ツーリズムの未来はどこに向かうのか? 世界の変化を味方にする日本のツーリズム、次の一手

ツーリズムの未来はどこに向かうのか? 世界の変化を味方にする日本のツーリズム、次の一手


10年後の未来シナリオと新たに生まれるビジネスチャンスを描く――書籍「ツーリズムビジネスの未来2026−2035」

本書籍の出版記念セミナーでは、世界情勢の変化やテクノロジーの進展を踏まえ、2035年に向けたツーリズムの構造変化と日本の戦略課題が多角的に議論されました。


要点

  • 世界情勢が不安定化する中でも観光需要は拡大。観光を左右するのは地政学ではなく、経済・安全性・可視性の3要素である。
  • 2035年に向けた7つの未来トレンドを明確化。AI進化とアナログ回帰が同時進行し、新たな市場機会が生まれる。
  • 日本のツーリズムが成長する鍵は、分断されたデータ統合やモビリティ革新、そしてAIでは代替できない“人の価値”の再設計にある。

EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社は2026年3月、書籍「ツーリズムビジネスの未来2026−2035」(日経BP刊)を発行しました。

本書の発行を記念して、2026年3月12日に行われた出版記念セミナー「2035年、ツーリズムの地殻変動:世界の変化を捉えた日本のツーリズムの未来とは」を開催、The Economist Groupディレクターのロドリゴ・ゴンザレス氏、オートインサイト代表の鶴原吉郎氏、シリコンバレーのトラベルテック企業RateGain Adara Japanのシニアディレクター 森下順子氏をゲストに迎え、「急拡大するインバウンドの先を見据え、日本の観光産業はどのように成長機会を捉え、未来へ備えるべきか」をテーマに今後のツーリズムについてディスカッションしました。

はじめに、日経BP 総合研究所 未来ラボ所長の高橋史忠氏から開催あいさつがあり、書籍の内容について紹介されました。
本書は世界と日本の動向をベースに急拡大するツーリズムビジネスの今後10年を、「人口動態」や「AIの進化」など7つの未来トレンドに整理し、25の未来シナリオを提示しています。
高橋氏はセミナーと合わせて、「10年後に向けた新ビジネスの創発にお役立ていただきたい」と呼びかけました。


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セクション1

基調講演① 「地政学的変化を捉えたツーリズムの方向性」

本講演は英国のビジネス誌「The Economist」を発行するThe Economist Groupの東京ディレクターであるロドリゴ・ゴンザレス氏が「地政学的変化を捉えたツーリズムの方向性」をテーマに基調講演を行い、現在の国際情勢がツーリズム産業に及ぼす影響について解説しました。


データが示す“観光は減らない”という意外な事実

マクロ経済や地政学リスクが専門のゴンザレス氏。世界の不安定化と観光需要の関係について、「地政学的緊張が高まり、戦争が起こるなど情勢が不安定になると、観光旅行は控えると考えられがちですが、実際のデータを見ると必ずしもそうなっていません」と指摘します。

The Economist Groupが作成したここ数十年の世界の紛争に関する表や地図を示しながら、「ここ35年ほどで湾岸戦争をはじめ9・11、イラク戦争、アフガニスタン紛争などさまざまな紛争がありましたが、現在はさらに2割くらい紛争が増えている状況です」と解説。グリーンランド、インド洋、南シナ海、台湾海峡でのリスクの高まりについて触れたほか、2022年以降続くウクライナ情勢、今年1月の米軍によるベネズエラ攻撃、アフリカでの紛争、中央アジアのアルメニアとアゼルバイジャンの対立、イラン戦争についても「経済的な影響が大きく出ている」と指摘しました。
 

しかし観光需要については、国連のデータを示しながら、「観光需要は落ち込んでいない」ことを強調しました。
「観光収入も旅行者数もどちらも増え、過去最高を更新しています。世界の観光はむしろ拡大しているのです」

一方で、観光客の増加は社会的摩擦も生んでいます。スペインのバルセロナではオーバーツーリズムに抗議するデモが起こり、日本ではオーバーツーリズム問題のほか、外国人労働者の増加に伴う社会的な課題も浮上していると述べました。

 

