EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 FAAS事業部/品質管理本部 キャピタル・マーケッツ部 米国公認会計士 齊藤 紫央
日米において、会計・内部統制監査及び会計アドバイザリー業務に従事。日本・米国・香港市場など国内外の上場企業に対する監査やIFRS導入、連結決算支援業務に携わる。
要点
クロスボーダー上場を目指す企業にとって、対象市場の規制や制度の理解は重要です。クロスボーダー上場シリーズ第6回は、米国証券取引委員会 (Securities and Exchange Commission:SEC)のコメントの動向に焦点を当てて解説します。なお、米国証券市場が国別証券市場のクロスボーダーIPOランキングで常にトップを維持していることを踏まえ(「クロスボーダー上場シリーズ第2回:上場市場の選択」参照)、本稿では米国証券市場への上場を前提に解説します。過去のシリーズはこちらからご覧いただけます。
クロスボーダー上場シリーズ
第1回:クロスボーダー上場の概要
第2回:上場市場の選択
第3回:クロスボーダー上場のための準備
第4回:クロスボーダー上場の実行プロセス及び上場時の申請書類について
第5回:クロスボーダー上場における監査とSECコメントの最新動向
SECは、1933年米国証券法に基づく提出書類(例:F-1やF-4)及び1934年米国証券取引法に基づく提出書類(例:20-F)に対して、開示及び会計基準等の遵守状況を監視し、強化することを目的とした審査を実施します。SECは、登録企業の開示とその他の公開情報をレビューし、追加補足情報の提供や、開示の修正や追加開示をコメントとして要請し、SECコメントレターとして登録企業に発行します。
下表は2023年7月1日から2024年6月30日の期間に提出された財務報告書に対して、SECが発行したコメントのランキングを示しています。頻出領域は過去から一貫しており、Management’s discussion and analysis(MD&A)とNon-GAAP指標が上位2位を占めています。また、セグメント報告、収益認識、のれん及び無形資産、そして企業結合もコメントが多く見られる領域です。
|
ランキング * |
会計領域 |
割合 |
|---|---|---|
|
1 |
MD&A |
34% |
|
2 |
Non-GAAP指標 |
32% |
|
3 |
セグメント報告 |
15% |
|
4 |
収益認識 |
13% |
|
5 |
のれん及び無形資産 |
7% |
|
6 |
企業結合 |
6% |
* これらのランキングは、2023年7月1日から2024年6月30日の期間、資本金7,500万米ドル以上のSEC登録者が提出した10-K及び10-Qに対して発行されたコメントレターに基づいている。SPAC(特別買収目的会社)やその他のブランクチェックカンパニーに発行されたコメントレターは含まれない。
出典:”EY AccountingLink”,SEC Reporting Update highlights of trends in 2024 SEC staff comment letters, ey.com/content/dam/ey-unified-site/ey-com/en-us/technical/accountinglink/documents/ey-secru24439-241us-09-12-2024.pdf(2025年6月28日アクセス)を基に筆者翻訳
※1 情報センサー2025年4月掲載「クロスボーダー上場シリーズ第5回」から再掲(2025年6月28日アクセス)
本章では、最近のトレンドに基づき、SECが発行企業に対して出したコメントの事例を『SEC Reporting Update highlights of trends in 2024 SEC staff comment letters』(EY発行)から一部抜粋して紹介します。特に、本稿では、コメントランキングにおいて頻出トピックであるMD&AとNon-GAAP指標に焦点を当てます。その他のトピックについては、次回(クロスボーダー上場シリーズ第7回)で取り上げる予定です。
MD&A及びNon-GAAP指標は、1933年米国証券法に基づく提出書類及び1934年米国証券取引法に基づく提出書類の非財務パートに開示される情報であり、Regulation S-KやRegulation G及び開示解釈指針(Compliance & Disclosure Interpretations:C&DI)などのガイダンスに従って作成する必要があります。
