EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 市原 直通
2003年、当法人入社。金融機関におけるデリバティブの公正価値評価やリスク管理に関する監査、アドバイザリー業務に従事。16年より会計学と機械学習を用いた不正会計予測モデルの構築・運用や監査業務におけるAI活用に関する研究開発に従事している。日本証券アナリスト協会 検定会員。
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 成行 浩史
ITコンサルティング会社を経て、当法人入社後は主に不動産業、製造業等の監査業務、またIFRS導入支援等アドバイザリー業務に従事。2020年より異常検知システム等の開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。
要点
EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)では毎年、「監査品質に関する報告書」※1の中でAIを含む最先端のテクノロジーを活用した監査業務の変革について掲載しています。『情報センサー』では2024年12月より各取組みの最新状況を解説しています。
第5回となる本稿では、2024年10月22日(火)に筑波大学東京キャンパスで開催された「AIによる不正会計検知の現在と未来~統計学・会計学・法学の視点で実務を考える~」と題したシンポジウム※2についてレポートします。EY新日本からもメンバー2人が登壇し、財務諸表監査におけるAIの具体的な活用事例を紹介しました。大学関係者や実務家など200名以上の参加者が集まり、AIの不正検知への応用に対する関心の高さがうかがえました。また、AIの利用に関する法規制のセッションでは、技術の進歩に伴う法的な課題と対応について議論がなされました。
※1 EY新日本「監査品質に関する報告書 2024」
※2 GSSM(筑波大学大学院 人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群)、「シンポジウム『AIによる不正会計検知の現在と未来』の開催について」、www.gssm.otsuka.tsukuba.ac.jp/news/event/5073.html(2025年3月14日アクセス)
本シンポジウムでは、「統計学・会計学・法学の視点で実務を考える」という副題の通り、AIを実務にどう実装するかに焦点をおいた以下3つの講演が行われました。
第1セッションでは、EY新日本の市原直通と山本誠一が登壇し、財務諸表監査におけるAIの活用事例を紹介しました。過去の記事でも紹介した通り、EY新日本では機械学習を用いた異常検知ツールを監査実務で利用しています。その手法や実装・浸透に当たっての課題およびEY新日本における取組みを紹介しました。
EY新日本におけるAIを活用した監査ツールについて、開発アプローチは以下に分類されます。
アプローチ |
前提 |
課題 |
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過去の不正事例を学習させる |
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変数間で通常見られる関係性からの逸脱を見つける |
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データ分布の中で外れているものを見つける |
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シンプルなルールに該当するものを見つける |
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不正事例の入手可能データは非常に少ない一方で、実務で利用するためには、実例を用いた検知力の検証が必要です。さらに、検知された案件に対し、次のアクション(監査手続)につなげるための情報をいかに分かりやすくユーザーに伝えるかという点も重要なポイントとなります。
前者について、不正事例に関連するデータが一般に公開されない、特に監査法人内部にとどまり学術研究まで広がりにくいことで、いわゆる教師あり学習の開発デザインや異常検知プログラムの有用性の検証が困難なケースが少なくありません。EY新日本では開発チームが、ユーザーである監査チームと直接コミュニケーションをとり、訂正には至らないものの監査上の検出事項となるような事項、もしくは分析に有用と思われる情報を収集し、ツールの有効性を評価するとともに開発にも活用しています。
また、検知結果を監査実務につなげるための施策として、インプットデータを「なぜ検知されたのか」が理解しやすい形にビジュアル化し、検知結果とともに監査チームに提供しています。本シンポジウムでは、実際の画面を投影し、検知結果をどのように監査上のリスクの識別や検証手続につなげていくのか、具体的なグラフやビジュアルを基に説明しました。
AIを用いた監査ツールの活用は、ツールとして汎用(はんよう)化されることで、多数のユーザーの利用結果を収集・解析しやすくなるため、ナレッジの蓄積や企業が想定しない手続きの組み込みなど、多くのメリットがあります。その一方で、開発、利用の両面から課題も識別しており、その対応策とともに実際の取組みを紹介しました。
課題 |
対応策 |
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課題 |
対応策 |
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*XAI:説明可能な人工知能。機械学習アルゴリズムで生成した結果とアウトプットを、人間が理解しやすくするための技術の総称。
第2セッションでは、発表グループで開発中のAIを用いた不正会計検知モデルについて講演がありました。会計学・統計学などのアカデミアの知見に実務家の視点を加え、AIを用いた技術を実用化するに当たっての手法や課題に触れ、実際の活用事例と併せて紹介されました。
第3セッションでは、不正会計を検知するAIが社会実装されるに当たっての現在、そして将来生じるであろう法的問題の所在についての発表がありました。AIツールの開発者および利用者の立場から、AIを利用すること、AIの結果を判断の根拠とすることのリスク、逆にAIを利用しないことのリスクなど、幅広い視点からの知見が紹介されました。
