2025国連ビジネスと人権フォーラムハイライト:危機と変革の時代に、人権デューデリジェンスを“加速”するには

2025国連ビジネスと人権フォーラムハイライト:危機と変革の時代に、人権デューデリジェンスを“加速”するには

2025年11月、「第14回国連ビジネスと人権に関するフォーラム」がスイス・ジュネーブの国連本部にて開催され、企業活動による人権侵害を防止するために政府や企業に求められる役割について3日間議論されました。

要点

  • 危機と変革の時代において、人権デューデリジェンスの実装と行動加速が国際的に強調された。 
  • AIの急速な普及に伴う人権リスクが顕在化し、透明性・説明責任・救済確保が重要論点となった。 
  • 人権と環境を統合したデューデリジェンスや、ジェンダー視点の組み込みが実効性向上の鍵と確認された。

2025年11月24日から26日にかけて、「第14回国連ビジネスと人権フォーラム (14th United Nations Forum on Business and Human Rights)」がスイス・ジュネーブの国連欧州本部にて開催されました。本フォーラムは、2011年に国連で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」)」の普及と実践を目的とした、ビジネスと人権分野で世界最大規模の年次総会であり、政府、企業、市民社会、国際機関、大学・研究機関など多様なステークホルダーが参加します。

今回のフォーラムは、「危機と変革の時代におけるビジネスと人権への行動の加速(Accelerating action on Business and Human Rights Amidst Crisis and Transformations)」をテーマに掲げ、気候変動、地政学的緊張、技術革新、複雑化するバリューチェーンといった多層的なリスク環境の中で、企業・政府・投資家がいかに人権デューデリジェンス(以下、DD)を実効的に進めるかが議論されました。今年は過去最多となる約4,600名の参加者を集め、指導原則発表から10年以上が経過した今、実装フェーズをどう加速させるかに国際的な関心が集まりました。

特に注目されたのは、急速に普及するAIがもたらす人権リスクと、その国際的な規制強化の必要性です。アルゴリズムの透明性、バイアス、差別防止、救済アクセスの確保などが主要論点として取り上げられ、AIと人権に関する各種ガイダンス・ツールも紹介されました。同時に、日本企業を含む多くの参加者にとって、中小企業がAIを活用して人権DDを効率化する可能性も大きな関心を呼びました。

1. 危機と変革期における人権DDの重要性

「第14回国連ビジネスと人権フォーラム」では、3日間にわたり、多様なステークホルダーが「危機と変革」の時代において人権デューデリジェンス(DD)をいかに加速させるべきかを議論しました。開会以降、地政学的緊張、気候変動、急速な技術革新、複雑化するバリューチェーンといったリスクが企業行動に与える影響が多角的に提示され、指導原則の「次の10年」に向けた実装強化の必要性が繰り返し強調されました。

会議全体を通じて、多くのセッションでは、各国政府の規制・政策動向、企業の先進的な事例、脆弱(ぜいじゃく)なステークホルダーへの配慮、生成AIやアルゴリズムに関する人権リスク、そして紛争地における強化型DDなどが具体的なテーマとして取り上げられました。特にAI領域の議論は活発で、透明性・説明責任・救済アクセスの確保に向けた国際的基準整備の必要性が繰り返し指摘され、中小企業においてもAIを活用したDD効率化の可能性が注目されました。

こうした3日間の議論の総括として、「危機と変革のただ中にある今こそ、行動を加速する必要がある」というメッセージが明確に示されました。これは、これまでのフォーラムで繰り返し確認されてきた国連の「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)の実施促進を、平時の取り組みではなく、危機下での緊急課題として位置付け直した点に特徴があります。また多様なステークホルダーの参加も、単なる包摂の強調にとどまらず、企業の人権尊重を実際に前進させてきた力として位置付けられました。併せて国連ビジネスと人権作業部会は、すべてのステークホルダーが恐怖や萎縮なく自由に意見を述べるべきであるとして、「いかなる形の威圧や報復も容認しない」というゼロトレランスポリシーを改めて表明しました。

また、指導原則が提供する国際基準は依然として有効であり、危機が複雑化する今だからこそ、企業・政府・投資家が政治的意志・企業のコミットメント・協働による実効的行動を強化する必要があるとされました。そして、議論の中心にあった“行動の加速”は、単なるスローガンではなく、気候危機、紛争、人権侵害、デジタル領域のリスクが同時多発的に進行する現代において、企業が持続的に信頼を得るための最低条件であると位置付けられました。

こうした全体進行を経て、第14回フォーラムは、人権DDが「危機と変革」の時代において企業の長期的価値創造に不可欠な基盤であること、そして国際社会がその実効性強化へ向けて確実に歩みを進めていることを力強く示して幕を閉じました。

2. AIと人権:加速する技術革新と尊厳の保護を両立するために

AI技術は急速に進化しており、公共分野から民間の意思決定まで、社会のあらゆる領域で活用が広がっています。しかしその一方で、アルゴリズムのバイアスや不透明な意思決定、ジェンダーやマイノリティを含む脆弱層への影響など、これまでとは異質の人権リスクも懸念されています。国連ビジネスと人権フォーラムでは、国連人権高等弁務官が生成AIの乱用を「明白かつ差し迫った課題」と位置付け、「人権は技術革新の犠牲になってはならない」と警告しました。こうした背景から、国際社会では規制や安全策の整備が急務であるという認識が共有されています。

