EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。
第6弾の今回は、2026年2月17日に株式会社バンダイナムコエンターテインメント CE事業部 プロデューサー 玉置 絢氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部 副本部長 マーケッツ担当 パートナー 矢部 直哉、第2事業部 シニアマネージャー 工代 哲大による対談を実施しました。
Session 1
― 企業変革を迫る「情報革命」
矢部:はじめに「AIの進化と企業変革の必然性」というテーマから伺わせてください。AIは2020年以降、生成AI、エージェント化、フィジカルAIというように急速に進化しています。こうした技術進化を背景に、企業はどのような変革を迫られているのでしょうか。
玉置氏(以下、敬称略):まずお伝えしたいのは、AIは突然現れた特別な存在ではない、ということです。私は、AIはコンピューターの歴史における一つのステージだと捉えています。蒸気機関の発明による産業革命があったように、今はコンピューターを中心とした「情報革命」の真っただ中にあると考えています。
ゲーム産業は、そもそもコンピューターの発明により生まれた産業ですが、その中で大きな転換点となったのがインターネットの登場でした。人と人、そしてコンピューター同士がつながり、評価や感想が共有されるようになりました。その結果、人々が日々残してきた膨大なテキストや行動履歴が、現在のAIを育てる土壌になっています。このような背景からインターネットはAIの「親」のような存在だと捉えています。
矢部:AIの進化の前に、まず、インターネット以降の構造変化が企業活動に影響を与えてきた、ということですね。
玉置:はい、その通りです。インターネット以前は、メーカーが「これが面白い」「これが流行です」と発信すれば、それがある程度受け取られていた時代でしたが今は違います。お客さま一人一人が「自分にとってどうだったか」を発信し、他のお客さまもその声を参考にした上で購入判断を行う時代です。
つまり、商品やサービスの評価軸が、企業側からお客さま側に完全に移ったわけです。お客さまからの要求は細分化され、かつ高度になっています。この変化に企業が追い付かなければならない、という課題は、AIが登場する前から存在していました。
AIは、その課題に対する解決策の一つとして、後から出てきた存在だと考えています。
Session 2
― 「日本だから」では選ばれない
矢部:続いて、クリエイティブ産業、特にゲーム産業の構造変化についてお聞かせください。
玉置:最も大きな変化は、やはりグローバル化です。
バンダイナムコエンターテインメントは日本企業ですが、現在ではタイトルによっては売上の大半が海外のお客さまというケースも珍しくありません。世界中のファンに支えられて、次の作品を生み出すことができています。
特に2020年以降、ステイホームの影響で、日本のコンテンツに触れた海外の方が一気に増えました。動画配信サービスやサブスクリプションを通じて、日本のアニメやゲームを知り、「こんなに面白いんだ」と感じてくださった方も多かったのではないでしょうか。その体験を通じて、日本そのものに興味を持っていただいたケースも少なくないと思います。
ゲームやアニメが好きで、自分たちも作ってみたいと思うのは自然な流れです。それは日本に限らず、世界中で起きています。
海外のクリエイターが、日本のゲームから影響を受けつつ、自国の文化や社会背景、価値観を盛り込んだ作品を生み出しています。それらは非常に新鮮で面白く、正直なところ、非常に手ごわいライバルです。
もはや「日本のゲームだから選ばれる」という時代ではありません。同じ棚に並んだ時に、なぜ自分たちの作品を選んでいただけるのか、世界中で楽しまれるゲームとはどうあるべきか、そうした問いに、日々真剣に向き合っています。
Session 3
― AI導入の議論がかえってクリエイティブの本質を明らかにする
矢部:ゲーム業界におけるAI活用の特徴について教えていただけますでしょうか。
玉置:ゲームはソフトウェアの一種ですので、ソフトウェア工学やプロジェクト管理の考え方は参考になります。ただし、ゲーム作りには決定的な違いがあります。それは、「ゴールが曖昧である」という点です。
