EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 公認会計士 日置 敏之
石油業、非鉄金属業、物流業の会計監査、アドバイザリー業務に従事。2023年からセクターフォーカス監査におけるデジタル活用チームを担当している。
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 イノベーション推進部 AIラボ 公認会計士 山本 誠一
製造業、サービス業、建設業の会計監査に従事。2018年よりAIを活用した異常検知システム等の開発・運用に従事し、監査現場におけるデジタル活用の推進に取り組んでいる。
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 公認会計士 壷田 全彦
銀行を中心とする金融機関の会計監査に従事するとともに、2019年より監査現場におけるデジタル活用の推進に取り組んでいる。
※所属・役職は記事公開時のものです
要点
EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)では毎年、「監査品質に関する報告書」の中でAIを含む最先端のテクノロジーを活用した監査業務の変革について掲載しています(<図1>参照)。
本稿では、インサイトを提供するセクター(業種)フォーカス監査に関して、EY新日本がデジタル監査を推進する上でどのようにセクターナレッジをアナリティクスツールに反映し、顧客である監査クライアントや投資家とコミュニケーションしているのか、どのようなインサイトをもたらすのか、「監査データストラテジスト」の役割も含めて説明します。併せて、監査の現場で用いられているデータ分析や論点整理の考え方が、監査クライアントにおけるリスクマネジメントや財務・ガバナンスの高度化にどのように貢献するのかについても紹介します。
図1 EY新日本が目指すデジタルの活用によるクライアントへの新たな監査価値提供の全体像
出典:EY新日本 「監査品質に関する報告書2025」 24~25ページ
デジタル監査に対する監査クライアントからの期待の1つとして、ガバナンス強化や決算品質向上に資するリスクの早期識別やインサイトの提供が挙げられます。こうした考え方は、監査対応に限らず、監査クライアント自身が日常的に行うリスク分析や重要論点の洗い出し、経営層向けを含めた社内での報告・提案にも通じるものです。この期待に応えるため、EYでは世界共通の監査プラットフォームを導入するなど全ての監査業務において進めるべきデジタル監査の取り組みと並行して、セクターの特性にフォーカスしたデジタル監査ツールの開発を進めています。
開発過程では、監査チームが識別した会計監査上のリスクへの対応手続をデータとテクノロジーを活用して効果的に実施することを目的に、現場の監査チームとイノベーション推進部の開発チームが連携します。すなわち、具体化したいリスク項目を取り上げて必要な情報や要求される監査品質水準を整理し、ツールの実装・開発を進め、テストランを繰り返しながら、実践的な活用へとつなげています。
そして、このようにして開発・導入されるデジタル監査ツールは、同業種に属する監査クライアントの監査において共通して使用できる可能性が極めて高いと考えられます。私たちはこの点に着目し、まずはセクターごとにトライアルでツール導入を進め、そこで得られた業種の特徴をモデル化しセクター内の他の監査チームにも横展開します。これをセクターデジタル活動と称し、デジタル監査ツールによる効果をセクター単位で生み出していくアプローチを推進しています。
セクターデジタル活動への取り組みによって創出された事例は、2025年3月公開の記事で紹介しました(情報センサー2025年3月掲載「デジタルとセクターの探求による監査の変革」)。
最近の事例としては、新リース会計基準判定サポートツール※の活用が挙げられます。大規模言語モデルを基盤とする生成AIを活用したAIエージェントによる識別技術を、セクターごとに応用し、セクター特有の大容量文章を読み込み解析する、ないしは機械学習モデルに基づく従来型AIが生成したアナリティクスデータを、生成AIを活用したAIエージェントでさらに解析しています。これにより、人間の目や視点では気付きにくいリスクの早期識別やインサイトの提供につなげているのです。
EY新日本ではAIの活用を通じて、監査プロフェッショナル(公認会計士)がリスクの背景・要因の分析、異常点や論点の深度ある検討、監査の早い段階での論点共有・協議、経営者や監査役等との双方向のコミュニケーションなど、監査の目的に照らして付加価値の高い領域へ一層注力できる環境づくりを重視しています。
