EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。
第9弾の今回は、2026年4月30日に、株式会社博報堂 コマースビジネスデザイン事業ユニット マーケティングシステムコンサルティング局 テクノロジーコンサルティング部 部長 鳥居 宏行氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部 副本部長 マーケッツ担当 パートナー 矢部 直哉、第2事業部 シニアマネージャー 工代 哲大による対談を実施しました。
Session 1
― 「導入」ではなく「設計」が問われる時代へ
矢部:AIの進化は本当に急速で、日々使う中でも「賢くなっている」と実感します。その一方で、今企業に問われているのは「AIを導入するかどうか」ではなく、AIが存在することを前提に、経営や業務、意思決定の在り方をどう再設計するかではないでしょうか。
個人レベルの試行錯誤を超え、AIを業務プロセスの中にどう組み込み、企業変革につなげていくか。本日は、そういった点について、博報堂様ならではの視点からお話を伺えればと思います。
鳥居氏(以下、敬称略):おっしゃるとおり、生成AIの活用は急速に広がりましたが、実際には「現場レベルの効率化」にとどまり、「本業のプロセス変革には至っていない」という声も多く聞かれます。
博報堂は、クリエイティブ企業というイメージを持たれがちですが、私たちの組織では多くの企業様に対して、デジタルやデジタルマーケティングを軸に、戦略構築や制度設計、マーケティングツール導入から業務の実運用まで一気通貫で支援しています。
私たちが重視しているのは、AIで「何ができるか」ではなく、「生活者や事業にとって、どのような価値を生みたいのか」を起点に考えることです。
今日は、そうした視点から、AIをどのように企業変革に組み込むのかをお話しできればと思います。
Session 2
― AIを特別視しない
矢部:はじめに、博報堂様におけるAI活用の位置付けについて教えていただけますでしょうか。
鳥居:私たちは、AIを何か特別なツールとして捉えているわけではありません。
業務や意思決定を行う上で、あって当たり前のもの、前提条件の一部として捉え始めています。
ただし、すべてをAIに任せればよい、という考え方ではありません。
AIが得意な領域もあれば、人が担うべき領域、さらにはAIを使うべきではない領域もあると思っています。
だからこそ、AIと人の役割をどう整理し、どう住み分けていくのかが非常に重要だと考えています。
矢部:確かに、AIには得意・不得意がありますし、慎重に扱うべき領域もありますよね。特に、AIの特性をきちんと見極める力そのものが、人により一層求められているように感じています。
鳥居:そのとおりだと思います。導入ありきでAIを使うのではなく、何をより良くしたいのか、AIを使うことでどのようなリスクが考えられるのか、そうした点を丁寧に想像し、整理した上で「どこに使うのか」を設計することが不可欠です。
こうした考え方は、実はAIだから特別というわけではありません。
従来のプロジェクト設計やプロジェクトマネジメントと本質的には同じです。
AIという言葉が注目を集める時代だからこそ、本来大切にすべき設計力やマネジメント力が、改めて問われているのではないでしょうか。
Session 3
―個人活用に終わらせないために、何を設計すべきか
矢部:実際の現場では、AI活用が事業に根付いてうまくいく場合と、思うように成果につながらない場合も見受けられます。その違いはどこにあるとお考えでしょうか。
鳥居:一番大きな違いは、「AIで何ができるか」から考えているか、それとも「どの事業・業務を変えたいのか」から考えているか、そのスタート地点にあると思います。
矢部:目的起点で考えられているかどうか、ということですね。
鳥居:はい。生成AIは汎用性が高く、誰でも簡単に使えるようになりました。
エンジニアリングの現場でもバイブコーディングなどがさまざまなレイヤーの人たちの取り組みとして日々進められています。
