EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本記事では、26年6月24日に開催されたセミナー「経済安全保障OSINT活用セミナー第4回:研究における産業スパイ対策事例~研究セキュリティ確保のため必要な取り組みとは~」を基に、研究セキュリティ体制構築に向けて企業や研究機関が取るべき対応について解説しています。
要点
経済安全保障が企業経営や研究活動に大きな影響を及ぼす中、研究におけるセキュリティの確保は重要な経営課題となっています。特に近年は、経済安全保障の観点から研究者や共同研究先に対するデューデリジェンスの重要性が高まり、企業や大学、研究機関には従来以上に高度なリスク管理が求められています。
本セッションでは、経済安全保障のプロフェッショナルであるEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック インパクト シニアマネージャーの泙野 将太朗が、日本国内で発生した産業スパイ事例や研究セキュリティ政策の最新動向を踏まえながら、企業や研究機関に求められる対応について解説しました。
近年、企業や研究機関が保有する技術情報や研究成果の流出リスクは急速に高まっています。情報処理推進機構(IPA)が公表した「企業における営業秘密の管理に関する実態調査」 によると、情報漏えいと思われる事象を把握している企業の割合は、2020年度の5.2%から2024年度には35.5%へと大幅に増加しました。
この背景について泙野は、「実際に漏えい事案が増加した可能性に加え、企業側のリスク認識が高まり、これまで見過ごされていた事象が情報漏えいとして認識されるようになった側面もある」と説明しました。
情報漏えいの原因としては、第三者によるサイバー攻撃による不正アクセスが大きな割合を占める一方で、従業員や退職者による意図的な情報の持ち出しなど、社内関係者に起因する漏えいも増加しています。
「社内関係者による故意の情報流出については、機密情報へのアクセス権限を適切に管理するとともに、人材に対するリスク管理を強化していくことが重要になります」(泙野)
採用時、重要部署への配属時、管理職登用時、役員登用時など、企業において重要情報へのアクセスが生じるタイミングで、適切なリスク管理強化を行うことが重要です。また、特に近年は、産業スパイ対策や経済安全保障の観点から、採用段階でのリスク確認の重要性が高まっています。
「これまでのバックグラウンドチェックは、反社会的勢力との関係確認などが中心でした。しかし今後は、経済安全保障の観点をいかに盛り込むかがポイントとなります」(泙野)
また、採用後は配置転換や昇進などの人事上の制約が大きくなるため、リスク確認は雇用契約を締結する前の段階で実施することが望ましいとの考えが示されました。
研究セキュリティの重要性を示す事例として紹介されたのが、産業技術総合研究所(産総研)で発生した技術情報流出事案です。
この事案では、約20年間産総研に所属していた中国籍の元主任研究員が、2023年に不正競争防止法違反の容疑で逮捕されました。報道によると、研究成果に関する情報を中国企業へ提供していたとされています。
泙野は、この事案についてOSINTを活用した人物情報の調査結果を紹介しました。公開情報を分析したところ、当該研究者は中国国内で9社の企業の役員を務めており、その中には西安市政府や人民解放軍との接点を持つ企業も含まれていたことが確認されたと説明しました。
「もしこのような情報を事前に把握できていれば、潜在的なリスクをより早い段階で認識できた可能性があります」(泙野)
この事例は、研究者本人の情報や経歴だけではなく、その人物を取り巻く組織やネットワークまで含めて確認することが、研究セキュリティにおいて重要であることを示しています。
このような状況を受け、日本政府も研究セキュリティ対策を強化しています。2025年12月には、内閣府が「研究セキュリティの確保に関する取組のための手順書」 を公表しました。
同手順書では、経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)や安全保障技術研究推進制度など、国の研究開発プロジェクトに参加する研究機関に対し、研究者に関するデューデリジェンスの実施を求めています。
確認項目には、学歴や研究経歴、研究資金の取得歴に加え、過去の論文共著者や共同発明者、外国人材プログラムへの参加歴なども含まれています。さらに、日本の外国ユーザーリストや米国のConsolidated Screening List(CSL)への掲載有無、制裁対象機関との関係性などについても確認することが求められています。
研究者個人の情報や経歴だけでなく、その研究者がどのような組織や人物と関係を持っているのかまで含めて把握することが、研究セキュリティ確保の前提となりつつあります。
現在、このようなデューデリジェンスは、主に政府資金が投入される研究プロジェクトを対象として進められています。しかし、研究セキュリティの考え方は国のプロジェクトに限られるものではありません。民間企業の研究開発部門においても、重要技術や知的財産を保有している場合には、政府が示す基準を参考にしながら、自主的なリスク評価を実施することが重要です。
「ガイドラインに示されている項目は、あくまで最低限の基準です。特に守るべき重要技術については、ガイドライン以上の確認を行う必要があります」(泙野)
経済安全保障を取り巻く環境が大きく変化する中、企業や研究機関には、制度への対応だけでなく、自らリスクを見極める主体的な研究セキュリティ体制の構築が求められています。