変化するツーリズム産業を読み解く3つの視点

では、紛争が増えても観光が減らないのはなぜでしょうか。
ゴンザレス氏は観光産業を動かす3つの主要因として、①経済、②安全性、③可視性を挙げました。

① 経済:為替レートの変動や石油価格の高騰が旅行コストに直結します。特に石油価格は航空燃料に影響し、航空券価格を押し上げる要因となります。例として最新の石油価格の推移を示し、イラン情勢の影響で一時1バレル100米ドルに達したことに触れ、「しばらくの間、航空券が高くなってもおかしくはない。こうしたことが観光に大きな影響を与える可能性がある」と述べました。

② 安全性:紛争地域そのものへの旅行は避けられるものの、周辺国や別地域への旅行需要は必ずしも減少していません。「実際に戦争にならない限り、リスクが高くても観光客は目的地を大きく変更しない傾向があります」と説明します。

③ 可視性:「SNSのトレンドや、何がはやっているか」ということに、観光産業も左右される」と述べました。

そして、観光産業を動かす要因は、地政学リスクより経済的要因がより強いのがポイントだと解説しました。

The Economist Group ディレクター ロドリゴ・ゴンザレス 氏
The Economist Group ディレクター
ロドリゴ・ゴンザレス 氏

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セクション2

基調講演②「世界情勢を踏まえたツーリズムビジネスの地殻変動と日本の未来」

EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの平林知高が「世界情勢を踏まえたツーリズムビジネスの地殻変動と日本の未来」と題して講演を行いました。書籍で示した7つの未来トレンドを紹介し、それらが既存のツーリズム市場にどのような影響を与えるのか、そして新たなビジネスチャンスがどこに生まれるのかについて解説しました。


旅行体験の未来は“超デジタル”と“アナログ回帰”が同時に進む

平林からは、今回のレポート構成について

PEST分析(政治・経済・社会・技術)の視点から未来に起こりうる変化を整理し、以下の7つのトレンドとして抽出していると解説がありました。

①グローバリゼーションの行方
②人口動態・経済構造の変化
③AIの進化と社会実装
④テクノロジーによる体験価値の変化
⑤サステナビリティからリ・ジェネレーションへ
⑥日本のソフトパワーの活用
⑦価値観の変化とアナログへの回帰

特に「AIがどのように社会に実装されていくか」について厚く解説されており、テクノロジーの進化が旅行者の体験価値をどのように変化させていくのかにも触れています。

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平林は、「AIやテクノロジーの進展によって利便性が高まり、意思決定が容易になる一方で、人間は不確実性や偶発性を求めているので、ツーリズムでアナログ回帰が進むのではないか」、また「旅行者、地域、DMO(観光地域づくり法人)、既存の関連事業者がこれらのトレンドからどのような影響を受けるのか、新たな人の移動パターンが生まれることでどのような新しいビジネスチャンスが到来するのかを整理し、7つのトレンドにひもづく25のシナリオを掲載している」と述べました。

 

AI時代でも旅への欲求は止まらない。世界情勢の変化にどう応えるか

続いて、各トレンドの概要について個別に解説しました。

① グローバリゼーションの行方

「世界では、国境が本当になくなるかのようにヒトやモノの移動がシームレスになっていく一方で、リージョナリズム(地域主義)も進んでいます。分断が加速することで『自国優先主義』に回帰していくシナリオも考えられます」と説明します。

一方で、紛争リスクや分断による旅行コストの上昇があったとしても、「情報の流通は分断されず、人々の旅への欲求は止められない」と指摘しました。

② 人口動態・経済構造の変化

世界では高齢化社会と人口増加が同時多発的に起こっていることに伴い、アクティブシニア層や、「グローバルサウス」と呼ばれるインドやアフリカなどの新たな中間層の出現が注目されています。このマーケットをどう捉えるかが重要になると述べました。

③ AIの進化と社会実装

SEO(検索エンジン最適化)が主流だったマーケティングは、AIO(AI最適化)やGEO(生成エンジン最適化)へと早晩に大きく変化していくと予測します。平林は「今後は自律型で業務を遂行するAIエージェントなどによる既存のビジネスモデルの変革が起こるでしょう。ユーザーエクスペリエンスも劇的に変わっていきます」と語りました。こうした変化を前提に、人々の思考や行動がどう変わり、私たちはどう対応すべきかが問われるとしています。

