EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 アドバイザリーサービス本部 FAAS事業部/品質管理本部 キャピタル・マーケッツ部 米国公認会計士 齊藤 紫央
日米において、会計・内部統制監査及び会計アドバイザリー業務に従事。日本・米国・香港市場など国内外の上場企業に対する監査やIFRS導入、連結決算支援業務に携わる。
要点
クロスボーダー上場を目指す企業にとって、対象市場の規制や制度の理解は重要です。クロスボーダー上場シリーズ第5回は、監査基準、統合監査、監査人の選択、そして直近のUS Securities and Exchange Commission (以下、SEC)の動向に焦点を当てて解説します。なお、米国証券市場が国別証券市場のクロスボーダーIPOランキングで常にトップを維持していること(クロスボーダー上場シリーズ第2回:上場市場の選択 参照)を踏まえ、本稿では米国証券市場への上場を前提に解説します。過去のシリーズはこちらからご覧いただけます。
クロスボーダー上場シリーズ
第1回:クロスボーダー上場の概要
第2回:上場市場の選択
第3回:クロスボーダー上場のための準備
第4回:クロスボーダー上場の実行プロセス及び上場時の申請書類について
監査基準とは、監査人に対して財務諸表監査の際に遵守すべき事項を定めた基準です。日本の監査基準は、「企業会計審議会が策定する監査基準」と「日本公認会計士協会が策定する監査実務指針(報告書及び実務指針)」(以下、JGAAS)によって規定されています。
PCAOBとは、Public Company Accounting Oversight Board(公開会社会計監督委員会)の略です。米国大手企業による2000年代初めの相次ぐ会計不正事件に対する反省から、財務諸表の信頼性の確保・信頼性の回復に応えるべく、サーベンス・オクスリー法(以下、US-SOX)に基づき監査品質の監督を目的として設立されました。
米国の証券市場に上場する企業は、PCAOBが定める監査基準に準拠した監査を受ける必要があります。PCAOB基準は、世界で最も厳しい監査基準とも言われており、JGAASよりも厳格です。また、PCAOBは、監査人の監督機能を有しており、米国証券市場に上場する企業の監査人を定期的に検査します。監査人と報告企業の経営者の双方に重い責任が課せられており、違反や不正などが明らかになった場合、刑事罰や課徴金などが課せられます。
JGAASとPCAOB基準は、いずれも監査人の責任に関する基本原則を定めている点では共通していますが、PCAOB基準では、JGAASと比してより広範かつ深度ある監査手続が要求されるため、報告企業は、これに対応したガバナンスや内部統制の整備が求められます。JGAASとPCAOB基準の違いの例として、レビュー統制ならびにIPE統制や個別勘定に対する監査手続が挙げられます。
レビュー統制とは、報告企業が整備する誤謬(ごびゅう)の発見・是正に関する統制であり、適切な能力及び権限を持つ者により実施されます。IPEとは、Information Provided by Entityの略であり、報告企業が作成した情報です。IPE統制とは情報の正確性や網羅性、即ち、信頼性の確保を目的とする統制です。
また、PCAOB基準の下では、個別勘定に対する監査手続における文書化の増大も予想されます。例えば、のれんや無形資産の減損テストのような重要な見積項目に関して、見積りの仮定に対する反証の検証や専門家の利用範囲の拡大などが挙げられます。
PCAOB基準では、形式的ではない、より実態に即した実効性のある統制の整備・文書化・運用が報告企業に求められるとともに、これに対応した監査手続が実施されます。従い、これまでJGAASによる監査を受けていた企業が、米国証券市場上場を目指す場合、従前のJGAASで行った監査手続に加え、追加監査手続や開示などが新たに要求される可能性があるため、これに応じて報告企業においても、追加的な文書化や開示、監査対応などが生じる点に留意が必要です。
