SSBJ基準と企業価値の関係性とは

SSBJ基準と企業価値の関係性とは


日本におけるサステナビリティ開示基準「SSBJ基準」が公表され、具体的な適用対象や適用時期が検討されています。SSBJ基準とISSB基準の整合性やAPAC・EU各国のサステナビリティ関連の制度動向はどのようになっているでしょうか。


要点

  • 企業には、サステナビリティ関連のリスク及び機会が財務的に重要かどうか(シングルマテリアリティ:企業の財務価値に影響を与える要因のみを重視する考え方)を評価し、適切な情報開示を行う責任がある。
  • 企業価値創造に向けたストーリー性のある開示とサステナビリティ開示項目の優先順位付けがさらに重視されると考えられる。
  • サステナビリティ目標と財務情報のつながり(コネクティビティ)が重視されていることから、戦略目標が財務報告にどう影響するかの開示が求められていくと予想される。

本記事は2025年5月26日開催の「SSBJ基準セミナー:各国におけるISSB基準の適用上の論点と制度動向を交えて」の概要をまとめたものです。本セミナーでは、制度設計の背景から現場における課題まで多角的な論点を提示し、日本企業が今後直面するサステナビリティ開示の枠組みについて、理解を深める機会となりました。

SSBJ基準セミナー(要登録、2026年5月25日までオンデマンド配信)はこちらからご覧いただけます。


1. SSBJ基準、改めて押さえておきたいポイントとは

SSBJ基準の導入スケジュールは企業の時価総額に応じて段階的に展開され、2027年3月期より、時価総額3兆円以上の企業が対象となる見込みです。

SSBJ基準は、サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」、サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」、サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」の3つが2025年3月に公表されており、企業はこれらを踏まえて「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4本柱に沿って情報開示を行うことが求められます。

サステナビリティ開示基準のあり方と適用対象・適用時期の方向性

出所:金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第8回)議事次第(2025年6月27日開催)資料2 www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20250627/02.pdf (2025年7月4日 アクセス)を参考にEY編集

さらに、企業には、サステナビリティ関連のリスク及び機会が財務的に重要かどうか(シングルマテリアリティ:企業の財務価値に影響を与える要因のみを重視する考え方)を評価し、適切な情報開示を行う責任があります。この評価では、原材料の調達から消費・廃棄に至るまでのバリューチェーン全体に目を向けることが重要であり、外部環境の変化が企業の財務に与える影響も含めて検討する必要があります。なお、欧州で導入が進む「ダブルマテリアリティ」(企業の財務価値への影響だけでなく、企業活動が社会や環境に与える影響も重視する考え方)とは異なる点も、改めて押さえておきたいポイントです。


2. サステナビリティ報告への対応はコンプライアンスのためではなく、企業の競争力や長期的価値を高めるためのビジネスの中核的要素である

APACの各国におけるサステナビリティ開示制度の導入状況について、EY APAC Public Policy LeaderのJulia Tay(ジュリア・テイ)によって解説されました。サステナビリティ報告について、多くの国では、2025年からの段階的義務化に向けて準備が進んでおり、各国ごとに制度設計の特色があります。例えば、シンガポールやマレーシアでは気候ファーストのアプローチの採用に加え、Scope3など一部項目について1~2年の経過措置が導入される見込みです。中国では、欧州の制度と類似する「ダブルマテリアリティ」の概念を取り入れた独自の設計が進められています。オーストラリアでは、ISSB基準とともに保証基準「ISSA5000」が導入され、サステナビリティ報告の保証は財務諸表の監査人が担うことになります。


APACにおけるサステナビリティ報告制度の類似性

これらの国々に共通する制度的傾向として、関係者との事前協議、段階的導入、初年度の経過措置という要素が挙げられます。その背景にある政策的意図は何でしょうか。こうした制度化の背景には「サステナビリティがコンプライアンスではなく、企業の競争力や長期的価値を高めるためのビジネスの中核的要素(ビジネス・インペラティブ)である」という認識があります。情報開示は、進捗を可視化し、経営判断を支える手段として不可欠な存在になると言えるでしょう。今後は規制機関によるガイダンス整備と保証監査監督体制の確立が加速することが予想されます。こうした国際的な動向はグローバル投資家との対話や国際的な比較可能性の観点から、日本企業にとっても重要な意味を持ちます。