例えば業務システムであれば、「この機能が必要」という要件や「この条件を満たせば成功」といった形でゴールを合意できます。しかしゲームでは、「何が面白いか」を事前に明確に定義することができません。お客さま自身も、「よく分からないけれど面白いものを遊びたい」とおっしゃることが多いのです。
だからこそ、設計図どおりに正しく作ること以上に、遊び心やこだわり、個人の美学、時には執念に近い情熱といった、一見すると非効率に見える要素が重要となります。そうした要素が、最終的に芯の通ったゲームを生み出し、コンテンツとしての競争力につながっていくのです。
矢部:なるほど。監査の世界では「正解があること」が前提ですが、クリエイティブの世界では正解が一つではない。その違いは非常に示唆的です。
AI導入においても「効率化できる部分」と「人に委ねるべき部分」を峻別するガバナンスが重要だと感じます。
玉置:まさにそこが一番重要だと思っています。
一般的なソフトウェアであれば、「同じ成果が出るなら原価が低い方が良い」という判断になります。しかしゲームの場合、AIを導入した結果、クリエイターのやる気やこだわり、遊び心が失われてしまえば、売上そのものが下がる可能性すらあります。
つまり、「原価が下がったら必ず成功」という話にはならないのです。
そのため私たちは、AIを導入する際に、「何を効率化するか」よりも、「ものづくりの本質的なモチベーションは何であるべきか」を先に考えます。
矢部:ものづくりの本質的なモチベーション、とは具体的にどのようなものでしょうか。
玉置:一番は、クリエイター自身の納得感や達成感です。
本当に良いクリエイティブを生み出す人ほど、「もっと驚かせたい」「この程度では足りない」という強い飢餓感や渇望を持っています。AIが生成するクリエイティブも一定の水準には達しますが、作品作りの中核として活躍しているクリエイター個人が抱く強烈なこだわりや、やり切った時の満足感、次はもっと成長したいという底なしの欲望までは代替できません。
クリエイティブの周辺ではなく、モチベーションのコアとなるべき部分までAIに置き換えてしまうと、「人並みではない抜きん出たレベルの美学や執念を、情熱を持って限界まで発揮する」といった、ある意味つらい仕事を諦めずにやり切る「意味」をクリエイター集団として見失ってしまう可能性があります。その結果は、作品の魅力低下につながりかねません。
また、一般的な業務用AIは、性能向上とともに、寄り道せず、目的に忠実に“正解”を返すことが求められます。しかしその性質上、「少し遊び心を加えてみよう」といった発想を持たせることは簡単ではありません。そうしたAIを新たに開発するには、コスト面・技術面ともに高いハードルがあります。
一方で、私たちの周りには、まさにその“遊び”や“はみ出し”を自然に生み出せる人間がいます。そこを無理にAIに置き換えてしまうと、人のやる気を削ぐだけでなく、売上が伸びるとも限りません。
それであれば、クリエイターに重要なロールとして期待するような、核となる主役級のクリエイティブの作業ではなく、作品を集団で作り上げる上で二次的・副次的な業務、またはパーツ要素として発生するような仕事で、「面倒だな」と感じている作業にこそAIを導入した方が、効果は得やすいと考えています。
Session 4
― 効率化よりも「本当に大切な箇所へやる気を集中させる」設計
矢部:AIを積極的に活用されているのはどのような領域でしょうか。
玉置:誰もが「面倒だ」「できればやりたくない」と感じている領域から積極的にAI活用を進めています。例えば調べもの、過去作品の確認、膨大な資料や動画の検索といった業務です。
特に動画については、私たちは肉体的な制約から10倍速、20倍速で内容を詳細まで把握することはできませんが、AIなら可能です。
クリエイターは成長への情熱を持つべきだと言っても、「動画を早く見るスキル」を身につけてもらうより、その作業はAIに任せて、人は内容を踏まえて「どう面白くするか」を考える能力のほうに成長努力を集中した方が、お客さまが期待するクリエイター像としても健全です。
矢部:まさに「人がやるべき仕事」と「AIに任せる仕事」の切り分けですね。
玉置:そうです。
AIを使うことで、情熱や執念の振り分け先がクリエイティブの核となる作業に絞られていくので、結果的にクリエイターの心理的な余裕が生まれます。その余裕が、さらなるこだわりや遊び心につながる。これが、私たちが目指しているAI活用の姿であり、AIとの共存の在り方です。
