EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を推進する企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。
第5弾の今回は、2026年1月20日に日本航空株式会社 システムマネジメント部 部長 福島雅哉氏、経営戦略部 マネジャー 久芳珠子氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部副本部長 マーケッツ担当パートナー 矢部直哉、第2事業部 シニアマネージャー 工代哲大による対談を実施しました。
Session 1
― まずは使ってみることから
矢部:AIの進化が加速する中で、企業には「AIをどう導入するか」だけでなく、「それをいかに業務に根づかせ、組織や人をどう変えていくか」が問われています。本日は、日本航空様におけるAIの取り組みを通じて、今後の企業変革と人財育成のあり方を皆さまと共に考えていきたいと思います。
まずは、日本航空様におけるAI活用の位置付けについてお聞かせください。御社が活用されている「JAL-AI」は、間接部門における累計利用率100%を達成されたと伺い、大変印象的でした。
福島氏(以下、敬称略):まずは「AIをどう位置付けるべきか」を考えるより、使ってみよう、というスタンスで進めてきました。AIは、企業にとどまらず、社会そのものを変えるほどのインパクトがある技術だと考えています。
私はAIを「21世紀の電卓」だと考えています。電卓やExcelを使うかどうかをいまさら議論しないのと同様に、AIも「好きか嫌いか」で判断するものではありません。飛行機が当たり前の移動手段となったように、AIもすでに業務の“前提条件”になりつつあります。
重要なのは、AIを使うこと自体ではなく、「AIを使って仕事をどう変えるのか」「サービスをどう向上させるのか」です。細かな使い方を決める前に、とにかく触れてみる。その経験自体が大切だと考えています。
Session 2
― 利用浸透のためのコミュニケーション
矢部:それにしても、全社的な利用浸透は簡単ではないと思います。社内で利用を義務付けたわけではないのですよね。
福島:はい、強制はできません(笑)。私たちが重視したのは、「便利さをできるだけ早く実感してもらうこと」です。一度使うと、「使わない理由がない」と感じる瞬間があります。その体験を多くの社員にしてもらうことを意識しました。
当社では以前から全社教育やJALフィロソフィ教育に力を入れてきました。その既存の教育の枠組みやコミュニケーションの中に、AIを自然に組み込んだことが、結果的に全社的な利用の広がりにつながったととらえています。
例えば、海外から300ページに及ぶ英文資料が届いた際、AIに読み込ませ、「要点を教えて」と聞くだけで、短時間で全体像が把握できます。こうした体験は、誰もが使いやすく、効果を実感しやすいものです。
そこからは自然と口コミが広がっていきました。
「こんな使い方が便利だった」という声が社内で共有され、月間の利用率は間接部門で約8割に達しています。
AIの活用は当たり前になりつつあり、次のステップは、AI活用によってどのような価値を生むかを考える段階だと思います。
Session 3
― 実務目線での「適材適所」
矢部:現在は、複数のAIを使い分けているそうですね。
福島:はい。一般的な情報収集や資料整理には汎用的な生成AIを使っています。一方で、日本航空固有の業務や専門性が高い領域では、社内情報を前提に構築した専用AIやエージェントを活用しています。
業務の文脈に合わせ、現場の業務特性に沿ったAI活用を支援することで、安心して使える環境づくりを進めています。
例えば整備部門では、「AIが答えを生成する」利用方法は避けています。大量の技術文書から該当資料を探す用途に限定しています。AIが1つでも誤った情報を答えとして出すことは許されないためです。
久芳氏(以下、敬称略):整備関連の情報は膨大で、探すだけでも相応の時間がかかります。熟練した整備士であれば経験値で素早くたどり着けますが、若手にとっては大きな負担です。情報を絞り込むまでをAIが担い、最終判断は必ず人が行う。この役割分担が、若手の早期育成にもつながります。
人の仕事を全てAIに置き換える発想だと、どうしても不安や反発が生まれがちです。「人が大変なところを手伝ってもらう」という関係性づくりが重要だと思います。
福島:業務に即したAI活用は、新しい業務のあり方を提案するものです。業務フローにAIが組み込まれれば、利用率が100%になるのは自然なことだと思います。
矢部:EYにおいても同様に、AIは専門家の判断を支える存在として位置付けています。監査において、AIが膨大な情報の中からリスクの兆候を抽出し、判断材料となる論点を可視化するツールを利用することもありますが、それが「財務諸表の虚偽表示リスク」になり得るかどうかを最終的に見極めるのは、必ず会計士です。
AIが担うのは、あくまで情報の整理や気づきの提供という“前工程”です。人がその内容を確認し、職業的懐疑心に基づいて解釈し、監査計画や被監査会社とのコミュニケーションに反映していきます。AIによって判断の質と効率を高めつつ、人が責任を持って最終判断を下す――その明確な役割分担こそが、監査の信頼性と価値を高める基盤になっています。
Session 4
― 「便利さ」と「育つ力」をどう両立させるか
工代:EYでも、独自開発したAIツールを活用し、社内ナレッジや会計・監査の事例検索が格段に効率化しました。
