EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
スキル開発の重要性が急速に高まる中、企業は変化の速いAI時代の人材開発にどのように取り組むべきでしょうか。EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社とLinkedIn Japan 株式会社の共催イベントでは、3名の専門家がこれからの組織に求められる実践的なアプローチをひも解きました。
要点
Section 1
人材不足が事業推進力の制約となる今、重要なのはスキル開発を一過性にしない仕組みづくりです。データの利活用を軸に企業にスキル開発文化を根付かせるピープルアナリティクスの視点と、実践のポイントとは?
セミナー冒頭、上智大学大学院の大原氏は、さまざまな調査データから企業の現状を概説しました。
DXを推進する上で、多くの企業が「デジタル人材の確保」を最大の課題に挙げています。中でも圧倒的に足りないのは「ビジネスアーキテクト」と「データサイエンティスト」の人材です。ビジネスアーキテクトは関係者の協働関係を構築しながら新規事業の開発や既存事業の高度化を推し進め、データサイエンティストはデータ活用の戦略策定やデータ分析を通じて業務変革やビジネス創出を実現する事業の中核人材ですが、こうした役割の重要性が高まる一方で供給が追いつかず、人材不足が企業の事業推進において大きな制約になっています。
上智大学大学院 応用データサイエンス学位プログラム 教授
大原 佳子 氏
このように特定のスキルを持つ人材不足が深刻な中で、リスキリングに取り組んでいる企業が直面しているのは、「社員のモチベーション維持が難しい」という問題です。一方で社員側の視点に立つと、「学ぶ時間がない」という物理的制約に加え、「学んでも評価や収入に直結しない」「学習内容や必要なスキルが分からない」といったことも学習意欲を阻む要因となっており、スキル開発を効果的に進めるには企業側に工夫が求められます。
「リスキリングを一過性のものにしないためにも、学びの成果を可視化することが大事です。経営戦略と人材戦略を完全にリンクさせ、全社方針として、明確な目標や目的を浸透するまで伝え続ける必要があります」と大原氏は言います。
また、最近の学術的な研究から、「評価と報酬などの外発的動機付け」に加えて、ウェルビーイングが学習意欲の向上に影響すること、つまり「内発的な動機付け」が重要であることが示されています。
このような調査結果を受けて、「『報酬を上げればうまくいく』という単純な話ではないのが、企業にとっての難しいところで、個人のウェルビーイングや自己肯定感を上げるような環境を整えることが、学習意欲を引き出すことと、大きく相関があります」と大原氏は指摘しました。
企業のスキル開発を客観的なエビデンスで支えるのが、「ピープルアナリティクス」です。これは単に社員のデータを分析する手法ではなく、「採用から人材育成、従業員のエンゲージメント、離職率の分析まで、組織の課題を解決するための手法」を指します。大原氏は、書籍『実践ピープルアナリティクス』* の定義を引用し、「人材と組織に関する意思決定精度の向上や価値提供のために、量的・質的データを収集・分析することで、その対象への理解を深めようとする取り組み」と説明しました。
現状と目指すべき将来像とのギャップを可視化し、それを解消するための施策を行い、モニタリングし、PDCAを回す。これらすべての工程ではデータの利活用が鍵になります。「最適な人員配置」や「経営人材の育成」など、重要度は高いが、実行が難しい人事課題でこそ、社内のデータを最大限に活用して取り組む必要があるのです。
ピープルアナリティクスを実践する上では、組織的な壁と、技術的な壁が存在します。組織面では、データを扱う部署ではコーポレート部門ではなくマーケット部門の業務が優先されやすく、人事データの利活用につながらないといった構造的な課題があります。技術面では 、人事部にはデータ分析スキルが不足している一方で、データを扱う他部署のメンバーには人事部特有の機微情報の扱いが難しいなど、専門性のギャップが障壁となります。