矢部:まさにその通りだと感じます。われわれ監査法人でも、請求書と会計帳簿の自動突合や、過去の調査事項の検索などはできる限りAIを活用し、効率的に進めています。そうした作業をAIに委ねることで、監査人は本来向き合うべき判断や検討に集中できるようになります。
「本当に大切な箇所へやる気を集中させる」ためのAI活用は、われわれにとっても重要な視点だと感じています。
工代:もう一点、私たち監査法人ならではの観点もあります。私たちは非常に膨大な会計データを扱っており、人間の目ではなかなか見つけられないような兆候や違和感を、AIが先行して検知してくれるケースも出てきています。
そのため、単に生産性を上げるだけでなく、AIを活用することで監査の品質そのものを向上させていきたいと考え、取り組みを進めています。
Session 5
―作り手を支えるAI
工代:「不正や間違いを発見する」といった明確な正解が存在する領域とは異なり、ゲーム業界で重視される「面白さ」や「遊び心」、人の感情に刺さるかどうかといった要素には、唯一の正解がありません。非常に感覚的な世界だと感じています。
そうした中で、AIをどのように活用するのか、何を学ばせるのかという点は、クオリティやパフォーマンスを高めるという意味でも、相当難易度が高いのではないかと思いました。
そこでお伺いしたいのですが、そのような領域において、御社として、あるいはクリエイターの皆さん個人として、「この方向でAIを活用してみよう」といった考え方や取り組みはあるのでしょうか。
玉置:AIがクリエイティブの最終的な正解を完全自律で決められるような状況が早晩来るとは思っていません。
ただし、人間が集団で仕事をする上での迷いを減らす存在にはなれる、と考えています。
例えば、ゲームを発売すると、世界中のお客さまからレビューやコメントが寄せられます。これを人間がすべて読み、正しく理解するのは非常に難しいですし、どうしても自分に都合の良い意見だけを拾ってしまうバイアスもかかりがちです。
AIは、そうした声を構造化し、「どういうタイプのお客さまが、どこを評価しているのか」を客観的に整理できます。それによって、「本当にこの方向で良いのか」という不安を和らげ、無用な迷走を防ぐことができます。
Session 6
― 信頼を守るAI活用の土台
矢部:最後に、AI活用におけるガバナンスや倫理についてお聞かせください。
玉置:エンターテインメント産業は、人の感情に深く関わる分野です。だからこそ、倫理やガバナンスが非常に重要です。お客さまが求める、面白い・楽しい作品をより早く多く提供するというミッションの裏で、内部的には「作り方」の倫理やガバナンスにも適切に配慮しています。
AIに関する「正しい」使い方というものは社会的に合意がなく、まだ議論が始まったばかりですが、少なくとも私たちはどのAIを、どのような目的で使うのか。その方針を模索する中で柔軟に更新していきながらも都度徹底し、社員が迷わず安心してAIを積極活用できる環境作りに努めることを重視しています。
デジタルツールを扱う以上、ガバナンスや倫理は大前提です。その前提のもと、社員がAIを適切に使いこなすためには、正しい知識を持ち、自身のキャリア観を踏まえながら、「どこをAIに任せ、どこを自分のこだわりとして担うのか。最後まで人間に残されるような本質的な仕事を自分はできているのか」を判断できることが重要だと思います。
矢部:AIへの理解と倫理観をセットで持つことが重要、ということですね。本日伺ったお話を踏まえ、われわれ自身もAIとどのように共存していくべきかを、これからも継続して考えていきたいと思います。
ゲストスピーカー
玉置 絢 氏(写真左)
株式会社バンダイナムコエンターテインメント CE事業部 プロデューサー
今回の対談では、創造性や意欲といった人ならではの価値を損なわないことこそが、AI時代の持続的な競争力につながるという示唆が語られました。AIを“答えを出す存在”ではなく、“意思決定に伴う迷いを減らす存在”としてどう使いこなすか――その問いは、業界を問わず、すべての企業に共通するテーマだと感じます。本シリーズでは、多様な対話を通じて、企業が次の一手を考えるための実践的示唆を今後も継続してお届けしてまいります。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)
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