EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。
第8弾の今回は、2026年3月12日に、株式会社ユーザベース 上席執行役員 CFO千葉大輔氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部副本部長 マーケッツ担当パートナー 矢部直哉、第2事業部 シニアマネージャー 工代哲大による対談を実施しました。
Session 1
― AI時代の業務再設計
矢部:本日はありがとうございます。
最近、さまざまな企業の皆さまとお話しする中で、AIを業務にどう組み込んでいくかという議論が、明らかに一段深いフェーズに入ってきたと感じています。
単なる効率化や省力化にとどまらず、「どの業務をAIに任せるのか」「その前提で、人はどこに価値を残すのか」といった、経営や組織設計そのものに直結する問いが、具体的に語られるようになってきました。
そうした議論の延長線上で、将来的には、企業側の経理領域におけるAIと、監査側で活用されるAIが、自律的に一定の情報連携を行う世界も、可能性の1つとして考えられるかもしれません。
仮にAI同士が一定の処理や確認を担うようになったとき、経営として人に何を担わせ、どこで意思決定を行うのか。その役割分担や境界をどう設計するかは、今後の企業価値やガバナンスにとって重要なテーマとなるのではないでしょうか。
本日は、そうしたAI前提の業務設計や組織の在り方について、CFOとして経営・事業・データ活用を横断的にリードされ、企業としても積極的にAI活用を進めていらっしゃるユーザベースの千葉さんに、実践と意思決定の最前線からお話を伺えればと思います。
千葉氏(以下、敬称略):ありがとうございます。おっしゃるとおり、AIが登場した当初は、いわば壁打ち相手のような存在でした。会計業務の例で言えば、会計取引の論点整理や仕訳のパターンの確認など、個別業務を補助する存在だったと思いますが、今はすでに、AIを前提に業務フローそのものを再構築する段階に入ってきていると感じています。
これまでのように「人が担う業務があり、そこにAIをどう組み込むか」という発想から、「AIがあることを前提に、組織や業務プロセスをゼロベースで見直す」という、まったく逆の思考に切り替わりつつあります。
一方で、日本企業の場合、業務構造の変化に合わせて人員構成を柔軟に組み替えることが、必ずしも容易ではない側面もあります。
仮にAIを前提に業務を再設計した結果、「これまで5人で担っていた業務が、2人で十分に回る」という状態になったとき、残る3人をどのような役割に移していくのか、という経営課題が必ず浮かび上がってきます。
正直に言えば、この点については、まだ十分に整理しきれていない部分もあります。
それでも、「人を前提にAIを当てはめる」のではなく、「AIを前提に、人をどこに配置し直すのかを考える」という思考への転換自体は、確実に進んでいます。その積み重ねが、結果として業務フローや組織の姿を大きく変えていくのだと思います。
Session 2
―人に残る価値は「判断」と「対話」
千葉:まさに今、AI活用は過渡期にあると感じています。
当社ではエンジニアチームが社内向けにAIエージェントを開発したり、LLMの活用を推進したりしていますが、活用状況は部門ごとにさまざまです。すでに「AIを前提に人を再配置するフェーズ」に入っている領域もあれば、まだそこまで至っていない部門もあります。
例えばHR領域では、採用におけるスカウト業務はすでにAIが中心的な役割を担い、人間は最終的な判断を行う、といった形で積極的にAI活用を進めています。一方で、会計領域では、申請チェックのAI化や仕訳のサジェスト、月次レポートの自動化を試しているといった段階にあります。ただ、これらの業務についても、いずれはAIと人間の立場が逆転する可能性は高いと見ています。
そうした中で、人間が担うべき仕事として、2つは確実に残ると考えています。
1つは最終的な判断と意思決定、もう1つはコミュニケーションです。
人間の「話したい」「相談したい」という欲求そのものを、AIが完全に代替する段階には、まだ至っていないと感じています。
実際、事業部門のメンバーがAIと壁打ちを行った上で経理部門に相談するケースは増えていますが、取引の背景や狙い、想定されるリスクといった点については、やはり人と人が会話を重ねた上で判断されています。
会計や法律といった分野では、AIは公開情報や過去の判例、現行ルールに基づく処理には強い一方で、私たちスタートアップのように前例のないビジネスを扱う場面では、「過去事例に当てはめるとこうなるが、会計基準に照らすと判断の余地がある」といった「余白」が生じることがあります。この余白をどう解釈するかという点については、まだAIが十分に追いついておらず、人間が介在する余地が残っていると感じています。
矢部:確かに、過去事例に当てはめるだけでは判断できないケースは、確実に増えていますね。
私自身、スタートアップ企業を多く担当していますが、会計基準に明確な記載がない新しい事業を先行的に実施される際、その基準をどう解釈し、どう当てはめていくのかという点は、今後もプロフェッショナルとしての価値が残り続ける部分だと実感しています。
千葉:はい。どこに重心を置き、事業として何を実現したいのか。そうした意図を擦り合わせていく作業は、やはり人間だからこそ担える役割だと思っています。
極端に言えば、最終的には「コミュニケーション」と「判断」こそが、人間の仕事になるのかもしれません。だからこそ、思考力や対話力の重要性は、これまで以上に高まっていくのだと思います。
工代:監査の現場に身を置く立場から見ても、AIが扱える情報が増えれば増えるほど、「公開情報を整理して提示するだけ」では、価値を出しにくくなっていると感じています。
公開情報や過去事例の収集・要約といった作業は、AIが非常に得意な領域ですし、その部分だけを見ると、誰が対応しても同じアウトプットになってしまいます。