一方で、それに頼りすぎてしまうと「プロフェッショナルとしての力が本当に育つのか」という議論もあります。
御社でも、同じような問題意識はありますか。
福島:はい。当社も、まさにその議論の途中にいます。
ただ、こうした議論はAIに限った話ではありません。これまでの技術進化でも同じことが起きてきました。パソコンやExcelが普及した時にも同様の議論がありましたが、使いながら乗り越えてきました。
懸念があるから使わない選択肢はなく、AIも同様です。課題があるのは当然で、その中でどう育成していくかを考える段階に来ているのだと思います。
久芳:検索して答えをすぐ得られることは非常に便利ですが、それだけでは背景や文脈、なぜそうなるのかという体系的理解は育ちません。
「困りごとを解決する力」と、「体系的に理解し知識を積み上げる力」は、分けて考える必要があると思っています。
プロフェッショナルとして成長するには、労力をかけて知識の「地図」や背景を頭の中に入れていくプロセスが欠かせません。そこを省くと成長カーブが鈍化してしまう恐れがあります。
Session 5
― AIで「育成を置き換える」のではなく、「育成を“加速”する」
久芳:一方で、育成を全て人手に頼り続けるのは、現実的に難しくなっています。
例えば整備士の国家資格取得においては、2年にわたる筆記や口頭照査、実技試験があります。口頭照査では、1日がかりで航空局検査官との質疑応答が行われます。
これまでは、ノートを作ってひたすら覚え、教官がマンツーマンで指導してきましたが、そのやり方で規模を広げるには限界があります。
AIを活用すれば、あらかじめ自分の回答を整理し、「ここは良いが、この観点が不足している」というフィードバックが得られます。
十分に準備した上で本番に臨めるため、教官の負荷を抑えつつ育成の質を維持できます。
人間同士のコミュニケーションや現場経験による育成と、AI活用による育成をハイブリッドで進めることで、人財育成も加速するのではないでしょうか。
福島:AIが人を代替するのではなく、AIができることは任せ、人は人にしかできない経験を積む。その流れが、これからの基本になると思います。だからこそこれからは「より人をより育てなければならない時代」になるのではないでしょうか。どんなにAIが浸透しても人と人とのコミュニケーションという本質から離れないことが大切だと思います。
Session 6
― 非効率をあえて残す判断も必要
久芳:人財育成には、効率だけでは割り切れない部分もあります。
例えば、航空機の整備ラインは海外の方がコスト面では有利ですが、あえて国内に残しています。限られた時間の中で適切な判断を下す技量は、現場でしか育たないからです。
国内の整備ラインを維持し、10年単位で整備士を育てているのは、「これを失ったら取り返しがつかない」と考えているからです。
AIを使って短縮できる部分と、あえて時間をかける部分。そのバランスを見極めることが重要だと思っています。
矢部:EYでも、人財育成は単なる効率化の対象ではなく、将来の競争力を左右する重要な投資だととらえています。選抜型のプログラムでデジタルリーダー候補を育成し、現場と本部が連動し、実務と知識が循環しながら“自ら育つ力”が磨かれていく仕組みを設計しています。
AI活用を前提とした業務変革が進む中でも、人が経験し、考え、判断するプロセスを大切にする姿勢は変わりません。AIで短縮できる部分と、あえて時間をかけるべき成長の機会を意図的に組みあわせることで、持続的に価値を創出できる人財を育てています。
Session 7
― 「監査をせずに監査が終わっている世界」へ
矢部:最後に、監査法人や監査業界に対する期待をお聞かせください。
福島:日々の業務の中で、社内プロセスを変えようとすると、「これで問題ないか」という確認に多くの時間がかかります。
もしあらかじめAIで過去事例や論点整理ができ、「ここは問題ない」「ここは詳細を確認すべき」と切り分けてもらえると、非常に助かると思います。
最終判断はもちろん人が行うとしても、その前の準備段階で論点の整理やシミュレーションができるだけで、双方の負担は大きく減るのではないでしょうか。
久芳:整備の世界では、「整備を感じさせない整備」を目指しています。
事前に予測し、予防的に対応することで、お客さまが整備の存在を意識せずに飛行機にご搭乗する状態を作っています。
監査も同じで、「監査をしていることを感じさせない監査」にどれだけ近づけるかが大事ではないでしょうか。
プラットフォームの中で、事前に打つべき手が打たれ、論点が整理できれば、企業も監査法人も、より本質的な議論に時間を使えるようになると思います。
ゲストスピーカー
福島 雅哉 氏(写真右から二番目)
日本航空株式会社 システムマネジメント部 部長
久芳 珠子氏(写真右)
日本航空株式会社 経営戦略部 マネジャー
AIが高度化するほど、「人が何を担うのか」がより明確に問われる時代になりました。効率化と同時に、あえて時間をかける領域を見極める判断は、安全・品質・人財という長期価値を守る選択でもあると思います。AIを前提とする時代だからこそ、企業の競争力は「人をどう育て続けるか」という経営力に収れんしていくのだと感じました。
本シリーズでは、多様なテーマと対話をもとに、企業が次の一手を考えるための実践的示唆をお伝えします。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)
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