EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 兼 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 サステナビリティ情報審査人 前田 和哉
IFRS適用企業の財務諸表監査業務に従事するとともに、会計処理及び開示制度に関する相談業務などに従事。2018年から20年の間、金融庁企画市場局企業開示課に在籍し、財務諸表等規則、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正等の業務に携わる。EYのグローバルにおけるIFRS S1/S2論点グループのメンバー及び日本公認会計士協会の非財務情報開示専門委員会の委員を務める。
要点
本稿では、2025年3月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)から公表されたサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準)のうち、サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」(以下、気候基準)の概要や開示要求事項など、企業の開示実務に影響を与える重要な点を中心に解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
気候基準の目的は、財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかに関する意思決定を行うに当たり有用な、企業の気候関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めることにあり、企業がさらされている気候関連のリスク(気候関連の物理的リスク及び気候関連の移行リスクを含む)及び企業が利用可能な気候関連の機会に適用しなければならないとされています(気候基準第1項、第3項)。
気候基準は、適用した結果として開示される情報が国際的な比較可能性を損なわせないものとなるように開発されており、基本的にはIFRSサステナビリティ開示基準第2号「気候関連開示基準」(以下、IFRS S2号)の内容を取り入れており(気候基準BC13項)、TCFD※1の提言とも整合的となっています。
気候基準では、主要な利用者が、気候関連のリスク及び機会に関する以下の4つの構成要素(コア・コンテンツ)について理解できるように、情報を開示することが求められています。
気候関連のリスク及び機会をモニタリングし、管理し、監督するために企業が用いるガバナンスのプロセス、統制及び手続を理解できるようにすることが目的となります(気候基準第9項)。
気候関連のリスク及び機会を管理する企業の戦略を理解できるようにすることが目的とされており、以下の事項を開示することが求められています(気候基準第14項)。
(a) 企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る気候関連のリスク及び機会
(b) 気候関連のリスク及び機会が企業のビジネス・モデル及びバリュー・チェーンに与える影響
(c) 気候関連のリスク及び機会の財務的影響
(d) 気候関連のリスク及び機会が企業の戦略及び意思決定に与える影響
(e) 企業の戦略及びビジネス・モデルの気候レジリエンス
気候レジリエンスの開示では、気候関連のシナリオ分析に基づき評価した気候レジリエンスの開示が求められており、気候レジリエンスは報告期間ごとに評価することが求められています(気候基準第30項)。
気候関連のシナリオ分析は、企業の状況に見合ったアプローチを用いて分析しなければならないとされており(気候基準A4項)、気候関連のリスク及び機会に対する企業のエクスポージャーと気候関連のシナリオ分析のために企業が利用可能なスキル、能力及び資源を考慮して、適用するアプローチを判断する必要があると考えられます。
気候関連のリスク及び機会を識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするプロセスを理解できるようにすることや企業の全体的なリスク・プロファイル及び全体的なリスク管理プロセスを評価できるようにすることが目的となります(気候基準第40項)。
リスク管理では、企業が気候関連のリスクを識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするために用いるプロセス及び関連する方針に関する情報、気候関連の機会を識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするために用いるプロセスに関する情報、気候関連のリスク及び機会を識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするために用いるプロセスが、全体的なリスク管理プロセスに統合され、用いられている程度、並びにその統合方法及び利用方法に関する情報を開示する必要があります。
気候関連のリスク及び機会に関連する企業のパフォーマンスを理解できるようにすることが目的とされています(気候基準第43項)。
産業横断的指標等 |
以下の事項を開示しなければならない。
|
---|---|
産業別の指標 |