ただ、そのAI活用を現場主導で、しかも一担当者に閉じた形で進んでしまうと、属人化が進み、組織全体の業務プロセス改善や事業成果に結びつかない状況が生まれがちです。
そうならないためには、AIをどの業務フローに組み込むのか、そして、どのような状態をゴールとするのかを明確にした上で、業務そのものを再設計することが非常に重要になってきます。
また、AIは利便性が高い一方で、セキュリティや情報管理のリスクも併せ持つ技術です。そのため、業務の設計だけでなく、AIを利用する環境の設計も非常に重要になってきます。
矢部:今のお話を伺い、AI活用がうまくいくかどうかは、技術そのものよりも全体の設計にあるということを改めて感じました。
Session 4
― プロトタイプより前に描くべき「原型」
矢部:博報堂様といえば、生活者視点やマーケティングの強みが印象的ですが、AI活用においては、そうした強みをどのように結びつけて考えていらっしゃるのでしょうか。
鳥居:私たちはまず、生活者との接点、業務プロセス、システムといった全体の中で、AIをどこに位置付けるのかを考えるようにしています。
AIを活用して新しいものを作る場合、まずはプロトタイプを作ってみる、という進め方を取られることも多いと思います。
ただ私たちは、そうしたプロトタイプを作る前の段階で、一度立ち止まります。
それは何のために作るのか、その事業の狙いは何か、そしてそれが生活者にどのような価値を提供するのか、さらに、作って終わりではなく、その後どのような体制で運用し、改善を回していくのか。
いわゆるPDCAまで含めた全体像を形作る、私たちは「原型」と呼んでいますが、その整理を大切にしています。
プロトタイプを作ること自体は重要ですが、それが目的になってしまうと、その後の展開が見えなくなってしまうことがあります。
だからこそ私たちは、事業の狙いや生活者に提供する価値などの戦略を踏まえた上で、実装、運用までを一連の流れとして捉え、その全体像を描くことを重視しています。
AIはあくまで手段ですので、事業やサービスの構造と一体で設計していかなければ、十分な価値にはつながらないと思っています。
Session 5
―データ・業務・ガバナンスをどう再設計するか
矢部:AI活用を本格化させる上で、特に重要だとお考えの前提条件について教えていただけますでしょうか。
鳥居:大きく3つあると考えています。
1つ目は、データです。
部門や施策ごとにデータがサイロ化している、いわゆるデータが分断した状態でいくらAIを使っても、経営の意思決定に耐え得るアウトプットをつくることはなかなか難しいと思います。
2つ目は、業務や判断の属人化です。
人の経験や勘に依存してきた業務をAIに引き継いでいく上では、いかにそれらを抽象化・構造化できるかが重要になります。こうした整理を行わずにAIを導入してしまうと、どうしても「個人の便利なツール」にとどまってしまい、組織全体の業務改革にはつながりにくくなります。
そして3つ目が、ガバナンスです。
生成AIは自由度が高いゆえ、責任の所在を曖昧にしたまま活用を進めると、外部へのデータの流出や品質・信頼性を損ねる結果を招く恐れがあります。
どのデータを使い、どこまでをAIに任せ、どこを人が判断するのか。
そうした責任の所在や説明責任まで含めて設計する必要があります。
私たちはガバナンスを「制約」ではなく、「安心してAIを業務や事業に活用するための設計図」だと考えています。
AIを前提に、業務、データ、そして意思決定の構造を見直していくことは、今後さらに重要になると思います。
そうすることで、企業がこれまで培ってきた強みや価値創出の考え方を、AIを通じて再現性を持って回り続ける状態をつくることができるのではないかと思います。
矢部:AI活用の前提条件として、データの構造化や属人化の解消、そしてガバナンスを整えるのが非常に大切になることが、改めてよく理解できました。
弊法人でも、今年4月にニュースリリースを出したとおり、AIを活用して監査の進め方を刷新し、より質の高く、効率的で、信頼性の高い監査の実現を進めています。
重要なのは、AI活用を進めるためにブレーキを強めることではなく、安心してアクセルを踏めるようなガードレールをどう設計するかにあると考えています。
