「欧州が生産性を高めることができなければ、私たちはいずれ選択を迫られることになります。新技術のリーダーであること、気候変動責任の模範となること、世界の舞台で自立したプレーヤーでいること ── そのすべてを同時に実現することはできなくなるのです。欧州型の社会モデルを支える財源も確保できなくなります。私たちが掲げる目標も、すべてではないにせよ、一部を縮小せざるを得なくなるでしょう」これは、欧州連合(EU)の競争力に関する報告書の中でマリオ・ドラギ氏が示した見解です11。
しかし、そうした懸念はEUに限ったものではありません。英国も同様の懸念を抱いています。また中国は、全要素生産性を高め、質の高い発展を推進するため、イノベーション主導型の発展戦略を実施することで、生産性向上を目指しています12。多くの政府は現在、AI導入を、中長期的な生産性向上と戦略的技術における「産業主権」の確保のためのテコと位置づけています。
エネルギーシステムは、重要な制約要因であると同時に、大きな機会でもあります。現代のAIの学習や運用の多くはデータセンターで行われており、国際エネルギー機関(IEA)は、データセンターとAIによる電力需要がこの10年で大幅に増加すると警告しています。こうした需要増加は送電網、立地選定、クリーン電力の拡充に影響を及ぼします13。一方でAIは、再生可能エネルギーの予測から柔軟な電力需要の調整に至るまで、電力システムを最適化することもできるため、政府はデジタル化の拡大と気候目標の両立を図りやすくなります。
労働市場への影響も一様ではありません。国際通貨基金(IMF)は、認知的作業を中心とするサービス業や産業への依存度が高い先進経済国ほど、生産性向上の恩恵と労働市場の変動リスクの双方に直面する時期が早まると指摘しています。こうした影響の現れ方は、教育水準、性別、年齢によって異なります。政策立案者には、AIの普及に、柔軟なセーフティネットや積極的な労働市場政策を組み合わせ、恩恵が広く共有されるようにすることが求められています。経済協力開発機構(OECD)も、AIは働き方を変革すると指摘しており、的を絞ったスキル戦略がなければ地域格差が拡大する可能性があるとしています14。
AIが労働者を補完するのか、それとも代替するのかは、教育と訓練次第です。ユネスコのガイダンスでは、学習者にデジタル能力、批判的思考力、倫理的判断力を身につけさせる人間中心のアプローチの採用と、公平性を確保しながらAIを活用して学習を個別化するシステムの導入を求めています。政府がこうした枠組みを採用すれば、AI活用が進む職場の業務構成の変化に合わせて、教育課程や職業訓練、生涯学習をより適切に調整することができます15。
財政制度や規制制度も変化に対応していかなければなりません。IMFは、AIによって所得構造が資本やスーパースター企業に有利に傾く可能性があると指摘しています。そのため、スキル育成や包摂性の向上に資金を振り向けるとともに、資本所得課税の見直しと再分配の強化が必要になることを示唆しています。変化が段階的なシナリオであれ、大きな混乱を伴うシナリオであれ、必要な支援を拡大できる「機動的な」財政政策が求められています。税務専門家はすでに、コンプライアンスやリスク・スコアリング、サービス提供にAIを活用しています。しかし、その利用が広がるにつれ、公的な意思決定におけるガバナンスや透明性、セーフガードのあり方が問われるようになります16,17。
政府にとって重要なのは、企業が生産性を高められる環境をどう整備するかです。しかし、新技術の活用には潜在的な負の側面もあります。そのため、最適な戦略は、生産性向上につながるイノベーション促進型の規制や投資を進める一方で、権利保護、エネルギーシステムとネットゼロ達成に向けた道筋との整合性確保、AI集約型経済に対応した税制・社会政策の現代化を支えるセーフガードを組み合わせることです。
AI時代における生産性向上のための行動計画
- クリーンで相互接続されたデータを軸に再構築する: データをインフラとして扱う。AIを効果的に、かつ責任ある形で機能させるため、高品質で相互運用可能なデータシステムへ投資する。
