2035年がオーストラリアの気候目標として重要な理由:ネットゼロへの8つの鍵

情報センサー2025年11月 JBS

2035年がオーストラリアの気候目標として重要な理由:ネットゼロへの8つの鍵


EYネット・ゼロ・センターの新しい報告書によると、2035年までに必要とされる多くの温室効果ガスの削減は、コストの節約にもつながることが明らかになっています。今こそ、企業が主導する時です。


本稿の執筆者

EYオセアニア 豪州勅許会計士 篠崎 純也

2002年EYシドニー事務所入所。日系企業や現地の企業の豊富な監査・税務経験を経て、現在ニューサウスウェールズ州ジャパン・ビジネス・サービス代表として日系企業へのサービスを全般的にサポートしている。EYオセアニア JBSディレクター。



要点

  • オーストラリア は最近、2005年比で62〜70%の温室効果ガス削減を2035年までに達成するという新たな目標を設定した。これは実現可能な目標であり、国家の利益にもかなっている。
  • EYの分析では、建物や交通、産業の分野でコストを抑える取組みを進めることで、目標の大半を達成できると示されている。
  • 2035年を見据えると、今すぐに行動を起こすことが重要。今こそ投資を行い、コストを削減し、将来の競争力を築くべき時期である。

Ⅰ オーストラリアのCO2排出削減は2035年が新たな目標年に

これまで、2050年は世界の気候変動対策の目標年として位置付けられ、多くの政府や企業がこの年までにネットゼロを達成することを約束してきました。しかし2025年、オーストラリア政府は パリ協定に基づく主要な気候変動対策として、気候変動庁(Climate Change Authority)の勧告を受け入れ、2005年比で62〜70%の排出削減を2035年までに達成するという目標を新たに設定しました。この目標の上限値は、平均気温上昇を1.5℃に抑える国際的な道筋と一致しています。

この目標は今後10年間の政府や企業の気候変動対策の方向性と取組みの規模を左右する重要な指針となり、目標年が短縮されたことにより、政府の政策はよりスピーディーに実行され、企業の取組みや技術革新も加速すると考えられるため、政府の政策や主要な企業の対応に留意する必要があります。

図1  気候変動に関する社会的関心と具体的な行動の高まり

図1 気候変動に関する社会的関心と具体的な行動の高まり
注:国の気候変動対策コミットメントのコミットメントは、2005年の京都議定書別添(Annex B )に基づいている。 ネット・ゼロ・コミットメントには、Energy and Climate Intelligence Unit によって報告されているネットゼロ、気候中立、カーボンニュートラルの目標が含まれる。
出所:Net Zero Centre analysis

EYネット・ゼロ・センターの最新レポート「Charting Australia’s path to 2035 and beyond: Eight keys to unlock lower costs, improve security and deliver net zero emissions(2035年以降のオーストラリアの道筋:コスト削減、エネルギー安全保障の強化、ネットゼロ達成のための8つの鍵)」によると、2035年までに排出量を65〜75%削減するという国家目標※1は、妥当かつ現実的であるとされています。

分野別では、住宅・ビル、交通、製造業などの産業部門、農業の各分野において、すでに実用化されている技術を導入することで、2035年までに必要な排出削減の約80%を達成できるとしています。また、必要な取組みの多くは、電化、電気自動車の導入、道路輸送の効率化などを通じてコスト削減にもつながると期待されています。

EYネット・ゼロ・センターは、コスト削減、エネルギー安全保障の強化、ネットゼロ達成に向けた取組みを加速させるための、実践的な8つの「鍵」を提示しています。これらの施策は、2035年までに達成可能な排出量削減の大部分を担うと同時に、産業界や消費者に新たな価値をもたらす可能性を秘めています。

※1 EYネット・ゼロ・センターの最新レポート後の2025年9月12日にオーストラリア政府は2035年の目標値を62~70%に緩和している。

Ⅱ 費用対効果の高い気候対策のための4つの鍵

過去10年間で気候変動対策の費用対効果は大きく改善されました。技術コストは急速に下がる一方で、気候変動による影響を回避することによるメリットは、より早い段階で実感できる現実的なものとなっています。その結果、積極的に対策を講じることによる経済的な意義はこれまで以上に強くなっています。

1. 建物や設備の更新時の電化の促進

再生可能エネルギーで稼働する電気システムに切り替えることで、すぐに長期的な節約効果が得られます。10年間で世帯当たり6,000豪ドル以上の節約が見込まれています。

2. 電気自動車(EV)の普及と輸送効率の向上

EVは従来の車両に比べて年間最大1,200豪ドルの所有コスト削減が可能です。業務用車両では、さらに大きな節約効果が期待できます。こうしたメリットを実現するには、充電設備の整備や電力供給の確保、初期費用のハードルを解消することが必要です。