米国証券市場に上場する企業の監査人は、定期的にPCAOBによる検査を受けます。当該検査は、監査人に対して実施されるため、報告企業に直接関係するものではありません。しかし、財務報告書発行後、PCAOB検査の結果、監査手続の不備や独立性違反などが明らかになった場合、監査対象となった財務報告書の修正や取消し、さらに訴訟問題や投資家の信頼喪失に波及する可能性もあるため、報告企業も無関係とは言えません。
PCAOBの検査項目には、監査業務に関する事項、独立性を含むPCAOB基準への準拠に関する事項、監査法人内の品質管理システムに関する事項などがあります。米国証券市場に上場する企業を監査する監査法人は少なくとも3年に1度PCAOB検査を受けます。検査結果は一般に公開され※、監査法人は指摘事項に対する改善を行わなければなりません。
※ “Firm Inspection Reports”, Public Company Accounting Oversight Board, pcaobus.org/oversight/inspections/firm-inspection-reports(2025年4月15日アクセス)
財務諸表監査と内部統制監査を同時に実施することを、一般に統合監査と言います。同一の監査人が財務諸表監査と内部統制監査を実施し、双方の監査で得られた監査証拠を利用することができるため、効率的かつ効果的な監査の実施が期待できます。
US-SOXは、企業の会計不正行為や不透明な決算報告を防止し、投資家保護を目的として2002年に制定されました。米国に上場する企業は、US-SOXの規定に則し、内部統制システムの設計・文書化評価に加え、独立監査人による内部統制の評価が求められます。なお、一定要件を満たす場合、US-SOXの適用が免除されます。
一方、日本においても、複数の大手企業による有価証券報告書の粉飾決算や虚偽記載の発覚を受け、財務報告における信頼性確保の必要性が高まった結果、US-SOXを参考として、2006年に「金融商品取引法」による財務報告に係る内部統制の経営者による評価及び公認会計士等による監査が義務づけられることになりました(以下、J-SOX)。
J-SOXとUS-SOXは内部統制の強化を目的としている点で共通しているものの、J-SOXは日本の市場環境や導入コストなどを考慮した設計がなされているため、両者には評価方法や範囲に違いが存在します。
J-SOXの評価方法は、間接評価を基礎としており、監査人は、経営者の内部統制報告書に対する意見表明を行います。
一方、US-SOXは、直接評価を基礎としており、US-SOX第404条(b)に基づき、監査人は、企業の財務報告に対する内部統制の有効性に対する意見表明を行います。なお、これに関連する事項として、財務報告の内部統制の有効性を毎年評価し、報告する経営者の義務がUS-SOX第404条(a)において定められています。この他、経営者に課せられる義務に関連して、US-SOX 第302条と第906条についても少し触れておきます。いずれの規則も、SEC登録会社の主たる経営執行役(CEO)と財務担当執行役(CFO)に対し、SECに提出する報告書の宣誓を求める規則です。前者は民事宣誓、後者は刑事宣誓とも呼ばれ、もしも宣誓違反が明らかになった場合、経営者はSECによる処分や、罰金・禁固刑を含む刑事罰などの対象となります。
これらの規則への準拠の時期は、US-SOX 第302条及び第906条と、US-SOX第404条(a)及び(b)で異なります。前者は、1934年証券取引法に基づき提出される最初の定期報告書から求められますが、後者は、1934年証券取引法に基づき提出される2年目の定期報告書からとなります。
全社的な内部統制に関して、原則としてJ-SOXではすべての事業拠点を評価する必要がありますが、財務報告に対する影響が僅少である事業拠点(例:売上高で全体の95%に入らないような拠点)を評価しないことも許容されます。一方、US-SOXでは、すべての事業拠点を評価する、とされており、カバー率の目安などは示されていません。
