EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2026年年始のニュースレターで、あえてブルース・リーの話です。ちなみに昨年はうなぎの話で毎回季節感がなくて申し訳ないです。
1937年発刊のベストセラー『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)は戦前の日本において、軍国主義が台頭し、国際的な緊張が高まっていた時期と符合します。日中戦争直前でもあり、先行き不透明で不安が増幅する社会情勢の中で個人の生き方や倫理観を問うことが当時の読者の心に響いたのでしょう。
発刊から約90年が過ぎ、われわれは真剣に「どう生きるか」を再び問われています。過去との類似点はウクライナ情勢や中東問題、台湾有事リスクなどの国際的な緊張の高まりと本質的には個人の生き方と倫理観が変わらず問われていることであり、相違点は人口動態の変化とエマージングテクノロジー、とりわけAIの存在でしょう。
人口動態については慢性的な労働力不足、年金や医療制度の財政悪化、GDP成長減退につながる少子高齢化の問題が言われて久しいですが、1937年当時の日本人の平均寿命(注:平均年齢ではない!)は国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集(2025)によれば驚くことに40代後半と推定されます。近未来は人生100年時代と言われますがデンマークが昨年5月に定年退職年齢を2040年までに段階的に70歳へと引き上げる法案を可決し、オランダやイタリアも将来70歳かそれ以上の引き上げを見込んでいる中で、少子高齢化が先行する日本にとっても70歳か75歳定年が国や企業の基準になる時代はそう遠くないと思われます。『君たちはどう生きるか』は当時の若年層のみならず、現代ではシニア層にも当てはまるのです。企業側としては75歳まで雇用努力義務が延長される可能性を考えると、今のシニア層に対しては、
(1)リスキリング投資で将来必要とされるデジタルスキル等の向上を図る
(2)20年以上滞留するリスクを抑えるために早期退職制度などで割り増し退職金を払ってでも人員構成を早期に補正する
上記いずれかの対応を考えるケースは増えるでしょう。
もう一つの脅威はAIです。まずAI活用が先行する米国などで顕著な「AIが人間の仕事を奪っていく」という動きがあります。MITの最新調査では、AIは既に米国労働市場の11.7%を担える技術力を持っているという指摘もあり、AIの脅威はコールセンターやプログラマーといったデジタル領域限定的な仕事だけではなく、広範囲のホワイトカラーへの影響が今後出てくるはずです。
次にEYのWork Reimagined 2025調査結果が明らかにした「AI依存によるスキル低下への懸念や、学習機会の不足」という観点です。AIの登場で人間が本来持っていた自律的に学ぶという姿勢や意欲、企業が提供する学習機会も低下する可能性があるのです。
皆さんもビジネスパーソンとして、「仕事はPDCAサイクルだ(Plan-Do-Check-Action)」と新人の頃に上司から教わったことでしょう。しかし生成AIの時代までは人間が課題を設定して、AIが解決策を策定するという暗黙の役割分担でしたがAIエージェントのように自律的に課題設定や計画まで立てられるAIが出てくるとPDCAサイクル全体で見てもAIの方が人間より勝ってしまうという時代が来ると考えられます。ではその未来で人間は何をするのか? 残念ながら優れたAIでも意思決定と責任を取ることはできないので、PDCAの後工程は人間の役割として残りますが、AI社長の投資判断失敗を名ばかりの人間社長が引責辞任記者会見をするだけだとなんだか切なく感じます。もう一つの人間の価値はPDCAの前、フェーズゼロとも言える段階にあります。新たな事業を創出するために何かのチャンスを直感的に「感じる」、顧客の不満を直接「感じる」、課題発見や解決策の糸口を現地現物の精神でその場に出向いて「感じる」ということはAIにはできないでしょうし、それがビジネスイノベーションの起点になるのではないでしょうか?
やっとブルース・リーの本題に戻りたいと思います。彼はワシントン大学哲学科に進学しており、実は哲学への造詣が深いのです。有名な「考えるな、感じろ(Don’t think. Feel)」は実に哲学的なメッセージです(映画“Enter the Dragon” 〈邦題『燃えよドラゴン』〉)。加えて、彼の人生哲学は「水になれ(Be water)」であり、多くの伝統武術がこだわる伝統の流儀や戦い方に固執せず、水のように形を変え、あらゆる状況に適応することの重要性を説きました。それを体現した格闘術が、彼自身が考案した截拳道(ジークンドー)であり、あらゆる武術の「流れを遮る拳」と言われ、スタイルなきスタイルというユニークなものです。現代の総合格闘技でおなじみのオープンフィンガーグローブはパンチも打てるし、つかんで投げることもできる優れものですが、これを最初に考案したのは彼であり、実は映画スターでありながら哲学家であり、武道家であり、優れたイノベーターであったのです。
AIの脅威にどうあらがうか?デジタルスキルの習得はもちろん必須ですが、ブルース・リーに学ぶとすれば、自分自身の哲学を持ちながら、地方移住、リトリートや二拠点生活で土や草の匂いやアナログなものに思いっきり触れて、PDCAサイクルの前にある感じる力を高めること、つまり人間だけが持つ「感度」を上げることが今後のビジネスパーソンには強く求められる気がします。(了)
感度を上げようとデジタルに囲まれた東京を離れ、マイナス15度の寒さに耐えながら北軽井沢のセカンドハウスにて、2026年の仕事始めなり。
EY Asia East / Japan ピープル・コンサルティングリーダー
鵜澤 慎一郎
参考文献 ※内容はアクセス当時のものとなります。
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