一方で、実際の意思決定の場面、とりわけ会計の領域では、過去事例に単純に当てはめるだけでは判断できない案件の相談は確実に増えています。そうした意味でも、難易度は上がっており、だからこそ、人間同士の対話を通じた解釈や判断の重要性が、改めて高まっているのだと思います。
Session 3
―AI時代にユーザベースが価値を生み続ける理由
千葉:ユーザベースとして、AI時代においても価値を発揮できるポイントは、大きく3つあると考えています。
1つ目は、データの正確性です。
私たちのお客さまは、投資判断や経営判断に関わる方が多く、アウトプットの精度は常に100点が求められるケースが多いです。例えばBPSの計算一つを取っても、潜在株を含むかどうか、自己株を考慮できているかを誤るだけで、意思決定の前提が大きく変わってしまいます。
この「正確であること」に対する要求水準は非常に高く、AIがどれだけ進化しても、簡単には置き換えられないという自負があります。
2つ目は、データの構造化です。
数値は、それ単体ではほとんど意味を持ちません。「売上100億円」と言われても、それが成長局面の100億円なのか、減少局面の100億円なのか、あるいは同業他社と比べてどうなのか。こうした比較の軸や文脈があって初めて、数値は情報として価値を持ちます。
だからこそ、どの基準で、どの前提で、どう比較するのか──例えば同じ会計基準で比較可能な状態に整えるなど──構造を設計すること自体が、人間の重要な役割だと考えています。
3つ目が、人の頭の中に蓄積された経験や知見です。
世の中のすべての情報がオープンになっているわけではありませんし、セキュリティや機密性の観点から公開できない情報も多く存在します。
専門家に直接話を聞く、複数のエキスパートの見解を重ね合わせる、といった行為は、今後も価値を持ち続けると思っています。
公開情報を点で拾い集めること自体は、AIが非常に得意です。
ただ、それらを立体的に捉え、どう理解し、どう意思決定につなげていくのか。そのプロセスには、依然として人間の関与が不可欠です。だからこそ、その領域でAIをどう使いこなしていくかが、これからの重要なテーマだと考えています。
工代:今のお話を伺っていて、私も改めて「データの構造化」が非常に重要だと感じました。
監査の現場でも、単にデータ量が多いことや、過去情報が蓄積されているだけでは、AIを十分に活用することはできません。データが構造的に整理されていない状態では、どうしても限界があります。
御社では、そのデータの構造化にもAIを活用されているのでしょうか。
千葉:現状は、人手が中心です。もちろんAIを活用した効率化は進めていますが、最終的な品質担保は人間が担っています。
当社の合弁会社が沖縄県にあり、AI活用が本格化する以前から、散在する多種多様な経済情報を取得・整理し、タイムリーかつ高品質なデータを組成してきました。その強みは、今も変わらず生きています。
グローバルには競合も存在しますが、日本の決算情報や会計基準に関しては、必ずしも十分に対応しきれていないケースも見受けられます。そうした中で、以前から強みとしてきた「データを構造化する力」が、近年のAIの潮流によって、より一層レバレッジされていると感じています。
AIを本格的に活用する上で、最大のポイントは、「使える形でデータをそろえること」だと思っています。これを自社だけで一から整備するのは、決して容易ではありません。
ある意味では、「AIが使いやすいデータを、いかに人間が用意するか」という、主従関係が逆転したような状況でもありますが(笑)、そこにこそ価値の源泉があると考えています。
Session 4
―信頼は対話から生まれる
矢部:最後に、AI時代における企業の在り方、そして監査業界やプロフェッショナル業界全体へのメッセージをお願いします。
AIが企業経営の中核に入りつつある中で、監査に対してどのような価値や期待をお持ちか、お聞かせください。
千葉:やはり期待として大きいのは、コミュニケーションと、事業に対する本質的な理解だと思います。
この点は、AI以前から変わらない期待でもあります。
会社ごとに細かな違いはあると思いますが、ある一定以上のレベルになると、監査の品質そのものは、どの法人でも一定程度担保されていることが前提になってくるのではないでしょうか。
そうなると、その先に何が残るかというと、事業をどう理解し、どう向き合ってくれているのかという姿勢だと感じています。そして会計の枠に閉じるのではなく、企業経営全体を見渡した上で対話ができるか。そうした視座こそが、これからますます重要になってくるのではないでしょうか。
だからこそ、AIによって効率化できる部分はできるだけAIに任せ、その分、より人間的な領域――つまり、対話や思考、相互理解に時間を使っていただけるとうれしいですね。
お互いにしっかり会話ができる関係性を築いていくことで、日々のコミュニケーションの中から、自然と信頼関係が生まれてくるのだと思います。
AIをうまく活用して生まれた時間を、単なる作業の削減で終わらせるのではなく、より良い議論に投資していく。そうした関係性を、企業と監査、プロフェッショナル同士で一緒につくっていけることを期待しています。
ゲストスピーカー(写真右)
千葉 大輔 氏
株式会社ユーザベース 上席執行役員 CFO
AIの進化は、業務効率の向上にとどまらず、経営や組織、そして意思決定の在り方そのものに変化をもたらしています。今回の対談では、AIを前提とした業務設計や人に残る価値、信頼の築き方について、活発な議論が交わされました。AI活用が進む時代だからこそ、仕組みやプロセスを含めたガバナンス、そして対話を通じた相互理解が一層重要になると考えます。本シリーズでは、多様な議論を通じて企業成長に資する知見を引き続きお届けしてまいります。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)
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