また、生成AIを介した情報流通が主流となっても、AIが価値を提供するためにはデータへのアクセスが不可欠です。

「そのベースとなる一次データをもっているのは地域や事業者。そのデータがオープンではなく、なかなか手に入りづらい場合、データの価値そのものが上がっていきます」(平林)

この価値を踏まえて、AIの一次データアクセスを前提としたデータ提供・連携の仕組み作りなども、今後の方向性の一つと考えられます。

④ テクノロジーによる体験価値の変化

例えば、人間拡張技術の進展により、身体的な衰えを補うことで「旅を続けられる寿命」が伸びる結果、三世代で楽しむようなマルチジェネレーション型の旅行が増えていくなど、AI以外のテクノロジーが与える影響について説明しました。

⑤ サステナビリティからリ・ジェネレーションへ

サステナビリティの重要性は理解されているものの、“自分ごと化”が難しく、自らがサステナビリティに取り組むのが難しいという課題があります。平林は、「“自分ごと化”が進むことで、旅を通じて地域にどう貢献し、ポジティブなインパクトを与えられるかという行動変容が起きていくだろう」と説明しました。さらに、フードロスなどの課題を背景にサーキュラーエコノミーが浸透し、サーキュラーツーリズムという循環型の観光モデルがさまざまなステークホルダーを巻き込んで広がりつつあると述べました。

⑥ 日本のソフトパワーの活用

配信チャネルの拡大により、日本のアニメや音楽が世界に広がり、アニメを通じた日本の文化の浸透、音楽を通じた日本語の理解、そうした浸透による、「世界の日本化」が進んでいると指摘しました。また、日本各地が持つ最大の資産ともいえるウェルネスやウェルビーイングの価値が今後どのように変化していくかにも注目が集まると述べました。

⑦ 価値観の変化とアナログ回帰

AIによる便利さが極まる一方で、「不確実性や偶発性が旅の醍醐味(だいごみ)」であり、「旅はアナログ回帰するのではないか」と予測。

「最近はライブツーリズムという言葉もあり、例えば野球の試合やコンサートなど毎回全く同じものにはならないエンターテインメント、その時だけしか体験できない状況・偶然性に人々の興味・関心が移ってきています」(平林)

最後に「7つのトレンドを踏まえると、10年後は今までとは全く違う世界観が生まれ、ツーリズム市場の地殻変動が起こる」と述べ、「このチャンスをどう捉え、経済成長のエンジンにしていくかが問われています」とまとめました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング  ストラテジック インパクト パートナー 平林 知高
EYストラテジー・アンド・コンサルティング
ストラテジック インパクト パートナー
平林 知高

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セクション3

パネルディスカッション 日本の観光ツーリズムは成長機会をどう捉え、いかに変革していくのか

基調講演に続き、RateGain Adara Japan合同会社 シニアディレクターの森下順子氏、オートインサイト株式会社代表で技術ジャーナリスト・編集者の鶴原吉郎氏の2名を迎え、4名によるパネルディスカッションが行われました。議論は、国際情勢の変化からデジタルマーケティング、自動運転、AI、そして旅の偶発性まで多岐にわたるテーマに広がりました。


増えるアジアからの旅行者。データの一元化も課題に

議論はまず、地政学リスクが旅行需要に与える影響から始まりました。MCの平林が「不安定化する世界情勢の中で日本に影響はあるのか。また地政学的リスクにより日本が代替としてより選択されるデスティネーション(旅行目的地/旅行先)となる可能性はあるのか」と問いかけると、ゴンザレス氏は「地政学リスクよりも経済の影響が大きい」と指摘。「世界成長の6割を担うアジアでは若年層が増え、中間層が拡大しています。初めて海外旅行に出る層が増える中、日本は非常に魅力的な旅行先として捉えられています」と述べました。

続いて、森下氏はデジタルマーケティングについて「デジタルネイティブなミレニアム層が何を求めて日本に来ようとしているのか、データを活用することがキーになっていく」と言及。旅行者の行動データが分断されている現状に対して、「フライト、宿泊、現地体験など、旅行者の行動が複数のデータソースに散らばっています。地域のデータとグローバルデータを統合し、立体的に把握することが重要です」と語りました。

RateGain Adara Japan合同会社 シニアディレクター 森下 順子 氏
RateGain Adara Japan合同会社 シニアディレクター
森下 順子 氏