MD&Aは、経営者による財政状態及び経営成績、及びキャッシュ・フローの状況の分析であり、SECコメントランキングで常に上位に位置し、関心の高い領域となっています。直近のトレンドでは、約3社に1社がMD&Aに関する何らかのコメントを受領しています。特に企業の業績結果に対する開示(Result of Operation)に関する指摘、とりわけ財務諸表項目に対する増減分析に関する説明が不十分である点が、指摘事項となっています。これに加えて、マクロ経済環境の影響を含む流動性、資本調達源に関する開示(Liquidity and Capital Resource)、さらに重要な会計上の見積り(Critical Accounting Estimates)についてもSECコメントが寄せられることが多い領域です。
経営成績の分析に関するSECコメントから見られる留意事項は、以下の通りです。
貴社の製品に関する収益の増加理由は、平均顧客数の増加と価格の上昇によるものと理解しました。Regulation S-Kの303(b)(2)(iii)を参考にして、当該増加について、価格変動または販売数量の変動が寄与した範囲を具体的に説明してください。また、Regulation S-K及びSECリリースNo.33-8350の項目303(b)(2)を参考にして、比較年度から当期の業績変動について、その要因が2つ以上ある場合、各要因が業績全体に対してどの程度寄与したかを定量化してください。
貴社は、売上原価の比較分析の代わりに、売上総利益に関する分析を行っています。ヘルスケアのセグメントにおいて、売上総利益率は期間ごとに異なる可能性があり、販売された製品の組み合わせと顧客構成の変化が、売上総利益率に影響を与える最も重要な要因であると論じています。これに合わせて、売上原価の比較分析を売上分析と同様の形式に修正してください。修正しない場合、修正が不要である理由を説明してください。ガイダンスは、Regulation S-K 303(b)(2)及び303(c)(2)を参照してください。
営業損失と純損失、及び営業キャッシュ・フローのマイナスが複数の年度で生じています。これらが既知の傾向であるのか否かを論じてください。また、業績に重大な影響を与えた事象の説明とその金額、さらに貴社の評価を基に、将来の業績に重大な影響を与える可能性がある要因を記載してください。例えば、純損失の原因やマイナスの営業キャッシュ・フローの理由に加え、今後の業績改善や営業キャッシュ・フローの改善のための施策、現金の確保と業績維持のための計画に関する記載の追加を検討してください。ガイダンスは、Regulation S-K 303(b)(2)(ii)を参照してください。
流動性に影響を与えるトレンドや不確実性がある場合、以下の点についてMD&Aの開示の強化をSECは求めています。
営業キャッシュ・フローの変動理由に関する詳細な分析を行ってください。現状の分析は、キャッシュ・フロー計算書項目を単に羅列しているに過ぎず、キャッシュ・フローの変動に影響を与えない非現金項目にまで言及されており、適切な分析内容となっていません。貴社の業績、及び、運転資金の分析のみでは、営業キャッシュ・フローの変動を理解するために十分な根拠を示すことはできません。営業キャッシュ・フローの変動に影響を与えた全ての重要な要因を踏まえた上で分析してください。
重要な会計上の見積りに関する開示は、一般的な説明にとどまらず詳細な分析が求められる重要な項目であり、SECからの指摘も多い領域であるため、以下の点に留意が必要です。
重要な会計上の見積りの前提となる仮定や不確実性に留意し、重要な会計方針の分析の見直しを行ってください。また、当該見積りが貴社の財務状況や業績に与えた影響を定量的に分析してください。この際、重要な会計上の見積りの変更に伴う、財務数値への影響についても言及してください。加えて、業績に対するこれらの仮定や判断、見積りの変更に関する感応度について定性的・定量的な分析を行ってください。また、異なる仮定を適用した場合、見積りが変わる可能性がある点についても触れてください。当該情報は、財務諸表の注記に含まれる会計方針の説明を補完するものであるため、注記の単なる繰り返しにならないよう留意してください。
Non-GAAP指標とは、GAAP(i.e.,米国基準・IFRS)に規定されていない指標であり、企業の過去または将来の業績、財政状態、またはキャッシュ・フローなどを基礎として導かれた数値指標を指し、投資家が企業の経営状況をより深く理解するための有用な情報となります。なお、Non-GAAP指標はRegulation S-K10(e)において定義されており、GAAPに基づいて作成された貸借対照表、包括利益計算書またはキャッシュ・フロー計算書における最も直接的に比較可能な数値から、特定の金額を除外または合算して算出されます。