Session 6
― 「個人の便利」から「組織の創造力」へ
矢部:博報堂様ではAIを「実験的に使う段階」をすでに超え、日常業務や組織運営の中に深く組み込んで活用されている印象を受けました。
その中で、最近特に象徴的だと感じていらっしゃるAI活用の事例について、差し支えない範囲で教えていただけますでしょうか。
鳥居:博報堂では、全社員に「Gemini」の利用環境を付与しました。これは単なるツール導入ではなく、「職種や役職を問わず、誰もが生成AIを右腕に持てる」という文化的なインフラを整えたという意味合いが大きいと考えています。
Geminiと並行して「NotebookLM」も全社的に導入・活用しています。
膨大なリサーチ資料や、過去の複雑なプロジェクトデータを読み込ませることで、分析業務やアウトプット作成のスピードは格段に上がりました。特にコンペなどの提案業務における「初速」が、これまでとは全く異なるものになっています。
ただ、ここで誤解してはいけないのが、AIが答えを出してくれるわけではないという点です。最初の設計図や戦略が曖昧であれば、AIは力を発揮しません。だからこそ今、クリエイティブ、営業、プランニングといった異なる専門性を持つメンバーの間で、「何をAIに解かせるか」という点で、これまで以上に深い意思統一を図ることが重要になっています。
また、私たちの組織では「Notion AI」もフル活用しています。
議事録から管理資料まで、あらゆる情報をNotion AIに集約することで、タスク管理や報告業務は、もはや「AIが下書きを作る前提」のワークフローになりました。
「誰が何を言ったか」を整理することに時間を使うのではなく、「次の一手をどう打つか」という本質的な議論に時間を割けるようになったのは、組織として大きな進歩だと感じています。
最後に、エンジニアの領域では「Cursor」を装備しています。
コーディングはもちろん、設計書やドキュメント作成まで、AIと共創するスタイルが定着しました。
ここで私たちが特にこだわっているのは、「個人のスキルで終わらせない」という点です。Cursorでの開発プロセスをGitHubと連携し、情報を集約することで、個人のノウハウがブラックボックス化するのを防いでいます。
AIを活用した知見が組織全体のナレッジとして蓄積され、チーム全体が指数関数的に成長していく。私たちは、そうした「集合知としてのエンジニアリング」を目指しています。
博報堂が目指しているのは、単にAIを「便利に使いこなす」ことでも、リスクを避けて「安全に守る」ことでもありません。
その先にある、社員一人一人の創造性・クリエイティビティを成長させることこそが、AI活用の真の目的です。
AIという強力なパートナーを得ることで、人はより本質的で、より純度の高いクリエイティブに没頭できるようになります。そうして研ぎ澄まされた個人の発想が、これまで以上に価値の高いサービスを生活者やクライアントに提供することにつながっていくと考えています。
工代:さまざまなツールを使える環境を用意することと、セキュリティに関する懸念とのバランスは、どのように取っていらっしゃるのでしょうか。
鳥居:悩ましい部分ではありますが、まずは承認のプロセスをしっかり設計し、責任の所在を明確にすることだと思います。
社内の申請・承認プロセスをきちんと踏んでいる取り組みについては、「挑戦を応援しよう」という風土が博報堂にはあります。
一方で、生成AIは個人端末で動くため、本人が意識していなくても情報が外部に流出してしまったり、ライブラリ経由でコードが悪さしたりするリスクはあり得ます。
そのため、技術面では個人端末の操作ログを取得し、プロセスを監視することは、必要な「守りの施策」だと考えています。
Session 7
― 「特別なツール」にしないための教育・環境・人の仕組み
矢部:社内のAI推進においては、さまざまなデジタルリテラシーの方がいる中で、活用の浸透に苦労されている企業も少なくないと思います。
博報堂様では、どのような工夫をされているのでしょうか。
鳥居:多くの企業に共通すると思いますが、新しい技術や考え方は、どうしても一部の詳しい人だけのものになりがちです。