ISSBが公表する「産業別ガイダンス」に記述されている、開示トピックに関連する産業別の指標を参照し、その適用可能性を考慮しなければならない。 |
*1 Scope1:報告企業が所有又は支配する排出源から発生する直接的な温室効果ガス排出。
*2 Scope2:報告企業が消費する、購入又は取得した電気、蒸気、温熱、又は冷熱の生成から発生する間接的な温室効果ガス排出。
*3 Scope3:報告企業のバリュー・チェーンで発生する間接的な温室効果ガス排出をいい、上流及び下流の両方の温室効果がガス排出を含む。
気候基準では、温室効果ガス排出は、GHGプロトコル(2004年)※2に従って測定しなければならないとされています(気候基準第49項)。一方で、法域の当局又は企業が上場する取引所が、温室効果ガス排出を測定する上で異なる方法を用いることを要求している場合、当該方法を用いることができるとされており(気候基準第49項ただし書き)、日本の場合、温対法※3に基づく「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」に基づく温室効果ガス排出量の報告(いわゆる「SHK」制度)は、これに該当すると考えられます(気候基準BC125項)。
ここで、温対法に基づいて温室効果ガス排出を測定して開示すると、サステナビリティ関連財務開示の報告期間と温室効果ガス排出量の報告のための算定期間との間に差異が生じる場合が考えられます。算定期間に差異が生じる場合、合理的な方法により期間調整を行い、サステナビリティ関連財務開示の報告期間に係る温室効果ガス排出量を算定して開示する必要がある点に留意が必要です(気候基準BC127項)。サステナビリティ関連財務開示の報告期間に合わせる合理的な方法は定められておらず、報告期間における企業の活動を忠実に表現する方法を採用することになります。例えば、3月決算会社において、温対法に基づく報告をサステナビリティ関連財務開示の公表承認日までに行っていない場合、報告期間に係る使用電力量に、当該活動量に対応する排出係数を乗じて算定し開示することが考えられます(気候基準第67項)。
また、Scope2温室効果ガス排出量の開示においては、ロケーション基準※4により測定した数値の開示に加え、契約証書に関する情報がある場合には、当該契約書に関する開示も求められています(気候基準第53項及び第54項)。なお、気候基準では、当該契約証書の開示に代えて、マーケット基準※5により測定したScope2温室効果ガス排出量を開示することができるとしています(気候基準第54項ただし書き)。マーケット基準により測定した数値の開示は、IFRS S2号では求められていないものの、企業の温室効果ガス排出削減の努力が反映されており、ロケーション基準により測定した数値とあわせて開示することが有用と考えられることから気候基準において認めた開示になります(気候基準BC143項)。
その他、報告企業が資産運用、商業銀行又は保険に関する活動を行う場合、ファイナンスド・エミッション※6に関する追加的な情報開示が求められています(気候基準第57項)。当該開示では、報告期間の末日において入手可能な最新の「世界産業分類基準」(GICS)の6桁の産業レベルのコードを用いて産業別に分解したファイナンスド・エミッションの絶対総量及びグロス・エクスポージャーに関する情報を開示することを要求しています。しかし、GICSの利用にはライセンス料の支払いが求められる可能性があること、IFRS S2号でもGICSの取扱いを含む改定案が4月末に公表され、GICSの取扱いが検討されていることを踏まえ、GICSを用いて産業別に分解したファイナンスド・エミッションの絶対総量及びグロス・エクスポージャーに関する情報は、当面の間、開示しないことができるとされています(気候基準C7項)。
(a) 気候関連の目標の特定
戦略的目標の達成に向けた進捗(しんちょく)をモニタリングするために設定した定量的及び定性的な気候関連の目標並びに企業が活動する法域の法令により満たすことが要求されている目標がある場合、当該目標について定められた開示を行われなければならないとされています。これらの目標には、温室効果ガス排出目標が含まれます(気候基準第92項)。
目標を設定し、当該目標の達成に向けた進捗をモニタリングするために用いる指標を識別し、開示するに当たり、産業横断的指標等及び産業別の指標を参照し、その適用可能性を考慮しなければならず、目標の達成に向けた進捗を測定するための指標を企業が作成した場合、その指標について定められた開示を行わなければならないとされています(気候基準第96項)。
(b) 温室効果ガス排出目標
温室効果ガス排出目標を開示する場合、一般的な目標について要求される開示に加え、温室効果ガス排出目標に関する追加の開示を行わなければなりません(気候基準第97項)。また、温室効果ガス排出の純量目標を開示する場合、関連する総量目標も別個に開示する必要があります(気候基準第98項)。
公表日以後終了する年次報告期間に係る気候関連開示から適用することができるとされています(気候基準第101項)。この場合、適用基準及び一般基準を同時に適用する必要があります(気候基準第100項)。
最初の年次報告期間において、比較情報を開示しないことができ、その場合にはその旨を開示しなければなりません。また、最初の年次報告期間においてのみ、次のいずれか又は両方の経過措置を適用することができ、その場合にはその旨を開示しなければならないとされています。