Non-GAAP指標は、財務諸表の利用者が登録企業の業績を理解するための補足情報であり、開示は任意ですが、Non-GAAP指標を開示する場合は、以下の点に留意する必要があります。
Non-GAAP指標がガイダンスに準拠した適切な指標であるかどうかは、登録企業の固有の事情や開示される状況に依存します。特に、GAAP指標からの調整において、経常的に発生する費用や繰り返し発生し得る項目(recurring item)が誤って除外されている場合、SECの指摘対象となる可能性があるため注意が必要です。SECは、定期的または不定期に発生する営業費用をrecurring itemと考えています。Regulation S-X item 10(e)及びC&DIによれば、特定の費用や利益が2年以内に再発する可能性が高い場合、あるいは、類似の費用や利益の発生した事実が過去2年間であった場合、これらを発生がまれな事象として捉えることは適切ではありません。
SECから指摘を受けやすい調整項目には、以下のようなものがあります。
また、Non-GAAP指標としてEBIT(Earnings Before Interest and Taxes)やEBITDA (Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization)を用いる場合、以下の点に留意が必要です。
以下は、Non-GAAP指標に関するSECコメント事例です。
在庫コスト、コンサルティング費用、専門家費用、CEOの退職金、リテンション・配置転換費用に関連する項目の調整について、各費用の具体的な内容、及び、これらの調整が適切であると貴社が判断した理由を説明してください。
貴社は、転換社債に関する費用をEBITDAの計算に含めています。利息費用、税金費用、減価償却費や償却費以外の利益や費用を調整する場合、Non-GAAP指標をEBITDAとして開示すべきではありません。適切な名称設定を行ってください。
※2 “Conditions for Use of Non-GAAP Financial Measures”, U.S. Securities and Exchange Commission, sec.gov/rule-release/33-8176(2025年6月28日アクセス)
IFRSを採用する企業は、2027年1月1日以降開始する会計年度からIFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」を適用する必要があります。本基準は、損益計算書に3つの区分(営業・投資・財務)を新たに導入し、関連する段階利益、営業利益、財務・法人所得税控除前利益、純利益の表示を求めています。また、経営者業績指標(Management Performance Measure:MPM)を財務諸表注記で開示します。MPMは、経営者が財務業績をどのように捉えているかを財務諸表の利用者に示すための指標であり、財務諸表以外で外部とのコミュニケーションにおいて企業が使用する収益及び費用(ただし、IFRS第18号で規定された合計及び小計を除く)の小計です。
本章では、IFRSを採用する外国民間発行体(Foreign Private Issuer:FPI)がIFRS第18号を適用する際の関連論点について、インターナショナル・プラクティス・タスクフォース(International Practices Task Force:IPTF)及びSECスタッフが実施した協議内容を基に紹介します※3。
IFRSで財務報告を行うSEC登録企業に対するMPMの開示に関する明確なガイダンスは公表されていません。ただし、一定の要件を満たすFPIはRegulation Gが定めるNon-GAAP指標の定めに対する例外的な取り扱いが、従来認められています。具体的には、以下3つの要件全てを満たすFPIが開示するNon-GAAP指標は、通常Regulation Gの適用対象外となります。
上記の要件を満たす企業は、自身が属する法域において独自の業績指標を開示する一方、SECに提出する書類上は、当該指標の開示は求められません。またIFRS第18号適用後、企業は業績指標をMPMとして財務諸表に注記し、企業が属する法域で開示・報告を行うことになります。この点に関連し、IPTFは、Non-GAAP指標に関する例外的な取り扱いが引き続き認められるのか否か、現状の見通しについて質問しました。これに対して、SECスタッフは、Regulation Gの適用から免除される指標は、IFRS第18号に従いMPMとして財務諸表に注記する指標になることが予想されると回答しました。例えば、米国市場と自国市場の両方に上場している企業が調整後営業利益を自国で開示している場合、Non-GAAP指標である調整後営業利益は、Regulation Gの適用外となる可能性があり、当該指標がMPMの定義を満たすのであれば、IFRS第18号に従い財務諸表の注記に開示されます。