質疑応答では、AIツールの有効性評価や必要なデータ量、数値以外の情報の取り扱い、データの取得元が異なることによるデータ形式のばらつきなどへの対処方法など、具体的な質問が多数寄せられ、AI技術の実装における課題への関心の高さがうかがえました。
AIの社会への実装には多数のハードルがあり、社会の問題解決や効率化を具現化するためには、AIのコア技術の開発だけでなく、現場で活用するための取組みや法整備が必要です。特に会計監査の分野では、AIの透明性と説明責任が重要な要素となります。本シンポジウムでは、いわゆるAIのブラックボックス化問題に代表される、AIの社会実装における課題についても議論が交わされました。
AIのブラックボックス化とは、高度な機械学習モデル(例:ディープラーニングモデル)がどのようにして結果を導き出しているのか、人間が理解しにくい状況を指します。この問題はAIの判断根拠を利用者が明確に理解することを困難にし、実務への適用において大きなハードルとなっている点は広く知られています。
質疑応答では、生成AI技術が不正会計検知にどのように貢献できるか、また検出結果を生成AIに解釈させることにより、ブラックボックス化問題に対応できないかといった質問も寄せられました。回答に当たって現状の生成AIの数値情報における技術のレベル、モデル自体の複雑性のほか、実装におけるコスト面についても言及されました。
2023年2月号の「試算表を用いた連結子会社のリスクの識別」でも紹介した通り、EY新日本では、AIの出力結果の解釈性を向上させるために、SHapley Additive exPlanations(SHAP:特徴量の情報がない場合のスコア〈平均的なスコア〉と実際のスコアとの差を特徴量ごとに分解することで、各特徴量の寄与度を示すことができる)などの手法を用いた解釈可能なAIの開発を進めています。
生成AIは、企業の生産性向上や新たな価値創出のための革新的な技術として注目されています。しかし、知的財産権の侵害、偽情報や誤情報の生成・発信といった新たなリスクも顕在化しています。技術革新のスピードは目覚ましく、人の補助を目的としていたAIが、近い将来、人の代替として機能する可能性もあり、ビジネスにおいて「AIを利用しない」こと自体がリスクとなることも考えられます。
会計監査の分野では、AI技術の迅速な導入と開発が進められていますが、AIのブラックボックス化といった技術固有の問題やデータの適切性評価など、実務への適用に際して考慮すべき事項が多く存在します。また、本シンポジウムでも指摘された通り、法整備の不十分さも無視できない問題点です。これらの技術的および法的な課題に対応するためには、技術開発だけでなく、情報リテラシーの向上と、利用環境の整備が不可欠です。
今回のシンポジウムを通じて、AIを活用した会計監査技術の重要性、影響力、そして関心の高さが改めて明らかになりました。EY新日本は今後も監査のデジタル変革を進め、高品質な監査を通じて監査クライアントの企業価値向上を支援し、グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献していきます。
【共同執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 山本 誠一
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 出口 智子
コラム クライアントとの共創による新たな価値の実現
クライアントの現状と今後起こり得る変化を⾒据え、このコラムでは、EY新日本の付加価値提供の取組みやクライアントとの共創の事例をシリーズでご紹介します。
機械学習を用いた開発アプローチの1つとして本稿の本文において紹介した「異常点がなぜ検知されたのかを理解しやすい形にビジュアル化し、検知結果とともに監査チームに提供」することは、クライアントと監査人のコミュニケーションの活性化にも役立ちます。
グループ監査の実務で使用する連結グループ財務諸表分析ツール(TBAD:Trial Balance Anomaly Detector)を例に見てみましょう。
従来の監査実務では、グループ監査における各子会社の分析は表計算ソフトで行われ、前期末や前年同期といった限られた時点や期間との財務数値の比較しか行われず、また増減率よりも金額的変動の大きい箇所に焦点をおくのが一般的でした。その結果、毎回同じ子会社でフラグが立ち、同じ内容の質問もありました。
ここでTBADを使用した場合、5年といった複数年の時系列分析により、小規模子会社の財務数値の逓増/逓減傾向を見逃すことなく検討が可能となります。またTBADが標準ツールとして備えている架空売上や在庫水増しの不正シナリオ分析により、売上が増えている状況が本当に異常性のあるものなのかについて深度ある検討が可能となります。そして、これら異常点がビジュアル化された分析画面をクライアントへの質問時にも活用することで、監査人が異常と考える事項についてより視覚的に状況を伝えることが可能となります。加えてこれを定期的に、例えば四半期ごとに繰り返し実施することで、「この点は異常な傾向を示すように見受けられるが監査人はどう考えているか」といったコミュニケーションが双方向で活性化していきます。
監査の目的上、その全てをクライアントに対してオープンにすることはできませんが、リスクの早期検知やインサイト提供を通じた監査品質の向上を目的とし、EY新日本は引き続きAI監査ツールの監査実務での利用を進めていきます。
出所:EY新日本「監査品質に関する報告書2024」36ページを基に作成
池山 允浩
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 オーディットデータストラテジスト
2024年10月22日に筑波大学東京キャンパスで、「AIによる不正会計検知の現在と未来」と題したシンポジウムが開かれ、EY新日本からはAIラボの市原直通、山本誠一が登壇し、財務諸表監査におけるAIの活用事例を紹介しました。
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