業務プロセスの内部統制に関して、J-SOX上は、各事業拠点の売上等の金額の高いものから合算し、連結ベースの売上高等の一定割合(例:概ね3分の2)に達するまでの事業拠点を、重要な事業拠点とし、評価対象とします。評価対象となる業務プロセスは、選定された重要な事業拠点における、企業の事業目的に大きく関わる勘定科目に係る業務プロセスとされており、一般的な事業会社の場合、売上、売掛金及び棚卸資産が例示されています。ただし、これらの割合や例示は機械的に適用すべきではなく、実態に即した適切な判断が求められます。
一方、US-SOXでは、重要な業務拠点は、重要な構成単位が全体としてリスクをもたらす可能性を考慮した上で識別し、選定された重要な事業拠点におけるすべての重要勘定科目に係る業務プロセスが評価対象となります。J-SOXと異なり、US-SOXでは、評価対象勘定の具体例などは示されていません。
以上より、US-SOXでは、J-SOXに比して評価範囲が広がる傾向があり、報告企業においては、追加的な内部統制の構築や文書化が必要になる点、留意が必要です。
内部統制の不備が検出された場合、その程度に応じて一定の開示が要求される点については、J-SOXもUS-SOXも同様ですが、その開示区分が異なります。J-SOXでは、内部統制の不備を、財務報告に与える影響に応じ「開示すべき重要な不備」と「重要な不備」との2つに区分します。一方、US-SOXでは不備を「重要な欠陥」「重大な不備」「軽微な不備」の3つに区分するため、財務報告への影響等についての評価手続がより複雑なものになっています。
適切な外部監査人の選択は、IPOの成功に不可欠な要素の1つです。監査人は財務報告の信頼性そのものを高めるだけでなく、投資家や規制当局からの信頼を得るためにも重要な役割を果たします。米国証券市場の規制要件を理解し、国際的な経験と専門知識を持つ監査人を選定することが推奨されます。監査人を選択する際のポイントを幾つかご紹介します。
外部監査人は公正不偏の立場から、監査業務を実施することが求められており、監査対象企業との間に利害関係がないことが前提となります。これには、金銭的な関係だけでなく、親族関係や雇用関係なども含まれ、例えば、監査人による監査業務と特定のアドバイザリー業務の同時提供を行うことはできません。
米国証券市場に上場する企業の監査を実施する場合、当該監査法人はPCAOBに登録していなければなりません。また、財務諸表が適用する会計基準(例:IFRSやUS-GAAP)に精通した監査法人を選択することが重要です。企業が国内外で事業を行っており、重要な海外子会社を有するような場合、それらの拠点もPCAOB基準に基づく監査対象となり得るため、グローバルネットワークを擁する監査法人であるかという点も考慮しておきたいポイントの1つです。さらに、効率的で効果的な監査の実施に資する目的から、監査対象企業の業界や事業内容に関する専門知識を有していることが望ましいです。
監査法人の評判や過去の監査実績は、監査人選びにおいて重要な判断材料の1つです。直近のPCAOB検査の結果を参考にするのもよいでしょう。また、監査過程でのコミュニケーション能力も重要な要素です。上場スケジュールを予定通り進める上で、計画的な監査の実施は重要な要素となりますが、上場監査の過程では、さまざまなサプライズが生じることもあり、監査計画が予定通り実行できず上場スケジュールに影響を及ぼす可能性もあります。従って、監査過程において適時適切なコミュニケーションを図ることのできる監査人であることもポイントの1つとなります。
監査契約を締結する前に、監査の範囲、期間、報酬について明確に合意することが重要です。監査報酬は競争力のある範囲内であることが前提ですが、一方で、PCAOB監査は、JGAAS監査と比してより広範かつ深度のある手続きを要求しており、難易度も高いため、これを実行するに足る監査報酬水準となっているかどうかも大切なポイントです。
また、米国証券市場に上場する日本企業の中には、海外の監査人を選択する例も近年増えていますが、日本企業が海外の監査人を候補先として検討する場合、当該監査サービスが日本語で提供されるのか、あるいは、英語により提供されるのかを事前に確認しておくのもよいでしょう。監査実務が英語で実施される場合、これに対応できる内部リソースを十分に確保できていないケースもあり、監査人と企業の双方に追加コストが生じる可能性があります。