- 意思決定インテリジェンスをワークフローに組み込む:AIを単なる付加機能ではなく、意思決定のスピード、正確性、一貫性を高める中核的なケイパビリティとして日常業務に組み込む。
- 努力だけでなく成果を測定する: 時間や投入量の追跡から、スピード、品質、レジリエンス、新たな収益源(特にサービス型モデル)といった指標を通じて価値を測定する方向へ転換する。
- 強固なガバナンスを備えたエージェント型システムに投資する: AIエージェントを活用して複雑で部門横断的な業務を調整する。ただし、強固な監督体制、説明責任、倫理的なセーフガードを確実に整備する。
- AIとデジタルツインで物理オペレーションをデジタル化する: エッジコンピューティングとシミュレーションを組み合わせて、スループット、品質、エネルギー使用量をリアルタイムで最適化する。
- 人材・ツール・信頼を整合させる:あらゆる階層でデジタルスキルを育成し、相互運用可能なAIツールを中心にプラットフォームを再構築し、AIが人間の判断を代替するのではなく拡張するものとなるようリスク管理を組み込む。
- 新たに生産性に対する指標を導入する:人間と機械の協働、データとモデルの価値、インテリジェントシステムのアウトプットへの貢献を反映する指標を策定する。
リーダーへの問い
CEO:
- 3年先の競争優位を決定づける成果は何か、そしてAIは四半期ごとにどの程度の変化をもたらすのか。
- エージェント型システムを安全に、部門横断で大規模に稼働させるには、どのようなオペレーティング・アーキテクチャやデータ、プラットフォーム、ガバナンスが必要か。
- 信頼や利益率を損なうことなく、製品販売から成果ベースのサービスへどのように移行するか。
CFO:
- AIプログラムのROIおよび総所有コストの評価枠組みを見直しつつ、データ、モデル、計算資源をどのように資本化し、その資産価値を反映させるか。
- 自動化が拡大するなか、モデルリスク、サイバーリスク、コンプライアンスエクスポージャーをリスク許容度内にとどめるには、どのような統制が必要か。
- OPEXからCAPEXへのリバランスやサービス化は、どの領域でのキャッシュフローのレジリエンス向上に寄与するか。
最高戦略責任者(CSO):
- ベンダーロックインを回避しながら技術や価値の普及を加速させるために、どのようなエコシステム、パートナー、オープンモデル、インフラ構築が不可欠か。
- どのようなシナリオ(成長、変革、制約、崩壊)が自社のビジネスモデルを最も脅かすのか、またどのようなヘッジがあるのか。
- 各P&Lにおいて意思決定インテリジェンスを活用できるよう、組織のリスキリングをどのように進めるか。
COO:
- オペレーションをどう再設計し、人間、デジタル、エージェンティックシステム全体の生産性を測定・管理していくか。
- プロセス主導型から、ルーチンではなく例外で管理する成果ベースのオペレーティングモデルへ、どのように移行するか。
- 自律システムから生じる運用・倫理・サイバーセキュリティのリスクを管理する強固なアシュアランスフレームワークをどう構築するか。
CHRO:
- 学習速度、適応性、創造性など、人とAIの双方の貢献を反映させるために、人材指標をどう見直すか。
- 固定的なチームではなく、適応的な半自律型のシステムを人間が管理する世界では、どのような役割、スキル、リーダーシップのあり方が新たに必要になるのか。
- 倫理・透明性・インクルージョンの原則を、AIの導入、人材の変革、企業文化の変革にどのように組み込むか。
政府関係者:
- スキル、計算資源、クリーンエネルギー政策をどのように組み合わせれば、気候目標を満たしつつ、民間のAI投資を呼び込むことができるのか。
- データとアルゴリズムを生産資産として認識し、広範な利益を確保するために、統計制度や税制はどのように進化すべきか。
- 普及を停滞させることなく、権利と競争を保護する最適なガードレールは何か。
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