このように、監査チームのコミュニケーションは「結果の説明」から、「リスクの背景・要因等を踏まえた本質的な議論」へと質的に変化します。監査クライアントにとっては、重要領域における判断の前提や論点が早期に可視化され、必要な追加情報や内部検討を前倒しで進めやすくなり、決算・監査対応の予見可能性が高まります。さらに、内部統制上の問題点があった場合にも早期認識・改善が可能となり、ガバナンス強化や財務報告に係る品質向上にも資するなど、新たな価値を創出します。以下では、セクターにおける具体例を紹介します。
※ EY Japanウェブサイト、EY新日本、AIで新リース会計基準対応を支援(2026年5月22日アクセス)
不動産セクターでは従来、不動産売買に係る膨大な関連書類を監査チームが自ら読み込むことで、不動産販売取引に係る収益認識に関するリスク識別を行っていました。不動産取引は規模が大きく、契約書類も膨大であるため、その内容を確認する作業は非常に負担が大きいものでした。
また、検討事項の専門性が高いことから、結果として監査チーム内で特定の担当者に知見が集まりやすい状況となる可能性がありました。この点、大規模言語モデルを基盤とする生成AIを用いた「収益認識判定サポートツール(不動産売却取引)」の開発・活用により、契約文書の自動解析や単語単位のキーワード検索ではなくAIエージェントが契約条件と条項を照らし論点を整理することができるようになり、確認作業に充てる時間の短縮や特定の担当者への属人化による知見の過度な集中の軽減につながっています。
本ツールを契約書類の検討時にも利用することで、不動産売却取引に係る収益認識の判断上、どのようなリスクがあるかを監査人目線で明示し、監査クライアントとの間でリスク認識を早期に共有することが可能となります。これにより、監査クライアントにとっては、早い段階で論点が可視化され、修正や追加検討に伴う手戻りを抑えつつ、意思決定の質とスピードを高めることが期待されます。さらに、ツールの検討結果を用いた対話を通じて、監査クライアントとのコミュニケーションが深化し、より示唆に富んだインサイトを提供できるようになりました。
図2 収益認識判定サポートツールを用いた監査の全体像
建設セクターやソフトウェアセクターでは、進捗(しんちょく)度異常検知ツールを用いて、進捗度に基づき一定期間にわたり収益を認識する方法(従来の工事進行基準)を適用している工事契約等における不自然な進捗度の推移を検知していました。従来は不自然な進捗度の検証に関して、検知された結果を監査チームが自ら実施していました。この点、既存の機械学習モデルによる従来型AIの結果に、大規模言語モデルを基盤とする生成AIを組み合わせることで、支店等、組織別の異常リスクの高い上位案件などを示唆するとともに、異常な数値になっている箇所を中心に変動要因の検出をサポートする機能が追加されています。
この結果、監査チームは、クライアントとの間で行われる、検出結果が異常な兆候を示しているかどうかの認識のすり合わせや、コミュニケーションに監査資源を充てることができるようになりました。同様のアプローチは、監査クライアントが自社内で行う進捗管理や業績モニタリングにも応用可能であり、数値の変動背景・要因に着目した本質的な議論を促す上で有効と考えられます。
銀行等金融機関の監査では、貸出金等に係る貸倒引当金の算定の基礎となる自己査定(債務者区分の判定)が、見積りの不確実性の程度や経営者の判断に依拠する程度が高くなる可能性がある領域です。すなわち監査上の主要な検討事項(KAM)として報告され得る性質を有しています。EY新日本では、セクターに関する深い知見を踏まえ、自己査定に係る監査の検証対象先の抽出にAIを搭載した自己査定異常検知ツールを用いた分析結果も考慮しています。また、その旨をKAMにおける監査上の対応に記載し、財務諸表利用者に対してより有用な情報を提供することにも努めています。
自己査定異常検知ツールは、クライアント(監査先金融機関)の貸出先の財務情報に基づき、機械学習モデル(従来型AI)が推定した債務者区分と、実際に付与されている債務者区分との乖離(かいり)や特徴的な傾向に着目し、監査上より慎重な検討が求められる貸出先の識別に寄与します。利用を一部開始している最新モデル(クロスクライアントモデル)は、当該モデル利用に参加した複数の監査チーム及びクライアントの協力により、監査先金融機関の貸出先の財務情報を機械学習させ、財務情報とデフォルトの関係性をモデル化しています。そうすることで、業界全体の傾向を踏まえた信用リスク(EY信用リスクスコア)を推定し、監査チームがよりデフォルトリスクの高い貸出先を抽出することを可能にしています。
加えて、クライアントの同意の下、監査先金融機関間の匿名化されたベンチマーク分析を、リスク識別やインサイト提供につなげる取り組みも行っています。
現在は、生成AIを組み合わせ、リスクの高い貸出先の抽出及びリスクが高くなる要因の検出をサポートする機能の実装にも取り組んでいます。EY新日本では、こうしたセクター横断的な知見とテクノロジーを融合させることで、金融機関監査における重要領域への理解を一層深め、監査の質の向上につなげています。