① 気候基準を適用する最初の年次報告期間の直前の年次報告期間において、温室効果ガス排出の測定に「GHGプロトコル(2004年)」又は法域の当局もしくは企業が上場する取引所が要求している方法以外の測定方法を用いていた場合、当該測定方法を用いることができる。
② Scope 3温室効果ガス排出(ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報を含む)を開示しないことができる。
これらの経過措置を適用した場合、その後の報告期間において比較情報として情報を表示するに当たり、当該経過措置を引き続き適用することができます(気候基準第104項)。
気候基準は基本的にIFRS S2号に沿ったものとなっていますが、以下の一部の項目について、IFRS S2号の定めに加えた独自の取扱いが設けられています。当該取扱いがIFRS S2号との差異になります。
SSBJ基準独自の選択肢を追加する主な項目 |
|
---|---|
IFRS S2号に追加する主な項目 |
|
※1 TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース
※2 GHGプロトコル:温室効果ガスプロトコルの企業算定及び報告基準
※3 温対法:「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づく「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」
※4 ロケーション基準:地域、地方、国などの特定された場所におけるエネルギー生成に関する平均的な排出係数を用いてScope2温室効果ガス排出を測定する方法
※5 マーケット基準:電気等の購入契約及び分離された契約証書に内容を反映してScope2温室効果がガス排出を測定する方法
※6 ファイナンスド・エミッション:報告企業が行った投資及び融資に関連して、投資先又は相手方による温室効果ガスの総排出のうち、当該投資及び融資に帰属する部分をいう。
気候基準は、IFRS S2号との整合性を図りつつ日本企業の実情に配慮した内容となっており、またTCFDの提言とも整合的です。しかし、気候基準では、サステナビリティ関連財務開示との「つながりのある情報」を提供することが求められています。気候関連のリスク及び機会については、従前から任意で開示している企業が多く存在していると思われますが、例えば、温対法に基づく指標の算定期間がサステナビリティ関連財務開示の報告期間と異なる場合は、サステナビリティ関連財務開示の報告期間に調整する必要がある等、気候関連のリスク及び機会を既に開示している場合であっても、気候基準の適用に当たっては、気候基準の要求事項を満たした開示になっているかの確認が必要と考えられます。本稿が気候基準の理解に役立てば幸いです。
2025年3月に公表された気候基準は、IFRS S2号との整合性を図りつつ日本企業の実情に配慮した内容となっています。気候基準では、サステナビリティ関連財務開示との「つながりのある情報」を提供する必要があるため、気候関連のリスク及び機会を既に開示している場合であっても、その範囲や指標の算定期間等の確認が必要となります。
関連コンテンツのご紹介
国内外でサステナビリティ開示規制の導入・運用が本格稼働しています。CSRDやSSBJをはじめとする開示要請への対応を各企業が進める中で、日本企業に共通の課題も見えてきました。 本セミナーでは、サステナビリティ開示を効率的・効果的に進めるための課題と対応の方向性についてご紹介します。
【3月公表!】速報連載第2回 サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)を読み解く:適用基準及び一般基準
サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)のうち、サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」及びサステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」の概要や開示要求事項など、企業の開示実務に影響を与える重要な点を中心に解説します。
【3月公表!】速報連載第1回 サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)を読み解く:概要
2025年3月、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)よりサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)が公表されました。本稿では、SSBJ基準の基本的な構成や特徴、ISSB基準との相違点、適用時期など、企業の開示実務に影響を与える重要ポイントを解説します。
サステナビリティ基準委員会(SSBJ)から、2025年3月4日に、サステナビリティ開示に関する以下の3つの基準が公表されました。
サステナビリティ情報開示とは、企業が環境、社会、経済の3つの観点から、持続可能な社会の実現に向けて行っている取り組みを報告することです。2023年3月期に内閣府令が改正され、有価証券報告書等でサステナビリティ情報の開示が求められるようになりました。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。