AIエージェントが切り開く会計・監査の未来 後編

情報センサー2026年2月 デジタル&イノベーション

AIエージェントが切り開く会計・監査の未来 後編

生成AIの進化により注目される「AIエージェント」。ファイナンスDXにおけるAIエージェントの可能性や導入における課題、EY新日本の対応について紹介します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 公認会計士 加藤 信彦

これまで製造業、金融業等の会計監査、アドバイザリー業務に従事。2017年よりEY Japanアシュアランスデジタルリーダーとして、デジタル戦略の策定及び実装、AI活用人材の育成、AIガバナンスの推進、衛星データの利活用(監査・保証)を担当。

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 イノベーション推進部 公認会計士 市原 直通

金融機関におけるデリバティブの公正価値評価やリスク管理に関する監査、アドバイザリー業務に従事。2016年より会計学と機械学習を用いた不正会計予測モデルの構築・運用や監査業務におけるAI活用に関する研究開発に従事している。日本証券アナリスト協会 検定会員。

EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 イノベーション推進部 公認会計士 成行 浩史

ITコンサルティング会社を経て、当法人入社後は主に不動産業、製造業等の監査業務、またIFRS導入支援等アドバイザリー業務に従事。2020年より異常検知システム等の開発・運用に従事し、AI活用の推進に取り組んでいる。

要点

  • AIエージェント導入により、ファイナンスDXにおいて決算品質の向上及び業務の生産性向上が期待できる。
  • 導入にはAI活用リスクへの対応、付加価値の創出、キャリア再設計といった課題があり、ガバナンス強化が不可欠である。
  • EY新日本はAIガバナンスの整備、人材リスキリング、被監査会社のリスク評価を通じ、安全かつ効果的な活用を推進している。

Ⅰ はじめに

急速に進化するAI技術、特に生成AIの台頭により「AIエージェント」が注目されています。昨今、企業経営での活用が加速し、財務・会計領域でも業務効率化や高度化を目的にAIへの投資が進んでいます。監査法人にとっても、被監査会社のAI活用リスクと監査法人自身のAI活用リスクの両面で体制整備が求められ、AIエージェントは重要なトレンドとなっています。

前編(情報センサー2026年1月掲載)では生成AIとAIエージェントの相違や会計・監査業務で導入が期待される理由、さらに監査業務におけるEYのユースケースについて紹介しました。後編となる本稿では、ファイナンスDXにおけるAIエージェントの可能性、AIエージェント導入における課題とEY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)の対応について紹介します。

Ⅱ ファイナンスDXにおけるAIエージェントの可能性とは

AIエージェントは、ファイナンス部門においても大きな変革をもたらす可能性があります。AIが動く土台であるデータ基盤の整備は必要になりますが、人材不足が課題となるファイナンスDXにおいて、属人化や手作業から解放される従来の自動化を超え、意思決定支援や高度な分析を担うことで、決算品質の向上と業務の生産性向上が期待されます。

1. AIエージェントの導入効果とは

  • 決算品質の向上

    「安全性と統制」及び「スピードと自律性」のバランスを備えたAIガバナンスの構築は必要となりますが、エラー削減、予測精度向上、インサイトの提供により、より正確で品質の高い決算が可能となります。

  • 業務の生産性向上

    自動化ツールによる定型処理を組み合わせ、ファイナンスDXの計画から実行、評価までを自律的に処理する役割を担うことで人間の業務負荷軽減が可能となります。

なお、1円単位の厳格な正確性が求められる業務や、大量の定型処理は、生成AIよりも既存の自動化ツールの方が優位と考えられます。入出力が柔軟な業務は生成AI、入出力が厳密な定型業務は自動化ツールといった組み合わせでAIエージェントを設計することが重要です。

2. 具体的なユースケースとは

「ファイナンスDXと共創するデジタル監査の新潮流」(情報センサー2022年12月掲載)で紹介した、ファイナンスDXの各役割(スコアキーパー、カストディアン、コメンテーター、ビジネスパートナー)に対して、ユースケースの例を紹介します。