3. EYがグローバルで進めるISSB基準適用への取組み

EYでは、ISSB基準の世界的な適用を見据え、グローバルネットワークの強化を推進しています。IFRS会計基準及びIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)のEY Global Corporate Reporting ServiceのリーダーであるMichiel van der Lof(ミキール・バンデルロフ)から次のように紹介されました。世界中の専門家が参加する論点別の「EYグローバル論点別グループ(SMGs)」を設置し、基準ごとの論点や課題を共有しています。また、EY全体の方針決定を担う「ISSB基準ポリシー・コミッティー」では、基準解釈上の論点に関するEYの見解を整理し、社内外への情報発信につなげてきました。EY新日本からもこれらの枠組みに参画しており、EYとして一貫性のある実務対応を進めています。

ISSB基準を適用するに当たっては、開示するサステナビリティ情報と企業戦略との結び付きが重要であり、同基準は、他のサステナビリティ開示フレームワークと比べて、より具体的な表現や構造的な説明が求められるでしょう。また、リスク及び機会の両面を扱う点や、業種固有の情報開示の必要性がISSB基準の特徴として挙げられ、SASBなど既存の開示基準を参考にすることが推奨されます。

導入初年度の柔軟な対応として、適用時の救済措置や「過大なコストや労力」に基づく例外規定の活用も可能です。一方で、例外を用いる場合でも、一定の定性的な説明は必要であり、透明性の確保が前提となっています。

ISSB基準に基づく報告は単なる開示義務ではなく、企業の戦略と財務影響を伝えるためのストーリーテリングであり、投資家にとって意味のある説明を行うことが重要となります。


4. 諸外国の進展状況を踏まえたSSBJ基準への対応

サステナビリティ情報開示に関する国際的な制度動向を踏まえ、日本企業はどのように対応すべきでしょうか。まず、開示に関するプロジェクトの優先度を再考する動き、すなわち、日本企業の間でCSRD対応を一部見直し、企業によっては適用時期が先もしくは同時となるSSBJ基準への準備を優先する動きが進んでいます。CSRDのようなダブルマテリアリティから、SSBJ基準のようなシングルマテリアリティへの転換が大きな流れとして捉えられます。

また、CSRD報告書の実態調査からは、報告内容や開示範囲のばらつきが大きいこと、情報過多による「読みにくさ」やマテリアリティの不明瞭さへの懸念が読み取れます。今後は企業価値創造に向けたストーリー性のある開示とサステナビリティ開示項目の優先順位付けがさらに重視されるでしょう。

そして、米国・EU・APACの動向を踏まえると、企業がサステナビリティを「経営上の必須事項」と位置付けていることが制度導入を後押ししていると分かります。日本でもSSBJ基準に基づいた早期の実務対応が重要になると考えられます。すぐに法定開示対象とならない企業にとっても、SSBJ基準は今から取り組む価値のある枠組みです。統合報告や任意報告への活用、段階的な適用の試行を通じて、将来の制度対応に備えることを推奨します


5. 円滑なSSBJ基準の開示のために、戦略的ツールとなる情報開示の早期準備を

各国の規制当局は、利害関係者との事前協議、ISSB基準の段階的導入、導入時の救済措置、キャパシティビルディングプログラムの実施など、工夫しながら導入支援を行っています。また、サステナビリティ目標と財務情報のつながり(コネクティビティ)が重視されていることから、戦略目標が財務報告にどう影響するかの開示が求められていくと予想されます。

さらに、ISSB基準とSSBJ基準の両方に準拠する「デュアル・コンプライアンス」について、SSBJ基準の整合性の高さから、実現可能性が高いと考えられます。サステナビリティ情報開示は単なる規制対応にとどまらず、自社の企業戦略と結び付けることで企業の成長を後押しするものです。EYはグローバル全体で引き続きその取組みを支援していきます。


サマリー 

SSBJ基準は単なるサステナビリティに関する開示基準にとどまらず、企業の経営透明性と社会的信頼性を高めるための戦略的ツールとなります。今後は、サステナビリティ情報と財務情報を統合した「つながり(コネクティビティ)のある報告」が一層求められるでしょう。企業は、自社の価値創造ストーリーを正しく伝えるため、早期から戦略に基づいた開示と体制整備に取り組む必要があります。


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