3. 住宅やインフラの耐久性とエネルギー性能の向上

未来志向の建物や街づくりは、安全性が高く、快適で、生活コストも抑えられます。例えば、20億豪ドルの投資によって、2050年までに190億豪ドルの将来的なコストを削減できる可能性があります。また、省エネ性能の高い住宅は、1世帯で年間945豪ドル以上の節約につながります。

4. 土地利用による炭素除去と高品質なカーボンクレジットの拡大

適切な制度設計があれば、森林などの土地を活用した炭素除去プロジェクトによって、2050年までに国内で500億豪ドルの価値を生み出す可能性があります。また、これらは削減が難しい分野の排出量を相殺する手段としても役立ちます。

Ⅲ 次のステップに備えるための4つの鍵

残りの4つは2035年以降、より活気ある、そして豊かな低炭素経済の土台を築くためのものです。

5. 競争力のある低炭素産業と技術の共同開発

オーストラリアは、グリーン鉄、重要鉱物、化学品、データセンター分野で世界をリードする可能性を秘めています。鉄鉱石に加えてグリーン鉄の輸出へと少し方向転換するだけでも、適切な政策支援やカーボンクレジットと組み合わせることで、2050年までに国家収入を890億豪ドル押し上げる可能性があります。

6. 農業輸出における低炭素成長戦略の周知

農業分野では排出削減の選択肢が限られているため、2050年にはオーストラリア全体の排出量のほぼ半分を占める可能性があります。家畜を輸出する企業は、排出量を相殺するためにカーボンオフセットに頼る必要があり、そのコストは、日本を含む輸出先の消費者に反映されることになるかもしれません。消費者が理解し、納得して選べる環境づくりが、今後ますます求められます。

7. 重工業や輸送分野における排出削減インセンティブの維持

オーストラリアのカーボン・クレジット・ユニット(Australian Carbon Credit Units:ACCU)を活用することで、カーボンクレジットなしのシナリオと比べて、2035年までのコストを半分に抑えることができます。とはいえ、特に輸送分野においては現行の政策だけでは実現できない部分もあり、対象領域をさらに拡充し、取組みを後押しする仕組みが求められています。

8. 化石燃料輸出に関する一貫した長期的枠組みの整備

2024年時点で、オーストラリアのエネルギー輸出の99%(全商品輸出の94%)はネットゼロ目標を掲げる国々に向けて行われています。輸出政策を、信頼性のあるネットゼロ目標を持つ最終消費国への輸出を促進するなど、世界的な脱炭素化の流れと整合させることで、オーストラリアの長期的な国益と、効果的な気候変動対策の推進につながります。
 

世界はまだ、気候変動による深刻な影響を防ぐための確かな対策を十分に進められていません。しかし、変革への勢いは高まっており、いち早く行動を起こす企業ほど、大きな成果を得られる可能性があります。

Ⅳ おわりに

上述した気候変動対策は、政府と企業が連携して取り組む必要があります。投資サイクル、インフラ整備のタイムライン、政策の枠組みには、今まさに明確な方向性が求められています。いち早く取り組んでいる企業には、以下のような恩恵があります。

  • 温室効果ガス排出量の多いインフラや技術への固定化を回避できる
  • グリーン資本の流入や調達基準への対応で優位に立てる
  • 気候リスクやレジリエンスに関するステークホルダーの高まる期待に応えられる

企業は、自社の排出プロファイル、業界の状況、戦略的な機会に応じて、最適な道筋を見極める必要があります。政府は、助成金、税制優遇措置、義務基準、ラベリングや情報開示など、さまざまな手段を講じることができます。しかし、主導権を握るのは企業であり、8つの重要な鍵は企業の手に委ねられていると言えます。

気候変動の未来、それに世界がどう対応していくか、その中でオーストラリア企業がどんな役割を果たすかは、まだ決まっていません。この変化に積極的に関わり、可能性を探り、未来を思い描こうとするリーダーこそが、これからの時代を築くことができるでしょう。

【EYネット‧ゼロ‧センターの最新レポートの執筆者(英語のみ)】

Dr. Steve Hatfield-Dodds
EY Net Zero Centre Head of Research, EY Regional Chief Climate Economics and Policy Officer, Oceania, EY-Parthenon Strategy, EY Australia

Emma Herd
EY Net Zero Centre Co-Leader, Partner, Climate Change & Sustainability Services, EY Australia

Declan McManus
EY Net Zero Centre Co-Leader, Partner, Infrastructure Advisory, EY Australia

サマリー 

気候変動対策を推進する力は今後さらに強まっていくでしょう。その動きは予測できない出来事によって形づくられ、国や地域、企業に大きな影響を及ぼすことになります。突如訪れる変化もあり、計画を持たない企業は不意を突かれる恐れがあるでしょう。とはいえ、希望もあります。レジリエンスと収益性を高めるための多くの鍵は、すでに手の届くところにあるからです。

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