スコアキーパー
(仕訳・決算プロセスの自動化)
内部統制文書の自動ドラフト作成
契約書や証憑からの会計処理判断
有価証券報告書の開示ドラフトの整合性チェックなど
コメンテーター/カストディアン
(FP&A*やガバナンス・リスク管理の高度化)

財務諸表の増減分析や異常検知など、データから洞察を引き出し、リスクを早期に把握する業務

ビジネスパートナー
(経営にインサイトを迅速に提供できる自律的なファイナンスオペレーション)

将来計画の策定や長期的価値創出に向けた提言など、経営判断を支援する戦略的業務のサポート

*Financial Planning & Analysis

AIエージェントの導入に伴い、ファイナンス人材は仕訳入力や決算資料作成といったオペレーション業務から、AIエージェントへの目標設定、結果レビュー、承認を担う役割へとシフトしていきます。さらに、AIを活用した意思決定支援により、経営陣に提言ができる「ビジネスパートナー」として、企業価値向上に直結する役割が一層重要になります。

3. ファイナンスDXのAIエージェント利用が監査業務にどのような影響を及ぼすのか

ファイナンスDXでAIエージェント活用が進むということは、財務報告プロセス自体が従来の業務構造から大きく変わることを意味します。監査法人はまさにそのプロセスを監査する立場にあるため、企業がAIエージェントをどのように設計・運用し、どのような統制で品質を担保しているのかを適切に理解する必要があります。そのため、ファイナンスDXのAI活用の高度化は、監査法人自身のAI活用・ガバナンス対応を加速する直接的な要因となっています。

EY新日本では、監査でのAI活用を通じて得られた実装知を基に、AIエージェントのガバナンス、データ品質の検証、内部統制アプローチの高度化を進めています。すなわち、「企業がAIを使うから監査法人も対応が必要になる」だけでなく、「監査法人がAIを使い、リスクを理解できるからこそ、企業もAIを安全に活用できる」という相互補完的な関係が構築されつつあるのです。

Ⅲ AIエージェント導入における課題とは

DXを進める企業にとって、AIエージェントは強力な武器となる一方、導入の難所が多い点は否めません。特に(1)AI活用リスクへの対応、(2)付加価値の創出、(3)キャリアの再設計の3点が重要になります。

1. AI活用リスクに必要な対応とは(ガバナンスの強化)

AIをファイナンスDXに活用する場合、AI導入のコストに効果が見合わない、不正確な出力、データ漏えい、著作権等のコンプライアンス問題など、多様なリスクが生じ得ます。これらのリスクは主にデザイン(目的適合性)リスク、データリスク、アルゴリズム・パフォーマンスリスクとして整理が可能です。

例えばデザインリスクは、「そもそも何のために作るのか/誰が責任を持つのか」に関わる論点であり、ニーズ確認や開発承認体制、ツールの棚卸し・コスト管理のガバナンスが必要になります。データリスクは、生成AIへの入力がポリシーに適合しているか、データセキュリティが担保されているか、外部データ利用に関する権利・契約が整理されているか、といった論点になります。この対応にはリリース前の検証プロセスに加えて利用者に向けて利用ルールの整備・徹底も必要になります。アルゴリズム・パフォーマンスリスクは、偏りや虚偽、説明不能な出力が生じないよう、リリース前の検証プロセスや、出力がポリシーに適合しているかの確認が重要となります。

さらにAIエージェント特有のリスクとして、“実行権限”の扱いが挙げられます。AIエージェントにプロンプト自体を生成させ、また銀行や顧客管理の外部システムと連携させることで悪意あるユーザーからのプロンプトインジェクションの攻撃に脆弱(ぜいじゃく)であったり、外部システムを直接操作し、経営リスクに直結する誤送金や顧客データ削除など不可逆な事故が生じ得ます。もちろん「Human in the Loop」を厚くすれば安全性は高まりますが、その分スピードと自律性は失われます。経営が許容できるリスク(リスクアペタイト)に照らし、「安全性と統制」及び「スピードと自律性」のバランスを決定することが重要となります。

2. どのように付加価値を創出していくべきか(イノベーションの推進)