続いてのセッションでは、WireScreen社のDirectorであるPete James氏が、中国企業や研究機関に関するOSINTプラットフォーム「WireScreen」の概要と、研究セキュリティ分野における活用方法について紹介しました。
WireScreenは、中国国内の公開情報を収集・分析し、企業や研究機関、人物の関係性を可視化するインテリジェンス・プラットフォームです。
中国企業に関する情報収集は以前から難しいとされてきましたが、近年は規制強化やデータ取得環境の変化により、その難易度はさらに高まっています。また、企業情報を取得できたとしても、膨大なデータを整理し、企業同士や人物とのつながりまで把握するには高度な専門知識が必要になります。
WireScreenは、収集したデータを継続的に更新するとともに、重複データを統合して単一の詳細なプロファイルへと整理することで、より網羅的で信頼性の高い情報を提供しています。現在は2,000万件以上の企業情報と4,000万件以上の人物情報を保有しており、企業の所有関係だけでなく、共通の役員や所在地、電話番号などの属性に基づき企業間のつながりを可視化できる点が特徴です。
WireScreenの大きな特徴の一つが、リスク情報を示す「フラグ機能」です。企業や人物のプロファイルには、制裁対象企業との関係や軍事関連組織との接点、国家機関との関係性など、さまざまなリスク情報が付与されています。
例えば、米国のEntity ListやSpecially Designated Nationals(SDN)リスト、日本の外国ユーザーリストなどへの掲載有無を確認できるほか、強制労働リスクに関連する組織とのつながりも把握できます。
さらに、サイバー、量子技術、AIなど、地政学・経済安全保障上、重要性の高い分野に情報カテゴリを設けています。こうしたフラグは、直接的な関係だけでなく、出資関係や役員兼任などを通じた間接的なつながりまで可視化されるため、単独の企業情報だけでは見えない潜在的なリスクを発見することが可能です。
デモでは、研究インテグリティや研究セキュリティの観点から、研究機関や研究者の関係性をどのように分析できるかが紹介されました。
WireScreenには、中国の防衛産業や軍事研究と関係する研究機関の情報が多数掲載されています。中国軍の兵器開発とつながりが深いとされる中国の大学、いわゆる「国防7校」をはじめ、防衛重点実験室や国家重点実験室などについても情報を確認することができます。
James氏は「National Key Laboratory of Computational Physics(計算物理国家重点実験室)」を例に、組織の概要や所有関係、研究者情報などを確認する方法を紹介しました。組織プロファイルには所在地などの基本情報に加え、関連する研究者や学術委員会メンバー、法定代表者などが表示されます。また、上位組織との関係や制裁対象組織とのつながりも確認できるため、その研究機関がどのようなネットワークの中に位置付けられているのかを把握することが可能です。
研究インテグリティとセキュリティ分野における活用②――人物を起点としたネットワーク分析
続いて紹介されたのが、研究者個人を起点としたネットワーク分析です。人物プロファイルには、生年月日や学歴、職歴に加え、中国の人材プログラムへの参加歴や特許情報なども掲載されています。また、企業への出資や役員就任の有無など、研究活動以外の関係性についても確認することができます。
例えば、研究機関に所属する研究者が民間企業の役員を兼務していたり、複数の研究機関に所属していたりするケースでは、ネットワーク図を展開することで、それらの関係性を視覚的に把握できます。
さらに、人物に付与されたリスクフラグを確認することで、どの組織との関係によってリスクが生じているのかを追跡することも可能です。
研究セキュリティの観点で特に興味深い機能として紹介されたのが、特許情報の分析です。WireScreenには4,100万件の特許データが収録されており、発明者や出願者に関する情報を検索することができます。
デモでは、研究者のプロファイルから関連する特許情報を参照し、共同発明者や共同出願者との関係を分析する方法が紹介されました。特許を起点にネットワークをたどることで、研究者同士のつながりだけでなく、大学や研究機関、企業との共同研究関係まで把握できます。さらに、共同出願者の中に軍事関連組織や制裁対象機関と関係する組織が存在する場合、その関係性も可視化することが可能です。
「WireScreenを活用すれば、組織、人物、特許という複数の観点を組み合わせ、表面的には見えない研究ネットワークを把握することができるのです」(James氏)
「米国の投資審査機関も活用しているOSINTプラットフォームの無料トライアルについて、現在無料相談を受け付け中です。
2026年11月発動予定の米国の商務省による輸出規制対象者の範囲を大幅に拡大する「50%ルール」において、日本企業のリスク低減のために活用できるサービスにもなっております。
経済安全保障が企業経営や研究活動に大きな影響を及ぼす現在、企業や研究機関は、国の安全保障制度への対応のみにとどまらず、自らリスクを見極め、重要技術を守るための主体的な研究セキュリティ体制を構築していくことが重要となります。OSINTの活用は、その実現を支える有効な手段の一つといえるでしょう。
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