「海外では一人があらゆるデータを駆使して分析を進めますが、日本企業では人事に詳しい人とデータに詳しい人が、お互いの言葉を理解しようと歩み寄る『チーム』で動くことが、最適解です。最初は1つの部署から、小さく始めて成果につなげること。ピープルアナリティクスは魔法の杖ではありません。むしろ、地道にデータの質を整え、可視化を通じて社内の信頼を勝ち得ていくプロセスの積み重ねが必要です」と大原氏はアドバイスしました。
最終的に目指すべきは、社員が「自律的に学ぶ理由と合理性」に腹落ちしている状態です。ピープルアナリティクスによって、社員の行動特性を分析し、「この学びがどのような成果につながるのか」を明示できれば、個々の行動変容にもつながります。
「ピープルアナリティクスは学習行動を可視化して学びを組織的に支援するための中核的な役割を担うもの。データの質と量を向上させ、高度化できれば、分析と施策を好循環で回せるようになり、自律的な学習の継続が可能になります」と大原氏は説明します。
理想は、個々の社員にパーソナライズされた学びをレコメンドできる仕組みです。
「『誰が何を学ぶと、どう幸せになるか』を、データを通じて示し続けることで、組織にスキル開発の文化が定着します。データはそのための『現在地と目標』を示すものなのです」(大原氏)。このような道筋が明確になったとき、社員は自ら学び続ける理由を見いだし、自律的な学習サイクルが持続していきます。
Section 2
AIの浸透で必要なスキルが激変する今、企業は人材戦略をどのように再構築すべきでしょうか。スキル需給のギャップが深刻化する中、変化のスピードを味方につける“Talent Velocity(人材配置の俊敏性)”の考え方と、これからの人材・スキル開発において重要な3つのポイントが紹介されました。
現在、LinkedInは世界で13億人以上のユーザーと7,100万社の企業が活用する巨大なビジネスプラットフォームです。LinkedIn Japan 株式会社の木村氏は、この動的なデータを分析する立場から、直近の採用トレンドについて「グローバル全体で採用率は年々減少傾向にあります。一方で日本市場では、10年以上前から続く深刻な『人材不足』により、AIやデータ関連の専門職の需要が極めて高いにもかかわらず、供給が追いついていない状況が続いています」と話します。
LinkedIn Japan 株式会社 シニア・インサイト・アナリスト
木村 誓一郎 氏
こうした需給ギャップが拡大する中でも、AIを活用した生産性向上や業務変革が急務となっており、世界のHRリーダーが掲げる最重要テーマは「AI導入・浸透・活用を人事が主導すること」へと移行しています。
木村氏が示すデータによれば、仕事に必要なスキルはAIの浸透によって2030年までに70%が入れ替わると予測されています。
とくにソフトウェアエンジニアのように生成AIで代替可能な業務が多い職種では、必要スキルの96%が置き換わるとされる一方、対人能力が必要となるプロジェクトマネージャーなどの職種では影響は限定的です。木村氏は、「AI活用の本格化とは、『スキルの入れ替わり』そのものが本格化していくこと」と定義し、従来持っていたスキルの多くが使えなくなる未来に警鐘を鳴らしました。
問題は「変化の速度が予想以上で、企業の対応を上回っている」点です。例えばAIエージェントなどの新しいスキルの保有者は2〜3年で500〜600倍に伸びたとされ、あらゆる領域でスキルの入れ替わりが加速しているのです。
このような環境変化を踏まえ、LinkedInが提唱するのが“Talent Velocity(スキル変化をリアルタイムで捉え、必要な学習を促し、即座に適切な業務へアサインすること)”です。こうした高い敏しょう性を持つ企業は全体の約14%で、共通点として第一に社員が自らのキャリアに責任を持つ「キャリアオーナーシップ」が根付いていること、第二に社内外の動的データを統合し、スキルの可視化と意思決定に活用できていることが挙げられます。
木村氏は「世の中のスキルの変化をリアルタイムで捉え、必要な仕事をアサインする。このサイクルを回すことが人事の新たなアジェンダになる」と述べ、とくに日本企業においては「キャリアの自律」と「スキルの可視化」が急務であると説きました。LinkedInではこれらを実現するため、自社プロダクトの「Learning Career Hub」を活用し、目標設定からスキル把握、学習パスの生成までを社員が一貫して行える仕組みを整えています。