自動運転はツーリズムを変えるのか。モビリティ革命の行方とは

テクノロジーの進化については、自動運転が大きな焦点となりました。鶴原氏は、日産・Uber・Wayve(ウェイブ)による自動運転の共同実証や、米国や中国の事例を紹介し、「日本でも2030年頃には都市部で自動運転車が一般化する可能性がある」との展望を示しました。一方で「地方だけでなく都市部でもドライバー不足が深刻ですが、現状では自動運転のコストが高く、採算性が課題です。観光客も含めたビジネスモデルを模索することで実現化に近づく可能性が高まります」と述べ、ツーリズムとモビリティの連携が鍵になると強調しました。

続いて「AIが旅行における人々の行動をどう変えるか、またツーリズム産業への影響は」という問いに対し、ロドリゴ氏は、AI導入の影響は主に経済面に表れ、特にサービス輸出の割合が高いインドのような国ほど影響が大きいと指摘しました。また、ウェイモなどの自動運転は利便性の高さから米国などでは既に普及が進んでいると述べました。

オートインサイト株式会社 代表 技術ジャーナリスト・編集者 鶴原 吉郎 氏
オートインサイト株式会社 代表 技術ジャーナリスト・編集者
鶴原 吉郎 氏

AIが変えるツーリズム。データ活用・マーケティング・旅行行動の変化

森下氏は、「AIのアウトカムは投入するデータで変わる。過去のデータによる旅行者の傾向やペルソナ把握などと、需要予測などのデータを組み合わせることで、例えば、現地の言語対応や車両・人員配置などの運用最適化に活用できる」と述べました。

またAI×マーケティングの観点からも、いつ誰とどこへ行くといった消費者側のデータと、何が提供できるかといった供給側データが一元的に集約されていくことで、両者の情報のマッチング精度が高まると言います。その結果、需要側は意思決定に必要な情報を得やすくなり、供給側もどのような情報を出していくべきかが明確になり、取引機会の拡大を通じた経済活性化につながる可能性があります。施策運用は、最適な対象に最適なタイミングで配信し、効果を検証して次の打ち手に反映するPDCAが今後も基本になると述べました。

鶴原氏は「最近は検索せずにAIに直接相談することが増え、AIが提案した宿泊先を実際に予約しました」と自身の体験を語り、旅行計画の入り口そのものが変わりつつある時代の変化に触れました。旅行先として選ばれるためには「AIの最適化」を真剣に考えるべき段階に来ていると指摘しました。
 

旅の醍醐味は偶発性。AI時代にこそ“人”の価値が高まる

議論の終盤では、旅の「不確実性」がテーマとして取り上げられました。平林は「AIで最適化された旅も良いですが、ふと暖簾(のれん)を見て店に入るような、予定にない、偶然の出会いこそ旅の醍醐味です」と語り、テクノロジーとアナログ体験が共存することで、旅はより豊かになると示唆しました。

森下氏も、旅の魅力は「リアルな口コミ」にあると強調します。「“旅マエ”にはAIがプランを示してくれますが、実際の旅先では宿の人に聞いたり、出会った人と情報交換をしたりします。“AIも教えてくれなかったこと”が分かる瞬間があります」と述べ、現地での偶発的なコミュニケーションが旅の価値を高めると語りました。

最後に平林は、「人と人とのインタラクティブなコミュニケーションはAIが代替できない部分です。向こう3〜5年は“人”の価値がより重要になる」とまとめ、ディスカッションは締めくくられました。AIや自動運転が進化する一方で、人との関わりや偶発性が旅の魅力として再評価される──そんな未来像が浮かび上がるセッションとなりました。

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サマリー 

本セミナーでは、世界情勢とテクノロジーの変化を踏まえ、日本の観光が成長するための鍵として、分断されたデータの統合、モビリティの革新、そしてAI活用の重要性とそれだけでは代替できない“人の価値”の可能性が示されました。

世界情勢や技術変化が進む中、日本の観光産業の持続的成長にはデータ統合、モビリティ革新、AI活用が不可欠となってきています。一方で、AIの進化が進むほどに技術では代替不可能なリアルでの体験などの“人の価値”も一層高まっており、今後は”技術”と”人”のバランスをいかに両立・設計するかが、日本のツーリズムの競争力を左右する重要な要素になると考えられます。


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