図3 AIエージェント等の活用によるリスク識別やインサイト提供の変化
セクター | 従来のリスク識別とインサイト提供 | AIエージェント等を活用したリスク識別とインサイト提供 |
不動産 | 不動産売買に係る大量の契約関連書類を監査チームが読み込んだ上で、クライアントとのコミュニケーションを実施 |
|
建設・ ソフトウェア | 監査チームが、機械学習型AIツールである進捗度異常検知ツール(PPAD)により抽出された異常点を基に分析の上で、クライアントとのコミュニケーションを実施 |
|
金融 | 自己査定異常検知ツールを用いて自己査定に係る検証対象を抽出し、貸倒引当金の算定に係る見積りについて、クライアントとのコミュニケーションを実施 |
|
EY新日本では、不動産、建設、金融をはじめとして、小売、エネルギーなど各セクターの特性を踏まえたアナリティクスツールの開発を着実に進めてきました。幅広い分野でのアナリティクス展開を目指し、既存ツールのアナリティクス手法を横展開するための組織体制の充実や人材育成を進めています。
EY新日本におけるセクターデジタル監査では、<図1>に記載した監査データストラテジストが中核的な役割を担っています。監査データストラテジストは監査チームにおけるデータアナリティクスの中心を担う人物として、データアナリティクスを軸とした監査の全体戦略を構想し、どのリスクに、どのデータで、どの深度まで踏み込むかというアナリティクスの方向性を主導します。これにより、監査プロフェッショナルの経験知や判断軸を整理・構造化し、監査チーム全体のアナリティクス視点を高度化することで、データアナリティクスを単なる補助手段ではなく、監査の意思決定を支える基盤へと昇華させていきます。
また、テクノロジー人材は、引き続きその戦略とアナリティクス視点を具現化する役割を果たすべく、データ基盤やデジタル監査ツール、AIを活用したアナリティクスの実装と高度化を担います。
監査データストラテジストが描く監査戦略とテクノロジーの実装力が一体となることで、セクターデジタル監査は実効性を持ち、監査品質の向上とともに、監査クライアントにとって納得感や活用価値の高いインサイト提供を実現しています。
生成AI技術の進展により、セクターにフォーカスしたリスク識別とインサイト提供による監査価値は今後も継続的に向上していくとともに、監査に対する期待も向上していくことが想定されます。
その期待に応えるため、EY新日本では、AIガバナンスの整備、人材リスキリング、クライアントのリスク評価といった、AIエージェントを活用したツールによるリスク識別とインサイト提供の技術の向上(情報センサー2026年1月掲載、2月掲載)を進めています。
EY新日本は、セクターフォーカス監査を含め、テクノロジーと専門性を融合した高品質な監査を通じて、監査クライアントの持続的な企業価値向上を支援していきます。本稿で紹介した事例や考え方が、企業が自社のリスクや重要論点をどのように捉え、データとテクノロジーを活用して意思決定を高度化していくかを考える一助となれば幸いです。
EY新日本はAIを含む先端テクノロジーを駆使し、セクター視点で監査品質向上とインサイト提供に注力しています。AIエージェントも活用し、経営やガバナンスの課題解決に資する深いインサイトを提供することで、これからもクライアントの持続的な企業価値向上を支援します。
関連記事
EY新日本はAIを含むテクノロジーを駆使し、セクターごとの監査品質向上とインサイト提供に注力しています。デジタル監査ツールの開発と導入を進めてリスクの早期識別や効率的な監査手続を実現し、経営やガバナンスの課題に対する洞察を深め、クライアントの企業価値向上に貢献する変革を推進しています。
EY新日本、AIで新リース会計基準対応を支援 会計士の専門知識をAIエージェントに実装し、隠れリースを判別
EY新日本有限責任監査法人は、2027年4月1日以降に開始される事業年度の期首から原則適用となる新リース会計基準に対応するため、AIエージェントを活用した「新リース会計基準判定サポートツール」を開発しました。本ツールは、企業の多種多様な契約書にリース契約が含まれるか否かを判定し、新基準に沿った会計処理を支援するものです。
急速に進化するAIエージェントは、会計・監査業務の効率化と品質向上を同時に実現します。人間は戦略的な判断に集中でき、未来の監査スタイルに大きな変革をもたらすことが予想されます。
生成AIの進化により注目される「AIエージェント」。ファイナンスDXにおけるAIエージェントの可能性や導入における課題、EY対応について紹介します。
EYの関連サービス
EY Digital Auditは、さまざまなデータと先端のテクノロジーを活⽤することで、より効率的で深度ある監査を提供します。
続きを読むEYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。