木村氏は、今後の人材・スキル開発に求められる重要項目として、次の3つの要素を掲げました。
上記のポイントを紹介した上で、木村氏は「スキル変化を味方にするためには、動的データを活用し、スキルギャップを常に更新しながら、人材配置のアジリティ(機敏性)を高めていくことが必要です。これは今後のHRにとって避けて通れない課題であり、スキル変化を前提にしたアジャイルな人材配置こそ、企業の持続的な競争力につながります」と強調しました。
Section 3
スキル開発やスキル管理に取り組む過程で、現場では思わぬ課題も生じています。実際に起きた事例を深掘りすることで、スキル管理の戦略・設計における落とし穴と改善のポイントが見えてきました。
続いて、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の髙浪が、実例を基にしたスキル戦略と設計の落とし穴について解説しました。
髙浪は、人材育成においては実務での成長を左右する「アサインメント」がとくに重要だと強調します。とりわけ世代が若いほど内部異動は昇進と同等のリテンション効果があり、翌年の在籍率が高いことが示されているのです。適切なアサインメントのためにはスキル管理が重要ですが、「実際のプロジェクトではさまざまな“罠”がある」と髙浪は指摘し、現場で直面した3つの課題を紹介しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープル・コンサルティング アソシエートパートナー 髙浪 司
第一の罠は、スキルタクソノミーを細かくしすぎることです。ある製造業のグループ会社では、AI人材のスキル項目がA社200種類、B社4種類、C社56種類と大きく異なっていました。最終的に親会社の細かい定義に寄せようとしましたが、現場からは「こんなに種類があっても人を選べない」という声が上がったといいます。
髙浪は「スキルはあくまで“一次スクリーニング”にすぎない」と述べ、「実際の配置判断では職歴・経験・キャリア志向・稼働率などの情報がより重要になる」と説明しました。
第二の罠は、社員のスキル情報が集まらないことです。自己申告は「労力が大きい」、「書いても活用される実感がない」などの理由から、実際にはなかなか進みません。
そこで髙浪は、採用・学習・評価などのバリューチェーン上の接点で自然にデータを取得する仕組みの必要性を示し、これを「スキルシグナル」として紹介しました。研修受講履歴や評価コメントからAIが自動的にスキルを推定する仕組みを導入することで、アサインメントや退職予測の精度向上にもつながると述べました。
第三の罠は、スキルベース施策のスコープ設定が曖昧になりがちなことです。ある大手半導体企業では、デジタル人材の越境配置を構想しましたが、ジュニア層からトップ層まで一律にスキル定義をつくろうとした結果、「誰にとっても使いにくい定義」が生まれてしまいました。髙浪は「スキルを何に使うのかを最初に明確にすべき」と述べ、配置目的なら粗い粒度で十分だが、育成や評価に用いるならより細かい定義が必要になるなど、目的に合わせた適切な設計が求められると説明しました。
さらに髙浪は「スキル管理のスコープ適用が最も効果を発揮するのはミドル層」だと指摘します。若手はローテーションで経験を積み、エグゼクティブは実績が重視されるため、スキル定義の影響が最も大きいのはミドル層であるためです。このことから、施策のスコープを絞る場合は中間管理職層以下を優先することを提案しました。
スキルベース施策は、成果を生むも形骸化するも設計次第です。目的に合ったスキルタクソノミーの粒度、スキルの取得方法、活用範囲を見極め、現場で“使われる”仕組みをつくることが重要です。
スキルベース組織の考え方について、詳しくはこちら
スキルベース組織とは――『スキルベース組織の教科書』監修者が語る新たな人材マネジメント手法
AI時代に必要スキルが急速に変化する今、データの利活用を基盤にしたスキル開発や人材配置が企業競争力向上の鍵となります。ピープルアナリティクスの視点や変化に対応できるアジャイルな仕組みを取り入れ、効果的なスキル管理を行うことで、変化を味方につけた人材戦略の実現につながるでしょう。
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