AIエージェントを導入するだけでは十分とは言えず、どのファイナンスプロセスにどの範囲で適用するのか、さらに人間の能力をどのように拡張して付加価値を生み出すのかを明確にすることが重要となります。とりわけファイナンス・会計領域では、単なる効率化にとどまらず、より高度な分析や意思決定支援を通じて、ビジネスへの貢献度を高めることが求められています。これまでのファイナンス人材には、高度な専門性と正確な情報処理能力が求められてきましたが、今後はAIのリスクを正しく理解しながら業務プロセスを再設計し、財務・非財務データから経営に資するインサイトを導き出す役割が期待されています。

3. ファイナンス人材のキャリアの再設計とは(新たなスキルの習得)

AIエージェントがファイナンスDXの一部を担うことで、ファイナンス人材の役割は大きく変化していきます。オペレーション中心の役割から、AIを使いこなし、成果をレビューし、適切に判断する司令塔の役割へとシフトしていきます。そのためにはAIリテラシーを高めるための人材のリスキリングはもちろんですが、ゼロからイチを生み出し、未来のファイナンスDXのグランドデザインを描く人材を育成するためのプログラムと、育成したAI活用人材が現場で活躍するためのキャリアの双方が必要になります。またAIエージェントに適切なタスクを与え、その成果をレビューし、統制を維持するマネジメントスキルが求められます。

※ 城田真琴『AIエージェント(日経文庫)』(日本経済新聞出版、2025年)

Ⅳ EY新日本は組織としてどのように取り組んでいるか

EY新日本では、AIエージェントを取り巻く環境変化に対応しながら、監査法人として求められるガバナンスや品質を確保するため、組織全体でさまざまな取り組みを進めています。ここでは、(1)被監査会社のAI活用リスクの評価、(2)EY全体のAIガバナンス強化、(3)人材のリスキリング、の3点を中心に整理します。

1. 被監査会社が財務報告プロセスにAIを活用する場合のリスクの評価

財務報告プロセスにAIが組み込まれている場合、重要な虚偽表示リスクについて追加的に検討が必要となります。EYでは、ガバナンスや内部統制を理解し、業務上のクリティカルパスを踏まえて関連するAIアプリケーションやAIエージェントを特定・理解した上で、AIの使用から生じる重要な虚偽表示リスクを特定します。AI-OCRのようにインプットからアウトプットが容易に検証できる場合、公正価値や信用リスク評価のようにインプットからアウトプットが容易に検証できない場合など状況に応じた監査の方法論を整備し、被監査会社のAI活用へ対応しています。

図1 被監査会社が財務報告プロセスにAIを活用する場合のリスクの評価

図1 被監査会社が財務報告プロセスにAIを活用する場合のリスクの評価
出所:EY作成

2. EY新日本のAIガバナンスの強化(各本部が連携したAIガバナンス情報共有会を設置)

EY新日本では、監査業務の補助として従来型AI/生成AIの活用を進めており、リスク管理と品質確保の観点からAIガバナンス体制を強化しています。なお、AIツールはクライアントサービス本部が開発し、監査事業部・アドバイザリー事業部に対してその利用を推進しています。また、AIを活用できる人材の育成にも注力し、現場での活用を支える体制を整えています。

これらの取り組みに対し、リスク管理本部・品質管理本部・ファイナンス管理本部とクライアントサービス本部が連携し、AI活用におけるリスクと品質の両面から統制を図るアジャイルなガバナンス体制を構築し、信頼性の高い運用が行える基盤づくりを進めています。

図2 EY新日本のAIガバナンス体制の全体像

図2 EY新日本のAIガバナンス体制の全体像
出所:EY作成

(1) AI開発及び提供者向け

EYは世界共通で「責任あるAI(Responsible AI)」のグローバルポリシーを制定し、アカウンタビリティ、データ保護、信頼性、セキュリティ、透明性、説明可能性、公平性、法令遵守、持続可能性といった原則をAIの調達・開発・運用・利用の最低基準として適用しています。また、禁止されるAI用途(例:サブリミナル操作、社会的スコアリング、過度な感情推定・生体認証など)を具体化し、AIリスク/インパクト評価やインシデント報告の義務を明記しています。