博報堂でも、「取り組みはあるが、現場の実感や行動にまで届いていない」という課題感がありました。
そこでまず意識したのは、AIを「特別なツール」にしないことです。
エンジニアや一部の専門人材だけが使うものではなく、クリエイティブ、営業、プラニングなど、職種ごとの日常業務の中に自然に組み込むことを重視しています。
全社員向けの基礎的なリテラシー研修に加え、「自分の仕事でどう使うのか」が具体的に分かる職種特化型の実践プログラムも用意しました。
さらに、研修だけで終わらせず、誰もがすぐに最先端のAIを使える環境を整えることで、学びと実践が循環する仕組みをつくっています。
加えて、「AIアンバサダー」や「AIメンタリング」といった、人を起点にした施策も導入しました。
業務や個人の興味関心の中で自発的にAI活用を進めていた社員をAIアンバサダーとして認定し、その熱量や工夫が現場から現場へ伝播していく形をつくっています。
また、AI活用に精通した若手社員が経営層に対して支援を行う「AIメンタリング」制度も実施しています。
日常業務の中で生まれた工夫や知見が、人を介して組織全体に広がっていく。
「教育」「環境」「人のつながり」をセットで設計することが、AIを“創造性を拡張するパートナー”として根付かせる上で重要だと感じています。
矢部:私たちの監査法人でも、各事業部門にAI活用を推進するチャンピオン人材を配置しています。アンバサダーやメンタリングのように、“人から人へ”浸透させていくアプローチは、多くの企業にとって非常に実践的なヒントになると感じました。
Session 8
― スキルではなく「問いを立てる力」をどう育てるか
矢部:ここまでAIの進化や、業務の在り方そのものが変わりつつあるというお話を伺ってきましたが、「AI時代に、どのような人材が求められるのか」、そして「その人材をどう育てていくのか」という点でも伺えますでしょうか?
鳥居:AI時代には、AIと協働しながら、事業等のやりたいことに対して、本質的な価値を定義できる人が求められるのではないでしょうか。
具体的には、問いを立てる力・課題設定力や、文脈を理解するためのドメイン知識、人ならではの判断と価値付けが今後ますます重要になってくると思います。
矢部:ありがとうございます。
問いを立てる力や課題を文脈の中で捉える力、そして最終的に人として判断し、価値付けを行う力といったものはAIの進化が進むほど、むしろ重要性が増していくのだと感じます。一方で、こうした力は「研修を受ければ身に付く」という性質のものではなく、日々の業務や経験の中で少しずつ育っていくものでもありますよね。
Message
矢部:最後に、本日の対談を踏まえて、これからAI活用に取り組む企業、そして私たち監査・プロフェッショナルファームに向けて、一言メッセージをいただけますでしょうか。
鳥居:AIは、それ単体で何かを魔法のように変えてくれる存在ではありません。
しかし、企業がこれまで大切にしてきた価値観や強みを、より再現性高く、持続的に回していくための力にはなり得ると思います。
そのためには、AIを「使うかどうか」ではなく、AIを前提に、業務・データ・意思決定の構造をどう再設計するかを考えることが重要です。
生活者や事業の価値に向き合い続ける姿勢こそが、AI時代においても企業の競争力を支えるのではないでしょうか。
ゲストスピーカー(写真中央)
鳥居 宏行 氏
株式会社博報堂 コマースビジネスデザイン事業ユニット マーケティングシステムコンサルティング局 テクノロジーコンサルティング部 部長
本対談で、AI活用が個人の工夫や試行段階を超え、事業や組織の前提を見直す局面に入ったと実感しました。博報堂様の実践は、価値創出の構造や意思決定の在り方の再設計の重要性を示しています。本記事がAI活用や企業改革を見直す契機となれば幸いです。最終回までお読みいただき、ありがとうございました。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)
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