対処、機密保持と匿名性を維持するといったように、通報者が報復や不利益な取り扱いを受けないよう、特に脆弱(ぜいじゃく)なステークホルダーに配慮することなどが求められています(前文(65)、第13条5項)。
本DD指令でデューデリジェンスの対象となる環境への負の影響の種類は、人々の健康や生活環境に負の影響を与え得るような環境劣化や、生計手段が依存する土地や自然資源の不法な奪取等の禁止に加えて、各種環境関連条約で規定されている義務や禁止事項への違反とされています(詳細はこちらの記事を参照:欧州サステナビリティ・デューデリジェンス指令の発効 本指令のポイントと日本企業への留意点)。例えば、特定の水銀添加製品の製造、輸入または輸出、段階的廃止日以降の使用、水銀廃棄物の違法処理に関する水俣条約への違反や、有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分に関するバーゼル条約への違反はDD対象となる負の影響として定められています。さらに、人の健康、安全、生計への直接的または間接的な害をもたらす可能性があるような、「測定可能な環境劣化」を引き起こすことも、DD対象となる負の影響と定めています。このようにさまざまな環境への負の影響が網羅されていますが、これらの環境への負の影響を自社及びびそのバリューチェーン上で特定・評価するにあたっては、例えば、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が提唱する生物多様性や自然資本への依存やマイナスインパクトの特定・評価方法を参考にすることができます(詳細はこちらの記事を参照:EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革))。
本DD指令は、DD義務とは別に、気候変動に関するパリ協定(1.5℃目標)と整合的な脱炭素移行計画の作成と実行を求めていることに注意しなければなりません。企業は、科学的根拠に基づいた2030年まで及び2050年までの5年ごとの目標に加えて、温室効果ガスの削減目標を設定しなければなりません。また、脱炭素移行計画を実施していくための戦略、投資そして役員の役割等を公表することが求められます。脱炭素移行計画は12カ月ごとに更新される必要があり、企業は前回からの進捗・改善点を公表する必要があります(第22条)。
EY Japanのチームは、デューデリジェンスの国際的なルール形成の場でも日本代表を務めるなど政策・実務の両面で本分野をリードする第一線のプロフェッショナルや、クロスボーダーを含む人権・環境デューデリジェンスの豊富な経験を有する実務家を擁しています。2015年から、日本企業の国内外の事業活動、グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供しています。私たちの強みは、専門知識と豊富な実務経験に基づく実践的な助言、CSRDを含むサステナビリティに関連する最新動向の把握、グローバルな連携です。例えば、人権・環境の負の影響が重大な領域の特定、高リスク拠点に対するデスクトップ及び現地調査、人権・環境デューデリジェンス方針の策定、苦情処理メカニズムやステークホルダーエンゲージメントの実施に関する支援など、さまざまな側面での支援が可能です。
【共同執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部
平井 采花、ハリソン 光理、宮澤 佑奈
2024年7月に発効した欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令は、事業活動が人権や環境に与える負の影響に対応するためのデューデリジェンスの実施を企業に求めています。EU域内に製品・サービスを提供している企業は、要件に留意しながら、早急に順守に向けた準備を進めることが推奨されます。
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国連で2011年に承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業のバリューチェーン全体において、自社の事業と関係する人権侵害に対処することを要請しています。また、人権デューデリジェンスの実施義務を課す法律や現代奴隷法などが世界各国で制定され、企業はビジネスと人権に関して透明性をさらに高め、継続的な改善を促すことが求められています。 EYでは、人権方針案の策定から本格的な人権デューデリジェンスの実施支援まで、貴社のご要望に合わせた各種支援を提供しております。
続きを読むEYのアシュアランスチームの詳細と、気候変動やサステナビリティの課題がビジネスにもたらすリスクと機会を理解するために私たちがどのように企業のビジネスをサポートできるのか、詳しい内容はこちらをご覧ください。
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欧州サステナビリティ・デューデリジェンス指令の発効 本指令のポイントと日本企業への留意点
2024年7月25日、EUにおいて、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令が発効しました。本指令は欧州域内の企業だけではなく、日本企業にも影響があるため、本指令で規定されている義務履行のための取り組みを進める必要があります。
欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令で企業がおさえるべき実務上の留意点(1)
2024年7月に発効した欧州企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令は、事業活動が人権や環境に与える負の影響に対応するためのデューデリジェンスの実施を企業に求めています。日本企業にも影響が及ぶことから、 デューデリジェンス義務履行のために必要な取り組みの中でも特に企業が留意すべき事項について解説しています。
ISSBが公開したIFRSサステナビリティ開示基準であるIFRS S2号「気候関連開示」では、その重要な開示項目の1つとして事業計画などと整合した「移行計画」が挙げられています。今後、気候変動関連開示において移行計画はますます重要なトピックになることが予想されています。本記事では、移行計画の作成における重要なガイドラインの1つとして考えられている「TPT開示フレーム」の紹介に加え、導入メソッドの指針の1つとして考えられている「TPT移行計画サイクル」についても紹介します。
EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)
自然と生物多様性は危機に直面しており、その主要な原因は自然資源の過剰利用と消費といった人間活動です。この危機を克服するためには企業をはじめ、社会全体がネイチャーポジティブモデルに大きく舵を切る必要があります。EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。