こういった基準に基づき新規AIシステム開発・サービス導入時のリスクアセスメント及び承認制度を策定し、EU AI法への対応(社内登録・リスク評価)など、国内外規制を踏まえた運用を行っています。また、利用者が正しく使えるようガイドラインや支援体制を整備しています。

(2) AI利用者向け

監査業務でAIを利用するに当たり、利用者が適切にレビューし最終責任を果たすためのプロセスやルールを整備しています。例えば個人データや機密情報の取り扱い基準を定めたグローバルデータ保護・機密保持ポリシー、及びテクノロジー適正使用ポリシーでは、公共の生成AIへEYの情報を投入することの禁止、Microsoft 365 Copilot等承認済み生成AIに限定する運用、出力の正確性・適法性確認の責務を定義しています。これに加え利用者教育や運用ガイドの提供を通じて、実務での安全かつ効果的な利用を推進しています。

3. 人材のリスキリング

EY新日本では、全社員・職員(以下、メンバー)のデジタルリテラシーを測定し、デジタル基礎研修で知識の底上げ、デジタル体験イベントで知識の深掘りをしています。またデジタル領域で一定の経験と貢献が見られたメンバーを当法人としてデジタル認定するとともに、デジタルリーダーを育成しています。(Assurance 4.0を支えるデジタル人材変革の現在地 | 情報センサー2024年12月 デジタル&イノベーション

2024年からはデジタルの中でもAIを重点領域と定め、AIや統計手法を重視したプログラムに刷新し、AIのリスクと機会を理解したプロフェッショナルの育成を進めています。なお、EY新日本のクライアントサービスに従事するメンバーのデジタルリテラシーを測定し、習熟度に応じた研修機会を提供するデジタルフルーエンシープログラムにおいて、業務におけるAI活用のための基礎的なデジタルリテラシーを対象メンバーの70.4%に当たる4,120名が習得済みです。(EYニュースリリース、EY新日本、AI活用の基礎となるデジタルリテラシーを7割が習得、2025年12月4日付)

図3 人材のリスキリング

図3 人材のリスキリング
出所:EY作成

また2026年7月からは監査現場でデジタル監査の実装やAIエージェントのトレーナーの役割を担う監査データストラテジストの新たなキャリアがスタートします。これまでのデジタルリーダー育成の集大成として監査現場で付加価値を提供することが期待されます。

※ EY新日本「監査品質に関する報告書2025」
 

Ⅴ おわりに

EY新日本がAIガバナンス強化や人材リスキリングを進める背景には、「監査品質向上」だけではなく、「クライアント企業の価値向上に貢献する」というもう1つの目的があります。監査でAI活用が進むことにより、企業側が得られる付加価値は次の通りです。

① AI活用に関する実務的な“転用可能な示唆”を得られる

監査を通じ、AIエージェントの統制設計、データ品質確認、モデルの検証方法など、企業のAI導入プロジェクトの参考となる知見が提供される。

② AI活用リスクへの客観的なフィードバックが得られる

プロンプト管理、データ取扱い、実行権限の付与など企業単独では見落としやすい論点も、監査人の視点から体系的に指摘・改善支援ができる。

③ 決算プロセスの透明性・説明可能性が向上し、経営判断の精度が高まる

EY新日本のAI分析・異常検知によって、企業は早期にリスク兆候を把握でき、経営管理の精度向上につながる。

④ AIを活用できる人材・組織づくりに関するベストプラクティスを取得できる

EY新日本が取り組むデジタルリテラシーやAIリスキリングのノウハウは、次世代ファイナンス人材の育成プログラム設計の参考となる。

EY新日本が監査現場で培ってきたAIエージェント活用の知見は、監査のため“だけ”のものではありません。企業がAIエージェントを安全に活用し、ファイナンス機能を高度化し、人材を育成するための共通基盤(ナレッジベース) になっています。私たちはその知見を通じて、今後も被監査会社の変革を支えていきます。


サマリー

生成AIの進化により注目される「AIエージェント」。ファイナンスDXにおけるAIエージェントの可能性や導入における課題、EY新日本の対応について紹介します。


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