フォーラムでの議論では、AIが既存の社会的格差や排除を強める可能性が繰り返し指摘されました。採用や監視、公共サービスなどで使用されるアルゴリズムにバイアスが含まれると、不公平な判断が制度的に再生産される危険性があるためです。特に、データセットの偏りから、女性やマイノリティへの不利益が生じるケースが報告されました。また、企業側がAIの利用状況や人権影響を十分に把握していない場合も多く、意味のあるステークホルダーとの対話を通じたリスク特定が不可欠であることが強調されました。透明性の欠如は救済措置の妨げにもなっており、これが最大の障壁として認識されています。

こうした課題に対応するためには、UNGPsを基盤とした、早期・継続的・文脈に応じた人権デューデリジェンス(HRDD)の実施が不可欠です。フォーラムでは、AI倫理チェックリストや独立した人権影響評価、公共調達におけるセーフガードの導入など、各国の実践例も紹介されました。また、企業・政府・投資家・市民社会が協働してAIガバナンスを強化し、透明性・説明責任・救済へのアクセスを確保する仕組みづくりを進めていく必要性が確認されました。これらの取り組みは、危機と変革のただ中にある現代において、AI技術の発展が社会の持続可能性や企業の信頼性を左右することを示しています。

3. ジェンダー視点の人権デューデリジェンス(Gender-responsive HRDD)

危機の影響は一律ではなく、特に女性や少女、トランス女性、インターセックスの方々など、複数の脆弱性が重なる人々に深刻な形で現れます。フォーラムでは、こうした「ジェンダーに基づく不均衡な影響を適切に捉えるため、通常のHRDDに加えてジェンダー視点を組み込んだアプローチの重要性が繰り返し議論されました。危機時には性暴力の増加、救済へのアクセスの低下、意思決定過程からの排除が顕著になり、企業はより精緻で継続的なリスク評価が求められると指摘されています。

議論の中では、従来の「中立的」なDDではジェンダー特有の影響を十分に捉えられないことが課題として示されました。たとえば、データ収集の段階でジェンダー別の情報が欠落している場合、女性や少女が直面する差別や暴力が問題として認識されにくくなり、対策が後手に回る可能性があります。また、交差的差別(年齢、民族、障害、性的指向など複数の要因が重なる差別)に直面するステークホルダーほど、企業の意思決定過程から排除されがちであるため、実効的なエンゲージメント手法の再設計が必要である点も強調されました。

実務における参考例としては、メルセデス・ベンツが人権リスクの高い地域で実施したジェンダー対応型DDが紹介されました。同社は鉱山周辺住民やNGOとの対話を通じ、女性や脆弱層の視点を把握し、それらを踏まえて調達基準にジェンダー要素を組み込みました。この事例は、企業がジェンダー別データを収集し、現地の声を反映しながらDDを高度化できる点を示しています。危機時における人権リスクの「見えない層」を可視化し、事業判断に統合する上で有益であることが発表されました。

4. 人権+環境DDの統合

EUを中心に進む人権・環境デューデリジェンス(HREDD)の動向も大きなテーマとなりました。企業が実施するべきDDは、従来の「人権」と「環境」の二つが別々に扱われてきましたが、実際には土地権、先住民族の権利、生態系破壊、強制労働などの問題が相互に絡み合って発生することが指摘されています。セッションでは、特に危機下において「人権と環境の統合的アプローチこそが実効性の鍵になる」との認識が共有されました。

議論の中で、先住民族の代表者から「人権と環境は一体であり、別々に扱うこと自体が現実に即していない」という指摘がありました。実際、環境破壊が進む地域では、土地収奪、居住権の侵害、コミュニティ分断など、深刻な人権侵害が連鎖的に生じるケースも少なくありません。また、強制労働の根源には環境要因(干ばつ、災害、資源獲得競争)がある場合も多く、単一テーマに閉じたDDでは「根本原因」へのアプローチが困難である点が問題として挙げられました。

5. 苦情処理メカニズムとの連動・強化に向けて

本フォーラムではUNGP(国連ビジネスと人権に関する指導原則)の第3の柱である「救済へのアクセス」が重要テーマとして強調されました。特に、企業活動による人権侵害に対し、被害者が実効的に声を上げ、是正につながる仕組みとしての苦情処理メカニズムの在り方が議論の中心となりました。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、これまで進めてきた「アカウンタビリティ&レメディ・プロジェクト(ARP)」の成果を基盤に、実務での活用を強く促しました。加えて、UNGPの解釈や適用、苦情処理体制の設計・改善を支援する「ビジネスと人権ヘルプデスク」を正式に立ち上げ、企業の実装段階を伴走支援する姿勢を明確にしています。フォーラムでは、被害を受けた権利保有者の視点に立った対応の重要性や、既存の人権デューデリジェンスの取り組みと苦情処理メカニズムをどのように連動させるかについても議論が行われていました。

6. EYにできる対応

EYは、企業のバリューチェーン上の人権・環境影響に対する企業のDD責任に関する国連や国際機関でのルール形成に関し、日本政府代表としてのルール交渉や日本政府のガイドライン策定の検討委員を経験しているメンバーを擁しています。

日本においては、2015年から人権リスク対応支援や、サプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供してきました。グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対応するため、関係国を拠点にするEYの海外メンバーと連携するグローバルな支援経験も豊富です。

EYは、プロフェッショナルとしての知見と豊富な支援経験に基づく実践的な助言、各国の人権・環境DD関連規制の最新動向の把握、そして、グローバル連携などを強みとして、実務に即して、事業者の皆さまにおける人権・環境DD体制の構築支援が可能です。

サマリー 

2025年11月に開催された第14回国連ビジネスと人権フォーラムでは、危機と変革の時代における人権デューデリジェンスの「実装と行動の加速」が焦点となりました。AIやジェンダー、救済へのアクセスを含む最新の国際議論から、企業に求められる実務対応の方向性を整理します。

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