SECコメントの概要と最新動向のハイライトを解説します。より詳細な解説はクロスボーダー上場シリーズの次回以降で行う予定です。
「コメントレター」という用語は、SEC規則案や解釈の公表に対する公開コメントの要請に応じて個人や団体が提出する文書を指す場合と、SECスタッフから報告企業に対して発行される文書を指す場合があります。本稿では、後者に焦点を当てて解説します。
SECは、1933年米国証券法及び1934年米国証券取引法に基づく提出書類に対して、開示及び会計要件遵守の監視・強化を目的とした審査を実施します。1933年米国証券取引法に基づく提出書類(例:F-1やF-4等)の場合、その書類が有効と認められるまでSECによるコメントプロセスが実施されます。1934年米国証券取引法に基づく報告書(例:20-F等)の場合は、少なくとも3年ごとにレビューが行われます。
SECは、登録企業の開示とその他の公開情報をレビューし、追加補足情報の提供や、開示の修正や追加開示の要請等をします。登録企業は、コメントレターに対する書面回答を短期間で行う必要があります。コメントプロセスはすべてのコメントが解決するまで完了しません。また、SECと報告企業のやり取りが複数回になることも珍しくありません。SECコメントレター対応においては、弁護士や監査人など実務に精通した専門家の協力の下、適切なレスポンス対応を心がけることが重要です。
下表は2023年7月1日から2024年6月30日の期間に提出された財務報告書に対して、SECが発行したコメントのランキングを示しています。頻出会計領域は過去から一貫しており、Management’s discussion and analysis (MD&A)とnon-GAAP財務指標が上位2位を占めています。セグメント報告、収益認識、のれん及び無形資産、そして企業結合もコメントが多い会計領域となります。
ランキング* |
会計領域 |
割合 |
---|---|---|
1 |
MD&A |
34% |
2 |
non-GAAP財務指標 |
32% |
3 |
セグメント報告 |
15% |
4 |
収益認識 |
13% |
5 |
のれん及び無形資産 |
7% |
6 |
企業結合 |
6% |
出典:”EY AccountingLink”, SEC Reporting Update highlights of trends in 2024 SE staff comment letters, ey.com/content/dam/ey-unified-site/ey-com/en-us/technical/accountinglink/documents/ey-secru24439-241us-09-12-2024.pdf(2024年12月30日アクセス)を基に翻訳
* これらのランキングは、2023年7月1日から2024年6月30日の期間、資本金7,500万米ドル以上のSEC登録者が提出した10-K及び10-Qに対して発行されたコメントレターに基づいている。SPAC(特別買収目的会社)やその他のブランクチェックカンパニーに発行されたコメントレターは含まれていない。
クロスボーダー上場を目指す企業は、市場の規制や制度を十分理解した上で、ガバナンスと内部統制を整備する必要があります。とりわけ米国証券市場を上場先として選択する場合、JGAASと比べてより厳格なPCAOB基準に準拠した監査に対応しなければなりません。従って、クロスボーダー上場を目指す企業においては、十分な準備期間を確保した上で、経験豊かな専門家の協力の下スムーズなプロジェクトを進めることが重要です。
米国証券市場を目指す企業は、PCAOB基準に準拠した監査を受け、US-SOXに準拠した内部統制の構築・運用が求められます。また、独立性と専門性を兼ね備えた監査人の選定は、信頼性の高い財務報告を実現し、投資家や規制当局からの信頼を得るために不可欠です。SECコメントレターへの迅速かつ適切な対応も上場成功に欠かせません。これらの要件を理解し、経験豊富な専門家と協力して対応することが、上場の可能性を高める鍵となります。
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