EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
国連生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)が、2024年10月21日から11月1日までコロンビアのカリで開催されました。今回はカナダ、モントリオールで開かれたCOP15の「ポスト2020生物多様性枠組み(Post 2020 GBF)」を巡って、190カ国1万5000人の代表が集結した議論の場となりました。その議論の行方はどうなったのでしょうか。
まず本会議の結論から言えば、残念なことに議論は行き詰まり、時間切れによる中断となりました。Post 2020 GBFでは23のターゲットが決定されており、それを各国が国家戦略に落とし込み、どのようにターゲットを達成していくのかについて新しい生物多様性国家戦略と行動計画(NBSAPs)を提出することが求められていました。しかし11月1日時点で包括的なNBSAPsを提出したのは43カ国しかなく、119カ国がNBSAPs提出に先立ってGBFの目標を反映することを目指す国家目標を提出しただけにとどまりました。また、23のターゲットに対する進捗状況のモニタリングや指標についても議論がされましたが、こちらも時間切れで合意には至りませんでした。
主な争点となったのは、自然・生物多様性保全のための資金調達でした。これは発展途上国が先進国から支援資金を得るという枠組みでしたが、先進国が資金を毎年200億ドル調達することに躊躇したことが、議論が行き詰まる要因となりました。一部の発展途上国は、より大きなコントロールと資源への容易なアクセスを提供する新しいグローバルファンドを提唱しましたが、各国でファンドの将来について意見が分かれたのです。
一方、ポジティブな出来事としては本会議において、「カリ基金」が採択されたことです。これはデジタル・シーケンス・インフォメーション(DSI)という遺伝情報をデジタルで統合する取り組みがある中、遺伝資源をもとに利益を得るグローバル企業がそれに便乗するのではなく、遺伝資源の利用に対する対価を支払うというもので、利益の1%、もしくは売上げの0.1%をグローバル企業が支払うという内容で合意し、今回のCOP16の大きな成果となりました。
COP16では本会議以外にも多くのサイドイベントがありました。多様な企業や団体がパビリオンを開設し、セッションや発表会を開催しました。こちらは大きな盛り上がりを見せ、NGOといった団体だけでなく、経済界からも多くの関係者が集まりました。日本からも経団連一行45名ほどが参加したほか、グローバル企業のCEOらも多数参加し、コミットメントを発表したり、セッションに加わったりしていました。
その中で興味深かったのは、少し前までは声高に自然・生物多様性保全を主張するのはNGOなどだけがメインでしたが、今回はビジネスサイドも積極的に参加し、彼らの意見に同調していたことです。ビジネスサイドも自然劣化すれば自分たちのビジネスが立ち行かなくなることをきちんと認識し始めており、行動にも反映させようとしているのです。企業らがそうした姿勢を強烈に示していたことは非常に印象的でした。
ほかにもサイドイベントでは、ネイチャー・ポジティブ・イニシアティブ(NPI)が主導してTNFDやSBTNなどの団体を巻き込み、「ステート・オブ・ネイチャー・メトリックス」という新たな指標のドラフトを発表しました。
ここで注目すべきなのは、開示や目標設定のガイダンスを出しているそれぞれの団体がコラボレーションし、既存のフレームワークや考えにのっとりながら、自然・生物多様性に関する情報のギャップを埋め、より質の高い情報開示ができるよう協働して開発にあたっていたことです。これにはEYも参加しているのですが、どの団体もガイダンスユーザーが新しい基準や考え方が出てくることに疲弊していることを認識しており、全く新しい別物のコンセプトを提供するのではなく、あくまでも既存のフレームワークやコンセプトに沿ったまま、その開示を手助けする補助材料を提供しようとしているという姿勢を見せていました。このような取り組みはそのほかの団体の発表にも多くみられ、真にユーザーにとって助けとなり、今後のネイチャーポジティブに向けた社会にとって意味のあるものを提供しようとする意志の表れでもありました。
ほかにもTNFDについて投資家が集まったセッションでは、投資家が重視する点として、ガバナンスに関する記載であり、次にビジネスが依存している自然資本とそこから生じるリスクであるという意見が挙がっていました。これは企業がTNFD開示に取り組むうえで、注力すべきはガバナンスであり、次に依存している自然資本やそこから生じるリスクを正しく認識し、開示していくべきだという示唆を与えてくれるはずです。
今回、COP16に参加して実感したのは、かつては自然・生物多様性保全について一部の人だけが問題意識を持っていましたが、今や問題意識を共有する人が格段に増え、ビジネスサイドにも急速にその問題意識が共有されているということでした。ビジネスサイド全体が問題意識を持つということは、当然投資家も同じように感覚が鋭くなり、開示・取り組みに対する目線が厳しくなるということです。また事業会社も危機感を持ってビジネスを見直すこととなり、その変革を実践していける会社は自然劣化の危機を乗り越えられる一方で、そうでない会社は取り残されるということを暗示しています。
このようにCOP16では、政府間で議論が膠着する一方、ビジネスサイドが自然・生物多様性・保全に対する問題意識をより高めているという構図が明確になったと言えるでしょう。それは自然・生物多様性の劣化が進行すれば、将来的にビジネスそのものが立ち行かなくなるという危機感があることにほかなりません。だからこそ、何か方策を立てなければならない、よりコミットしなければならないことに対し、ビジネスサイドの多くの人たちが積極的になっているのです。
こうした中、COP16の今後はどうなっていくのでしょうか。今回の本会議では結論に至りませんでしたが、あくまで中断というかたちをとっています。近く継続協議することで各国も合意しています。実際は、2026 年にアルメニア共和国のエレバンにて開催されるCOP17までに、再度協議が行われる予定です。その一方で、政府に先行して、民間の方が独自に進化して積極的に動いていると言えるでしょう。Post 2020 GBFの23のターゲットに対し、民間で着手できることから取り組もうという状況になっているのです。その意味では、今回のCOP16は一歩前進という評価になるかもしれません。
では、今回のCOP16の情勢を受け、これから日本企業はどう対応すればいいのでしょうか。上記のように、世界では確実にビジネスサイドで自然劣化に対する危機感が高まってきていることから、その意識を共有している海外の事業会社は自然劣化に対するビジネス変革を実践することが予想され、海外投資家の自然劣化に対する目線はますます強くなると考えられます。
確かに日本企業はTNFDアダプターが多いのですが、開示だけでは現状把握しているのみに過ぎません。また、リスク低減の対策としても、中にはこれまで公害防止の一環として実践してきている対応で満足している企業も見受けられます。本当に大事なのは開示のために現状把握をした後、どのように自然への依存から脱却し、自然へのインパクトを減らしつつ、ポジティブなインパクトに反転させていくのかであり、そのためにはどのようにビジネスを変革させていくかが重要となるのです。本当の意味でのネイチャーポジティブに移行していくためにも、今までの延長線ではなく、ビジネスそのものを根幹から変えていく勇気と覚悟が求められているのです。
COP16の議論は中断状況にあるが、カリ基金の採択やサイドイベントの盛り上がりもあり、全体として一歩前進したと評価される。日本企業の自然・生物多様性に対する取り組みについては、世界的にみてもTNFDアダプターが多数存在する一方、開示で満足していてはいけない。本当に大事なのは開示のために現状把握をした後、どのように自然への依存から脱却し、自然へのインパクトを減らしつつポジティブなインパクトに反転させていくのかであり、そのためにはどのようにビジネスを変革させていくかが重要となる。今こそ、これまでの延長線ではなく、ビジネスそのものを根幹から変えていく勇気と覚悟が求められている。
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