本論点は今後も議論されることが予想されるため、動向に注視が必要です。また上記議論は、米国市場と自国市場の両方に上場している企業に関する取り扱いであり、米国市場にのみ単独上場しているFPIには適用されない点に留意が必要です。
IFRS 第18号の適用初年度は、直前年度比較対象期間において、従前の損益計算書とIFRS第18号適用後の損益計算書の各科目に係る調整表の開示が必要になります(IFRS18.C3)。加えて、IFRS第18号C6項に基づき、当期または直前年度より前の比較期間に関する調整表の開示も認められています。米国市場に上場しているFPIの場合、一般的に3期分の損益計算書及び包括利益計算書を開示しているケースが多いかと思いますが、このような場合、IFRSを適用する企業は、その年次財務諸表において開示される比較年度のすべての期間、すなわち前年度と前々年度に関する調整表を開示する必要があります。
※3 CAQ_highlights template_IPTF, The Center for Audit Quality, thecaq.wpenginepowered.com/wp-content/uploads/2025/04/IPTF-Nov-19-2024-Joint-Meeting-FINAL-for-Posting-4-3-25.pdf. (2025年6月28日アクセス)
SECはコメントプロセスを、登録企業とSECとの開示に関する対話と位置付けています。そのため、SECスタッフからのコメントが必ずしも修正を意図しているものとは限りません。通常、当該プロセスは、財務諸表における開示または会計上の結論がどのように導かれたのかをスタッフに説明する場となります。多くの場合、企業固有の状況や、開示・会計上の結論に至った経営者の判断についてSECスタッフが十分な理解を得ることができれば、コメントは解消されます。米国市場IPOの場合、SECが管理するオンライン公開データベースであるEDGAR(Electronic Data-Gathering, Analysis, and Retrieval system)上でNotice of Effectivenessが通知されることで、コメントプロセスは完了します。SECコメントの解消はIPOにおいて重要なプロセスの1つであり、当該プロセスが完了しなければ上場することはできません。
迅速かつ適切なコメント対応のために、以下の点に留意してください。
企業が開示の修正を行うと判断した場合、コメントの回答には書類の修正箇所を示し、可能であれば、修正開示案の文言を含めます。年次の財務報告の場合(例:20-Fなど)、翌期以降の修正とすることも認められるケースがありますが、修正開示案について、事実と状況が変化する可能性がある点をコメントの回答の中であらかじめ説明しておくとよいでしょう。なお、SECからのコメントがなかったからと言って、SECが会計上の判断や開示に完全に同意しているというわけではありません。これまでコメントの対象となっていなかった会計上の結論や開示について、将来のある時点でSECがコメントを出す可能性も否定できないため注意が必要です。
登録企業は、コメントに対する書面回答を短期間で行う必要があります。全てのコメントが解決するまでコメントプロセスは継続するため、SECと報告企業のやり取りが複数回行われることも珍しくありません。SECコメント対応においては、弁護士や監査人、そして会計アドバイザーなど実務に精通した専門家の協力の下、コメントが予測される論点に対する事前対策を準備しておくとよいでしょう。また、コメントの内容・趣旨・プロセスを十分理解した上で対応を行うことが、コメントの早期解決のための鍵となります。
SECコメントの直近のトレンドを紹介します。本稿では、コメントランキングでも頻出論点である「Management’s discussion and analysis(MD&A)」及び「Non-GAAP指標」に焦点を当て、具体的なコメントの事例を紹介します。これに加え、コメント対応における実務上のポイントや関連論点について解説します。
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